Scene:17 アース神族復活!
アリシアとレンドル大佐は、青い光のドームの中で苦しそうにしていたシャミルとキャミル、そしてメルザの三人が、突然、倒れるのを見た。
アリシアは、咄嗟に、シャミル達を助けようと走り寄ったが、青い光のドームに遮られ、そこから先に進むことができなかった。
とりあえず、青い光のドームに触れても大丈夫だと言うことが分かったからか、レンドル大佐もゆっくりと光のドームに近づいた。
また、遺跡の入口付近に待機していたメルザの副官二人も駆け寄って来た。
「お前達! いったい何をしたんだ?」
ファルアがレンドル大佐に詰め寄った。レンドル大佐の仕業と思ったようだ。
レンドル大佐は、ファルアの問いには答えず、無言で左腕を上げた。
それが合図だったようで、遺跡の入口から武装した惑星軍の兵士が整然と遺跡の中に入って来て、回廊に沿うようにして、青い光のドームを取り囲んだ。
当然、その側にいたアズミとファルアも取り囲まれてしまった。
「罠だったのか?」
「くそっ! アズミ、どうする?」
「メルザ様を置いて行けるわけないだろ」
メルザは、光のドームの中で、まだ倒れたままであった。
「武器を捨ててもらおうか?」
レンドル大佐がいつもは見せないドスの利いた顔で、アズミとファルアに迫った。
「メルザ様と心中するかい、ファルア?」
「ああ! あの時、拾われた命をここで捨てるだけだ!」
アズミは鎖鎌、ファルアは棍棒を構えると、取り囲んだ兵士に向かって行った。
兵士達も剣を抜いて二人に当たったが、さすがメルザの副官を務めているだけあり、兵士達が束になって掛かっても、アズミとファルアに傷一つ付けることができなかった。
その時、遺跡の入口から、大きな影が四つ、地面すれすれに低く飛びながら入って来ると、アズミとファルアの前に立ち塞がった。
強化服を着込んだ装甲機動歩兵であった。
主に非ヒューマノイド種族との戦争で惑星制圧のために使用される惑星軍の装備であり、海賊討伐を担当する宇宙軍では使用されないことから、強化服を知っている海賊はほとんどいないであろう。
アズミとファルアもその実力を知らずに装甲機動歩兵に向かって行ったが、二人の武器もまったく歯が立たず、あえなく捕らえられてしまった。
武器を取られた二人は、兵士達によって手足に枷が掛けられ連行されて行った。
兵士達によって回廊の中に戻されていたアリシアも何もできずに、ただ見守っているしかなかった。
「とんだ邪魔が入ったな」
遺跡から引きずり出されたアズミとファルアと入れ違いに、ハウグスポリ少将が護衛の兵士とともに遺跡に入って来て、レンドル大佐とともに、青い光のドームの側に立った。
「惑星軍の装甲機動歩兵はさすが強力ですな。宇宙軍にも配備させてあげれば良いものを」
「豚に真珠だ」
「そうですか? まあ、それは、国防省が考えるべき問題ですな」
「しかし、この青い光は?」
「遺跡の中から出て来たあれから発せられています」
レンドル大佐は、ピラミッド様建造物から出て来て、シャミル達の頭上に浮かび輝いている青い宝石を指差した。
「あれは?」
「おそらくオレイハルコンの結晶でしょう」
「オレイハルコンの結晶? そんな物があるのか?」
ハウグスポリ少将が驚くのも無理はなかった。
オレイハルコンは超高速航行技術であるスレイプニール航行に必要な鉱物で希少価値があり、現在の科学力をもってしてもその石が持っている力の全部は解明できていなかった。
ましてや、スレイプニール航行には、その原石があれば良く、オレイハルコンを加工する技術は連邦でさえも持ってなかった。
「ええ、ヒューロキンが持っていた腕輪にはめ込まれていた石を分析した結果、そう言う結論になりました」
「オレイハルコンを結晶化するような技術がアース族にはあったということか?」
「もはや神ですよ。できないことなど無かったのでしょう。自らの滅亡を防ぐこと以外はね」
ふいに光のドームが消えた。
