Scene:10 賞金稼ぎとエキュ・クレール(2)
「私は、今まで嘘を吐いたことはありませんよ」
それが嘘だと心の中で叫びながらも、表情を変えずに、シャミルは尋ねた。
「レンドルさんは、三年前に討伐されたドミニク・ガンドールという海賊をご存じですか?」
「当時、軍が必死になって追い掛けていた大海賊ですからな。知らない訳がありません」
「宇宙軍の討伐により死んだとされていますが、……ひょっとして、その討伐に、ヒューロキンさんは参加されていましたか?」
「どうでしょうか? 当然、宇宙軍が前面に出て対応しており、惑星軍の私が現場にいた訳ではありませんから、はっきり言って、分かりませんね」
「ヒューロキンさんがしている腕輪は、元々、ガンドールがしていた物なのです」
「まるで見てきたかのような言い方ですな」
実際に見ているシャミルは、照れ笑いを浮かべながら言った。
「仮に、その戦いにヒューロキンさんが参加していたとして、その戦利品を私設護衛業者であるヒューロキンさんに渡すことはあるのですか?」
「通常は無いですが、混乱に乗じて、ヒューロキンがくすねたのかもしれませんね」
「くすねた?」
「ヒューロキンの白兵部隊は、軍の部隊にも匹敵するくらい修練度が高いと言われていますからね。ガンドールの船を航行不能に陥らせてから、軍の部隊と一緒に船に乗り込み、自らガンドールを討ち取って、その戦利品として、軍に申告せずに懐に入れたのかもしれません」
海賊のような犯罪者であっても裁判を受ける権利を有している。よほど危険が差し迫らない以上、艦船ごと爆発をさせて、そのまま死に至らしめることはしない。
宇宙軍の海賊討伐の際には、海賊船を航行不能にしてから乗り込み、海賊達を拿捕することが優先され、ガンドールの場合も、レンドル大佐が言ったように白兵戦になっているはずだ。
しかし、シャミルとキャミルには一つの疑問が生じた。
シャミルとキャミルは、過去に遡って、ガンドールと戦ったことがあるが、その時のガンドールは、人間離れした怪力とエキュ・クレールによる絶対的な防御力で、キャミル達でさえも二人掛かりでないと相手ができなかったほど強かった。
いかに何十倍もの兵士に取り囲まれたとしても、その力をもってすれば、むざむざ捕らえられたり、ましてや討ち取られることはあり得ないと思われた。
もっとも、海賊船が攻撃を受けた際に、大怪我を負ってしまい、その力を出し切れないまま、討ち取られたかも知れず、必ずしも不可能なことではない。
しかし、いずれにしろ、これ以上、レンドル大佐の口からエキュ・クレールのことを聞き出すことはできないと思ったシャミルは、話題を変えることにした。
「レンドルさん」
「何でしょう?」
「あなたは、私とキャミルの父親であるジョセフ・パレ・クルスをご存じですね?」
「どうして、そう思うのです?」
「私も、探検家とばかり思っていた父上が、実は惑星軍の士官だったということを、最近、知ったのです。レンドルさんとは、きっと年齢も同じくらいですからご存じかなと思ったのです」
「私には、残念ながら、あなた方のような美しい娘はいませんが、ジョセフとは同期ですよ」
「ならば、リンドブルムアイズという言葉を聞いたことはありませんか?」
「知っていますよ」
これも、あっさりと認めて、拍子抜けをしたシャミルとキャミルだった。
「それが何か知ってますか?」
「あなた方もそれを知らないと? やれやれ」
「と言うことは、レンドルさんも?」
「ええ、知りません。知っているのは、ジョセフだけです。その娘のあなた方は、てっきり知っていると思っていたのですがね」
「レンドルさんは、そのリンドブルムアイズとは何だと思いますか?」
「さっぱり見当が付きませんな。しかし」
言葉を句切ったレンドル大佐は少し遠くを見るような目をして、言葉を続けた。
「ジョセフは、こう言いました。『この銀河を支配できるだけの力をもたらす』とね」
「情報部もそれを探しているのですか?」
