Scene:03 ジョセフの娘
ヒューロキンと別れたシャミルとキャミルは、アルヴァック号の船長室にいた。
探検航海に特化した小型船なので、船長室と言っても、それほど広くはないが、二人は一人掛けのソファが対になった簡単な応接セットに、向かい合って座っていた。
「キャミル、ごめんなさい。何だかキャミルを一人、悪者にしちゃったみたいで」
「事前の打ち合わせどおりさ。それに私も賞金稼ぎという職業には良いイメージは持ってないし、ヒューロキン自身にも良い印象は持たなかったからな。半分演技、半分は本気だったよ。それにシャミルが嫌われて、あいつとコンタクトできなくなると困るからな」
エキュ・クレールをヒューロキンが持っている以上、これからもヒューロキンと会う必要が出てくるだろう。
「それにしても」
シャミルが両手でついた頬杖に残念そうな顔を乗せて呟いた。
「エペ・クレールとコト・クレール、そしてエキュ・クレールが揃ったですけど、何も起きませんでしたね」
「そうだったな。今までにないくらいエペ・クレールが震えていたけど、それだけだった」
「まだ何かが足りないのでしょうか?」
「しかし、私達の父親はそんなことを言ってなかったぞ」
「そうですね。何が足りないのかなあ?」
上目遣いで遠くを見つめるシャミルだったが、答えは見つからなかった。
「時空を遡った時、私達はテラで父親と会った。もしかしたらだが、テラで三つを揃える必要があるのかもしれないな」
「ああ、そうだ! コト・クレールとエペ・クレールの二つだけでも、バルハラ遺跡だと激しく震えました。もし、そこでエキュ・クレールが揃うと……」
「うん。今のところ、可能性としては一番高いんじゃないか?」
「そうですね」
「シャミルが良い振りをしてたじゃないか。以前に話したバルハラ遺跡に行ってみませんかと誘えば、ヒューロキンもホイホイと来るんじゃないか?」
「でも、立て続けに騙すのは良心が痛みます」
「シャミルらしいな。まあ、私もしばらくあの顔は見たくないから、少し間を開けてから行くようにしよう」
その時、シャミルの情報端末が鳴った。
ハシムからだった。
回線を繋げると、早速、ハシムがしゃべりだした。
「シャミル! 大事な話があるんだ!」
「な、何ですか?」
ハシムの勢いに少したじろいだシャミルであった。
「キャミルにも関係がある話なんだ。できれば二人と会って話したいんだ」
「私ならここにいるぞ」
キャミルが横から割り込んだ。
「あれっ? また二人で会っていたのか?」
「はい! 仲良しですから」
シャミルの惚気を無視して、キャミルがシャミルに通話の共有を依頼した。
シャミルは、アルヴァック号の船長専用チャンネルにハシムからの通信を転送し、船長室の壁にはめ込まれたスクリーンにハシムの顔を映し出した。
ハシムには、二人の姿が見えているはずだ。
「アルヴァック号か?」
「ええ。だから秘密の話も大丈夫ですよ」
「そうか。秘密というより考えもしなかった事実を知ってしまった。と言うより思い出した」
シャミルとキャミルもハシムの真剣な顔付きを見て、神妙な顔付きでハシムの言葉を待った。
「メルザという女海賊がいるだろう? 二人はもう知ってるよな?」
「ええ」
「そいつは、シャミルとキャミルの姉さんみたいなんだ」
「……!」
キャミルが驚いた顔をしたのに比べ、シャミルは表情をそんなに変えなかった。
「どういうことなんだ、ハシム?」
「いや、言ったとおりさ。シャミルとキャミルの父親がメルザの父親でもあるようだ。そのメルザが一昨日、聖セイラ園を訪れて、院長先生に話したらしい」
「メルザが私達の姉だと……」
呆然とするキャミルがシャミルを見た。
「シャミルは知っていたのか?」
シャミルの表情からそう思ってしまったキャミルだった。
「いいえ、でも、……そんな気はしていたんです」
「そう言えば、シャミルは、メルザが近くに寄っても、そんなに嫌悪感を抱かないと言っていたな」
「そうなんです。多くの人の血で血塗られている手で触れられるだけで、普段の私なら、きっと虫ずが走ると思うんです。でも、メルザさんには、そんなことが無かった」
「それは、同じ血が流れていたからなのか?」
「それ以外に考えられません」
「しかし、私達二人のことは、それとなくお互いの母親にも話していたようだが、メルザのことは一言も話してなかった。それは何か理由があるのだろうか?」
「何か話せない理由があったのかもしれませんね」
「おい! 聞いてるか?」
シャミルとキャミルは二人だけで話を始めてしまい、ハシムは置いてけぼりを食っていた。
「あっ、ごめんなさい」
「まだ何かあるのか?」
「もう一つ、リンドブルムアイズについてだ」
