Scene:07 フェーデ教会(3)
大きな樽の陰からシャミルが見てみると、最初のブロックでは、大勢の老若男女のヨトゥーン人が、大きなまな板の上でセイズを細かく切り刻んでいた。
切り刻まれたセイズは、手押し荷車に載せられ、次のブロックに運ばれていた。
シャミル達は、警備兵の目を盗んで、次のブロックの近くにあった道具棚のところに移動して、その陰に隠れた。
次のブロックでは、大きな釜がいくつも火に掛けられ、沸騰している水のような透明の液体の中で、切り刻まれたセイズが投入され、ぐつぐつと煮られていた。
煮詰まってきていると思われる釜の中の液体は、赤い水飴のようになっており、それを、大きなスプーンのような道具ですくい出し、木のバケツに移し替えていた。
バケツは次のブロックに運ばれると、そこには、足首ほどの深さしかない一メートル四方ほどに区画されたトレーのような窪みが無数に並んでおり、その中に赤い煮汁を移し替えていた。どうやら天然塩の製造のように自然乾燥させて結晶を精製しているようで、水分が蒸発し切った窪みでは、まるで赤い塩のような結晶が残っていた。
その赤い粉は、シャベルのような道具で木のバケツに移し替えられて、次のブロックでは、その赤い粉を、先ほど輸送船に積み込まれていた麻袋に手作業で入れられ、その袋は封をされ、同じ建物の中にある倉庫のような場所に運ばれていた。
「どうやら、あの赤い粉が完成品らしいね」
「あの粉のサンプルが欲しいですね」
「どうする、船長?」
「サーニャ、アルヴァック号にあらかじめ決めておいた暗号を送ってください」
「到着予定時間はどれくらいにするのにゃあ?」
「十分後です」
「了解だにゃあ」
サーニャは、腕時計のように左腕にはめていた端末の画面上のキーを押した。アルヴァック号はヨトゥーン空域のすぐ近くで待機しており、アルヴァック号がフルパワーを出してヨトゥーンまで航行すれば、十分もあれば到着することができた。
「送信完了だにゃあ」
「カーラ、ひと暴れしますか?」
「船長の許可が出れば、いつでも」
カーラはもう体が疼いているように身震いしながら答えた。
シャミルは腕時計型端末を見てタイミングを図っていた。
「十秒後に開始。……五、四、三、二、一、行きましょう!」
タイミングを合わせて、シャミルとカーラが麻袋の運び込まれている倉庫に向かって、サーニャが出口のドアに向かって、それぞれ走り出した。
見張りの警備兵がすぐに気づいて、警告を発した。
「誰だ! 止まれ!」
もちろん、シャミル達がそれに従う訳がなかった。
剣を持った警備兵がシャミルとカーラの二人に迫って来た。銃を持っていないのは、ヨトゥーンの人達に労働を強制する必要が無いことや、銃弾などで建物を壊してしまわないようにするためであろう。
カーラは向きを変えて、警備兵達に向かって行き、その太刀を抜いて振り回した。あっという間に警備兵達の剣ははじき飛ばされてしまい、カーラの太刀の横っ面で張り倒された警備兵達は次々と気絶してしまっていた。
一方、シャミルは倉庫に向かって全力で走り込んで、麻袋一つを両手で抱えて出て来ると、カーラを呼んだ。
「カーラ! 逃げますよ!」
「了解!」
カーラがすぐにシャミルの側に行き、シャミルが両手で重そうに持っていた麻袋を軽々と小脇に抱えた。
再び、警備兵が二人に向かって来たが、今度は、シャミルがコト・クレールを抜いて放り投げると、その青い光がぶつかった警備兵の剣はボロボロに崩れてしまった。
呆気にとられている警備兵を尻目に、シャミルとカーラはやすやすと元来たルートを戻って、大聖堂から外に出た。
そのぴったりのタイミングで、大聖堂の前の広場にアルヴァック号が降下してきた。
