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リンドブルム☆アイズ  作者: 粟吹一夢
Episode−09 受け継がれる記憶と想い出
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Scene:04 密輸船(1)

 戦艦アルスヴィッドは、ユグドラシル恒星系を中心とする首都空域を巡回していた。

 首都空域は、近衛師団と呼ばれる宇宙軍第一師団が警備を担当する空域であるが、アルスヴィッドが今回、特別に命ぜられた任務は、この空域を航海しているはずの、とある船を捕らえることにあった。

 首都空域に入って既に三日が経過していたが、拿捕だほ対象の船に関する情報は何も得られず、やむなく思いつくままのルートを航海しているアルスヴィッドの艦橋かんきょうモニターの前には、キャミルが立ち、その両脇には、マサムネとビクトーレが立っていた。

「しかし、この船舶識別コードを発信している貨物船は、本当にこの空域を航海するのですかな?」

 自分の左腕にはめた情報端末を確認しながら、マサムネがキャミルに訊いた。

「上層部がそう判断しているのだから、何かしらの根拠があってのことだろう」

 宇宙船の識別コードとは、連邦内で運航されている船ごとに連邦政府の内務省船舶登録センターから割り当てを受けている個別のコードのことで、宇宙軍の戦闘艦から、商業用や探検用の宇宙船、個人のレクリエーション用に至るまで、すべての宇宙船において、船体に埋め込まれた発信器から絶え間なく発信されており、軍や警察は、それを照会することで、その船を特定することができるのである。

 今回、アルスヴィッドが捜索と拿捕だほを命じられた船の識別コードは、どういう経緯か分からなかったが既に判明していた。もっとも、識別コードシグナルは、ヴァルプニール信号ではなく、通常の電波で発信されていることから、識別コードを受信するためには、船一隻一隻に近づく必要があり、そのためアルスヴィッドは、定期航路を通らないことが予想されるその船を探し当てるため、特段の当てもなく首都空域を航海しているのだった。

「しかし、武器や兵器を首都空域に密輸しようなどとは大胆すぎますな」

「私もそう思う。取引するのであれば、もっと警備が薄い辺境の惑星ですれば良いと思うのだが……」

 目的の船は、国外経由で兵器を密輸して来ている貨物船であると、キャミル達は説明を受けていた。

 連邦の武器製造業者は、連邦内では、警察と連邦軍という大口の顧客以外に武器を売り払うことが禁止されている。しかし、外国の政府や団体には、最新技術の流出を防ぐための連邦政府の許可が下りれば、武器や兵器を輸出することができた。

 その輸出された武器が闇ルートを通って、海賊のような不法者の手に渡っているという図式があるが、外国政府や団体が絡んでいることから、すべてを取り締まることができない現状であるのだ。

「連邦内の兵器製造業者も軍や警察だけと取引すれば良いと単純に思うのだがな」

 兵器や武器の開発には莫大な資金が必要とされ、兵器製造業者としては、連邦内に限らずに商品を売って相応の利益を上げなければいけない現実があることは、キャミルも理解しているつもりだが、戦艦の艦長を務めているとは言え、まだ、社会に出てから一年ほどしか経っておらず、理想と現実のギャップに戸惑とまどうことも多々(たた)あるのだった。

「そして、我々が海賊達を掃討するために武器や兵器を消耗することで、兵器製造業者は利益を得るのですから、本音を言うと、我々と海賊達との双方に武器を売り払いたいのでしょうな?」

 軍の上層部に聞かれると罰せられそうなマサムネの言葉も、上司であるキャミルを信頼し、そしてキャミルが自分と同じ考えを持っていると知っているからだろう。

「それにしても、近衛師団様は、持ち場にでんと構えて、やって来る船を検査すりゃ良いのに、こちとら、ちまちまと船を追い掛け、呼び掛けを行わなければいけないのですからな。今回は、近衛師団が面倒な仕事を押しつけてきただけのような気がしてなりませんよ」

