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リンドブルム☆アイズ  作者: 粟吹一夢
Episode-10 銀河を継ぐ者
220/234

Scene:10 再会

 シャミルとキャミルは、エアカーをレンタルして、バルハラの街からバルハラ遺跡に向かった。

 約二か月ぶりに見たバルハラ遺跡は、時が止まっていたかのように何も変わっていなかった。

 遺跡の管理事務所に行き、アリシアへの面談を申し込んだが、遺跡で調査中ということだったので、二人は遺跡に向かった。

 石造りの丸い回廊に囲まれた広場の奥に、鋭い角度で立つピラミッド様の建造物があり、その基礎部分に若い女性がうずくまっていた。

 すぐ後ろまで近づいたシャミルとキャミルは、女性に声を掛けた。

「すみません」

「は、はい!」

 驚かせないようにと小さな声で掛けたが、女性はびくついて立ち上がり振り返った。

「な、何でしょう? ……あっ!」

「アリシアさん、お久しぶりです。憶えていらっしゃいますか?」

「もちろんです! お二人と撮った写真は引き伸ばして部屋に貼っていますから!」

「そ、そうなんですか」

「はい! シャミルさん! キャミルさん! お久しぶりです!」

 前回会った時と同じ作業着を着て、まん丸眼鏡を掛けたアリシアが満面の笑みで二人を迎えた。

「今日は、どうされたんですか?」

「実は、先日、マーガレット・デリング博士とお会いして、いろいろと話をさせていただきました」

「そうなんですか」

「アリシアさんが元気にしてるかどうか、心配してましたよ」

「あははっ、滅多に電話もメールもしないもので」

「それだけ研究に没頭されているのですね?」

「それもありますけど、元々、ずぼらな性格ですから」

 アリシアは恥ずかしげな顔をしながら後頭部をポリポリと掻いていた。

 マーガレット・デリング博士と親子であることが何となく想像できてしまったシャミルとキャミルであった。

「でも、デリング博士と会ったということは、お二人もヒューマノイド共通起源説の研究を始められたのですか?」

 自分の母親でも「デリング博士」と呼ぶアリシアには、父親のファミリーネームを名乗っていることからも、母親との間に何かしらの確執があるのかもしれなかった。

「最近、いやおうでもヒューマノイド共通起源説を勉強しなければならないことになってしまって」

「お忙しいんですね」

 前回と同じ雰囲気のままのアリシアと話していると、ここテラがクーデター政権の支配下にあることなど忘れてしまいそうだ。

 もっとも、こんな田舎の街から更にはずれた場所にある遺跡にクーデター軍がいるはずもなかった。

「クーデターで調査に支障は出ていないのですか?」

「ええ、まったく。テラ自由国になったと言われても、私達の生活は何も変わってないですから」

 これがテラ市民の正直な声であろう。自分達の生活に何も支障が生じないのであれば、無理に反抗せずに、政府間交渉の行方を見守っているというところであろう。

「ところで、この遺跡で何か新しい発見はありましたか?」

「何も。でも地道に調査は続けています」

「そうですか。それで、その」

 アリシアが首を傾げて、言い淀んでいるシャミルを見た。

「何ですか?」

「ちょっと訊きづらいんですけど、アリシアさんは、バルハラ遺跡から声が聞こえるらしいですね?」

「えっ?」

「デリング博士からうかがいました」

「そ、そうですか。……私って、やっぱり変ですよね?」

「そ、そんなこと、ありませんよ。実は、私達も声が聞こえたんです」

「本当ですか?」

「はい。アリシアさんが聞いた声とは、どんな声でしたか?」

「そうですね。はっきりと声だとは断定できないんですけど、何かを伝えようとしているとは感じるのです」

 シャミルは、キャミルと目を合わせて小さくうなづくと、再び、アリシアに尋ねた。

「アリシアさんは、いつから声が聞こえるようになったのですか?」

「あ、あの、……シャミルさん、キャミルさん、笑わないでくださいね」

「もちろんですよ」

「夢なのかどうか分からないのですが、私がまだ幼稚園に入る前の頃、バルハラ遺跡で怪物に襲われたんです」

「えっ?」

「すごくリアルな感覚が残っているのですけど、真っ黒で大きな怪物が私と祖父に迫って来たのです。でも、二人のヒーローがその怪物を倒して助けてくれたんです」

「二人のヒーロー……。そのヒーローの顔とか憶えていないのですか?」

「そうなんですよね。顔はもちろんですけど、そもそも、男か女かも憶えていないんです。光る剣とナイフを持っていたことはすごく印象に残っているのですけど」

「実際の経験なのか、夢なのか分からないということですか?」

「そうなんです。でも、そのことがあってから、バルハラ遺跡に行くと、何かしら話し掛けられている感覚を覚えるようになったのです」

 シャミルとキャミルが経験した「ガンドールと対決した過去」では、サミュエル・デリング博士は命を落としていた。今に繋がっている時空では、サミュエル・デリング博士は病気で死んでいる。そうすると、アリシアが見たという怪物のシーンは、アリシア自身が複数の時空を行き来して、現実に経験した過去の一つなのかもしれなかった。そして、その過去には、シャミルとキャミルもいたということだ。

