Scene:10 賞金稼ぎとエキュ・クレール(1)
マーガレット・デリング博士の研究室を出たシャミルとキャミルは、連邦アカデミーのキャンパス内を並んで歩いていた。
「シャミル?」
呼ばれたシャミルはニコニコと嬉しそうにキャミルを見た。
「ヒューロキンという人物は何者なんだ?」
「私設護衛船の船長をしている人です」
「どうして知り合ったんだ?」
「アルヴァック号を襲ってこようとした海賊をヒューロキンさんが討伐してくれたのです」
「護衛船が海賊を討伐? ……賞金稼ぎか?」
「はい」
正規の軍人であるキャミルも、賞金稼ぎという職業には良いイメージを持っていないことが表情に出てしまっていた。
「そのヒューロキンとやらが持っていた盾型の腕輪とは、ガンドールが持っていたエキュ・クレールのことなのか?」
「おそらく、そうだと思います。ヒューロキンさんと出会った時に、キャミルの側にいる時と同じように、コト・クレールが震えましたから」
「すると、間違いないようだな。しかし、ガンドールが討伐されてから行方不明だったエキュ・クレールが賞金稼ぎの手元にあったとは……」
「キャミル。三年前に、ガンドールを討ち取ったのは、宇宙軍だったのでしょう?」
「ああ、記録上はそうなっている」
「エキュ・クレールもその時にガンドールの手元から離れたと考えることが自然です。でも、軍が押収した品物を民間人に払い渡すことなどないですよね?」
「本来の所有者だと証明されれば返還をするが、それが立証できなければ、軍が押収するはずだ」
「そうすると、……考えられるストーリーの一つとしては、レンドルさんが取ったのかもしれませんね」
「レンドル大佐が?」
「はい。ヒューロキンと一緒にマーガレット・デリング博士と面談したのは、レンドルさんだったのでしょう?」
シャミルは、キャミルがマーガレット・デリング博士に見せた情報端末の画面に映し出されていた人物がレンドル大佐だったことを見ていた。
「ああ。すると、レンドル大佐は、エキュ・クレールがリンドブルムアイズに関係するアイテムだと、その時、既に分かっていて、エキュ・クレールを横取りしたと?」
「コト・クレールやエペ・クレールについて、レンドルさんが何か話したという記憶は無いですけど、何らかの関係があると認識していた可能性は零ではありません」
「まあ、あのポーカーフェイスで、何を考えているのか分からないからな。それにしても、そうやって手に入れたエキュ・クレールを、一介の賞金稼ぎに手渡した意味が分からない」
「そうですね」
その後、お互いに考え事をしながら無言になって歩いていると、前から見覚えのある人物が歩いて来ていることに気がついた。
「やれやれ、噂をすればなんとやらだ。どの面提げて出てくるのだろうと思っていたが、まったく意に介してないようだな」
「ふふふ、そうですね」
そのタイミングの良さに、シャミルも思わず笑ってしまった。
「これは、これは! お久しぶりですね、キャミル少佐。そして、シャミルさん。お二人お揃いでどちらに?」
背広姿のレンドル大佐がいつもどおりの芝居がかったポーズを取って、二人の前で立ち止まった。
「ご無沙汰しております、レンドルさん」
「大佐殿。アスガルドで何を?」
キャミルは知らず知らず無愛想な顔になっていた。
「おやおや、キャミル少佐、御挨拶ですな。首都惑星アスガルドには、掴みきれないほどの情報が集まって来ておるのですぞ。特に、この連邦アカデミーは情報の宝庫なのです。おそらく、私は、ここの学生よりも、このキャンパスに来ておりますぞ」
レンドル大佐のいつもどおりの飄々とした態度に、キャミルは文句の一つも言いたくなった。
「大佐殿」
「何でしょう?」
「サムライ・オンラインというオンラインゲームをプレイするように、マサムネを通じて依頼されていましたね?」
「ああ、そうでしたな。キャミル少佐もプレイされたのですか? いかがでした?」
「ログアウトできなくなったり、ゲーム内で傷付くと実際に痛みを感じるバグが生じたことは聞いておられるのではないのですか?」
「ええ。報告を受けておりますよ。ひょっとして、あの時に、ちょうどログインしていたのですか?」
「はい。いろいろと大変だったのです」
お決まりのおとぼけで、小梅や小夏の名前を出しても、知らぬ存ぜぬの一点張りであろう。
「そうですか。すると期せずしてゲーム内に長時間ログインしていたのですな? ログアウトした後の体調はいかがでしたか?」
「体調というより気分がすこぶる悪くなりましたが」
「なり慣れないと、そうかもしれませんな」
キャミルなりの精一杯の皮肉のつもりだったが、案の定、右の耳から左の耳にスルーしたレンドル大佐であった。
