Scene:01 キャミルの部屋(2)
首を傾げながら可愛く笑うシャミルが、立ったままであることにキャミルは気づいたようだった。
「あっ、シャミル、そこに座ってくれ。まだ、お茶も出してなかったな」
キャミルは、応接セットのソファを指差しながら、シャミルに言った。
「お構いなく」
「そういう訳にはいかないだろう。シャミルは、私の部屋に初めて来てくれたお客さんだからな」
「そうなのですか? でも、そういえば、私も家に遊びに来てくれる友達はあまり多くはありませんでした。学校の同級生は、みんな年上でしたから」
「ああ、それなら私も同じだ」
シャミルもキャミルも、中学校の時から、飛び級で進級、進学をしたことから、同級生はみんな年上で、大学や士官学校の同級生は十歳ほども年が離れていたこともあり、お互いの家に遊びに行くような友人はそれほど多くなかった。だからこそ、同い年の姉妹の存在が嬉しくてたまらなかったのだろう。
「でも、キャミルはおつき合いしている殿方とかはいないのですか?」
「な、何だ、突然!」
「だって、この部屋に遊びに来たのは私が初めてって言ったから、本当かなって思って」
「い、いる訳ないだろ! そういうシャミルはどうなんだ? 彼氏とかいないのか?」
「殿方のお友達なら一杯いますよ。ハシム殿だってそうですし……」
「友人というよりだな、そ、その、……恋人と呼べる男性のことだ」
「恋人…………、そんなこと考えもしませんでした」
「シャミルは、お、男が嫌いなのか?」
「どうなのでしょう? まあ、何というか、男の人をそんな対象として見たことがないというか……」
「ぷっ、……ふふふふ。本当にシャミルと話していると面白い」
「そうですか? キャミルに喜んでもらえると、私も嬉しいです」
その後、二人はキャミルが入れてくれたハーブティーを飲みながら、ソファに座って、しばらく他愛のない話に夢中になっていたが、遠くの方から聞こえてきた、チャイムのような音が二人の会話をいったん中断させた。
「あれは?」
「ああ、あれは、メインベースでお昼を知らせる音だ」
「あっ、もう、こんな時間! おしゃべりしていると、あっという間ですね」
「本当にそうだな。……ところで、シャミル。これからどうする? これからどこかに出掛けるか?」
「フェンサリルには、どこか面白い所はありますか?」
「そうだな。……フェンサリルならではというような面白い所は、これといって思い浮かばないな」
「そうですか。それなら、このお部屋でいましょう。嫌ですか?」
「いや、シャミルが、それで良いというのであれば……」
「それで良いです」
「分かった。それじゃあ、……ちょうど、お昼だし、昼食でも作るか」
「キャミルが作るのですか?」
「あっ、私は料理なんてできないだろうと思っているのか?」
「はい」
屈託なく笑うシャミルは、人を馬鹿にするということを考えることはなく、純粋にキャミルと料理が結びつかなかっただけであった。キャミルもそんなシャミルの性格はもう分かっていたから、腹を立てることはなかった。
「まあ、確かにそれほどレパートリーは多くないが、スパゲッティくらいなら大丈夫だ。良いか?」
「はい、何でも」
「よし、ちょっと待っててくれ」
そう言うと、キャミルは、リビングと一体となっているキッチンに行って、料理を始めた。
シャミルは、キッチンに対面してあるカウンターテーブルに座って、キャミルを眺めていたが、キャミルの包丁捌きはぎこちなく、シャミルは心配になって、思わずキャミルの近くに行った。
「キャミル、私も手伝います。じっと待ってても退屈ですし」
「でも」
「私がソースを作りますから、キャミルはスパゲッティを茹でてください」
そう言って、キャミルから包丁を受け取ったシャミルは、鮮やかな包丁捌きで具材を綺麗に切って、トマト缶を使って、あっという間にトマトソースを作ってしまった。その間、キャミルはスパゲッティを茹でている鍋を見張っているだけであった。
二人は、出来たてのトマトソース・スパゲッティをカウンターテーブルに並んで座り、食べた。
「うん、美味い! ……シャミルは、本当に何でもできるんだな」
「何でもはできませんよ。キャミルだって、戦艦の艦長として五千人以上の部下を統べているのでしょう。私にはとても真似できません」