「そのお爺様のお話ですけど、マーガレット・デリング博士に聞いた話では、お爺様は、この遺跡に中に入ったそうですね」

 シャミルは、もう一つ確認したいことをアリシアに訊いた。

「そうなんです」

「アリシアさんもその話は聞かせてもらったのですか? 青い石の話とか」

「はい」

「もしかして、アリシアさんがこの遺跡にこだわられているのは、お爺様の話とか、アリシアさん自身が見た夢の話とか、そう言うことがあったからですか?」

「はい。そして、今も何かを呼び掛けられているような気がするのです」

「実はですね」

 シャミルとキャミルは、エペ・クレールとコト・クレールの青い石を見せながら、マーガレット・デリング博士から聞いた話をアリシアにもした。

「確かに、デリング博士が言うように、じっと見ていたい石です」

 アリシアも祖父のことを思い出しているのか、穏やかな顔をして、エペ・クレールとコト・クレールの青い石に見とれていた。

「とりあえず、あそこに行ってみましょう」

 アリシアの勧めで、三人は揃って、ピラミッド様の建造物の近くに行った。

 シャミルは、コト・クレールが震えていることがしっかりと感じられた。キャミルを見ると、キャミルはシャミルにうなづいた。エペ・クレールも震えているようだ。

 しかし、それは前回ここに来た時に感じたのと同じであって、何かが起きるという兆候はなかった。

 突然、シャミルの頭の中に声が響いた。

 いや、声ではなかった。

 しかし、それは何らかの意思を伝えようとしていることは確かであった。

 そして、シャミルの頭の中は「メルザ」と「エキュ・クレール」という単語で充満してしまった。

「キャミル!」

「うん。何かが『メルザ』と『エキュ・クレール』と言っている」

「アリシアさんは何か聞こえましたか?」

「聞こえました。何を言っているのかは分かりませんが、声のような声じゃないような……」

 アリシアも何らかの声を聞いている。その声は、シャミル達が聞いている声と同じもののようだ。

「私の勘違いかもって、ずっと思っていたんですけど、お二人も聞こえるということで、ちょっと安心しました」

「ここには何かがいそうですね」

「そんな気はするな」

「でも、サミュエル・デリング博士がこの中に入って以来、入口は見つかっていないのですよね?」

「はい。祖父も私もこの遺跡の調査と言って調べている半分は、その入口の捜索のようなものですね」

「お爺様は、どこに入口が開いたとおっしゃっていたのですか?」

「ここです」

 アリシアは、ピラミッド様建造物の正面、つまり遺跡の入口から見た時に正面に見える二等辺三角形の面の前に行き、建造物を指差した。

 過去に遡った時に、シャミルとキャミルが見た場所と同じであった。

 しかし、その表面はつるつるに磨き上げられ、継ぎ目がまったく見られなかった。

 シャミルとキャミルがその表面を触ってみると、石でできているようであるが、金属的な肌触りであったし、指先にもまったく引っ掛かりはなかった。

「こんなに滑らかな表面に出入り口を隠しておけるなんてことは、今の技術をもってしてもできません」

「確かに」

 三人は、しばらく遺跡の建造物の周りを調べたが、特段、変わった所も無かったし、頭の中に響く声もそれ以上大きくなることはなかった。

「何にもありませんね」

「そうだな。まあ、アリシアさんが、これまでもずっと調べている所に今日ひょっこりとやって来て、少し見ただけで何かが発見できるとは思わないけどね」

「そうですね。前回と違ったことと言えば、『メルザ』さんと『エキュ・クレール』という言葉がはっきり認識できたことくらいですね」

「どう言う意味なんだろう?」

「エキュ・クレールとは、たぶん、それを持って来いって言ってるのではないでしょうか? メルザさんは、……同じジョセフの娘として一緒にいる必要があるのでしょうか?」

「どうなんだろうか。しかし、とりあえずは、三つの青い石を揃えろということだな? すると、ヒューロキンに来てもらうしかないのか?」

「また、メッセージを入れておきましょうか?」

「シャミル。今、テラは包囲され封鎖されていることを忘れてないか? いつも以上に警備が厳しい中を勝手に入れる訳がないし、ヒューロキンはそもそもテラ族ではないから、テラ自由国への入国の許可申請を出しても許可される可能性は低い」