思わず数歩後ろに下がったハウグスポリ少将とレンドル大佐の目の前で、シャミルとキャミルが立ち上がった。
一方、頭上で輝いていた青い石は倒れたままのメルザの真上に移動すると、意識がないままのメルザの体を浮かび上がらせ、メルザもろともピラミッド様建造物の中に入って行った。
ピラミッド様建造物に開いていた穴は、まるで消えてしまったかのように閉じてしまった。
後に残ったシャミルとキャミルは、取り囲んでいる兵士をゆっくりと見渡した。
「変ですな」
レンドル大佐が呟いた。
「何かが起きているのだろう。リンドブルムアイズに関係することに違いない」
ハウグスポリ少将は、レンドル大佐が感じた違和感が分からなかったようだ。
何だかんだと言って、シャミルとキャミルにまとわりついていたレンドル大佐は、目の前にいるシャミルとキャミルが自分の知っている二人ではない気がした。
レンドル大佐は用心深く二人に近づいていった。
「シャミルさん、キャミル少佐! 心配しましたぞ」
愛想笑いを浮かべながら近づいて来たレンドル大佐に、キャミルの険しい目が向けられた。
「寄るな! 下郎!」
キャミルは大声で叫ぶと、エペ・クレールを鞘ごとベルトからはずし、思い切りレンドル大佐の胸を打擲した。
レンドル大佐は、三メートルほど後ろに飛ばされ、ハウグスポリ少将の足元に仰向けに倒れた。
「身分のほどをわきまえろ! この劣化複製め!」
上半身を起こし、キャミルを見るレンドル大佐にいつものシニカルな笑顔はなかった。
「いったいどうなっているんだ?」
「人格が入れ替わっている気がします」
レンドル大佐は立ち上がりながら、ハウグスポリ少将の問いに答えた。
「人格が?」
「ええ、容姿は確かにキャミル少佐ですが、中身は別の人格になっているようです」
「すると、シャミルも?」
「おそらく」
キャミルの後ろに立っていたシャミルにもいつもの温和な笑顔はなく、無表情でレンドル大佐達を見つめていた。
「お前達は誰だ? シャミルやキャミル少佐ではないな?」
レンドル大佐が一歩前に出て大声で訊いた。
「そうだ。余らは貴様らの原本だ。こやつらはアース族と言っていたがな」
キャミルが自らの胸を指差しながら答えた。
「こちらはアース族の皇帝フレイア陛下、余は近衛元帥のロキだ」
いきなりの展開に、ハウグスポリ少将も理解の限度を超えていたようだ。
「どうしたんだ、いったい? 気でも触れたのか?」
その言葉が聞こえたのか、キャミル姿のロキはエペ・クレールを抜くと、鞘を投げ捨て、ハウグスポリ少将に向かってゆっくりと近づいた。
包囲していた兵士達がすぐに駆けつけて来て、ハウグスポリ少将とレンドル大佐を後ろに下げるとともに、キャミルの前に大勢の兵士が立ち塞がった。
「そこをどけ」
静かな声であったが、兵士達に恐怖心を植え付けるだけの迫力があった。
兵士達は誰もキャミルに打ち込んで行くことができなかった。
キャミル本人が連邦軍では屈指の剣の達人であることが知れ渡っていたこともあるが、今、目の前にいるキャミルからは不気味なほど威圧的なオーラが放たれていた。
「どかぬか?」
キャミル姿のロキがエペ・クレールをその場で真横に払うと、目に見えない衝撃波が襲って来て、包囲していた兵士達は全員が後ろに向け突き飛ばされてしまった。
「キャミル少佐を捕らえろ!」
ハウグスポリ少将が命じると、そのまま待機していた装甲機動歩兵四体が低空を飛行して、ロキを中心に半径一メートルほどの範囲に包囲すると、そのままロキを捕獲しようとした。
しかし、ロキがエペ・クレールを振り回すと、中の兵士ごと四体の装甲機動歩兵の手足が切り落とされてしまった。
「何だと! 装甲機動歩兵の強化服を剣で切り落とすだと?」
ハウグスポリ少将も一瞬、唖然としてしまったが、すぐに別の指示を側近の兵士に出した。
「余らに刃向かっても無駄だ!」
シャミルの姿をしたフレイアの近くに悠然と戻ったロキが上空を見上げると、惑星軍の攻撃飛行艇が四機飛んで来て、ロキ達の上空でホバリングを始めた。
