Scene:04 喫茶「恥ずかしがり屋のうさぎ」(2)
その時、店長に案内されて、喪服を着た家族連れが店に入って来て、シャミル達の隣のテーブルに座った。
遺影と思われる写真を持った、まだ若い婦人と小学校低学年くらいの男の子、それに殉職者の両親らしき年配の夫婦だった。
店長から注文を取るように指示されたキャミルは、いったん厨房の方に戻ってから、お冷やを持って、その家族連れのテーブルにやって来た。
キャミルは、その殉職者の写真から、アルスヴィッドの兵士の家族だと分かったようで、注文を訊いた後も、その場に立ち尽くしていた。
そんなキャミルを見て、シャミルは立ち上がり、隣のテーブルに近づいて、その家族連れに声を掛けた。
「こんにちは」
「どうも……」
家族連れも言葉少なく、シャミルに挨拶を返した。
「失礼ですが、その写真の方は?」
退役軍人と思われる喪服に二つの勲章を付けた年輩の男性が穏やかな声で答えた。
「私の息子です」
「どちらで……?」
「ヘグニ戦線で、戦艦アルスヴィッドに乗っていて……、名誉の戦死と聞いております」
「そうですか。お悔やみ申し上げます」
険しい顔付きになったキャミルにかまわず、キャミルの隣に立ったまま、シャミルは話を続けた。
「今日は、どうしてフェンサリルに?」
「フェンサリルの宿舎を退去することになって、嫁と孫だけでは大変だろうと、家内と一緒に引っ越しの手伝いをしに来たのです」
呵責の念に耐えきれなかったように、キャミルは思わず家族達に対して謝罪の言葉を掛けた。
「申し訳ありません」
当然ながら、家族達は、喫茶店のウェイトレスがなぜ謝るのか理解できず、慰めてくれているものと思ったようだ。
「ありがとうございます」
男性からお礼の言葉を返されたキャミルは、メイド服姿のままで、実はアルスヴィッド艦長だと言っても信じてもらえず、逆に遺族を混乱させてしまうと考えて、何も話せなくなってしまった。
シャミルは、以心伝心でキャミルの気持ちが伝わってきたような気がして、再び、遺族達に話し掛けた。
「まだ、お若いのに本当に残念ですね?」
「子供も小さいのに、……本当に残念です」
「悔しいですね?」
「もちろん悔しいです」
年輩の男性は、涙をこらえながらも毅然とした態度で言った。
「しかし、連邦の平和と安全と守るために死んだ息子は、我々の誇りです」
シャミルも、涙をこらえながら、うなづいた。
「アルスヴィッドの艦長さんには、お会いになりましたか?」
「いいえ、お会いしたかったのですが、何か命令を遂行中ということで、お会いすることはできませんでした」
「艦長さんに何か言いたいことでもお有りだったのですか?」
キャミルを前にして臆することなくシャミルは遺族達に訊いた。
「息子は、いつも嫁に、アルスヴィッドの艦長さんの自慢話をしていたそうです。若い女性の方のようですが、とにかく勇敢で、指示が正確で、しかも部下思いで、……あの人の部下であることが誇らしいと言っていたそうです。だから一言、お礼を言いたかったのです」
シャミルの隣で、キャミルは思わず、うつむいてしまった。握りしめたキャミルの両手が震えていた。
悲しさが再び襲ってきたのか、殉職者の奥さんは両手で顔を覆って、さめざめと泣き出した。そんな母親を慰めるように、隣に座った小さな男の子が凛々しく母親に声を掛けた。
「お母さん、僕が大きくなったら宇宙軍に入って、お父さんの仇を取ってあげるんだ。だから、泣かないで」
シャミルも涙目になりながらも、その男の子の頭を撫でながら優しく言った。
「大丈夫。あなたが大きくなる前に、アルスヴィッドの艦長さんが、きっと仇を取ってくれますよ」
「本当に?」
「ええ、絶対に!」
シャミルのその言葉がスタートホイッスルだったかのように、キャミルはいきなり走って喫茶店を出て行った。
遺族も、周りの客も何事かと唖然としていたが、何事もなかったかのように、シャミルは、優しい笑顔のまま、遺族に訊いた。
「でも、どうして、この喫茶店に入ろうと思ったのですか?」
「軍の方から、定期便の出発時間まで時間があるだろうからと、この店のクーポンチケットをいただいたものですから。他の遺族の方もいただいていたようです」
「そうですか」
シャミルは遺族達に丁寧に一礼をしてから、自分のテーブルに戻った。そして、カーラとサーニャの顔を見ながら、独り言のように呟いた。
「キャミルも大勢の人に愛されていて……。絶対、大丈夫ですよ。キャミル」
キャミルは、メイド服姿のまま、宇宙港のターミナルビルを走り抜け、少し離れた第七十七師団司令本部の建物まで全速で走って行った。
司令本部の正面玄関では、兵士達が警備をしていたが、同じ師団の若き女性士官であるキャミルのことを知らない兵士はおらず、そのキャミルがメイド姿で走って来たことで、呆気にとられるとともに、少し鼻の下を伸ばしながら、キャミルをそのまま通した。
本部の建物に入ってからも、キャミルは、驚き、あるいは嬉しそうな同僚達の視線を気にすることなく、廊下を走り抜け、ロバートソン少将の部屋のドアをノックすると、返事も待たずにドアを開け、部屋の中に飛び込むと同時に叫んだ。
「司令! 私を、私をヘグニ戦線の前線に、もう一度配置してください!」
執務机の椅子に座り、後ろを向いて、窓の外の桜を眺めていたロバートソン少将は、ゆっくりと椅子を回転させながら、キャミルの方に振り向いた。
「もとより、そのつもりだが……」
「えっ?」
ロバートソン少将は執務机に向かって、きちんと座り直ってから、キャミルに告げた。
「キャミル少佐! アルスヴィッドの修理が終わり次第、ヘグニ制圧作戦への参加を命じる! 遂行内容については追って沙汰する!」
「は、はっ!」
キャミルは敬礼をしてから、ロバートソン少将に話し掛けた。
「もしや、司令は、遺族達があの店に寄るだろうと思って、私に喫茶勤務を……」
「何のことかな。あの『恥ずかしがり屋のうさぎ』の店長とは旧知の仲でな。ウェイトレスを募集中だと聞いていたから、最初から幹部として軍に所属している君に、苦労というものを経験させようと考えただけだ」
「し、司令……」
「アルバイト代はちゃんと給料にプラスしておくぞ。しかし今日の職場放棄による違約金は差し引きだ」
「は、はい」
少将は、それまでの厳しい顔付きから一転して、嬉しそうに笑った。
「はははは。しかし、キャミル少佐。その服もよく似合っているな。今度から、私のところに来るときは、いつもその服にしてもらおうかな」
「なっ……、お、お断りします!」
「そうか、残念だな。ははははは」




