Scene:09 決戦!(2)
しかし、アルスヴィッドの乗員は誰一人として、サド大佐の命令に従おうとはしなかった。
「お前達! 上官の命令に従えぬのか!」
額に青筋を立ててサド大佐は怒ったが、その声は整然と整列しているアルスヴィッドの兵士達の間に虚しく響いただけであった。
マサムネが一歩進み出ると、毅然と言い放った。
「大佐殿。我々はキャミル少佐に忠誠を誓った者どもです。キャミル少佐が死ねと命じれば、アルスヴィッドの乗員であれば、末端の兵士まで喜んで死にましょうぞ!」
ビクトーレも一歩前に出て、言葉を続けた。
「連邦の平穏と安全を守るために、キャミル少佐が私心無き行動を取られていることは疑いの無い事実! 大佐殿とキャミル少佐のどちらの言っていることが正しいか、迷うことはない!」
二人の副官の言葉に、アルスヴィッドの兵士達の中には、うなづいている者もいた。
「貴様らあ~! かまわん、あいつらを撃て! 撃つんだ!」
サド大佐は顔を赤くしながら部下の警備艦隊兵士に命じたが、さすがに兵士達も同じ軍人相手に躊躇したのか、誰も銃を撃たなかった。
「お前達、このまま、あいつらを帰すと、お前達も破滅だぞ。罪人になりたくなかったら、あいつらを撃て!」
サド大佐にそう言われると、警備艦隊の兵士達も我が身が可愛くなったようで、一斉に銃をシャミル達に向けた。
アルスヴィッドの兵士達が銃を構えると、人間の生存本能にスイッチが入ったのか、警備艦隊の兵士達が一斉にビーム銃を放ってきて、連邦艦隊の兵士達による銃撃戦が始まった。
しかし、パーソナルシールドを身に付けている兵士同士の戦闘では銃はほとんど役に立たず、自然に闘いは白兵戦になっていった。兵士達は剣や槍を構えて、相手の隊列に突撃して行った。
「シャミル! ここは危ない。どこかに避難していろ!」
キャミルはシャミルにそう告げると、二人の副官を一瞥して叫んだ。
「マサムネ! ビクトーレ! 行くぞ!」
キャミルがエペ・クレールを抜きながら、先頭を切って警備艦隊の兵士達に切り込んで行くと、マサムネは日本刀を、ビクトーレはコンパクトなサイズから二メートルの長さに伸ばした槍をそれぞれ構えながら、キャミルに続いて突撃して行った。
残されたシャミルは、まずカーラに指示を出した。
「カーラはキャミルを手伝ってください!」
「おう! 久しぶりに大暴れさせてもらうぜ!」
カーラは太刀を抜いて、キャミル達の後を追った。
「サーニャは私の側にいてください!」
戦闘が苦手なサーニャを近くに寄せて、シャミルは精製工場の壁を背にして立った。
何人かの警備艦隊の兵士がシャミルの方に向かって来たが、シャミルがコト・クレールを抜き、放り投げると、コト・クレールは青い光を煌めかせながら、自ら意志を持っているかのように飛んで行き、襲って来ていた警備艦隊の兵士の剣を次々に弾いて粉々にすると、ブーメランのようにシャミルの手元に戻って来た。
一方、キャミルは、両艦隊の兵士が入り乱れての白兵戦の中、まるで鬼神のような立ち回りを見せて、ほのかに青白く輝くエペ・クレールは警備艦隊の兵士達の剣をことごとく打ち砕いていた。
また、マサムネの日本刀やビクトーレの長槍は、エペ・クレールに勝るとも劣らない切れ味を見せていた。
カーラは、重さ百キロ以上はある太刀を縦横無尽に振り回して、太刀一振りで兵士を三名はぶっ飛ばしていた。
キャミルや副官達の働きももちろんであるが、統率が取れて、訓練も行き届いているアルスヴィッドの兵士達の強さが、警備艦隊の兵士達よりも数段上であった。
ほんの五分もすれば、明らかに警備艦隊側の分が悪くなってきた。武器を捨てて、駆逐艦に逃げ込む兵士もいた。
