Scene:09 アース族(1)
銀河連邦立アスガルド大学。
連邦アカデミーと通称される連邦第一の名門校であり、連邦中の英知が結集している場所であった。
母校の門を一年ぶりにくぐったシャミルは、宇宙考古学教室にある面会室のソファにキャミルと並んで座り、とある人物を待っていた。
研究者には研究に没頭していて時間を守らない人が多いというシャミルの予測どおり、約束の時間を三十分経過した頃、その人物が面会室に入って来た。
白いブラウスとグレーのパンツにサンダル履きと、お洒落よりも研究に熱心のようで、化粧気もほとんどない妙齢の女性がシャミル達の前に立つと、シャミル達も立ち上がり会釈をした。
少しふっくらとして穏やかな表情からは、宇宙考古学分野の第一人者というよりは、気の良いおばさんという雰囲気であった。
「お待たせしてごめんなさいね。マーガレット・デリングです」
「シャミル・パレ・クルスです」
「噂は聞いているわ。うちのアカデミーを、昨年、弱冠十六歳で、しかも首席で卒業した天才さんね。学部が違ってたから、残念ながら在学中にはお会いできなかったけど」
「恐縮です」
ニコニコと笑顔で手を差し出してきたマーガレット・デリング博士と握手をしたシャミルは、隣に立っているキャミルを紹介した。
「こちらは、私の姉妹のキャミル・パレ・クルスです」
「ああ、あなたが有名なキャミル少佐ですか? 今をときめくお二人にお会いできるなんて光栄ですわ」
「い、いえ」
キャミルは敬礼をした後、マーガレット・デリング博士と握手をした。
揃ってソファに座ると、シャミルが話を切り出した。
「実は、私の父親の故郷がテラのバルハラという街なんです」
「バルハラ! 懐かしい地名ね。久しぶりに聞いたわ」
「つい先日、二人でバルハラを訪れた時、バルハラ遺跡にも足を伸ばしたのですが、その時に、アリシアさんにお会いしました」
「アリシアに? そう、元気にしてたかしら?」
「ええ、とっても」
アリシアとは、現在と過去の二回会っていた。
「アリシアさんは、バルハラ遺跡がヒューマノイド共通起源説を研究する上で、重要な遺跡だとおっしゃっていました」
「そんな話もしたの? バルハラ遺跡は宇宙考古学の研究者の中でも、それほど注目はされていない遺跡なんだけどね」
「先生は、どう、お考えなのですか?」
「私は、アリシアの意見には賛成してるわ。ただ、解明手法や順序についての意見は少し違うけどね」
「だから、別々に研究をされているのですね?」
「ええ」
そこに、研究室の助手らしき若い女性がコーヒーを三つ持って来て、シャミル達の前に出されていた、ぬるくなったコーヒーも取り替えてくれた。
マーガレット・デリング博士の前にもコーヒーを置いた女性が部屋から出て行くと、話が再開された。
「それで、今日は、どんなご用件かしら?」
「ヒューマノイド共通起源説について、第一人者である先生のお話を伺いに来ました」
「あなたもヒューマノイド共通起源説を研究されているのかしら?」
「いいえ。実は、最近、ヒューマノイド共通起源説に関して、すごく気になる話を聞いたものですから、ぜひ、先生のご意見もお聞きしたいと思ったのです」
「良いわよ。私も噂のシャミルさんと話をしてみたかったから。どういうことかしら?」
「まず、基本的なことからですけど、ヒューマノイドの共通起源となる超古代種族がいたことは確かなのですか?」
「まだ、実証はされていないけど、間接証拠を積み重ねていくと、その実在は争いようが無いわ」
「一応、学会の多数意見もそうみたいですね?」
「ええ、私は、自分の仮説の中で、その種族のことをアース族と名付けているわ」
「アース族ですか?」
「アースと言うのは、昔のテラの名前よ」
超古代種族とテラを結びつける事柄がいきなり出てきて、シャミル達も少し焦った。
「どうして、超古代種族にテラの名前を付けたのですか? アース族とテラとの間には何らかの関係があるのでしょうか?」
「あはははは、何億年も前にいなくなった種族とテラの関係なんか分からないわよ」
「で、ですよね」
「この説を初めて唱えた私の父親がテラに住んでいたから、そう名付けただけ。深い意味なんて無いから」
マーガレット・デリング博士のあっけらかんとした笑い声が、シャミル達の心配を吹き飛ばしてくれた。
「今日、ここにお邪魔した理由の一つは、テラ族はアース族の遺伝子情報を濃く承継していると主張する方と議論をしたのですが、ちゃんと反論ができなかったものですから、先生のお考えを聞かせていただいて、その反論材料を得ようと思ったのです」
「あなたが議論をした相手は、選民思想を持つ民族主義の方かしら?」
「えっと、そ、そうです」
「テラ族とアース族との間に関係があるのは間違い無いけど、それは他のヒューマノイド種族だって同じこと。だって、共通起源なんですからね。もちろん、遺伝子レベルでアース族の特徴をより多く受け継いでいる種族があるかもしれないけど、それは、どれも想像の域を出ない、つまり、今の段階では、実証することが不可能な仮説でしかないことよ」
