Scene:14 オリジナルとコピー
シャミルとキャミル、そしてメルザは、お互いの顔を見つめ合うようにして立っていた。
今までの胸の痛みは、いつの間にか消えていた。
「この空間はいったい?」
「以前に、あんたらの目を見た時、一瞬だけ飛ばされた空間と同じだね」
シャミルが独り言のように呟いた問いに、メルザが冷静に答えた。
「メルザさんもこの空間のことは知っていたんですね?」
「ああ、『自分の遺伝子を受け継いでいる者はその目を見れば分かる』とジョセフに言われて、実際に、私もジョセフの目を見て、この空間に飛ばされたことがあるからね。それに、あんたらの目を見た時も同じようになったよ」
シャミルは、メルザに初めて会った後、キャミルと見つめ合って、この空間に飛ばされた時のことを思い出した。
「でも、あの時はすぐに元に戻りました。今は……」
壁も天井も無く、見えない床に立っているような三人は、辺りを見渡したが、元の空間に戻る気配はまったく感じられなかった。
「何だか実在しているようであり、そうでもないような気がするね」
メルザが感じている感覚は、シャミルも同じように感じていた。
三人ともそのままの容姿でそこに存在していたが、何かが違う気がした。
シャミルは、キャミルとメルザの背後に、突然、二人の人物が現れたのを見た。
キャミルとメルザも背後の気配を感じ取って、振り向きざまに剣を抜き、その二人の人物に突き付けた。
「誰だい?」
「シャミルとキャミル。お前達二人を待っていたぞ」
古代の鎧を身にまとった男性が、まるで王族が平民に向かって話すような傲慢な態度で言った。
長身で逞しい体つきの若い男性は、キャミルと同じく燃えるような赤毛、そして赤い瞳の美しい顔立ちをしていた。
そして、その男性の後ろには、シャミルと同じプラチナブロンドのロングヘアに緑の瞳をした女性が控えており、白くゆったりとした衣装からは、テラの古代神話に登場する女神のように見えた。
「お前達は誰なんだよ?」
メルザが剣を男性の喉元に突き付けようとすると、メルザは目に見えない何かで弾かれたように数メートル後ろに突き飛ばされた。
「出来損ないに用はない!」
男性が汚らわしいものでも見るような目をして、上半身を起こしたメルザに言い放った。
「メルザさん!」
シャミルがすぐにメルザに駆け寄り、腕を取って立ち上がらせた。
キャミルも男性達から目を離さずに、シャミルの側に移動した。
「いきなり出て来て、人を突き飛ばすような知り合いはいないぞ!」
いかに突き飛ばされたのが海賊のメルザであっても、理不尽な扱いをされることには、キャミルも腹を立てた。
「身分をわきまえよ! 劣化複製ども!」
「劣化複製? それはどう言う意味ですか?」
シャミルも二人の横柄な態度に怒りを押さえ込むことができなかった。
「原本である余らの遺伝子情報にできるだけ近づけた複製にすぎないということだ」
「原本? もしかして、あなた方は……」
シャミルの頭の中に、あり得ない結論が浮かんだ。しかし、これまでの情報をまとめるとその結論にしか行き着かなかった。
「あなた方はアース族なのですか?」
「何だ、アース族とは?」
マーガレット・デリング博士が仮に名付けている超古代の種族名を当の種族が知っているはずがなかった。
「私達ヒューマノイド種族の共通祖先である超古代の種族のことです」
「なるほど。余らは自らを指し示す名前は持たぬ。だが愚かなそなたらへの説明のため、今回はその名前を使ってやろう。確かに、余らはアース族だ」
「生き延びていたのですね?」
「このロキとフレイア様の二人だけだがな」
男性は自らを「ロキ」と名乗り、後ろに控えている女性を「フレイア」と呼んだ。
「どうやって生き延びることができたのですか?」
「もちろん、肉体は、とうの昔に滅んでしまった。余らは、今、肉体を捨て精神生命体として存在している」
「精神生命体?」
「何億年もの年月、肉体を保存することは、余らの科学力をもってしても不可能であった。しかし、アース族の王族である余らは特殊な能力を持っている。それを使って肉体から精神を分離させることは容易いことだ」
