Scene:08 茶番の結末
熱帯雨林地帯から帰ったシャミルとキャミルは、アスガルドの軍専用ホテルのロビーにいた。
向かい合うソファには、今回の依頼主であるフレイドマール大将が座っていた。
「なるほど。テラ解放戦線は、惑星軍の中枢にまで勢力を拡大しているということが判明しただけでも、今回、調査を依頼した甲斐があったというものだ」
シャミルとキャミルが想像していたよりも落ち着いた反応であった。
「フレイドマールさん、あまり驚かれないのですね?」
「以前から噂がありましたからな」
「私達にはお答えできないことかもしれませんが、これから、どうされるおつもりですか?」
「ハウグスポリ少将が言ったとおり、その行動が作戦上の機密だと言われると、こちらも軍隊を派遣することはできません。しかも彼らも馬鹿ではない。今、蜂起して連邦市民の支持が得られるはずもないと知っている。直ちに武装蜂起をすることはないことが分かれば、こちらも武力で彼らを制圧することは得策ではない。お互いに大きな軍事力を持っている以上、衝突をすれば連邦市民に被害が出ないとも限らない」
「とりあえず、見て見ぬふりですか?」
「同じ軍同士で争うなど、愚の骨頂ですからな」
「確かにそうですね」
「これからは、政治の縄張りです。しかし、テラ解放戦線の主張が、全人口の十分の一を占めるテラ族のみならず、他の種族のコンセンサスを得られるとは思えないですがね」
ハウグスポリ少将としては、そこで、シャミルの超能力を見せつけることで、神懸かり的な集団催眠効果により、他種族の支持を取り付けようとしているのかもしれなかった。
「しかし、襲って来た敵を返り討ちにするとは、シャミルさんに依頼をして正解でした」
フレイドマール大将は、にこやかに笑いながら席を立った。
「いえ、敵を倒したのはキャミルです」
同じく立ち上がったシャミルは誇らしげに言った。
「そうですか。キャミル少佐、ごくろうだった」
「はっ!」
キャミルは敬礼をして答えた。
「報酬は、来週中には振り込んでおきます」
「ありがとうございます」
「では、失礼します」
シャミルとキャミルは、フレイドマール大将に見送られながら、ホテルを出た。ホテルの前には、カーラが運転するエアカーが待っていた。
シャミルとキャミルが後部座席に並んで座ると、エアカーは空港に向けて走り出した。
「シャミル」
キャミルが隣に座っているシャミルに話し掛けると、シャミルはニコニコと笑いながらキャミルを見た。
「どう思う?」
「軍に利用されたって感じですね」
「あっさりと答えたな。私も、今、そう言う結論に思い至ったんだが」
「その理由は?」
嬉しそうな顔をしてシャミルがキャミルに尋ねた。
「惑星軍が組織ぐるみで計画に加担していることが明らかになったにも関わらず、フレイドマール大将もそれほど驚かなかったし、ハウグスポリ少将も我々が来ることを予想していた気がする」
「私もそう思います。宇宙軍のフレイドマール大将とすれば、惑星軍のかなり上層部までもが、テラ解放戦線の構成員だという噂を耳にしていたけれど証拠が無かった。一方、ハウグスポリ少将とすれば、私達が宇宙軍の依頼を受けて来ていることを知って、惑星軍のかなりの戦力を握っていること、そして、ちまたで噂されているようなクーデターを起こす計画も意思も無いということを、私達を通じて、宇宙軍に、そして連邦政府に知らしめようとしたのでしょう」
「つまり、軍事力をもって、テラ解放戦線を押さえ込もうとすれば、相当な混乱と犠牲が強いられることを連邦政府に知らしめて、馬鹿な政治家から、テラ解放戦線への攻撃圧力が掛かることを回避しようとした、という訳だな?」
「そうです。そう考えると、今回のことは、実は、フレイドマール大将とハウグスポリ少将が示し合わせていたことかもしれませんね」
「出来レースだったということか?」
「もしかしたらですけど」
「しかし、出来レースだとすれば、我々が無事に帰って報告をしなければ意味が無くなるが、装甲機動歩兵や飛行戦車は、本気で我々を殺しに来ていたぞ」
「良い機会ですから、私達を試そうとしたのではないでしょうか?」
「装甲機動歩兵の攻撃を生身の人間が受けたら、普通、死んでしまうんだ。洒落にならないぞ」
「そうですね。でも、あれくらいの攻撃で、やすやす死んでしまうくらいなら、そもそもテラ解放戦線の先頭に立つ資格もないということなのでしょうね」
「その事前審査に合格したことから、方針を変更して、私達を仲間に引き入れようとしたということか? しかし、私達が『はい、分かりました』と、テラ解放戦線の主張に同調すると思っていたのだろうか?」
