Scene:06 馬車旅
シャミル達がヨトゥーンに降り立ってから、三日目の早朝。
シャミル達は、宿屋を引き払い、ハルダン爺さんの店に行った。
店の前には、二頭立ての幌馬車が停まっており、幌で覆われた荷台には、既に売り物の刃物類が沢山積まれていた。
「おはようございます。どうかよろしくお願いします」
「おお、おはよう。それじゃあ、シャミルさんはここに座りなさい」
ハルダン爺さんは馭者席に座りながら、その隣の席をシャミルに勧めた。
「アタイ達は?」
カーラが訊くと、ハルダン爺さんは、親指を肩越しに指して、荷台に乗るように促した。
「また荷台かよ!」
文句を言いながらも、カーラとサーニャは幌の中に入り、積まれた刃物類の隙間を見つけて座った。
ハルダン爺さんが馬に鞭を入れると、馬車はゆっくりと動き出した。
春のような陽気に爽やかな微風が吹く田園風景の中を、のんびりと幌馬車は進んで行った。
ハルダン爺さんは、隣の席に侍らせたシャミルに、上機嫌で次から次へと話し掛けてきた。
シャミルは、保護対象種族であり、この後は接することができないヨトゥーン族の研究対象としての興味はもちろんであるが、ハルダン爺さんの話は純粋に面白くて、ニコニコと微笑みながら会話を楽しんでいた。
昼頃には隣の街に着き、街の食堂で昼食を摂った後、すぐにその街を後にして、田園、森林、荒野と変わりゆく風景の中を馬車は進んでいった。
次の街はまだ遠く、日が暮れたところで野宿をすることとなった。
普段は自分で簡単な料理をして一人で食べているハルダン爺さんであったが、今日はシャミルが料理をすると言ってくれたので、食卓代わりの木箱の前で、夕食の出来上がりを嬉しそうに待っていた。その横では、久しぶりに船長の料理が味わえると、カーラとサーニャも大人しく座って、待っていた。
シャミルは、小さい頃から神童と呼ばれ、天才ぶりを発揮していたが、シャミルの母親は、シャミルの話し方からも分かるように、シャミルに良妻賢母の道を歩みさせたかったようで、勉強だけではなく、家事一切や礼儀作法、ピアノや社交ダンスといったハイソサエティな趣味も嗜ませていた。
シャミルは、調理用ナイフを使って、鮮やかに具材を細かくして、焚き火に掛けた鍋に放り込み、味付けも素早く済ませて、あっという間に具沢山のスープを作り上げると、それを皿に盛りつけて、ハルダン爺さんに手渡した。
「はい、お爺様。お口に合うかどうか分かりませんが……」
スープを一口すすったハルダン爺さんは、その余りの美味さに思わず唸った。
「う~む、美味い! ……あんたは良い奥さんになる。ヴィーグリードには儂の息子がいるんだが、甲斐性が無くて、まだ独り身なんだ。一度、息子と会ってくれまいか?」
「素敵なお話ですね。でも、私はヴィーグリードに行った後、また北の街に帰らなければいけないのです」
「そうか。……残念だの」
「爺さん! 残念ながら、うちの船長は引く手あまただからね。諦めな」
ちょっと落ち込んでしまった様子のハルダン爺さんと差しで酒を飲んでいたカーラが、爺さんの背中を軽く叩きながら、未練を断ち切らせた。
「そうじゃろうな。儂の息子なんかには高嶺の花じゃなあ」
ハルダン爺さんは、ため息をつくと、グラスに入った酒を一気にあおり、スープをあっという間に平らげて、シャミルにお代わりを求めた。
夕食が終わると、すぐに一行は横になった。
シャミル達は、焚き火の近くで川の字になって、毛布にくるまり寝ていた。
カーラとサーニャに挟まれて寝ていたシャミルは、人の気配を感じて、目を覚ました。
複数の人間がシャミル達に近づいて来ているようだった。
「カーラ。サーニャ」
シャミルは小さな声で二人を呼んだ。
「起きているよ」
「五・六人ってところだにゃあ」
カーラとサーニャもとっくに目を覚ましていたようだ。二人とも小さな声で答えた。
サーニャの猫耳は近づいて来ている人数まで聞き分けていたようだ。
ハルダン爺さんは、シャミルの勧めに従って、馬車の中で寝ていた。馬車に近づくには、シャミル達を越えていかなければならないから、とりあえず安全と言って良いだろう。
シャミルは寝返りを打ったふりをして、気配がする方向に向き、薄目を開けて見てみると、月明かりに六人の男達が姿勢を低くしながら近づいて来ていた。どうやら全員、手に剣を持っているようだ。
男達がすぐ側まで近づいてきた時を見計らって、三人は一斉に立ち上がった。
寝込んでいるものと思っていたのか、男達は一様に驚いたようで、二、三歩後ずさりをした。
「なんか用かい、お前達?」
カーラが大声を上げると、その迫力に男達は更に二、三歩後ずさりをしたが、相手が女と分かって気持ちを持ち直したのか、剣を構え直して、シャミル達を囲むように迫って来た。
「大人しく有り金を置いて行きな! そうすりゃ命だけは見逃してやらあ!」
「お前達こそ命を粗末にするんじゃないよ!」
「何だと! この野郎!」
賊の一人がサーニャに向かって切りつけた。一番小さなサーニャを子供と思ったのだろう。しかし、サーニャはその男の身長を超えるほどの高さにジャンプをして、猫のようにひらりと男達の後ろに舞い降りた。
「ウチは喧嘩は得意じゃないにゃあ。カーラ、後は頼むにゃあ」
「任せな!」
そう言うと、カーラは剣を抜いて男達に向かって行った。あっという間に男三人の持っていた剣をはじき飛ばしてしまった。
二人の男がシャミルに向かって来た。しかし、シャミルも慌てることなく、腰からコト・クレールを抜いてその男達に向けて投擲すると、コト・クレールは、まるで彗星のように青い光の尾を残しながら、男達の持っていた剣に次々と当たって、そのまま跳ね返り、シャミルの手元に戻って来た。男達の剣の刃は、一瞬青白い光に包まれたと思うと、あっという間に粉々に崩れ落ちてしまった。
残る一人の男が首領だったようで、しばらく剣を持ったまま怯えた顔でシャミル達を見ていたが、すぐに踵を返して走り出すと、他の男達も一斉に逃げ去って行ってしまった。
「船長のコト・クレールは今日も絶好調だにゃあ」
サーニャがシャミルの側に戻りながら言った。
「まったく、いつの世にも、どんな世界でも、ああ言う輩がいるんだな」
「それがヒューマノイドの世界ですよ」
シャミルは何事もなかったかのように微笑みながら、焚き火の近くに戻り、再び毛布にくるまった。
「まだ夜明けまで時間があります。もう一度寝ましょうか?」
「そうだな。そうしよう」