 ビクトーレも今回の指令には不満を持っていたようだ。

「まあ、それが遊撃師団たる我々の任務なのだからな」

 マサムネやビクトーレが腐る気持ちも重々(じゅうじゅう)分かっていて、ある程度は自分も同じ気持ちではあったが、艦長のキャミル自らが腐っている態度を見せると、アルスヴィッド乗組員全員の士気に関わることも分かっているキャミルは、できるだけ冷静さを保つようにしていた。

「三十四−七十六−二十一に船影あり!」

 索敵係さくてきかかりがいきなり声を上げた。

「船籍コードを問い合わせの上、直ちに接近せよ!」

「了解!」

 艦橋かんきょうスタッフに指示を出してから、キャミルと二人の副官は、艦橋かんきょうモニターの前からそれぞれの席に戻った。

「今日、これで何隻目だ?」

 ビクトーレがマサムネに訊くと、すぐに答えが返って来た。

「三十六隻目だ」

「数えてたのか?」

「何となくな」

 緻密ちみつ禁欲的ストイックなマサムネと、おおらかで開放的なビクトーレは、性格的にもまったく正反対な二人であったが、意外と仲が良く、それはキャミルという共通の女神をいただいているからとも言えた。

 アルスヴィッドの通信士が、その船に船名と船籍番号を問い合わせると、アスガルドに本店がある運送商会の大型貨物船ヤルンサクサ号だと回答があった。

 そして申告された船籍番号は、アルスヴィッドがその船に近づいて行き、受信した識別コードと一致しており、一方で、捕らえるべき船の識別コードとは違っていた。

「また空振りだ」

「そのようだな」

 マサムネとビクトーレのがっかりとした顔には気がつかないように、キャミルは艦橋かんきょうモニターに映っている、アルスヴィッドの三分の一ほどの大きさのヤルンサクサ号を見つめていた。そして、あることに気がついた。

「停船させろ!」

「はっ?」

 思いも寄らなかったキャミルの指示に、通信士はキャミルの方に振り向いて聞き返してしまった。艦橋かんきょうにいた者全員が同じように思ったはずだ。

「停船させろ」

 本来、作戦行動中に上司の指示を聞き直すことはしてはいけないことであるが、キャミルはそれを責めることをしないということを分からせるために、通信士を見ながら、優しい口調で指示し直した。

「わ、分かりました!」

 通信士が貨物船に停船命令を伝えている間に、ビクトーレが、艦橋かんきょうスタッフを代表する形でキャミルに訊いた。

「どうしてですか?」

「あの船の船体をよく見てみろ」

 マサムネとビクトーレも目をこらして艦橋かんきょうモニターを見つめたが、しばらく変わったところに気がつかなかった。

「拡大してみると分かりやすいかもしれないな」

 キャミルの指示で艦橋かんきょうモニターの映像が拡大され、ヤルンサクサ号の姿が大きく映し出された。

「あっ! あれは?」

「ノズルが全方位にありますな!」

 宇宙空間において宇宙船は、方向転換用の推進ノズルを噴射して方向転換をすることから、機敏に動くためには、できるだけ多くの方向転換用の推進ノズルを船体に設置して、その噴射の組み合わせによって、微妙にも大胆にも船が進む方向を変えることができる。連邦宇宙軍の戦闘艦も球形の船体の全体に、推進ノズルを設置していることで、どの方向にも瞬時に転進できるようになっているのだ。

 一方で、船体に多くの推進ノズルを設置することは、船体構造を複雑にして、造船コストのみならず運航コストも余分に掛かることから、一般的な客船や商船には、進路変更のために必要最小限な推進ノズルしか設置されていない。

 しかし、今、アルスヴィッドの艦橋かんきょうモニターに映し出されているヤルンサクサ号の船体には、全面に小さな推進ノズルが設置されていた。

「戦闘艦を商船にカムフラージュさせているかもしれないな。念のため、所属商会に確認を取れ! 停船する動きは?」

「ありません!」

「艦長! ヤルンサクサ号が転進! 急加速しました!」

 艦橋かんきょうモニターでもヤルンサクサ号が逆方向のノズルを噴射させたことが確認できた。

 ヤルンサクサ号は、ドリフトターンのように素早く向きを変えると、ものすごい加速度でアルスヴィッドから離れて行った。

「直ちに追跡する! 砲撃の準備をしておけ!」


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