Scene:04 惑星ヨトゥーン(4)
シャミルは、柵の近くで、中腰になりながら収穫作業をしていた中年の女性に話し掛けた。
「こんにちわ」
「はい、こんにちわ」
女性は、シャミルの挨拶に振り向きながら、機嫌良く笑顔で答えた。
「大変ですね。お手伝いしましょうか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「何を栽培されているんですか?」
女性は不思議そうな顔をしてシャミル達を見た。
「セイズを知らないのかい?」
「その植物はセイズと言うのですね?」
「そうだよ」
「私達は、北のはずれにある街から来たばかりで、今日初めて見ました」
「おや、そうかい」
「こんなに広い農園でいっぱい栽培しているんですね? これ全部、野菜屋さんが引き取ってくれるのですか?」
「とんでもない。私達が食べるものじゃないよ。何て言ったって、セイズは神様の大好物だからね。神様もお喜びになるはずだよ」
「神様の大好物なんですか?」
「そうだよ。今日、収穫したものも全部、神様にお供えをするんだよ」
「そうなんですか。食べることもできないんですね?」
「いや、だから神様にお供えをするんだよ」
「いえ、食用に適しているかどうかという質問だったのですが……」
「あんまり大きな声じゃ言えないが、生でちょっとかじってみた人がいるみたいだけど、苦くてとても食えたもんじゃないって言っていたね。それに、少しかじっただけなのに、まるでお酒に酔ったみたいになるって言っていたよ」
「あの、おばさま。それを一つ分けていただくことはできないでしょうか? 北の街に帰る時のお土産にしたいなあって思ったんですが……」
「そうだね……」
女性は辺りをきょろきょろと見渡して、シャミル達以外に誰もいないことを確認した上で、収穫袋の中にあったセイズを一本、シャミルに手渡しながら、小声で言った。
「それじゃあ、一つあげるよ」
「えっ、良いのですか?」
「私からもらったって言わないでおくれよ。落ちていたのを拾ったとでも言っておくれ」
「分かりました。どうもありがとうございます」
シャミルが女性から受け取ったものは、まさしく人参にそっくりであった。
「神様に捧げるって、具体的にはどうやっているんですか?」
「ここで収穫したセイズは、この教会の祭壇にお供えした後、全部、教会の人達が総本山の大聖堂に運んでいるはずだよ」
「総本山ですか。その総本山とはどこにあるのですか?」
「あんた達は本当に何にも知らないんだねえ?」
「まったく世の中の動きに疎くて……」
シャミルが本当に申し訳ない様子で言うと、それだけで女性は納得してくれたようだ。
「総本山は、ヴィーグリードという大きな街にあるよ」
「ここから遠いのですか?」
「馬車だと丸三日は掛かるかな」
「そうですか。……この街の方で近々、ヴィーグリードに行かれるという方はご存じありませんか?」
「そうだねえ。……そういや、鍛冶屋のハルダン爺さんがヴィーグリードのバザーに刃物を売りに行くって言っていたと思うけど」
「そうですか。どうもありがとうございました」
シャミル達は、再び街の中心部に戻り、人から訊いた住所を頼りに、ハルダン爺さんの店を訪れた。
「こんにちわ」
シャミル達は、ドアをそっと開いて店の中に入った。
店の壁には、おそらく見本と思われる剣や斧、鎌といった大小様々な刃物が掛けられていた。
そんな店の奥にある机に、白髪頭の老人が突っ伏していた。小さなイビキも聞こえており、昼寝の真っ最中のようだ。
「もしもし」
シャミルが優しい声で話し掛けると、老人はビクッとしてから、おもむろに顔を上げたが、まだ目が覚めきっていないようで無愛想に話し掛けてきた。
「う~む。……何だ? 刃物をお探しか?」
「お休み中、申し訳ありません。残念ながら刃物を買いに来たのではありません。お爺様にお願いがあって、やって来たのです」
シャミルのような美少女に「お爺様」と呼ばれて悪い気がする男がいるはずもなかった。ハルダン爺さんもたちまち相好を崩した。
「この鍛冶屋の爺にどんなご用かな?」
「お爺様は近々、ヴィーグリードに行かれるという噂を聞いて、やって来たのです。私達も一緒に連れて行って欲しいと思いまして」
「ヴィーグリードに? 確かに明後日には行こうと思っていたが……。でも、なぜ儂と一緒に行くと言うのかね?」
「私達は誰もヴィーグリードに行ったことがなくて、道程が分からないのです。一緒に行かせていただければ大変助かるのですが」
「なるほど。それで、ヴィーグリードには何をしに行くのだね?」
「フェーデ教会の総本山に巡礼に行こうと思いまして……」
「なんだ。あんた達はフェーデ教会の信者さんか?」
「いいえ、まだ、入信はしていません。私の住んでいる北の街にもフェーデ教会の布教団が来て、小さな教会を建てたところです。私達は街の住人から委任を受けて、総本山を拝見させていただいて、教会の活動をこの目で見てこようと思っているのです」
「視察団のようなものか?」
「まあ、そういうことです。あ、あの、ヴィーグリードには……」
「ああ、そうじゃったな。ああ、良いよ。儂もあんたのような若くて美しい女性と一緒に旅ができるなんて夢のようじゃよ」
「あ、あの、この二人も一緒なんですけど」
ハルダン爺さんはシャミルしか目に入っていなかったようだ。カーラとサーニャの凸凹コンビを見て、やや失望したようだ。
「こいつらもかね……。まあ、良い。その大きな女は良いボディガードになりそうだ。ヴィーグリードまでの道程には山賊が出る森も通らなければならないから、ちょっと不安ではあったんだ」
「爺さん、大船に乗ったつもりでアタイに任せときな」
カーラが力こぶを見せると、サーニャがカーラの二の腕にぶら下がりながら言った。
「ウチも忘れないでおくれだにゃあ」
「馬車旅はけっこう厳しいからのお。儂も子供を連れて行ったことはないが、大丈夫じゃろうか?」
「ウチは子供じゃないにゃあ!」




