Scene:09 決戦!(3)
その時、シャミルは不思議な感覚を覚えた。「何か」が、シャミルに話し掛けてきていた。その声は、耳ではなく、頭の中に直接、響いてきた。
(シャミルは、あの人達を守りたいんだろう?)
(もちろんです)
(できるよ。シャミルとキャミルの二人ならね)
シャミルが、左横に立っていたキャミルを思わず見ると、キャミルも同時にシャミルの方に顔を向けた。
「キャミル、聞こえましたか?」
「……聞こえた」
「……キャミル。私に力を分けてください」
キャミルは表情を変えることはなかったが、少し戸惑った様子で、小さな声で問い返してきた。
「それは良いが、どうすれば?」
シャミルは、左手をキャミルの方に伸ばして言った。
「私と手を繋いでください」
キャミルは、右手でシャミルの左手を握った。
「動くなと言ったはずだ! 変な動きをするな!」
ゲルセミが持っていた銃の引き金を引こうとした、その時!
地面に放られていたコト・クレールとエペ・クレールが青く輝き始めたと思うと宙に浮かび、いきなり二つの青い光の矢となって、聖職者達に向かって飛んで行った。
コト・クレールの青い光は、ゲルセミが持っていた銃を弾き飛ばし、エペ・クレールの青い光は、ヨトゥーンの人達を取り囲んでいた聖職者達が持っていた銃を次から次へと弾き飛ばすと、弾き飛ばされた銃は、すべてが粉々になって壊れてしまった。そして、二つの青い光の矢は、それぞれがブーメランのように曲線を描いて、キャミルとシャミルの手元に戻って来ると、元のコト・クレールとエペ・クレールの姿に戻っていた。
「キャミル!」
シャミルは、キャミルの名前を叫ぶと同時に、ヨトゥーンの人々を取り囲んでいる聖職者の一団に突進して行った。聖職者の何人かは既に逃走を始めており、警備艦隊の隊列の中に逃げ込もうとする者もいた。
「全員、突撃! 一人も逃すな!」
キャミルも出遅れることなく、兵士達に再び戦闘の指示を出してから、すぐにシャミルの後を追った。それぞれの副官達も地面に捨てられていた各々の武器を拾って、キャミルの後を追った。
シャミルが後ろを振り向きながら、二人の副官に指示を出した。
「カーラ! サーニャ! ヨトゥーンの人質の方を安全な場所まで待避させて保護してください!」
二人の副官は「了解」とだけ言うと、人質になっていたヨトゥーンの人達に向かって突進をした。
カーラが、聖職者達を叩きのめしている間に、サーニャが、ゲルセミに捕まっていた少女の手を引き、他のヨトゥーンの人達と一緒に、少し離れた場所まで誘導して行った。
シャミルは、銃を弾き飛ばされた衝撃で痛めたのか、右手首を左手で握ったまま、呆然としていたゲルセミに突進をして、その首筋にコト・クレールを突き付けた。
「覚悟をしなさい!」
「た、頼む! 命だけは助けてくれ!」
先ほどまでの勝ち誇った態度から一変して、臆面もなく助命を嘆願するゲルセミを軽蔑の眼差しで見つめていたシャミルは、おもむろにコト・クレールをナイフシースに仕舞った。
安堵の表情を浮かべたゲルセミに、シャミルは怒りを込めた声で言い放った。
「神に代わって、私があなたに鉄槌を下して差し上げます!」
次の瞬間、その顔面にシャミルの拳骨が打ち込まれたゲルセミは、後ろに吹っ飛んでいって、そのまま気絶してしまった。
一方、キャミルと二人の副官は、警備艦隊の兵士達の中に逃げ込んだ聖職者達を追い詰めていた。
キャミルが、警備艦隊の兵士達の前に進み出て、剣を構えながら言った。
「もう諦めろ! 今、投降すれば、少しは罪は軽くなるぞ」
既に大勢は決していると感じていた警備艦隊の兵士達は、キャミルのこの呼び掛けに素直に従い、次々に武器を捨てていった。
武器を捨てて投降していった兵士達がアルスヴィッドの兵士達の指示に従って、移動させられていくと、相変わらず剣を構えたサド大佐と聖職者達とが残った。
