Scene:11 メルザとハシム
惑星ビュグビル空域を航海していたフェンリスヴォルフ号の艦橋に着信音が響いた。
海賊船であるフェンリスヴォルフ号に通信を求めてくる者などほとんどいないことから、艦橋には緊張が走った。
「メルザ様、どういたしましょう?」
副官席に座ったアズミが艦長席のメルザを振り返りながら訊いた。
「名乗ってるかい?」
「ハシム・ファサドと名乗ってます?」
「……繋ぎな」
「良いんですか?」
「ああ」
フェンリスヴォルフ号の艦橋モニターにハシムの顔が映し出された。
「メルザか?」
「ああ、海賊船に連絡してくるなんて、気でも触れたのかい?」
「どうしても話したいことがあるんだ」
「このアドレスナンバーは誰に訊いたんだい?」
「シャミルだ」
「あんたの話というのは、シャミルさんの話なのかい?」
「そうだ」
「なぜ、シャミルさんが直に連絡をしてこないんだい? 私はシャミルさんに嫌われるようなことをしたかねえ?」
「シャミルはキャミルと一緒に、今、テラにいるんだ」
「テラに? じゃあ、囚われているのかい?」
「そう言うことだ。通信管制が敷かれていて、連絡したくてもできない状況なんだ」
「あんたはどうやってシャミルさんと連絡を取ったんだい?」
「シャミルの実家の骨董店から俺宛の荷物が届いた。その中にメッセージメモリーが仕込まれていたんだ」
「それに私に伝えたいことが入っていたのかい?」
「そうだ。できれば、会って話がしたい」
「……あんたは今どこにいるんだい?」
「イリアスだ。そちらの指定する場所に駆けつける」
「私がイリアスに行くよ。一日もあれば着ける。イリアスに着いたら、このアドレスに返信するよ」
「分かった。待っている」
通信が切れると、アズミとファルアが不思議そうな顔をしてメルザを見た。
「メルザ様! 大丈夫なんですか? 罠かもしれないですよ!」
「大丈夫だよ。あの男は信用できる奴さ」
船長席に頬杖を着いたまま、メルザは少し寂しげに微笑んだ。
イリアスの首都ムスペルの郊外。
聖セイラ園を眼下にみる小高い丘の上にハシムは一人立っていた。下から吹き上がってきた風がハシムのゆったりとした服をはためかした。
「ここからは園がよく見えるんだったね」
背後からメルザの声がした。
ハシムも格闘術を学んだことはなかったが、商人としての注意力なのか、後ろに人が立った気配くらいは常に分かっていた。しかし、今、メルザが背後に立ったことにはまったく気づかなかった。
「やっぱり、あんたもあの園にいたんだな?」
「さあ、どうだろうね」
ハシムは、近づいて来たメルザの顔に忘れ得ない面影を見た。
「さあ、シャミルさんの伝言を教えておくれ」
「直に聞いてくれ」
そう言うと、ハシムは、手のひらサイズの球形のガラスを懐から取り出した。
高画質立体映像投射器だ。
ハシムがそれを地面に置くと、その上にシャミルが現れた。少し透き通っているが、ちゃんとそこにいるように見えた。
「メルザさん、わざわざありがとうございます。私とキャミルは、今、テラに軟禁されていて、通信管制も敷かれているので、こんな方法でしか連絡が取れませんでした」
メルザは優しい顔をしてシャミルに見入っていた。
「メルザさんにお願いがあります。すごく身勝手なお願いなんですけど、テラに来ていただくことはできないでしょうか? テラは、今、厳重な包囲網が敷かれていますから、テラに入って来ることは至難の業だとは思いますが、メルザさんなら簡単ですよね」
シャミルの無茶ぶりだったが、メルザは、シャミルが可愛くてたまらないかのように微笑んだ。