「そうでした。じゃあ、メルザさんも同じですね」

「ああ、いかにメルザでも戦時警戒態勢のこのテラには入って来られないだろうな」

「でも、どちらかに来ていただかないと、話が前に進みませんよ」

「そうだな」

 今は、とても打開策を考えることができなかったシャミルとキャミルは、しばらく無言で見つめ合った。

「あ、あの~」

 アリシアの声で二人は我に返った。

「シャミルさん、キャミルさん、そろそろ日が暮れますけど、今日は近くに泊まられるんですか?」

「バルハラの街のホテルを予約しています」

「そうなんですか。私の家に泊まっていただいても良かったのですが」

「アリシアさんの家って?」

 シャミルとキャミルの二人はもう知っていることであったが、現在のアリシアと家の話をするのは初めてであった。

「ここから歩いて三分も掛からない所にありますよ」

「ひょっとして、お爺様と一緒に暮らしていた家ですか?」

「はい。そうです。祖父が死んで、しばらく空き家だったんですけど、私がこの遺跡の調査員になったので、その家で再び暮らし始めたんです」

 シャミルの脳裏にサミュエル・デリング博士の人なつっこい笑顔が浮かんで来た。キャミルを見ると、その表情から同じ映像が浮かんでいると分かった。

「キャミル。明日も早くからここに来たいですから、ホテルはキャンセルして、アリシアさんの家に泊めていただきましょうか?」

「アリシアさんがよければ」

「もちろんですよ! 大したおもてなしはできませんけど、私もいつも一人で、ネットとテレビしか友達がいないので、ぜひ泊まってください!」



 歩いてアリシアの家に行ったシャミルとキャミルは、時空を遡って泊まった頃とまったく変わっていない風景に嬉しくなってしまった。

「懐かしいですね」

「あれっ、以前に、シャミルさんをご案内したことありましたっけ?」

「あっ! あ、あの、この家のたたずまいが懐かしいなって」

「ああ、この家は、祖父が大学を退職してから、バルハラ遺跡の調査に専念するために、中古住宅を購入したらしくて、買った時に既に築二十年くらい経っていたらしいですから、今、築四十年というところでしょうか」

「な、懐かしく感じるはずですよね」

 家の中に入っても、あの頃のままであった。

「二階に空き部屋が二つありますから、お好きな方をお使いください」

「いえ、同じベッドで寝ますから!」

 シャミルが一方的に宣言して、キャミルも反論しなかった。

「そ、そうですか。わ、私も同じ部屋で寝ようかな?」

「そうしましょう! ぜひ!」

「良いんですか?」

「せっかくですから、夜遅くまで女子会話ガールズトークしましょう!」



 結局、以前にシャミルとキャミルが一緒に寝た部屋にマットレスを持ち込んで、アリシアも横になり、ベッドに並んで横になっているシャミルとキャミルとおしゃべりで盛り上がってしまった。

「私も姉妹がいないので、こうやって、寝室でおしゃべりするのって憧れていたんですよね」

 アリシアが嬉しそうに言った。

「実は、私達も姉妹であることが分かってから、まだ一年も経っていないんです」

「そうなんですか?」

「はい。だから、私達もそれまでは一人っ子として生活してたので、アリシアさんの気持ちはすごく分かります」

「良いなあ。私にもどこかにお姉さんか妹がいないかなあ」

 シャミルとキャミルを羨ましそうな顔をして見つめるアリシアを見て、キャミルがシャミルに笑顔で言った。

「これも何かの縁だ! シャミル! 我々はもう、アリシアさんと義理の姉妹で良いよな?」

「もちろんですよ! バルハラ遺跡の声を聞くことができたり、もう何度も会っているんですから!」

「……ありがとうございます」

 アリシアは、眼鏡をはずして、目をこすった。

「アリシアさんがお姉さんだな」

 飛び級をしていないアリシアがシャミルとキャミルより年上であった。

「いえ、精神年齢的には、きっと、キャミルさんがお姉さんの気がします」

「あっ、それは賛成です!」

 アリシアの意見にシャミルが賛成した。

「じゃあ、アリシアさんが二番目で私が末っ子ということで」

「シャミル。一番下だから、甘えて良いということにはならないからな!」

「ちえ~、見透かされていたかあ」

 

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