キャミルは、サド大佐の前に進み出ると、怒りを露わにしながら言った。
「大佐殿。……いや、大佐の階級を名乗らせることすら腹立たしい。ウラドール・サド! 最後くらいは軍人らしく、潔くしろ!」
「何を言う、この小娘が!」
サド大佐は自ら剣を振り回しながら、キャミルに打ち掛かってきたが、その醜く太った肉体はまともに剣を振り抜くこともできなかった。あっという間にキャミルに剣を弾き飛ばされてしまった。
キャミルは、サド大佐の首元にエペ・クレールを突き付けながら、怒りを押し殺しているような低い声で言った。
「サド。お前のようなゲスは、この場で討ち取ってしまいたいくらいだが、残念ながら軍法会議に掛けなければならない。統合司令本部まで連行する!」
サド大佐と聖職者達は、たちまちキャミルの部下達に取り囲まれ、アルスヴィッド号に連行されて行った。
投降した警備艦隊の兵士達も階級と氏名を確認された後、とりあえず、それぞれの軽駆逐艦に戻るように指示された。
その頃、シャミルは、ちょっと離れた場所まで避難していたヨトゥーンの人々の所まで歩み寄って、優しく微笑みながら話し掛けていた。
「みなさん、もう大丈夫です。フェーデ教会は、実は、悪魔が神をかたっていた偽りの教会でした。悪魔は私達が退治しましたから、みなさんは、もともと信仰していた神様を信じるようにしてください。今、元の神様のところに戻っても、神様はきっと許してくださいますよ」
不安な様子で立ち尽くしていたヨトゥーンの人々も、シャミルの言葉にちょっと心が落ち着いたようだった。
「今、私が言ったことを、隣の街の方にも伝えてください。そして、その隣の街にも伝えていただくようにお願いしてください」
ヨトゥーンの人々の中から老人が一人進み出てシャミルに訊いた。
「あなた方はいったい誰なのですか? 神なのですか?」
「私達は神ではありません。私達は悪魔の一団を倒すべく、神から使わされた戦士です。神は、必ず、あなた方を悪魔の所業からお救いになりますよ」
シャミルの優しい笑顔はその言葉を嘘だとは思わせなかったようだ。ヨトゥーンの人達の安心した顔を確認したシャミルは、キャミルの側に戻った。
「キャミル。どうもありがとう。あなたがいてくれて助かりました」
「それは私の台詞だ。しかし、あの声は?」
「はっきりとは分からないけれど、私には、コト・クレールとエペ・クレールが話し掛けてきてくれているような気がしたんです」
「コト・クレールとエペ・クレールが?」
「はい。私は、コト・クレールが私に話し掛けてきてくれているような気がすることが、時々あったのですけど、今回のように、ちゃんとその声を理解することができたのは初めてでした。キャミル、あなたはどうですか?」
「確かに。私もエペ・クレールが何かを私に伝えようとしていると感じることがあったが、言葉として認識したのは初めてだ」
「だから、ひょっとしたら、コト・クレールとエペ・クレールの二つが揃っていることで、不思議な力が倍増されているのかもって考えて。だとすると、キャミルのエペ・クレールも自分の意思で操ることができるかもって思ったんです」
「それでは、コト・クレールとエペ・クレールが飛んで行ったのは、やっぱり、シャミルが?」
「はい。上手くいきましたね」
シャミルは、自分の手柄を誇ることなく、他人事のように笑った。
「それでは、手を繋いだことは? 手を繋ぐことで、その不思議な力が強化されると思ったのか?」
「ええ、でも、それだけじゃなくて……」
シャミルは、ちょっと恥ずかしげに微笑みながらキャミルを見た。
「絶体絶命のピンチだったでしょ。このまま死んでしまうんだったなら、この世でたった一人の姉妹であるあなたと手を繋いで死にたいなあって思ったから……」
キャミルも顔を赤くしながらも、嬉しそうに微笑んだ。