「私達は今、父上の故郷にあるバルハラ遺跡の近くにいます。と言えば、メルザさんも分かっていただけるはずですよね。そうです。リンドブルムアイズに関することです。軍の一部が暴走し始めた今、早くリンドブルムアイズを見つけたいのです。遺跡の中からは、メルザさんを呼ぶ声が聞こえました。リンドブルムアイズを見つけ出すには、メルザさんが必要なのです」
シャミルは、少し言葉を切って、次の言葉を話して良いものかどうかを迷っていたようであったが、踏ん切りを付けるようにうなづくと、また、話し始めた。
「メルザさんはご存じなのかどうか分かりませんが、エキュ・クレールという、コト・クレールと同じような青い石がはめ込まれた盾型の腕輪があります。それを持っている人にも同じようにメッセージを送っています。メルザさんとエキュ・クレールが揃えば、きっと何かが起きる気がします!」
シャミルはメルザの方に向いて深々とお辞儀をした。
「でも、メルザさんが私のところに来てくれる義理はありません。あくまで私の勝手なお願いです。行く行かないはメルザさんが決めてください。最後までメッセージを見てくれてありがとうございます」
映像が消えた。
「と言うことだ。要は、あんたにテラに来てほしいということなんだ」
メルザはゆっくりと体を回して、ハシムを見た。
「エキュ・クレールを持っているという奴にもメッセージを届けたのかい?」
「い、いや、実は連絡が取れないんだ」
「そうだろうね」
「何?」
「エキュ・クレールも私が持っているよ」
ハシムがメルザの示した左腕を見ると、その二の腕に盾型の腕輪がはめられており、青い石が輝いてた。
「ヒューロキンという賞金稼ぎが持っていたはずだが?」
「今頃、宇宙の藻屑になってるさ。船乗りたる者、宇宙に抱かれて逝くなんて幸せなことさ」
「お前がやったのか?」
「私は海賊だよ。賞金稼ぎは敵だからね」
「あんた、……どうしてそんなになっちまったんだよ?」
ハシムは思わず大きな声を上げた。
「何のことだい?」
「園に来た俺に優しくしてくれて、いや、俺だけじゃねえ! 園のみんなに優しくしてくれたお姉ちゃんだったあんたが! ……何でだよ?」
「……人違いだよ。あんたが知っている女の子は、今は、もういないんだよ」
「じゃあ、俺の姉さんはどこに行った?」
「……!」
今まで表情をほとんど変えなかったメルザが初めて驚いた顔を見せた。
「……シャミルに聞いた。あんたはシャミルとキャミルのお姉さんなんだってな。それだけじゃねえ。ひょっとしたら、あんたの母親と俺の母親は同じなんじゃないかってな」
メルザはハシムに優しい笑顔を見せた。
「あんたみたいな弟がいたら楽しかっただろうね」
「……」
「私はテラに向かうよ」
メルザのその言葉を聞いて、ハシムは頭を深く下げた。
「頼む!」
「何だい?」
「シャミルとキャミルを助けてくれ!」
「……」
「あんたにとっては可愛い妹なんだろうけど、俺にとっても二人は大切な友人なんだ! でも商人の俺なんかじゃ二人を助けることなんてできないし、そもそもテラに入ることすらできない。でも、あんたなら、きっとできる。だからこそ、シャミルがあんたにメッセージを託したんだろう」
「……分かったよ」
メルザはハシムに近づいていった。
「私の血みどろの手で触られるなんて、まっぴらって思ってるかもしれないけど、一度だけ」
「えっ?」
ハシムが顔を上げると、メルザが自分より背の高いハシムの頭に手を伸ばして、髪の毛をくしゃくしゃにしながら、乱暴に撫でた。
「はなたれ小僧が大きくなりやがって」
「……」
メルザの目に光るものを見た気がしたハシムだったが、それを確かめる暇も無く、メルザはすぐに回れ右をした。
「私に任せな。シャミルさんとキャミルさんは必ず助け出すよ」




