Scene:13 裏切りの凶刃(1)
「織田信長公に対し征夷大将軍が宣下されました! 日本は、織田家により統一されました!」
女性の声が、日本中に響いた。
「今から一時間後に、勢力データを書き換えるため、システムが一旦、閉じられます。プレイヤーの皆さんは、その時間までにログアウトしてください。ログアウトしてなくても強制的にログアウトされますが、皆さんのデータ保持のため、可能な限り、事前のログアウトをお勧めします」
紗魅琉と伽魅琉は、清洲城下でこのアナウンスを聞いた。
二人の周りには、竜之目党の党員が集まり、その偉業を讃えていた。
その中には、相馬屋もいた。
「驚いたわ。ほんまにやりおりましたなあ」
「これも相馬屋さんのお陰です。只で犠牲を強いるより、見返りのお金があったからこそ、家老の皆さんも決断できたと思います」
紗魅琉から褒められて、相馬屋も照れていた。
「いやいやぁ~。でも、わても織田家と鉄砲の独占納入契約を結ぶことができましたわ。勢力データ変更後は、織田家が最大勢力になっているはずでっしゃろから、わての実入りも大きくなるはずですわ」
「良かったですね」
「あんさん方のお陰ですわ。ぜひ、リアルでもお礼をしたいくらいですわ」
「ふふふ、お気持ちだけいだたいておきます」
にこやかに話す紗魅琉と伽魅琉を取り囲む一団から、少し離れて、小夏と小梅がいた。
「本当に、一日で日本統一しちゃったよ」
「うん。もっとデータを収集したいと言ってたけど、これで無理になっちゃったね」
その時、小夏と小梅宛てにメールが届いた。
「……本当にやるの?」
「命令だって」
「仕方無いね。どうせ、私達のことは、どこの誰かは分からないはずだし、この後、顔を変える予定だしね」
小夏と小梅はうなずき合うと、紗魅琉は伽魅琉に近づいて行った。
「紗魅琉さん! 伽魅琉さん! やりましたね!」
「すごいですよ! 本当にやっちまうなんて!」
「小梅さん! 小夏さん! お二人には本当にお世話になりました」
「いえいえ~、私達は何もやってないですよ」
「いや、お二人の助けが無かったら、私達も何からして良いのか分からなかったからな」
「うん。お二人のお陰です」
「そんなぁ」
思い切り照れていた小夏と小梅がうなずき合うと、小夏が紗魅琉と伽魅琉を見つめながら言った。
「それで、紗魅琉さん! 伽魅琉さん!」
「はい?」
「もう、あと三十分もしたら、強制ログアウトされます。紗魅琉さんも伽魅琉も、このゲームは、もうしないって言ってたので、たぶん、二度と会えないじゃないですか?」
「最後に、小梅ちゃんの家で、お別れ会をやりたいと思っているんです。せっかく友達になれたのですから、ちゃんとお別れがしたくて」
小梅も寂しそうだった。
「そうですね。じゃあ、このゲームでの『最後の晩餐』をしましょうか?」
「現実には、お腹に入らないご馳走を食べるか?」
「いくら食べても太らないご馳走ですよ」
「はははは、せっかくだから行こうか、紗魅琉?」
「そうですね。行きましょう!」
伽魅琉とパーティを組んでいた小梅も、伽魅琉のマサカド退治のおこぼれにあずかり、武将にまで昇進しており、城の近くの上級武士の住宅地に居を構えていた。
小梅の家に着き、広い居間に入ると、既に、四つの大きな膳にご馳走が用意されていた。
「時間が無かったから、街の料理屋さんから配達してもらったんです」
「小梅ちゃんは、料理しようにも、料理スキルが十五しか無いからできないでしょ?」