そのうちの一機からレーザー砲撃がされると、ビームはフレイアとロキの近くに着弾して石畳の地面に直径一メートルほどの穴を開けた。
「すべての照準がお前達を捕捉している! 大人しく降伏しろ!」
ハウグスポリ少将の警告に、ロキは馬鹿にした笑顔で拒否回答に代えた。
何かをしようとしたロキだったが、フレイアから呼ばれたようで、動きを止めて後ろのフレイアの方に振り向いた。
ロキに頭を下げられたフレイアは、上空に向かって右手を挙げた。
すると、四機の攻撃飛行艇は、内側から何かが膨張したように破裂をしてしまった。
バラバラと大小の部品が遺跡に降って来て、それから逃げ惑う兵士達で、ちょっとしたパニックになっていた。
騒ぎが静まるのを悠然と待っていたフレイアとロキは、頃合いを見計らって、ハウグスポリ少将とレンドル大佐に言った。
「貴様らの方が余らに忠誠を誓うのだ!」
惑星軍の兵器がまったく役に立たなかった現実を突き付けられると、ロキの通告をそのまま突き返すことはできなかった。
しかし、かと言って、最新鋭の兵器を擁する軍隊がたった二人の「ヒューマノイド」に敗れたことを直ちに受け入れることもできなかった。
無言で、フレイアとロキを睨むハウグスポリ少将とレンドル大佐に対して、痺れを切らしたようにロキが叫んだ。
「余らに刃向かうとどうなるかを、フレイア様じきじきに教えていただけるようだ」
ロキがまたフレイアに頭を下げると、フレイアは両腕を頭上に挙げた。
それと同時に凄まじい揺れが遺跡を襲った。
とても立っていられない兵士達は全員がその場に伏せるしかなかった。
アリシアも、回廊の屋根が崩れ落ちてくるのではないかと心配しながらもその場にしゃがみ込むことしかできなかった。
揺れは十秒ほどで止んだ。遺跡は石一つ崩れ落ちた所はなかったが、遺跡の外側では、あちこちから煙が立ち上っているのが確認できた。
揺れたのは、バルハラ遺跡だけではなく、もっと広範囲であったようだ。
「今の揺れは?」
「フレイア様が起こした地震だ」
「そんな馬鹿な!」
「ご所望なら、もう一度、起こそうか?」
ロキがフレイアにうなづくと、フレイアは再度、両腕を前方に突き出した。
また、立っていられないほどの巨大な地震が起きたが、ほんの十秒ほどでぴたりと止んだ。
「今の地震など、フレイア様の力の一万分の一も出しておらぬぞ! フレイア様の力を持ってすれば、惑星一つを破壊することも容易いことだ」
ロキは、ずいずいとハウグスポリ少将とレンドル大佐の前に進み出た。
「貴様らが指揮官であろう? さあ、降伏しろ!」
ハウグスポリ少将の前に護衛の兵士が立ち塞がった。
「邪魔をするな!」
ロキが一喝すると、護衛の兵士達の体がバラバラに引きちぎられてしまった。
いきなりの阿鼻叫喚の惨状に、さすがのハウグスポリ少将とレンドル大佐も顔をしかめながら、たじろぐことしかできなかった。
「余は気が短い。返事ができないようであれば、ここにいる全員を挽肉にしてやるぞ」
「ま、待て!」
ハウグスポリ少将がすぐに手を挙げて、迫って来るロキを制止した。
「わ、分かった。降伏する」
「賢明だ」
ロキはそう言うと、踵を返してフレイアの近くに戻り、再びフレイアの前に立つと声高らかに宣言をした。
「この銀河は再び余らが支配する! 余らの複製たるヒューマノイド種族どもは余らにひざまづくのだ!」
呆然とその宣言を聞くことしかできなかったハウグスポリ少将とレンドル大佐の目の前で、また一人の兵士の体が破裂した。
「ひざまづけと言っておるぞ! 聞こえぬかのか、この劣化複製ども!」
屈辱に顔を歪めながら、ハウグスポリ少将軍とレンドル大佐がひざまづくと、それに倣って、遺跡内の広場を包囲していた兵士全員が武器を置き、その場でひざまづいた。
アリシアも隣にいた兵士に無理矢理、ひざまづかされた。
「それで良い。余も従順な僕には寛大な心で接するのでな」
満足げなロキの後ろで臣下の礼を一身に受けていたフレイアは無表情なまま、遺跡を埋め尽くす兵士達を見渡した。