「リンドブルムアイズ!」
今度は、シャミルが大きく反応した。
「ああ! 思いだしたんだ。キャミルの親父さんがお袋さんに話していた。キャミルもリンドブルムアイズを探し出す鍵だそうだ。メルザを迎えに来た親父さんは話していた」
「キャミルの所にも父上が?」
「たぶん、キャミルが赤ん坊の時には何度か来ているのではないかな? そんな雰囲気だった」
「……そうか」
キャミルが少し顔を赤くして頷いたが、すぐに顔を上げて、スクリーンのハシムを見た。
「ありがとう、ハシム」
「い、いや。こんな大事なことを今の今まで忘れていたことを許してくれ」
ヒューロキンと会った後だけに、誠実なハシムの態度に心が癒やされる思いがしたシャミルとキャミルであった。
キャミルの幼馴染みというアドバンテージはあったにせよ、すんなりとシャミルとキャミルの間に入り込んでくることができたのは、ハシムならではなのであろう。
「じゃあ、また何か分かれば連絡をさせてもらうよ」
いつになく、しおらしいキャミルの態度に少し戸惑ったようなハシムは通信を切った。
暗くなったスクリーンの前で、シャミルとキャミルは、しばらく無言のままだった。
「しかし、メルザの母親は誰なんだろう?」
ぽつりとキャミルが呟いた。
「聖セイラ園に入っていたということは、何かの事情があったのでしょうね」
「そうだな。しかし、あの院長先生のお世話になりながら、どうして海賊なんかになってしまったんだ?」
園の隣が実家だったキャミルは、小さな頃、院長先生にはすごく世話になっており、現在の自己の人格形成には大きな影響を受けていると思っていた。
「今のハシム殿の話によると、メルザさんは父上に引き取られて行ったようです。その後、父上と一緒にアルヴァック号で探検家として航海をしていたのでしょう」
シャミルは、以前、フェンリスヴォルフ号に招待されて、メルザと話したことを思い出した。
「アルヴァック号に代わってフェンリスヴォルフ号が就航したすぐ後に父上が失踪して、フェンリスヴォルフ号はメルザさんが引き継いでます。もちろん探検家としてです。その後、メルザさんはガンドールの副官になっている。その間に何があったのか? 今はこれ以上のことは分かりません」
「そうだな。しかし、メルザもジョセフの娘だったとすれば、リンドブルムアイズを探し求める権利があるということだな」
「そうなります。でも、メルザさんにはリンドブルムアイズは渡しません!」
「シャミル」
きっぱりと言い放ったシャミルの目には、並々ならぬ決意が表れていた。
「父上は、はっきりと言いました! 私の記憶の中でも、あの時空を遡った時にも! 私が探し出すのだと!」
「……そうだな。だからこそ、シャミルには、ずっと会いに行っていたのだろう」
「あっ! あの、その……」
シャミルは、また自分の不用意な発言でキャミルを傷つけてしまったと思った。しかし、キャミルは優しく笑いながらシャミルを見た。
「ふふふふ、シャミルに悪気が無いことは私が一番知っているから。私が言ったのは、客観的事実だ」
「……キャミル」
「我々の父親は、ヒューマノイドの共通起源たるアース族の末裔だと名乗っていた。そして超能力を持っていた。それは本当なのだろう。そして、その力を一番強く受け継いでいるのはシャミルだ。これは間違いない。この上、リンドブルムアイズを手に入れれば、どのようなことになるのか分からないが、シャミルがそれを継ぐべきだし、他の者に継がせることは許されないことだと思う」
「ううん、キャミル。リンドブルムアイズを受け継ぐのは私一人ではありません。キャミルもです」
「私も?」
「ええ。キャミルは、なぜエペ・クレールを持っているのですか?」
「あっ……」
「少なくとも、メルザさんは、青い石がはめこまれた物は持っていませんでした。でも、父上は、キャミルにエペ・クレールを残しました。私にはコト・クレールを残しました。これは二人で一緒にリンドブルムアイズを探し出せということじゃないんでしょうか?」
「……」
「それに、ハシムさんの記憶でも、父上は、キャミルをリンドブルムアイズを探し出す鍵だと言っています」
「……」
「二人で探しましょう!」
「……そうだな。少なくとも、私は、シャミルがリンドブルムアイズを探し出せるように協力をするよ」
「はい。ありがとう。キャミル」
二人がじっと見つめ合っていると、船長室のドアが激しく叩かれた。
「船長! 大変だよ!」
カーラだった。
シャミルがドアを開けると、カーラとサーニャが緊張した顔で立っていた。
「どうしたのですか?」
「クーデターだ!」
「えっ?」
「テラでクーデターが起きた!」