「何が何だか分かりません!」
さすがのシャミルも理解の限度を超えていた。いきなり現れて、共通起源の超古代種族であり、肉体を捨てて存在していると言われて、混乱するなという方が無理であった。
「ふんっ! やはり劣化複製だけに物分かりも悪いようだな」
「あんたらの言っていることを分かれってのが無理なんだよ!」
メルザも珍しく苛ついていた。
「そもそも、ここはどこなんだ? 我々はバルハラ遺跡にいたはずだが?」
キャミルは剣を下ろさずに訊いた。
「貴様達は、これからずっとここにいるのだ」
「どう言うことですか?」
「ここは精神生命体として存在できるように時間の流れが凍結されている空間だ」
「精神生命体として存在……。だとしたら、今の私達は?」
「肉体と離れ、余らと同じ精神生命体としてここにいる」
「肉体と離れて? ……それでは、私達の肉体はどうなっているのですか?」
この空間に来てから感じていた違和感は、肉体と分離された精神としてのみ存在していたからだと、シャミルは理解した。
すると精神が抜けた肉体はどうなっているのかという疑問がわくのは当然であろう。
「バルハラ遺跡にそのままある。その肉体を司る精神が抜けたままな」
「どうして、そんなことを?」
「シャミルとキャミル。そなたらの肉体をもらい受けるためだ」
「私達の肉体をもらい受ける? ……どう言うことですか?」
「余らは、精神生命体として、この空間で何億年もの時間を過ごしてきた。余らの器となる肉体の誕生を待ってな。そして、今、その器ができた。シャミルとキャミル、お前達二人の肉体だ」
シャミルは、吹き飛んでしまいそうな理性を何とか保ちながら、その頭脳をフル回転させた。
「私達の精神を追い出した肉体に、あなた方が宿るということですか?」
「そうだ」
「どうしてそんなことを?」
「余らは貴様らの肉体を得て本来の時空間に降臨する。そして、アース族が支配する世界を再び構築するのだ」
「今この世界はヒューマノイド種族が共存共栄している世界です! あなた方が支配をすることが許されるはずがありません!」
「ならば、逆に訊こう。貴様らに銀河を支配する資格はあるのか?」
「銀河を支配するという意味が分かりません! 私達は、ともに手を携え、協力して、話し合いで銀河を治めています! それは最良の方法のはずです!」
「衆愚の極みだ! 余らに支配されることで、銀河は本来の輝きと繁栄を取り戻すことができるはずだ」
まるでテラ解放戦線と同じ考え方に、シャミルはますます腹を立てた。
「あなた方は私達のご先祖様かもしれませんが、あなた方はもう必要とされていません!」
「ふんっ! この銀河は余らのものだ! 貴様達は余らの留守中に住まわせてやっているだけの存在! 主人が帰ってくれば、大人しく明け渡すべきであろう?」
「今頃、のこのこと現れて、自分達が主人だなんて言われて誰が信じるんだよ!」
「だから、出来損ないは黙っていろ!」
ロキが右手でメルザを指し示すと、どすっと言う鈍い音がして、メルザは腹を抱えてうずくまってしまった。どうやら見えないパンチがメルザの腹を直撃したようだ。
「メルザさん!」
シャミルがメルザの肩を抱きながら、ロキを睨んだ。
「こんな酷いことを平気でするあなたが私達の祖先だなんて信じられません! いいえ! 信じたくもありません!」
メルザに対しては強行的な態度に出るロキも、シャミルに対しては手をあげることがなく、蔑みの心情が含まれてはいたが、一目置いているかのような様子がかいま見えた。
「ならば、その肉体を気持ち良く提供してもらうために、貴様達に余らの歴史を教えてやろう。余らが正当な銀河の支配者であることをな!」
「あんたの話をちんたらと聞いている暇はないよ!」
ロキは、苦しそうに文句を言ったメルザには目もくれずに、シャミルから目を外さなかった。
「心配するな。余らの記憶を貴様達に注入するだけだ。すぐに終わる」