「では、テラ族と他のヒューマノイド種族との間には、何か差異があるとお考えですか?」
「生物学的なことは私の専門外だけど、そんな学説を聞いたことはないわね」
「テラ族は、繁殖力も高くて、実際に連邦内でテラ族が占めている人口比が多いこととか、富裕層やキャリア層に占める割合が多いことを根拠にしていましたけど?」
「確かにそれは事実かもしれないけど、そのこととアース族との関係は結びつかないでしょ? 選民思想の方々は自分達の種族が優秀だという理屈をどこにでも求めるものなのよ。そもそも何をもって『優秀』と言っているのか分からないしね」
「結局、学会などでも、テラ族の優位性とかアース族との特別な関係について証明されている訳ではないのですね?」
「ええ、それは断言できるわ。それぞれの考え方を持っている人々が自分に都合の良いように結論づけているだけよ。今はね」
「分かりました。とりあえず、私達が心配していたことは解消しました」
「それなら良かった」
マーガレット・デリング博士がコーヒーを一口飲むと、嬉しそうな顔をしてシャミルに言った。
「じゃあ、今度は、希代の大天才シャミルさんに私から質問をしたいんだけど?」
「はい?」
「アース族は、なぜ、今、この銀河にいないのだと思う?」
「私もいろいろと考えたことがありますけど、どれも一長一短あって、これと言った理由は思いつかないです。先生はもう結論を出されているのでしょうか?」
「去年発表した論文に仮説を書いているけど?」
「すみません。先生の論文や著書は、まったくチェックせずに来ています」
「ふふふ、正直なのね」
マーガレット・デリング博士は、楽しそうに笑った。
「確かに、アース族が、今、この銀河に存在しない理由が、このヒューマノイド共通起源説の一番説得力の無い部分なのよ」
「先生の説を教えてください」
「ふふん、昨年の首席さんだし、特別に教えてあげるわ」
博士は組んでいた足を組み直すと、右手の三つの指を立てて、シャミルに示した。
「私は、アース族滅亡の原因として、三つの仮説を立てているの。一つは、高度に発達した科学力が、返って、種族そのものの生物学的な耐性力を奪い、徐々に生物として弱体化していったのではないかという説よ」
「耐性力を奪う?」
「ええ。何と言っても銀河を制圧するほどの科学力を持っていた種族なんだから、今の私達より高度な文明を有していたはず。そして、科学の発展に伴い、自らの体を使うということが極端に少なくなる。つまり、自分が考えるだけで、ロボットなんかが全部、本人に代わって、仕事をしてくれたり、本人の世話をしたりするから、体が退化していってしまうのね」
「体が退化していくと、その耐性力も減少していき、病気や災害などにより、自然に人口が減少していったということですね?」
「そう言うこと。連邦でアンチ・ロボット・ルネサンス運動が起きたことは幸運だったと思ってるわ」
「なるほどですね」
「二つ目の原因として考えられるのは、その頃、唯一のヒューマノイド種族であったアース族が非ヒューマノイド種族の攻撃を受けて滅亡してしまったという説」
「でも、その説だと、銀河に拡散していたアース族を打ち負かすだけの強大な勢力を持った非ヒューマノイド種族がいたことになりますが、今現在、大きな勢力を誇る非ヒューマノイド種族は確認できていません」
「すぐさま、そんな反論ができるなんて、さすが、シャミルさんね」
「い、いえ」
「まあ、その非ヒューマノイド種族も長い年月の間に、別の種族に滅亡させられたり、何かの原因で減少していったことが考えられるけど、所詮は憶測の域を出ないわね」
「歴史は繰り返すということですか?」
「そう言うことね」
「では、三つ目の説は?」
「銀河系を捨てたということ」
「捨てた?」
「超古代に、それだけの勢力を誇ったアース族がそのままの勢力を維持していたとしたら、銀河系の隅から隅までアース族で溢れるようになってしまって、過密となった銀河系を捨てて、別のもっと大きな銀河系を目指して飛び去ったとか、そう言うことを想定してるわ」
「銀河系から別の銀河へ、まるごと移住したということですね?」
「ええ、でも、これは一番、説得力が無いわね。溢れた人数だけ出ていけば良いだけで、全員が出ていく理由は考えつかないからね」
「アース族にとって、銀河系全体が住みにくくなった何らかの理由が見つかれば別でしょうけど」
「そんな理由が見つかるはずはないわ。現に、今の銀河系はヒューマノイド種族が快適に居住している惑星が山ほどあるのだからね」
「そうですね。まだ、見つかっていない居住可能惑星は数え切れないほどあると言われていますし」
「と言うことで、一番、現実味があるのは、最初の耐性減少説というところだね」
シャミルとキャミルも納得をして、うなづいた。




