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リンドブルム☆アイズ  作者: 粟吹一夢
Episode−09 受け継がれる記憶と想い出
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Scene:03 イリアスの孤児院(2)

「シスター、こんにちは」

 シャミルは、シスターに丁寧ていねいにお辞儀じぎをした。

「あらっ、ごめんなさい。お連れのかたがいらっしゃったのに、全然、気がつかなかったわ。失礼しました」

 シスターが着ている灰色の修道服のスカートは靴が見えないほどの長さで、頭には同じ色のベールをかぶっていた。顔に刻まれたしわは、いつも微笑んでいるような表情と相まって、優しさを溢れ出させていた。

 小柄なシスターは、微笑ほほえみながらハシムに問い掛けた。

「ハシムちゃんのお友達かしら?」

「だから、ちゃん付けは」

「初めまして。惑星探検家をしておりますシャミル・パレ・クルスと申します。ハシム殿とは親しくお付き合いさせていただいております。こちらは、副官のカーラ、そして、サーニャです」

 シャミルが、再度、シスターに頭を下げると、カーラとサーニャもあわせて頭を下げた。

「そうでしたか。私は、この孤児院の院長をしております、ステラ・ザビと申します」

「この孤児院の……。だから、ハシム殿をご存じなんですね」

「ええ。ハシムちゃんは、子供の頃から活発でやんちゃで、親に捨てられたと思って沈みがちになる、ここの子供達の気持ちをいつも明るくしてくれていましたから、ずっと、そのイメージがこびりついてて」

「だから、そんな昔話をしなくても良いじゃないか!」

 珍しくハシムは照れているようだった。そして、自分のことから話題をそらそうと思ったのか、シャミルのことを話した。

「ああ、そうそう。院長先生! ここにいるシャミルはキャミルの姉妹なんだよ」

「ええ、キャミルちゃんの! キャミルちゃんに姉妹がいたなんて初めて聞いたわよ!」

「あれっ、キャミルも、最近は、ここに寄ってないのかな?」

「いえいえ。キャミルちゃんは、お母様のお墓参りの時には、必ず、ここにも寄ってくれますよ。でも、姉妹がいたという話はしてくれませんでしたね」

 シャミルには、キャミルの気持ちがすぐに分かった。本当に大事な物は自分だけの物にしておきたいのは自分も同じだった。キャミルのことを自分の母親に話したのも、つい最近のことだった。

「キャミルと違って、ハシムは、滅多に寄り付いていないようだな?」

「恩知らず野郎だにゃあ」

 カーラとサーニャが軽蔑した眼差しをハシムに送った。

「お、俺もいろいろと忙しいんだよ」

「確かに、ハシムちゃんは、忙しいようで、なかなか、ここに来てくれることはないですけど、この孤児院に多大な寄附をしてもらっているのですよ」

「そうなのかい?」

「院長先生! 余計なことは言わなくて良いんだよ」

「ここは個人が設立した孤児院で、エシル教会から支援はしてもらっていますが、それだけで運営をしていくことは難しいのです。以前は、木造のみすぼらしい建物でしたが、ハシムちゃんの寄附金を使わせてもらって、こんなに立派な建物にすることができました。今でも、ここの運営資金のほとんどは、ファサド商会からの寄附金でまかなっているのです」

「やるじゃねえか、ハシム! 見直したぜ!」

「おい! どんだけ低く見られていたんだよ、俺は?」

「せっかくですから、みなさん、お茶でも飲みながらお話しませんか? ハシムちゃん、時間は大丈夫?」

「ああ、俺は大丈夫だよ。シャミル達は?」

「全然、大丈夫です! むしろ、お願いしたいくらいです!」

 キャミルの昔話も聴けると思い、嬉しさ爆発のシャミルであった。

 院長先生について孤児院に入ると、門には「聖セイラ天使園」と刻まれた金属製の看板が掲げられていた。

「聖セイラとは?」

「私達の大先輩で、この孤児院を設立したかたです」

 門を入ると、芝生が敷き詰められた広い前庭があり、そこで幼児から中学生くらいまでの子供が思い思いの遊びをしていた。

「ここには、今、何名ほど入所されているのですか?」

「ハシムちゃんのお陰でお世話する人数を増やすこともできて、今では五十三人の子供達が暮らしています」

「そんなに」

 逆に言うと、親がいない子供が五十三人もいるということで、シャミルは、それだけで悲しくなってしまった。

 建物の中に入ると、玄関脇に職員室があり、十卓ほどの机が並んでいた。その隅に簡単な打合せスペースがあり、そこのテーブルに全員が座ると、院長先生自ら紅茶を振る舞ってくれた。

