Scene:09 決戦!(1)
戦艦アルスヴィッドの艦橋には、二十人以上の艦橋スタッフが任務に就いており、その中央付近で一段高くなっている場所にキャミルが座っている艦長席があった。また、そのすぐ前で少し低い場所に、艦長席の両脇を固めているかのような二人の副官席があった。
シャミルと二人の副官は、キャミルの席の側に立っていた。
「しかし、さすがギャラクシー級戦艦の艦橋だ。馬鹿でかい上にスタッフもいっぱいだ」
カーラが感心しながら呟くと、サーニャが突っ込みを入れた。
「アルヴァック号の艦橋もこれだけ広ければ、カーラの圧迫感も少しは和らぐのににゃあ」
「うるさいよ!」
どこにいても萎縮することなくマイペースなカーラとサーニャの掛け合いを笑顔で見つめていたシャミルが、すぐ隣の艦長席に座っているキャミルに話し掛けた。
「もう、そろそろですね」
「うむ。既に当艦はヨトゥーンの空域に入っている。迎撃して来るのに時間が掛かり過ぎだ。たるんでいる証拠だな」
事前の通告無しに、アルスヴィッドは既に立入禁止空域に進入しているのに、警備艦隊がまだ迎撃に出て来ないことを厳しく指摘する、自らにも敵にも厳しいキャミルであった。
程なくして、アルスヴィッドの索敵レーダーに反応が現れるとともに、ヴァルプニール通信システムに警告が入ってきた。
「こちらは連邦宇宙軍二百三十四師団第九警備艦隊である。貴艦は航行禁止空域に進入している。直ちに停船せよ!」
キャミルがヴァルプニール通信システムを通じて返答をする。
「こちらは連邦宇宙軍第七十七師団所属戦艦アルスヴィッド。緊急事態につき、これより惑星ヨトゥーンに着陸する!」
「許可を得ているのか?」
「緊急事態と言った! 当艦隊は特別遊撃艦隊であり、現在、緊急軍事行動を遂行中である!」
アルスヴィッドはスピードを落とすことなく、ヨトゥーンの大気圏内に突入した。
「キャミル少佐! 貴官は法律違反を犯そうとしている。そんな違法行為を見逃す訳にはいかんぞ!」
今度は、司令官のサド大佐が直々に警告を発してきた。
「大佐殿。以前にこの空域で捕らえたネズミが、ヨトゥーンの地上で連邦艦隊の輸送艦を見たと言っています。立ち入り禁止惑星への不法着陸を防止すべき連邦艦隊の部隊自体が法を犯しているおそれがあるのです。これこそ見逃す訳にはいかないでしょう」
「賊の言うことを信頼するのか?」
「だから、それをこれから確認しようとしているのです」
「そんなことを許すことはできぬ。根拠もない賊の妄言を盾にして、法を犯そうとしている軍人を黙って見逃すことはできぬ!」
突然、追撃していた警備艦隊からビーム砲撃がされ、何発かはアルスヴィッドに命中した。しかし、ギャラクシー級戦艦の分厚い装甲を打ち砕くには破壊力が足りなかったようで、アルスヴィッドは若干揺れただけで、その外壁には傷一つ付かなかった。
「警告もなく、いきなり砲撃ですか?」
「犯罪者のくせにほざくな!」
「おやおや、口まで悪くなられたようだ。連邦艦隊の士官とは、とても思えないですね」
キャミルは追尾してくる警備艦隊の軽駆逐艦数隻を相手にもせず、フェーデ教会の総本山があるヴィーグリード上空まで、アルスヴィッドを降下させ、セイズ精製工場の隣にある空き地のど真ん中に着陸させた。
地上では、輸送艦よりはるかに巨大な戦艦の登場に大騒ぎになっていた。
神が降臨されたと喜ぶ者もいれば、逆に神がお怒りになって制裁を下しに来たと言って逃げまどう者もいた。