「いえ、今日は、挨拶代わりなのでしょう。私達が同調しやすいように、連邦軍の中枢にまでテラ解放戦線の影響が及んでいることを見せつけて、少数の不満分子による妄想ではなく、主義思想として確立されつつあることを知らしめようとしたのだと思います。その一方で、例えば、私達がマスコミなどにリークしても無駄だと脅しを掛けたつもりなのでしょう」
「確かに、師団の司令官クラスが首謀者なのだから、クーデターの噂など、すぐにもみ消すことができるだろうな。しかし、だからと言って、私達が恐れをなして従うつもりもない」
「私達もそこまで見くびられていないと思いますよ」
「そうかな?」
「ええ。きっと、これから軍から私達への干渉が頻繁に行われるでしょうね? キャミルは、ひょっとしたら辛い立場に立たされることになるかもしれませんよ」
「テラ解放戦線に協力するような指令を与えられるかもしれないと言うことか?」
「はい」
「仮にクーデターへの参加を命ぜられたとしても、私はそれには従わない! 連邦軍人たる者、何の罪の無い連邦市民を攻撃することなどありえない!」
「ふふふふ、キャミルもぶれなくて安心しました」
「シャミルだってそうだろう?」
「はい」
「しかし……」
キャミルが何かを言い淀んでいた。
「どうしたのですか?」
「いや、……テラ解放戦線のことよりも、リンドブルムアイズのことだが」
「……」
「一番事情を知っているはずの、我々の父親の行方は、軍でも把握していなかった」
「そうですね」
「そして、軍では、リンドブルムアイズとは、シャミルのことではないかと考えていた」
「……はい」
「シャミルは、自分の力をどう思う?」
「……分かりません。本当です。惑星ブラギンの時は夢中で何も憶えていませんし、サムライ・オンラインの時は、キャミルが刺されて苦しんでるのを見て、耐えきれない怒りが湧いてきて、同じようにしてやろうと思ったら、できたんです」
「つまり、自分で具体的に意識してしたのではなく、抽象的に考えたことが実現しているということなんだな?」
「はい」
「だが、そうだとしても、それができてしまうことは、そう言う力をシャミルが持っているということだ」
「私に言わせれば、キャミルの超人的な戦闘能力もですよ」
「でも、力が足りない時は、シャミルが力を与えてくれるだろ?」
「私達の力の源が共通しているからかもしれませんね」
「私達に共通していることと言えば……」
「ジョセフの娘だということですね」
シャミルとキャミルは、タイムスリップして会った父親の顔を思い出した。
「ハウグスポリ少将の話だと、その力は、ヒューマノイド共通起源の超古代種族から受け継いでいるかのように言ってましたね」
「そうだな。……実は、私は、シャミルのお母上が言っていたことが、ずっと引っ掛かっていたんだ」
「どんなことですか?」
「確か、お父上と出会ったことは前世からのつながりのようなことを言われていた。私の母親とも、おそらくそうだろうとも」
「……はい」
「私も、私達の父親が単に私達を産ませるためだけに、私達の母親と関係をもったのではないと信じたい。しかし、……」
「絶対、違います! 私は、時間を遡って会った父上の言葉を信じます! 前世からのつながりと言っていましたけど、それは父上なりの照れ隠しだと思います」
「う、うん、……そうだな」
シャミルとキャミルは、しばらく無言になり、その思いが心の中で揺らぐことが無くなるまで待った。
「シャミル」
「はい」
「軍の、と言うより、テラ解放戦線の、リンドブルムアイズに対する動きは、思いの外、活発だったな」
「でも、幸いなことに、テラ解放戦線は、リンドブルムアイズとは私のことだと誤解しています。つまり、テラ解放戦線にとっては、リンドブルムアイズは、もう見つかっているのです」
「後は説得するだけということだな。しかし、メルザもリンドブルムアイズを探していた。私達も急いだ方が良さそうだ」
「そうですね」
シャミルは、手首にはめた情報端末を確認してから、キャミルの方に向いた。
「キャミル。これから、ちょっと時間はありますか?」
「ああ、今日一日くらいまでなら」
「せっかく、アスガルドにいるのですから、超古代種族について詳しい方の所に行ってみたいのです。これから、アポが取れたらですが」
「誰に会いに行くんだ?」
「テラのバルハラ遺跡でお会いしたデリング博士の研究を受け継いでいらっしゃる方です」