「ところでレンドルさん。私達に何かご用でしょうか?」
見た目は普段どおりに温和で穏やかな雰囲気のシャミルがレンドル大佐に尋ねた。
「いえいえ、たまたま、通り掛かったところに、お二人の姿が見えたので、思わず声を掛けてしまったのです」
そんなはずはなかった。レンドル大佐は、何かしらの目的を持って、二人の前に現れたはずである。
二人は、既に、テラ解放戦線、もしくは軍から監視されていると思われ、マーガレット・デリング博士に面会に行ったことを知ったレンドル大佐が、博士とどんな話をしたのかを確認しに来たというところだろうと、シャミルとキャミルは考えた。
「レンドルさん、今、少しお話をさせていただいてかまいませんか?」
「ええ、結構ですよ。せっかくですから、どこかに座りましょうか?」
「いえ、それほど時間は掛かりません」
そう言うと、シャミルは、手を後ろに組み、少し首を傾げてレンドル大佐を見た。
「レンドルさんは、ヒューロキンさんと言う私設護衛船の船長さんをご存じですか?」
「知っておりますよ」
マーガレット・デリング博士との面談を終えているシャミルとキャミルにとぼけても仕方がないと判断したのか、レンドル大佐はあっさりと事実を認めた。
「シャミルさんは、ヒューロキンとはどこでお知り合いになられたのかな?」
「イリアスの空域で、たまたま海賊討伐をしているところに遭遇したものですから」
「なるほど。護衛とは名ばかりの賞金稼ぎだということもお分かりなのですな?」
「はい。そう言うレンドルさんは、ヒューロキンさんとはどちらで?」
「ヒューロキンは、宇宙軍からも惑星軍からも密かに頼りにされている汚れ役でしてな」
「どう言う意味でしょう?」
「例えば、囮を使って敵を誘き寄せ、一網打尽にしたいと考えても、軍では、囮を使った作戦は禁止されています。そうでしたな、キャミル少佐?」
「はい。人命が第一の軍においては、例え、自ら志願したとしても、その者が命の危険に晒されるような囮を使う作戦は許されていません」
「士官学校でも習うことですが、所詮は理想論にすぎないのです。実戦を経験されているキャミル少佐なら分かっていただけると思いますが?」
「分かりたくはありませんが、作戦策定者にとっては使いたくてたまらないこともあるでしょうね」
「そうでしょう? ヒューロキンは、そんな時に自ら進んで囮になってくれるのですよ」
「しかし、軍がそんな作戦を立てるはずが?」
「もちろん、そうです。ヒューロキンは、海賊被害が頻発している空域に勝手に来て、勝手にそこの警備艦隊に自分の航路を連絡してくるのです。マーガナルム号を見ましたか?」
「私は見ました」
シャミルが軽く手を上げた。
「見た目は商船のように丸腰の船にカムフラージュして航行しますから、すぐに海賊達が食いついてくるのです。ヒューロキンは襲って来た船を見て、十分に勝算があると判断したら、相手を近づけておいて、いきなり戦闘艦へと変身をして相手を仕留める。一方、敵わないと判断すれば、警備艦隊に連絡の上、逃げ回り、あらかじめ連絡しておいた宇宙軍の警備艦隊が待機している空域まで誘き寄せてくるのです」
「軍から依頼をしていないのに?」
「できる訳がありません。すべては、ヒューロキンが勝手にやっていることです」
「しかし、手段はどうあれ、海賊掃討の一翼は担っている訳ですね?」
「ええ、賞金と引き替えにね」
「でも、レンドルさん。そのヒューロキンさんと一緒に、約一年前にここを訪れていたと、先ほどマーガレット・デリング博士から聞きましたが」
「そんな話もされていたのですか? そんなに、私のことが気になりますか?」
ニヤニヤと笑いながら話すレンドル大佐に、シャミルも屈託のない微笑みを返した。
「いいえ、私が気になるのは、ヒューロキンさんの方です」
「おやおや、これはとんだ勘違いだ! てっきり、私の方だと自信があったのですがね」
「より正確に言うと、ヒューロキンさんが持っていた盾型の腕輪のことです。憶えていらっしゃいますか?」
「ええ、あの男は賞金稼ぎの割にはお洒落でしてね、変わった腕輪をしていたことも憶えていますよ」
「これと同じ青い石がはめ込まれていたはずです」
シャミルは、コト・クレールの柄にはめ込まれている青い石を指差した。
「そこまでは、はっきりと憶えていませんが、そんな気もします」
「その腕輪をヒューロキンさんはどこで手に入れたのか、お訊きしていますか?」
「その腕輪に特別な関心があった訳ではないので、訊いた記憶もないですな」
「そうですか。それでは質問を変えます」
「まるで尋問されているようですな」
「ええ、これは尋問です。レンドルさんが知っていることは正直に話してください」