広場にいたヨトゥーンの人達も、いつも見ていた輸送船以外の「空飛ぶ船」の登場に驚いているようで、広場の端に寄って、息を飲みながら見守っていた。
サーニャも持ち前の素早さで、やすやすと外に出ることができたようだ。広場に着陸したアルヴァック号の船腹に開いた階段状のタラップの下で手招きしながら、シャミルとカーラを急かした。
「速くするにゃあ!」
「してるじゃないかよ!」
カーラは、サーニャに文句を言いつつも、しっかりとシャミルを護衛しながらアルヴァック号にたどり着いた。
三人が乗り込むと、すぐにタラップが収納されハッチが閉められ、アルヴァック号は離陸をして急上昇を始めた。
三人が艦橋に入ると、既にアルヴァック号は上空一万メートル辺りまで上昇していたが、索敵スタッフが大声で報告をした。
「ヨトゥーン軸二十八―四十二―十五に飛行物体! 当船に急速接近中!」
「拡大モニター限界到達! 映し出します!」
前面のモニターに映し出されたのは、連邦空域でよく見かける迎撃用小型攻撃艦三隻だった。
「まったく、あんな攻撃用宇宙船まで滞在しているなんて、組織的な犯罪だね、こりゃ」
「全速力で回避します! メインブースター出力最大!」
シャミルの指示を受けて、フルパワーを出したアルヴァック号は、あっという間に宇宙空間に飛び出した。三隻の迎撃用小型攻撃艦はアルヴァック号のスピードにはついてこれなかったようだ。
しかし宇宙空間に出たアルヴァック号を、今度は辺境警備の連邦宇宙軍の艦隊が待ち構えていた。
「貴艦は進入禁止惑星に進入した嫌疑が掛けられている! 直ちに停船せよ!」
「逃走します! 八十五―〇七―二十三にコース変更。メインブースター出力最大を維持!」
「了解」
「進行方向からも飛行物体接近!」
「うぎゃ~、囲まれているみたいだにゃあ!」
サーニャが言ったとおり、三百六十度展開している艦橋モニターのすべてに、辺境警備艦隊の艦船が映し出されていた。
その時、アルヴァック号の前方の宇宙空間に一つの光が輝いたと思ったら、見る見ると大きくなり、辺境警備の艦隊を追い抜き、アルヴァック号との間で急停船した。キャミルの戦艦アルスヴィッドだった。
包囲していた辺境警備の艦隊では、もっとも大きな船でも軽駆逐艦級の艦船であったから、アルスヴィッドの五分の一程度の大きさしかなかった。
まもなく、アルスヴィッドから警備艦隊に対する通信がアルヴァック号にも流れてきた。
「連邦宇宙軍第七十七師団所属戦艦アルスヴィッド艦長キャミル・パレ・クルス少佐です。この違反船は当艦が拘留します」
「サド大佐である! 少佐! ご存じだと思うが、我が艦隊の担当空域であるこの空域で捕捉した違反船については、我が艦隊に第一義的な取り調べ権限がある。その賊は我が方で取り調べるゆえ、我が艦隊で拘留する!」
「大佐殿こそ、ご存じないのですか。第七十七師団の拘留権は、管轄に縛られないことを」
「それは知っておる! しかし、そやつらは我々の警備をかいくぐって、違法にヨトゥーンに滞在していたのだ。ここの警備を預かっている我々が、まず取り調べをさせていただく!」
「大佐殿。この賊は、以前にお話した、我々が追って来たお尋ね者です。こちらが担当している事件の取り調べもあります。それに……」
キャミルはちょっと言葉を切って再び話し出した。
「この賊にヨトゥーンへ進入されていたのは、大佐殿の艦隊の失策ではないのですか?」
「そ、それは……、うぬぬ」
サド大佐が地団駄を踏んでいるのが目に見えるようだった。
戦艦アルスヴィッドは、以前と同じようにアルヴァック号をその艦内に収容すると、まるで逃走するかのように、全速力でヨトゥーン空域から去って行った。




