Scene:07 フェーデ教会(2)
「軍だって、この惑星には降り立つことはできないんじゃないかにゃあ?」
「もちろん、そうですね。……それより二人とも、周りを見てごらんなさい」
カーラとサーニャが辺りを見渡したが、特段、何も変わったところはなかった。
「何も変わったところはないよ」
カーラが不思議そうな顔をしてシャミルに答えた。
「そうですね。ヨトゥーンの人達が何事もなかったように平然としているでしょう?」
「そうか! つまり、みんな、あの宇宙船を見慣れているということだにゃあ!」
「ええ。あの輸送船は、もう何回もヨトゥーンに来ているんでしょうね」
シャミルはそう言うと、近くにいたヨトゥーンの若者に少し怯えたような声で訊いた。
「空から降りてきた、あの巨大な船は何なのですか?」
ヨトゥーンの若者は、シャミルから話し掛けられたことが嬉しかったようで、にやけた顔で答えた。
「初めて見たのかい? そりゃあ驚いただろう?」
「はい、びっくりしました」
「あれは神様の乗り物さ。あんな大きな船を空に浮かべることができるんだ。フェーデの神様は本当に奇跡を起こすことができるのさ」
「そうなのですか。あれはフェーデの神様の奇跡なのですね。あの船の中には、誰が乗っているんですか?」
「フェーデ教会の人達が乗っているらしいよ」
「そうですか。フェーデの神様を信じていれば、私達もいつかはあの船に乗れるのでしょうか?」
「そうかもしれないな」
「そうですか。分かりました。どうもありがとうございました」
シャミルともっと話したそうにしていた若者に軽く頭を下げてから、シャミル達は輸送船の近くまで歩いて行った。
「接触禁止の種族に堂々と宇宙船を見せびらかすなんて、一体どこのどいつだい?」
「どうやら軍の中にも不届き者がいるようですね」
シャミル達が、柵の外から輸送船を眺めていると、大勢のヨトゥーン族の男性が工場のような建物から、麻でできたと思われる穀物袋を満載した手押し荷車を押しながら出て来て、輸送船まで運んでいた。どうやら、その麻袋を輸送船に積み込んでいるようだった。
「保護対象民族がいる惑星からは、いかなる物質も持ち出すことは禁止されているはずです。幾つもの違法行為が平然と行われているようですね」
「どうする、船長?」
カーラの質問に対し、シャミルはすぐに答えを出した。
「あの建物の中に入ってみましょう」
「大聖堂と同じように自由に出入りできるとは思えないけどねえ」
「まあ、行ってみましょう」
シャミル達は、柵越しに、工場のような建物の周りをぐるっと一回りしてみたが、出入り口は輸送船への荷物の搬入口となっている所しかなかった。繋がって建てられている大聖堂の中から入らなければならないようだった。
シャミル達は、再び大聖堂の正面にある広場まで戻って来た。
「先ほど、聖職者達が出入りしていた祭壇の後ろの扉が怪しいですね」
「行ってみるかい?」
「もちろん」
三人は再び大聖堂の中に入り、祭壇の近くまで歩み寄った。聖職者達が出入りしていた扉の両脇には、引き続き護衛の槍兵が立っていた。
「いくら船長がニコって笑って『入れてください』って言っても、すんなり入れてくれるとは思えないけどねえ」
「そうですねえ」と言いつつも、シャミルはまったく困った様子ではなかった。
「言ってみましょうか?」
シャミルは、そう言うと、一人で扉の前まで進んで行った。
当然、護衛の槍兵に止められた。
「止まりなさい! この先は立入禁止です」
心持ち、シャミルに対しては優しい言葉遣いだった。
「教祖様にお渡ししたいものがあるのでお会いしたいのですが?」
シャミルはニコニコと笑いながら槍兵に話した。
「残念ながらそれはできない」
「そうですか。分かりました。それでは、あなた方が教祖様へのプレゼントを預かっていただくことはできますか?」
「プレゼントとは何だ?」
「これです」
そう言って、シャミルがコト・クレールの柄に手を掛けて、青い宝石を二人の槍兵の方に向けると、青い宝石が怪しげに輝いた。その光を見つめていた二人の槍兵はたちまち目を閉じて眠ってしまった。
すぐにカーラが近づいて来て、二人の槍兵を後ろの壁にもたれ掛けるようにして、立ちながら居眠りをしているようにした。
シャミル達は後ろを振り返り、礼拝の間にいるヨトゥーンの人達がシャミルの方に注目していないことを確認してから、扉を開け、中に入った。
扉を入った向こう側は長い廊下となっており、その左右にドアがいくつも並んでいた。
シャミル達は足音を忍ばせてゆっくりと廊下を歩いて行った。
「サーニャ、お願いします」
「任せるのだにゃあ。……あの奥の部屋に何人か人がいるみたいだにゃあ」
廊下の突き当たりには、またドアがあったが、その手前のドアから話し声が聞こえてきているようだった。シャミルにはまったく聞こえなかったが、十倍の聴力を持つサーニャにはうるさいくらいに聞こえているようだった。
そのドアの前に差し掛かると、大きな声で談笑している話し声がシャミルにも聞こえてきた。
「はははは。しかし、いつやっても、崇められるというのは気持ちが良いものだ」
「まったくだ。しかし、そろそろセイズだけじゃなくて、女の貢ぎ物も欲しいものだな」
「へへへへ。ヨトゥーンの奴ら、ほいほいと貢いでくるだろうよ」
「そうだな。今度、教祖様に話してみるか」
シャミル達は、そのドアの前を無言で通り過ぎて、廊下の突き当たりにあるドアの前に立った。シャミルがドアのノブを回すと、鍵は掛かっていなかった。
ドアを注意深く少しだけ開くと、その隙間から、サーニャがすばやくその部屋を見渡した。
「中は大きな広い部屋で、ヨトゥーンの人達が、剣を持った五・六人の兵士に見張られて、働かされているにゃあ」
「気づかれずに入ることはできますか?」
「道具とか棚とかがあちこちに置かれているから、それに身を隠すことができるにゃあ」
「サーニャ。先導してください」
「了解だにゃあ」
ドアをもう少し開けて部屋の中に入ったシャミル達は、抜き足差し足でドアの近くにあった大きな樽の陰に隠れた。
そこは、広大なワンフロアの作業場のような部屋で、工場の生産ラインのように、作業ブロックごとに、建物の奥に向かって、色んな道具が配置されていたが、作業はすべてヨトゥーンの人達の手作業で行われていた。
ヨトゥーンの人達は無理矢理働かされているようではなく、神様へのお供え物を作っているという、どちらかというと誇らしい顔つきで作業に精を出していた。
警備の兵士達も、作業をしているヨトゥーンの人達を見張っているというよりは、外部からの侵入者を警戒しているようであった。