アルスヴィッドの最下部からハッチが開き、幅の広いタラップが地上に降ろされると、武装した兵士達約百名が降り立ち、アルスヴィッドの前に整然と隊列を組んだ。
シャミルとキャミルが、それぞれの副官を引き連れて、同じタラップで地上まで降り立つと、兵士達の隊列はキャミル達を護衛するようにしながら、セイズの精製工場まで進んで行った。
ヨトゥーンの人々は、いったい何が始まるのだろうと、遠巻きに見つめているだけであった。
その時、アルスヴィッドを追跡して来た警備艦隊の軽駆逐艦五隻が降りて来て、アルスヴィッドの隣に着陸すると、こちらからもぞろぞろと武装した兵士達が降りてきて、アルスヴィッドの兵士達に近づいて来た。
セイズ精製工場の搬入口の前まで進んでいたアルスヴィッドの兵士達も回れ右をして、ちょうど、精製工場の真ん前で、警備艦隊の兵士達と対峙するようににらみ合った。
警備艦隊の兵士達の隊列の中から、サド大佐が出て来ると、大きな声で呼び掛けた。
「キャミル少佐! 貴官は重大な法律違反及び軍規違反を犯している! 直ちに投降せよ!」
キャミルも、アルスヴィッドの兵士達の隊列の前に進み出て、エペ・クレールの柄に手を掛けながら、サド大佐に言った。
「大佐殿。この工場のような施設はいったい何でしょうか? ヨトゥーン族にこのような施設が建設できるだけの技術は無いはずです。それに、これだけの施設を建設するには、相当量の資材が必要とされるはず。その資材を運び入れた宇宙船の進入に警備艦隊は気づかれなかったのですか?」
「そ、それは……」
「あなたはそれを見て見ぬ振りをしていらっしゃったのか? それとも、この建物は、あなたが建てられたのか?」
「……」
「いずれにせよ、重大な法律違反を犯しているのは、大佐! あなたの方ではないのですか?」
サド大佐は何も反論できずに苛立っているようだった。
「私の違反行為である保護対象惑星への立ち入りよりも、相当、悪質かつ計画的犯行と言えるのでは?」
「……」
「とにかく、この建物を調査させていただきます」
キャミルはそう言うと振り返って精製工場の方に歩み出そうとした。シャミル達もそれに倣って建物の方に振り向き、一緒に歩き出した。
「待て! 少佐!」
キャミル達が振り返ると、サド大佐の手にはビーム銃が握られ、キャミル達に突き付けられていた。
「そなた達を生かしておく訳にはいかぬ!」
「ほう、我々の口を封じてしまわなければならないという訳ですか? 自らの犯罪を認められたということですね?」
「何とでも言え!」
「大佐殿、お忘れか? 私は戦艦で来ているのですよ。そして、その艦内には、まだ五千人以上の兵士が待機している。戦力的に敵うとお思いか?」
サド大佐が率いて来ている警備艦隊の兵士達は百名ほどで、地上に降り立っているアルスヴィッドの兵士達の数とほぼ同数であったが、アルスヴィッドの中には、その他の白兵要員の他に、戦闘機パイロットや航行スタッフが待機しており、キャミルの言っていることははったりではなかった。
「儂は大佐だ。そなたより上官だ。そなたの部下も儂の命令には従っていただこう」
「やってごらんになればよろしいでしょう」
キャミルは不敵な笑みを浮かべつつ、挑発的にサド大佐をにらみつけた。
サド大佐は、部下に持たせた携帯用拡声器のマイクに向かって話し出した。
「アルスヴィッドの乗員どもよ。そなた達の艦長は、犯罪行為を犯しただけではなく、上官の命令を無視しようとしている。もはや、キャミル少佐の命令に従う必要はない。大佐である儂の指揮下に入るのだ! キャミル少佐を捕らえろ!」




