Scene:12 想い出の場所
夜の帳が下りた、聖セイラ天使園の門前に一人の女性が立っていた。
紫色の長い髪を風になびかせながら、まだ開いている門を懐かしげな表情で眺めていた。
「うちの園に何かご用ですか?」
後ろから声を掛けられて、女性はゆっくりと声の主の方に振り向いた。
エシル教会のシスター姿の小柄な女性が近づいて来た。
「……」
「メルザちゃんね?」
「……!」
長い年月と自分の置かれた境遇で、あの頃から顔が変わっているはずだが、院長先生が自分を言い当てたことが、少し嬉しくもあり、不思議でもあった。
「どうして分かったのさ?」
「分かりますよ。その優しい目を見れば」
「優しい? ……今、そんな目をしているはずはないよ」
「いいえ、私が知っているメルザちゃんとどこも変わってないわよ」
「それは先生がそうあってほしいという願望をもって見ているからだよ。私は昔のメルザとは違うのさ」
「そうかしら?」
「小さな子供達の手を引いていたこの手は、もう匂いが消えないくらい血に染まっているんだよ」
「それじゃあ、あなた、やっぱり海賊に?」
「孤児院の先生にまで知られているなんて光栄だね。でも、先生の願望を壊してしまって申し訳ないよ」
「お父様は?」
「さあね」
「……あれから何があったのか知らないけど、きっと苦労をしたんでしょうね?」
「もう、あの頃に戻ることなんてできないし、むしろ、戻ることなど許されないのさ。私を待っているのは死刑執行台だけだよ」
「……ここは寒いわ。中にお入りなさい。暖かい紅茶を淹れるわ」
「先生の紅茶か。懐かしい。……でも、遠慮しとくよ。先生に迷惑を掛けるといけないし、後輩達にも迷惑を掛けるのは嫌だからね」
「そうかい」
「ええ、……先生?」
「はい?」
「ハシムという子、憶えてる?」
「あなたと仲が良かったハシムちゃんでしょ?」
「ええ」
「憶えているわよ。今でも、このイリアスで商会をやってて、ここにも、たまにだけど来てくれるわよ」
「そう。イリアスで商会を……。そうだったの」
「ええ」
しばらく、懐かしげに孤児院を眺めていたメルザだったが、厳しい顔付きに戻ると、院長先生を見た。
「先生。邪魔したね。先生には、このみすぼらしい姿を晒すことは二度としないよ。さようなら」
メルザは踵を返して去ろうとした。
「メルザちゃん!」
メルザは、園長先生に背中を向けたまま立ち止まった。
「メルザちゃんは、あの家に住んでいたキャミルちゃんを憶えてない?」
「忘れていたけど、最近、思い出したよ」
「そのキャミルちゃんに姉妹がいたんですって」
「……知ってるよ」
「えっ? シャミルちゃんにも会ったの?」
「ええ、……でも、どうして、その話を?」
「私はね、三人がすごく似ているような気がしたの。シャミルちゃんはキャミルちゃんの姉妹だから当然だとして、あの頃のあなたにも似てると、シャミルちゃんに会った時に思ったの」
「……当然よ」
「えっ?」
メルザは、首だけを振り向いて、院長先生を見た。
「彼女達は私の妹だから」
メルザは、儚く笑うと、そのまま前を向いて歩き出した。
その背中は、呼び止められることを拒んでいた。




