Scene:01 キャミルの部屋(1)
惑星フェンサリル。
銀河連邦宇宙軍第七十七師団のメインベースが置かれている惑星である。
宇宙軍の師団とは、宇宙軍の部隊単位のうちで最大のものであり、かつての海軍でいうところの「艦隊」に該当するが、広い宇宙空間において軍事行動を遂行するためには、一つの命令系統の中に複数の艦隊が編成されることもあることから、これと混同しないように「師団」という名称が用いられるようになったのである。
宇宙軍の師団には大きく分けて、二つのタイプがある。
一つは、担当空域を持ち、その空域の警備や治安維持を担っているもので、一般的に「警備師団」と呼ばれているものである。連邦には既に千を超える惑星、すなわち構成国があり、一つの警備師団は、その所属艦船を複数の艦隊に分け、それぞれの艦隊が分担して、構成国周辺空域の警備を担当していた。首都アスガルド周辺の空域を警備する「近衛師団」と呼ばれる第一師団が、その筆頭である。
一方、担当空域を持たず、異種族との戦争や、大規模な海賊掃討作戦に出撃するのが、「攻撃師団」と呼ばれるもので、黄道十二星座の別称が付けられた第二ないし第十三師団がこれに当たる。
キャミルが所属している第七十七師団も「攻撃師団」に該当するが、師団番号からも分かるように、戦力補強のために追加編成された師団であり、空域をまたいで略奪行為をする海賊の討伐をしたり、他の攻撃師団の助勢に派遣されたりと、まさに遊撃的に、あちらこちらの空域を飛び回っている師団であった。
そんな第七十七師団であるが、当然、師団所属の軍人達も、ずっと艦上生活を続けているわけではなく、休暇となると、家族の待つ我が家に帰ることが許される。また、所属艦船もメンテナンスや修理を施されるドックが必要である。それらが第七十七師団の司令本部があるフェンサリルにあった。
そのフェンサリルの宇宙港にアルヴァック号を停泊させて、シャミルは、一人でキャミルの宿舎に向かっていた。いつもついてくるカーラとサーニャも、今日はついてくるのを遠慮したようだ。
キャミルからは、かなり以前から宿舎に遊びに来るように誘われていたが、ともに宇宙を飛び回っている二人の予定がなかなか合わずにいたところ、今日は、キャミルの休暇日に、たまたま、シャミルも体が空いており、やっとその約束を果たすことができたのだった。
第七十七師団所属軍人の宿舎は、メインベースと併設されているフェンサリル宇宙港の隣のエリアにあり、宇宙港からは、リニアモノレールで五分と掛からない距離にあった。
最寄り駅を降りたシャミルが、腕時計のように左手首に付けた多機能情報端末で、地図を確認しながら着いた先は、軍人用の宿舎が建ち並ぶ地区の中でも、一際大きく豪華な士官用の宿舎であった。
今日のシャミルは、探検航海の時にいつも着ている服ではなく、襟にリボンが、袖にフリルがついた白いブラウスに萌葱色のミニスカート、足元は生足にヒールの付いたストラップサンダルというファッションに身を包んで、アイドル顔負けのキュートなオーラを放っており、宿舎内の敷地を歩く若者からはもちろん、家族連れのお父さんからも振り向かれていた。
キャミルの宿舎を探し当てたシャミルが、その建物の玄関に行ってみると、二人の警備兵が立っていた。シャミルは、そのうちの一人に笑顔で話し掛けた。
「シャミル・パレ・クルスと申します。キャミル少佐にお会いしたいのですが」
「そ、それでは少しお待ちください」
シャミルに話し掛けられたのが嬉しかったようで、笑顔になった若い警備兵は、詰め所のような部屋に入り、その部屋の壁に掛けられているインターホンのスイッチを入れて何やら話していたが、すぐにシャミルの近くに戻って来た。
「では、どうぞ」
警備兵がそう言うと同時に、玄関のガラス扉が左右に開いた。
「ありがとうございます」
シャミルは警備兵に丁寧にお辞儀をして、建物の中に入って行った。
普通のマンションのように無人のオートロック方式にしていないのは、軍の機密漏洩防止のため、宿舎に出入りする者をそれとなく見張っていることも理由にあるのであろう。