既に勝負は着いたと思われたその時、精製工場の方から大きな声が響いた。
「静かにしろ! 侵入者ども!」
両艦隊の兵士達は武器を構えたまま、その声がした方を見て、白兵戦はいったん中断された。
シャミル達も精製工場の搬入口の方を見ると、約二十人の聖職者達が、同じくらいの数のヨトゥーン族の集団に銃を突き付けながら、ぞろぞろと精製工場から出て来ていた。どうやらヨトゥーン族の集団は精製工場で働いていた者のようだ。
搬入口から全員が出て来ると、ヨトゥーンの人達は丸く固まって立たされ、その周りを銃を持った聖職者達が取り囲んで立った。そして、教祖と呼ばれている男が、まだ十代と思われるヨトゥーン族の少女に銃を突き付けながら、一歩、前に出て来た。
「武器を捨てろ! さもなくば、この未開人を一人ずつ殺していくぞ!」
「何! 貴様!」
キャミルが悔しがったが、手も足も出せない状況であることは明らかだった。
「まずは、この子供からだ」
教祖は、少女の頭に銃を押し付けながら、
少女を始め、人質のヨトゥーンの人達は、いったい何が起こっているのか理解できていないように、恐怖というより不思議な顔をして立ち尽くしていた。
シャミルやそれぞれの副官達も、キャミルの側に集まって来た。
「変な動きはするな! その場で立ち止まって、武器を捨てろ!」
「ゲルセミ! お前は自分がしていることが分かっているのか?」
キャミルが、教祖ことゲルセミを強い口調で非難した。
「俺もことも知っているのか。ますます、お前達を、ここから生きて帰す訳にはいかねえな」
ゲルセミはそう言うと、少女の髪の毛を乱暴に掴んで引き寄せて、銃を更に少女の頭に押し付けた。さすがに、少女も自分がどういう状況に立たされているのか理解したようで、その顔に恐怖の表情が現れた。
「早く武器を捨てろ!」
ゲルセミは苛立ちながら、銃の引き金を引く素振りを見せた。
キャミルのすぐ側に立っていたシャミルが、小さな声でキャミルに言った。
「キャミル、お願い。武器を捨ててください。あの方々を犠牲にすることはできません」
悔しさに打ち震えながら、しばらく躊躇していたキャミルだったが、為す術もなく、やむなく部下達を見渡しながら大きな声で指示をした。
「みんな、武器を捨てろ!」
キャミル達と副官、アルスヴィッドの兵士達は揃って武器を足下に放り捨てた。シャミルやカーラもみんなに倣った。
その様子を見て、ゲルセミは満足げな微笑みを浮かべた。
「ふはははは。こんな愚かな生き物も少しは役に立つものよ」
ヨトゥーン人をまるで下等生物のように見下すゲルセミの発言に、シャミルの怒りが爆発した。
「お待ちなさい! それはどういう意味なのですか?」
シャミルは思わず一歩前に出て、怒りの眼差しでゲルセミをにらみつけて、珍しく大声を出した。
ゲルセミはシャミルの怒りの意味が分からなかったようだ。
「別に意味など無い。下等な生物の一匹や二匹殺したところで何になる」
「ヨトゥーンの人々は純粋で、無垢で、優しくて、……私達が忘れかけているヒューマノイドらしい気持ちを持って生活している人々です。あなたより、ずっと、ずっと、ヒューマノイドらしいヒューマノイドです!」
「この期に及んで世迷い言を」
シャミルは怒りに体を震わせて、ゲルセミを指差しながら叫んだ。
「あなたには神を語る資格はありません! 必ずや神の鉄槌が下されるでしょう!」
「自分達が置かれている状況が理解できていないようだな」
シャミル達の武器はすべて地面に捨てられている。その武器が勝手に飛んで行かない限り、勝ち誇ってヨトゥーン族の少女に銃を突き付けているゲルセミに対して為す術は無かった。