 どちらかというと裕福な家庭で生まれ育ったシャミルは、出された紅茶が安い茶葉を使ったものだということがすぐに分かったが、院長先生の優しいおもてなしの気持ちまでも抽出されているようで、すごく美味おいしく感じられた。

 シャミルは、この孤児院のことをもっと知りたくなった。

「職員のかたは、何名ほどいらっしゃるのですか?」

「私を入れて十名ですが、交代勤務で常時いるのは六名ほどでしょうか」

「たった、それだけで五十三人の子供達のお世話をされているのですか?」

「ええ、ハシムちゃんに援助はしてもらっていますけど、それに甘える訳にいきませんから、節約するところは節約して、本当に必要な子供達のための経費を捻出しなければいけませんからね」

「俺は、もっと寄附金を増やしても良いって言ってるんだが、院長先生が受け取ってくれないんだよ」

「今の支援額で十分ですよ。人間、余裕ができるとなまくせが付いてしまいますからね」

「ほら、いつもこんな調子なんだよ」

 ハシムが苦笑しながら、シャミルを見た。

「素晴らしいお考えですね。私達も見習わなくてはです」

 院長先生の穏やかな笑顔に心洗われる気持ちになったシャミルは、もう一度、子供達の歓声が聞こえる窓の外を眺めた。

「でも、こんなに多くの子供達が親と離ればなれになっているのですね」

「ええ、ここに入っている子供の多くは、いわゆる捨て子です。病院や教会、ここの門の前とかに捨てられていた子供達です。他には、事故などで親や親族と死に別れた子ですね」

「悲しいことですね」

 シャミルは、心が痛くなってきて、にじみ出てきた涙を指でぬぐった。

「キャミルちゃんと同じで、シャミルさんも優しい心をお持ちのようですね」

 院長先生に言われると、自分の優しさなど結局は自己満足に過ぎないような気がしてきて、返って恥ずかしくなったシャミルであった。

「院長先生に言われると恐縮してしまいます」

 恥ずかしくて、院長先生の慈愛溢じあいあふれる視線を直視することができなかったシャミルが、ハシムに話を振った。

「ハシム殿。ハシム殿は、どういう経緯でここに入ったのか訊いて良いですか?」

「ああ、良いぜ。別に秘密にするようなことは何もないからな。院長先生、教えてやってくれよ」

「はいはい。ハシムちゃんは、テラの森で、一人、彷徨さまっていたところを保護されたんです」

「テラで、ですか?」

「ええ、迷子だと思われたんですけど、親が名乗り出なかったので、テラの教会を通じて、この孤児院に送られて来たのです」

薄情はくじょうな親だろ?」

 冗談ぽく、ハシムは言った。

「発見された時に、『ハシム』と刻まれたペンダントを首に掛けていて、成人男性の背広を羽織っていたのですが、それには『ファサド』とネームが刺繍ししゅうされていました」

「それで、ハシム・ファサドと?」

「ええ。おそらく本名ではないかと思い、親族と思われるかたを警察でも探してもらったのですが、結局、分かりませんでした」

「まあ、『ファサド』なんてファミリーネームは、テラ族では、ありふれているしな」

 考えてみれば、両親のことを何も知らずに育ったのに、明るく生きているハシムのことを少し見直したシャミルであった。

 建物にチャイムが響き渡った。

「あれは?」

「遊びの時間の終わりを告げるチャイムです。これから、おやつを食べて、お勉強をする時間ですね」

「ああ、それでは、職員の皆さんは忙しくなりますね。院長先生も」

「そうだな。そろそろおいとまするか?」

「はい。院長先生、お邪魔いたしました」

 シャミル達は立ち上がり、揃って院長先生にお辞儀じぎをした。

「何のお構いもできませんが、よろしければ、また、いらしてください」

 院長先生もにこやかに微笑みながら立ち上がり、お辞儀じぎをした。

「はい! 今度は、キャミルと一緒にうかがわせていただきます」

「まあまあ、それは楽しみにしております」

 シャミル達は、前庭から小走りに戻って来る子供達からの「こんにちは」に挨拶を返しながら、「聖セイラ天使園」を後にした。


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