シャミルは、玄関ホールの突き当たりにあったエレベータで三階に上がり、廊下を通って、キャミルの部屋の玄関前までやって来た。呼び鈴を押すと、すぐにキャミルがドアを開けてくれた。
「こんにちは」
「いらっしゃい。どうぞ」
キャミルは、ダンガリーシャツにブラックジーンズといったボーイッシュなファッションであったが、いつもの軍服ではないことだけで、普通の女の子のように見えた。
玄関から中に入ると、単身者用のワンルームマンションといった感じで、短い廊下を抜けると、そこはフローリングの広いリビングダイニングがあり、シックな応接セット以外に、家具はほとんど置かれていなかった。
「思ったより綺麗にしていますね」
「まあ、普段はもっと散らかっているんだが、シャミルが来ると言うから、昨日の夜から一生懸命、掃除をしたんだ。……って、やっぱり、私の部屋は散らかっているというイメージなのか?」
「ああ、そう言う訳ではなくて、いつも飛び回っていて、たまにしか帰って来られないだろうなって思って……。ほら、私は、母上と一緒に住んでいるので、私の部屋はいつも母上が掃除をしてくれるから」
そう言いながら、シャミルは、うろうろと部屋の中を歩き回りながら、部屋の中を見渡していると、ベランダに出るためのサッシ扉の前に置かれた小さなロッキングチェアに、全長五十センチはあろうかという大きな熊のぬいぐるみが座っていることに気がついた。クールなイメージで統一したキャミルの部屋の中で、唯一、女の子の部屋らしい風景であった。
シャミルは、そのロッキングチェアに近づいて、 そのぬいぐるみの頭を撫でながら、キャミルに言った。
「可愛い熊さんですね」
「あっ、それは、……子供の頃、母親に買ってもらったものだ」
「お母上に?」
「私も一応、女の子だったから、小さい頃は、ぬいぐるみとか欲しかったが、母親が経営していた酒場も場末の小さな酒場で、我が家はそんなに裕福ではないことは私も分かっていたから、玩具とか洋服とかを親に買って欲しいとねだったことはなかった」
「そう……」
「でも、私が、私立の中学校に合格した時に、母親はすごく喜んでくれて、一つだけ欲しいものを買ってくれると言ってくれた。その時に、近所の玩具屋さんの店頭に飾られていた、この熊を買ってもらったんだ。後にも先にも、ぬいぐるみを買ってもらったのは、その時だけだ」
「素敵な思い出が詰まった熊さんなんですね。でも、……キャミルは偉いです」
「えっ?」
「私はずっと母上に甘えっぱなしで、今だって乳離れができていないって、よく言われます。でも、キャミルは、四年前から一人で生きているのですものね」
「でも、もう一人じゃない。シャミルがいてくれたから……」
シャミルが思わずキャミルを見つめると、キャミルも微笑みながらシャミルを見つめていた。
それぞれの母親の元で別々の人生を歩んできた二人は、つい最近、知り合って、異母姉妹であると分かったばかりであるが、ずっと一緒に育ってきたような錯覚に陥るほどお互いに親密な感情を覚えていた。
二人は同じ誕生日で、どっちが姉でどっちが妹ということは分からなかったが、二人の間では、不器用ではあるがしっかり者の姉キャミルと、器用ではあるがおっとりした妹シャミルというキャラ設定が自然にできていた。
「シャミルの部屋には、ぬいぐるみがいっぱいあるイメージだな」
シャミルは、ちょっと顔を赤くして、うなづいた。
「は、はい。……しかも、みんなに名前を付けています」
「はははは。シャミルらしい」
「あっ、でも、キャミルもその熊さんに名前を付けているのではないのですか?」
「うっ、……それは」
「あ~、付けているんでしょう? 何という名前ですか?」
「そ、それは秘密だ。いくらシャミルでも教えてあげることはできない」
「え~、残念。……でも、いつか暴いてみせますよ」
「国家機密並みの極秘事項だ。暴けるものなら暴いてみろ」
「ふふふふ」




