Scene:18 時空間を隔てた別離(1)
シャミルは、キャミル、メルザ、そしてジョセフから「意思」を補充してもらいながら、目の前に見えるドアを次々に開けていった。
しかし、どのドアの向こう側も同じような時空間で、さすがのシャミルも疲れてしまった。
「シャミル、大丈夫か?」
キャミルが少しふらついたシャミルの側に立ち、肩を抱いて支えてくれた。
「ありがとう、キャミル」
「少し休憩をしよう」
そう言うと、キャミルは、シャミルを誘って腰を下ろした。
「このまま闇雲に時空間を移動していても元の時空間に戻れる気がしないね。何か良いアイデアは無いのかい?」
メルザがジョセフに詰め寄った。
「こればかりは私にも分からない。私も時空間を移動する力など持ってなかったからな」
お手上げといった雰囲気になってしまい、メルザもシャミルの近くに座った。
全員が無言になっていると、メルザがぽつりと呟いた。
「エキュ・クレールも二人に近づくと震えるんだね? やっぱり、この青い石のせいなんだろうね?」
メルザは左腕にはめたエキュ・クレールを右手で押さえていた。
「ええ、まるで共鳴しているみたいですよね」
シャミルも笑顔をメルザに返した。
「この石は何でできているんだろうね? 宝石のようでもあるけど」
「その石はオレイハルコンの結晶だよ」
メルザの独り言のような呟きにジョセフが答えた。
「オレイハルコンの結晶! オレイハルコンが結晶化できるなんて初めて聞きました」
「アース族だけがなし得た技術だ。そして、これは私の推測だが、このオレイハルコンの結晶には、アース族の超能力を強化させる力があるようだ」
「コト・クレールとエペ・クレール、そしてエキュ・クレールもアース族が作ったのですか?」
「そうだ。強化と同じ原理だと思うのだが、ロキ達と同じ遺伝子情報を持った者に反応して、そのことを知らしてくれるんだ。赤ん坊だった頃のシャミルとキャミルに会った時、私が手にしていたコト・クレールがすごく震えた。だから、二人はロキ達の遺伝子情報を濃く受け継いでいることが分かったんだ。そして、コト・クレールとエペ・クレールは、それぞれ二人の超能力を開花させてくれると思ったし、石の導きによって、二人は必ず出会うと信じていた」
「石の導き……」
ジョセフの言葉がシャミルの意識の中で無意識に繰り返された。
「そうだ!」
突然、叫んだシャミルを全員が見つめた。
「バルハラ遺跡の中にも青い石があると聞きました」
マーガレット・デリング博士が父親のサミュエル・デリング博士から聞いた話だ。
「ああ、コト・クレールにはめ込まれている石の三倍ほど大きな石だ」
シャミルの問いに、この中では唯一、遺跡の中に入ったことのあるジョセフが答えた。
「もしかして、もしかしてですけど、その大きな青い石が私達を元の時空間に導いてくれないでしょうか?」
「なるほど。青い石同士が共鳴するベクトルを感じて、そこにあるドアを開くということだな?」
キャミルがすぐにシャミルの考えを言い当てた。
「はい」
「試してみるだけのことはあるだろう」
「って言うか、闇雲にドアを開けるより、そっちの方が良いに決まってるさ」
「メルザの言うとおりだ。やってみよう、シャミル!」
メルザとキャミルの賛同を得て、全員が立ち上がった。
「キャミル! メルザさん! 私の隣に来てください」
シャミルの意図が分かったキャミルはシャミルの右に、メルザは左に来て、手を繋いだ。
コト・クレールが強く震えているのが分かった。
「ドアを探します!」
シャミルが目を閉じると、目の前に、また無数のドアが現れた。
シャミルは、その一つ一つの前に進み出ると、コト・クレールの震えに神経を集中させた。
そして、次から次にドアを移動していった。しばらく何の変化もなかったが、一つのドアの前でシャミルは足を止めた。
コト・クレールの震えが明らかに大きくなっていた。試しにそのドアを通り越して、三つほど他のドアの前に立ってみたが、コト・クレールの震えは元に戻ってしまった。
コト・クレールが大きく震えたドアの前まで戻ると、シャミルは、一旦、目を開けて、みんなを見た。
「見つけました」
「そのドアを開けよう」
キャミルの言葉に力強くうなづいたシャミルは、再び、目を閉じると、ドアノブを掴んで、ドアを開けた。
一瞬で、周りの景色が変わった。
「ここは? ……戻って来たのかい?」
「ここはバルハラ遺跡の中だ」
メルザの呟きにジョセフが答えた。
そこは直径が五十メートルほどもある半球型の部屋で、窓や扉はなかったが、ほのかに明るかった。
そして、均質的な壁の一角の少しへこんだ所に青い石が置かれ、淡い光を放っていた。
マーガレット・デリング博士から聞いた話と合致することからすると、バルハラ遺跡の内部なのは間違いないだろう。
「あれを!」
キャミルが指差した先には、床からせり上がっているような形のベッドが四つあり、そのうち二つに見覚えのある人物が横たわっていた。