「ばらすなぁ!」
小夏に突っ込まれて照れた小梅が、紗魅琉と伽魅琉を上座に座らせると、その前に並んで、小夏と小梅が座った。
四人は甘酒が注がれたお猪口を持った。
「じゃあ、紗魅琉さんと伽魅琉さんの偉業達成と、私達の素敵な出会いに、乾杯!」
小夏が音頭を取り、四人はお猪口を掲げた。
「こんな出会いがあるから、オンラインゲームは止められないんだよ」
「そうだね。リアルで、紗魅琉さんと伽魅琉さんにお会いしたいです」
「そうですね」
小夏と小梅がそれぞれ甘酒が入った徳利を持つと、席を立って、小夏が伽魅琉の隣に、小梅が紗魅琉の隣に座った。
「どうぞ!」
小梅がお酌をするため、徳利を紗魅琉に差し出した。
小夏も伽魅琉にお酌をしようとしていた。
「ありがとうございます」
紗魅琉が、甘酒を注いでもらおうと、お猪口を持って体を捻った時、背中に激痛が走った。
一方、伽魅琉は、小夏の不穏な動きを感知して、本能的に、体を投げ出すように横っ飛びして、回転しながら体勢を立て直した。
伽魅琉が座っていた場所には、小夏が脇差しを突き出していた。
「ちっ!」
舌打ちをした小夏は、すぐに立ち上がり、脇差しを放り投げると、大刀を抜き、伽魅琉に向かって構えた。
伽魅琉は、座ったまま崩れ落ちる紗魅琉の後ろから脇差しを持って立ち上がった小梅を見た。
「紗魅琉に何をした?」
小梅が持っていた脇差しから、紗魅琉が刺されたことは分かったが、倒れた紗魅琉を見て、さすがの伽魅琉も冷静さを失った。
「貴様ぁー!」
伽魅琉は、まず目の前に立ち塞がっていた小夏に刀を打ち込んだ。
しかし、小夏は伽魅琉の刀を自分の刀で受け止め、そのまま右に払った。
そして、小梅も刀を抜き、小夏とともに伽魅琉に向かってきた。
そもそも、たかが学生である小夏と小梅が、剣の達人である伽魅琉の刀を受け止めたことだけでも驚きであるが、二人は鋭く刀を振り回し、伽魅琉に打ち込んでいた。
倒れたままの紗魅琉が気になったが、二人掛かりの攻撃に防戦一方となった伽魅琉は、紗魅琉に近づくことすらできなかった。
「どうして、こんなことを?」
小夏達の攻撃が一瞬、止まった時、伽魅琉が二人に訊いた。
「伽魅琉さん、ごめんなさい」
「本意では無いけど、やらなきゃいけないの」
二人は、それしか言わなかった。
「その剣の腕前! 学生だと言うのは嘘だったのか?」
二人は、伽魅琉の問いには答えず、再び、間合いを縮めてきた。
伽魅琉が、紗魅琉を見ると、必死に痛みに耐えているように、顔をしかめて、歯を食いしばっていた。もちろん、血は出ていなかったが、壮絶な痛みに襲われているはずだ。
伽魅琉に押さえようがない怒りがこみ上げてきた。
「貴様ら! 紗魅琉に与えた痛みを百倍にして返してやる!」
しかし、伽魅琉が前に踏み出そうとした瞬間、自分の体がいきなり重くなった。体中に何トンもの重りを付けられたように、立っていられなくなり、床に這いつくばってしまった。
「こ、これは?」
伽魅琉は、体が床に張り付いたように、体を動かすことができなかった。
「ふふふふ。伽魅琉さんにも、紗魅琉さんと同じ痛みを味わってもらうよ」
小夏が不気味に笑いながら、伽魅琉の近くに立つと、伽魅琉の背中の上で、刀を垂直にして構えた。
「恨まないでね。もう少しすれば強制的にログアウトされるよ。それまでの我慢だから」
既に興味を無くしているように、無気力ささえも感じられる小夏が、刀を伽魅琉の背中に突き刺した!




