Scene:02 惑星ヘグニ上空(2)
「誰か水を掛けてやれ」
そう言って、ヘッドギアとボクシンググローブをはずしながらリングを降りたキャミルを、アルスヴィッドの女性兵士達が取り囲んだ。
「艦長、おしぼり、どうぞ」
「それより、冷たいお水です」
「ああ、すまない。ありがとう」
キャミルが差し出されたコップを受け取ろうとした時、突然、アルスヴィッドの船体が大きく揺れ、その場にいた者は皆、床に放り出されてしまった。
キャミルはすぐに立ち上がり、トレーニングウェアのまま、艦橋に走った。そして、その間にも腕に付けた端末を使って、艦橋と連絡を取った。
「何事だ?」
「敵襲です」
「何? 索敵係は何をしていた?」
「それが突然、目の前に現れて……。まったくレーダーにも反応がありませんでした!」
「全力で反撃しろ!」
「既に反撃を開始しています!」
キャミルが艦橋に走っている間にもアルスヴィッドは何回も大きく揺れた。その度、廊下の壁に叩きつけられながらも、キャミルは全力で艦橋に向けて走った。
キャミルが艦橋に入ると、キャミルの目に飛び込んできたのは、モニター全面に展開しているヘグニ族の大艦隊であった。ヘグニ族独特の円柱形の戦闘艦が百隻以上対峙しており、それらから一斉に砲撃を受けていた。
アルスヴィッド艦隊も、マサムネが指揮を取り、既に全砲門を開いて反撃していたが、多勢に無勢なのは明らかだった。
「マサムネ! 現在の被害状況は?」
キャミルは艦長席に座りながら、マサムネに訊いた。
「重駆逐艦ホルスが航行不能! 軽巡洋艦イサルとは連絡が取れず! 当艦も複数のブロックで外壁が破られています。レーザー砲十五門以上が使用不能! 船員の被害状況はまだ何とも……」
敵艦隊には、アルスヴィッドの大きさに匹敵するほどの戦艦も含まれており、絶対的に不利な状況であった。
「司令部に連絡は?」
「もちろん済ませています。しかし、応援が到着するには、十五分ほど掛かるとのこと」
その時、敵の巨大戦艦から放たれた砲撃がアルスヴィッドを直撃し、大きく揺れると同時に、一瞬、艦橋の電源が途絶えるほどのダメージを受けたようだ。
「被害状況を確認しろ!」
キャミルはそう指示すると、ヴァルプニール通信システムを使って、ヘグニ包囲網の司令部に連絡を入れた。
「こちらは第七十七師団所属戦艦アルスヴィッド艦長キャミル・パレ・クルス少佐。敵艦隊百隻以上。このままでは撃沈のおそれあり。撤退を許可されたい」
「しばらく待たれよ」
束の間、沈黙があった後、「撤退を許可する」との指示があった。
「マサムネ! ホルスとイサルの乗員を救出しろ!」
「駄目です、艦長! 逃げることができる艦船はすぐに逃げなければ、ますます被害が大きくなります! 残念ですが、その二隻は残していくしかありません!」
「し、しかし……」
「艦長! このままではアルスヴィッドでさえも撃沈されてしまいます! 勝ち目のない戦はすべきではありません!」
マサムネの言うことが正しかった。これ以上、兵士達を無駄死にさせることはできなかった。キャミルは、歯ぎしりをして悔しさを露わにしながらも、指示を出した。
「全艦撤退! 三十三−十二−七十八に全速航行!」
球形である連邦宇宙軍の戦闘艦は、反転することなく上下左右前後のいずれの方向にも直ちに進むことができる。敵艦隊側のブースターを全開にして、アルスヴィッドと残った艦船は全速で敵艦隊から離れていった。
敵艦隊は、逃げるアルスヴィッド艦隊を追うことなく、悠々とヘグニに戻って行った。
「全艦の被害を直ちに把握して、怪我人の救出を最優先させろ! マサムネ、当艦で一番酷い被害を受けているのはどこだ?」
「G-七十八ブロックの戦闘機搭載甲板付近だと思われます。消火システム自体が作動していません」
「マサムネ、後は任せる! 私はG-七十八ブロックに行く!」
そう言うと、キャミルは戦闘機搭載甲板に向けて走って行った。
任官以来、全勝街道をまっしぐらに進んできたキャミルにとって、初めての敗走だったが、キャミルにとって、そんなことよりは、部下が傷つくことの方が辛かった。
キャミルは、一人でも救いたいとの思いで、全力で走った。