「私とジョセフじゃないか!」
メルザが呆気に取られて言ったとおり、そこにはジョセフとメルザが眠っているように仰向けになっていた。
メルザが走り寄り、もう一人の自分に触ろうとした。しかし、その手はメルザ自身の体を突き抜けてしまった。
「これは?」
呆然としているメルザの後ろからジョセフが近づき、その肩に手を掛けた。
「ここにいるのは、私とお前の精神が抜けた抜け殻のような肉体だ」
「じゃあ、どうすれば良いんだい? この私とこの横たわっている私をまた一緒にするのにはさ!」
「今、私達とこの肉体は同じ時空間にいるように見えるが、実は微妙にずれた時空間にいるのだろう」
ジョセフが冷静に答えた。
「こうやって見えているのにかい?」
「ああ、どうにかして、二つの時空間を同期できれば良いのだが」
「それもシャミルさんならできるのかい?」
メルザがシャミルを見つめた。
「さあ?」
シャミルも困惑するしかなかった。
そもそも時空間の何たるかを知っている訳でもなく、手探り状態でここまでやって来たが、今までと同じやり方で、すぐそこに見えている時空間に移動できるのかどうかも分からなかった。
「とにかくやってみよう!」
キャミルの前向きな一言で全員の意思は決まった。
「そうだね。こんなところで一生暮らすなんて、まっぴらごめんだからね」
シャミルの側にまたキャミルとメルザが寄り添うように立ち、広場の奥に置かれている青い石をじっと見つめた。しかし、今回はドアは出てこなかった。
「ドアが出てきません」
シャミルが両隣のキャミルとメルザに言った。
「今回は、すぐそこに行き先の時空間が見えている。別の方法じゃないのか?」
「どうすれば?」
キャミルの問いに、シャミルもメルザも答えることができなかった。
「おそらくだが」
しばらくして、三人の後ろに立っているジョセフが口を開いた。
「こうやって向こう側の時空間が見えているということは、今、私達がいる時空間と向こう側の時空間は接していて、見えない壁で分けられているだけだと思われる」
「と言うことは?」
じれったいような顔をしてメルザが続きを促した。
「その見えない壁を壊すことができれば、向こうの時空間に移動できるのではないだろうか?」
「見えない壁を壊す? どうやって?」
「今まで別の時空間に行くドア、つまり時空間トンネルを探していたと思うが、今度は目の前に穴を開けることをイメージしてみればどうだろう?」
「何でも良いからやってみよう!」
もう一度、シャミルを真ん中にキャミルとメルザが並んで立った。
「キャミル! メルザさん! 一緒に考えましょう! 目の前に穴を開けることを!」
「分かった!」
「ああ、行くよ!」
三人は、じっと前を見つめて意識を集中させた。
シャミルがキャミルとメルザの手を強く握った。ほとんど無意識だったが、キャミルもメルザもしっかりと握り返してくれた。
三人の目線の先に大きな青い石があった。
シャミルはそれをじっと見つめた。そのほのかな青い光が意識の中で充満した時!
コト・クレール、エペ・クレール、そしてエキュ・クレールの青い石それぞれから大きな青い石に目掛けて、まるでレーザービームのように青い光が放たれた。三つの青い光は三人の前方で一つに合わさり、太い光となって「向こう側にある」大きな青い石に到達していた。
すぐに、その光の帯の周辺にひびが入った。
そして、光の周囲半径一メートルほどの景色が、まるでガラスが砕けるように崩れ去って穴が開いた。その穴からは同じ景色が見えていた。
「開いた!」
「ゆっくりと行きましょう」
三人が横一列になって前に進むと、空間に開いていた穴がすぐに小さくなり、人が通り抜けできないほどまで縮んでしまった。
「どうなってるんだい?」
「光の焦点が影響している気がするな」
ジョセフが相変わらず冷静な表情のまま言った。
「どう言うことだい?」
「お前達が持っている青い石と向こう側の空間にある青い石の距離と角度といった要因で、この青い光が強くなったり弱くなったりしているのだろう」
「じゃあ、一番、強くなる位置を探しましょう!」
シャミルの提案で、シャミルとキャミル、メルザの三人はいろいろと立ち位置を変えてみたが、一番最初の位置がもっとも大きな穴が開くということが分かった。
「この位置から、みんなが一斉に向こう側に飛び込んでみましょう!」
合図とともに四人がタイミングを合わせて、穴に向かって突進をしたが、その位置から全員が走り出した瞬間にも穴は小さくなってしまい、四人は見えない壁にぶつかるだけであった。
何度かチャレンジしてみたが、結果は同じであった。
「駄目だな。四人一斉は無理のようだ」
ジョセフの言葉にシャミル達は何も言えなかった。
その間、うつむき加減になって、じっと考え事をしているようだったメルザがふと顔を上げた。
「じゃあ、ここで別れようか?」