「もちろんです。ジョセフの言葉が本当だとして、反乱分子がリンドブルムアイズを手中にすれば、連邦の危機ですぞ。そんなことがないように、必ず、軍が見つけて、没収すべきです」
「リンドブルムアイズは、元々、父上が持っていたもので、ずっと探していたものだと聞いてます。私は、ジョセフの娘として、リンドブルムアイズを探しています。私が探し出すことも、軍は許してくれないのでしょうか?」
「正当な相続人の権利を奪うことはできませんが、あなた方が危険な思想を持っているのであれば、許されないでしょうな?」
「危険な思想とは?」
「例えば、連邦政府の転覆を図るとか」
「テラ解放戦線とかですか?」
「ああ、そう言えば、アスガルドの熱帯雨林地帯にあったテラ解放戦線の拠点をお二人が制圧されたそうですな。それはまさしく、テラ解放戦線の考え方に、お二人は賛同されていないことの証ですな?」
「もちろんです。テラ族だけが、この連邦を支配するなど馬鹿げています」
「あなたがそう思っているのであれば、リンドブルムアイズがそう言った反乱分子に渡ることもないでしょう」
「それは、私がリンドブルムアイズだからですか?」
「本当に、そうなのですか?」
「いいえ、さっき言ったとおり、まだ、何も分かっていません。でも、レンドルさんもそう考えているのではないのですか?」
「いろいろとある仮説の一つですよ。しかし、今現在、取り得る説としては、もっとも説得力がありますな」
相変わらず飄々としたレンドル大佐の表情と態度に、シャミルも不信感を募らせていた。
「レンドルさん」
「何でしょう?」
「あなたは、どちら側の人間なのですか?」
「どちら側というと?」
「テラ解放戦線側か? それともそれに反対する側、つまり連邦側かということです」
「情報部の人間は、自分のアイデンティティを明らかにしないことが必須ですのでね。ご想像にお任せいたしますよ」
「……どうもすみません。結局、長く引き留めてしまいました。お許しください」
キャミルと目配せをして、これ以上、レンドル大佐から有益な情報は得られないと判断したシャミルであった。
「いえいえ、お二人と話ができるだけでも幸せ者ですよ。それにしても、こんなに可愛い娘を残して、ジョセフはどこに行っているのでしょうな?」
ハウグスポリ少将同様、レンドル大佐もジョセフの居場所は知らないようだが、既にこの世にはいないという最終宣告をされなかったことで、少し安心したシャミルであった。
レンドル大佐は、シャミル達と別れると、連邦アカデミーの奥に向かって歩いて行った。
マーガレット・デリング博士の元に行っているのかもしれなかったが、尾行してまで確認するつもりもなかった。
「何をしに出てきたんだ、レンドル大佐は?」
「私達に話をしにじゃないでしょうか?」
「まさしく、そんな感じだったな」
フレイドマール大将と言い、ハウグスポリ少将と言い、そしてレンドル大佐まで、まるでシャミルとキャミルが揃っている場面に自分の方からしゃしゃり出て来て、それまで、まったく話していなかった秘密とも言える内容の話をペラペラとしゃべりまくったという感じであった。
「今日は、いったい、どうしたんだろう?」
「私達の周りが、一気に動き出したって感じですね」
「サムライ・オンラインへのログイン中に、シャミルの力が本物だと証明されたからかもしれないな。軍の各方面からモテモテになるはずだな」
「全然、嬉しくありません。モテるのは、キャミルだけで良いです」
「どさくさに紛れて何を言ってるんだ?」
「へへっ」
「と、とにかく、今、この流れの中でモタモタしている暇は無さそうだが、とりあえずは、そのヒューロキンと言う男からエキュ・クレールについて話を訊きたいな。さっきの話だと、軍とつながりがあるそうだから、軍の中のツテを使えば、連絡が取れるかもしれない」
「いいえ、もっと早く連絡が取れる方法がありますよ」
「えっ?」
「探検家ギルドの掲示板です」