「いや。アルスヴィッドの乗員は、上からいちいち指図をされなくとも、自分が何をすべきかを理解して動いてくれる。私は、そんなみんなの上に乗っかかっているだけさ」
「それは、艦長であるキャミルの指導が行き届いているのでしょう。そして、みんながキャミルの指導についてきてくれるのは、きっと、みんな、キャミルのことが好きだからですよ」
「そ、それは褒めすぎだ」
キャミルは本当に照れてしまった。
「ふふふふ。照れてるキャミルも可愛い!」
「か、からかうな!」
「からかってなんていませんよ、キャミル。キャミルは、宇宙軍少佐で、戦艦の艦長さんで、大勢の部下を率いて戦いの中で生きているから、女性ということを意識しないようにしているのかもしれませんが、私にとっては、たった一人の姉妹なんです。私には、強がることも我慢することもしなくて良いです。というか、しないでください。私はもう、キャミルにはありのままの私をさらけ出していますよ」
「いや、そもそも、ありのままではないシャミルは想像できないのだが……」
「あっ、そうかもです」
「はははは。……でも、ありがとう、シャミル。シャミルとこうやって話しているだけで癒される」
「ふふふ。良かったです」
二人が微笑みながら見つめ合っていると、突然、キャミルが左手首に付けている軍専用の多機能端末から目覚まし時計のような電子音が響いてきた。シャミルは、何事かと驚いたが、キャミルは何事もなかったかのように、端末画面上のボタンを押して音を止めた。
キャミルは、ため息をつきながら、残念そうな顔をして、シャミルに言った。
「シャミル、すなまい。緊急招集が掛かった。私は、すぐにアルスヴィッドに戻らなければならない」
「そうですか。……うん、お仕事ですものね。仕方ないです」
キャミルは立ち上がり、自分とシャミルの皿を片づけようとした。
「あっ、キャミル。私が後片付けをしておきます。急ぎなのでしょう。もし、良かったら、私がこの部屋の鍵を閉めておきますけど……」
「しかし、……」
「遠慮しないでください」
「分かった。シャミルには、この部屋の生体認証キー登録をしておいてもらいたいと思っていたんだ。いつでも来てもらえるように……」
「はい。後は、私に任せてください」
「すまない、シャミル。それでは好意に甘えさせてくれ」
「どうぞ、どうぞ」
キャミルは、隣の寝室に行き、いつもの軍服に着替えると、リビングに戻って、キッチンで昼食の後片付けをしていたシャミルに声を掛けた。
「それでは、出掛けてくる」
「はい。また危ない任務かもしれませんね。キャミル、気を付けてください」
「ああ」
二人は玄関まで一緒に行って、シャミルの掌を生体認証センサーに登録させた後、キャミルは、ちょっと照れながらシャミルに言った。
「それでは、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
まるで新婚夫婦のように、玄関先でキャミルを見送ってから、シャミルはリビングに戻り、素早く昼食の後片付けをしてから、ドライモップでリビングの掃除をした。
モップを掛けながら、何気なく、リビングの隅に置かれていたキャビネットの中を見ていると、その中に写真立てがあるのに気が付いた。
シャミルが、キャビネットのガラス戸を開けて、その写真立てを手に取って近くで見てみると、そこには幼き頃のキャミルと思われる女の子と一人の女性が写っていた。キャミルを抱っこして微笑んでいるその女性は、キャミルと同じ赤い髪と赤い目をしたイリアス族の女性で、おそらくキャミルの母親だと思われた。微笑み合って抱き合う母娘の写真に、シャミルはしばらく見とれていたが、ふと、自分と母親の写真と同じことに気がついた。
そう、そこに父親の姿がないことに――
シャミルの父親は、何故か写真や映像をまったく残していなかった。母親に訊くと、大の写真嫌いだったそうだが、親子一緒の写真を撮ることも避けていたことには、変わり者ということだけでは説明できない、何か別の理由があるような気がしていた。
シャミルには、微かに父親の面影の記憶があったが、キャミルは父親の記憶さえも持たせてもらってないのだ。
そんなことを考えていると、シャミルは、父親に対して少し腹を立て、写真に向かって呟いた。
「父上。あなたは本当に罪作りな方です」




