Scene:12 将軍宣下
織田家の軍勢は、美濃の稲葉山城に迫っていた。
もっとも、織田の軍勢と言っても、竜之目党所属の武士だけで構成される小さな軍団であった。
「伽魅琉殿、大丈夫でしょうか? 竜之目党の兵士達も不安がっているようですぞ。もし、斉藤側の兵士達が防戦に出て来たら、おそらく何人かは逃げますぞ」
「ええ、その約束ですから、皆さんも逃げてもらって良いですよ。私一人で戦います」
「しかし……」
「ゲームで痛い思いをするのは誰も嫌ですからね。しかし、仮に、向こうの軍勢が出て来たとしても、おそらくハッタリですよ」
凜々しい若武者のような甲冑姿の伽魅琉は、乗っていた馬を少し前に出した。
「もっとも、戦にはならないはずです。紗魅琉が、きっと、全員を調略してくるはずですから」
「誰かが城から出て来ています! 白旗を上げています!」
伽魅琉の言葉が終わらないうちに、斥候が知らせてきた。
城の大手門から、紗魅琉が、斉藤家の家老と思しき十数人の武将を引き連れて、馬に乗って出て来た。
「どうやら、紗魅琉の調略は、今回も成功したようですね」
織田家の陣まで十数頭の馬が駆けて来ると、先頭にいた紗魅琉が馬を下りて、馬上の伽魅琉の側に立った。
「伽魅琉ご家老様! 今川家の家老全員、織田家に仕官すると誓約の上、連れてまいりました」
「う、うむ。ごくろう」
よそよそしい紗魅琉の口上に少し照れてしまった伽魅琉であった。
連れて来られた今川家の家老達は、全員、武将に降格され、織田家の家臣となった。
「あと城に残っているのは誰だ?」
「斉藤の殿だけでございます」
「使者を出せ! 降伏勧告をするのだ!」
家老プレイヤーが全員いなくなった斉藤家は、今川家と同様、ノンプレイヤーキャラクターである当主の人工知能も戦うことの無意味さを判断したようで、織田家に全面降伏し、今川家に続き、斉藤家もあっけなく滅んだ。
これにより、織田家は、尾張、三河、遠江、駿河、美濃の五国を領する大大名となった。
相模、武蔵を領国とする北条家、そして甲斐、信濃を領国とする武田家と同盟を結んだ織田家は、その軍勢を一気に西に向けた。
織田家は、その後、わずか三時間の間に、南近江の浅井家、越前の朝倉家、伊勢の畠山家の家老を全員引き抜いた上、滅亡させた。
近畿の諸大名家も、今更、織田家に逆らうことの無意味さを悟り、雪崩を打って、織田家に降伏をした。
もちろん、各家の家老連中も切腹を回避するため、進んで織田家に寝返ってきた。
その結果、近畿の全域を支配下に置いた織田家は、東海、北陸、美濃地方と併せて三百万石以上の大勢力となった。
「征夷大将軍の宣下を受けるのに、これだけの支配率でどうだろうか?」
「とりあえず、朝廷に接触して、感触をさぐってみましょう」
紗魅琉と伽魅琉は、有力貴族である菊亭晴季邸の門前にいた。
「右大臣殿にお会いしたいのですが」
不戦勝ではあるが、度重なり、先頭に立って、他勢力の攻略をした結果、伽魅琉は織田家の筆頭家老になり、また、織田信長の官位も従四位左近衛中将にまで上がっており、その名代として、紗魅琉と伽魅琉が面会に来たのだ。
広い畳の間に通された紗魅琉と伽魅琉が正座をして待っていると、御簾が下ろされた正面に、煌びやかな烏帽子直衣姿で、白粉を塗った白い顔に、丸く描かれた眉の男性が座り、にやりと笑った口から真っ黒な歯が見えた。
「ぷっ!」
紗魅琉は、思わず吹き出してしまい、慌てて両手で口を覆った。
「紗魅琉!」
「だって」
「麿が晴季じゃ!」
「織田左近衛中将信長の使者としてまいりました伽魅琉と申します」
「シャ、紗魅琉で、ご、ございます」
なかなか笑いが収まらない紗魅琉も体を震わせながら、何とか無事、口上を済ませた。
「うむ! して、本日は何の用じゃ?」
「我が主、信長の征夷大将軍宣下につき、ミカドに上奏されたく、お願いに上がりました」
「ほ~う、信長殿を征夷大将軍にのお? 確かに、その領国も他家を圧倒しておるし、官位的にも問題は無さそうじゃな」
「はい! ぜひに!」
「考えてやらぬではないが、麿も色々と物入りでのう。お上に上奏する隙が無いのじゃ」
「そ、そうですか」
「じゃが、山吹色の物を見れば、隙ができるはずなんじゃが」
「山吹色? 晴季様、山吹色とはどんな色なのでしょうか?」
「何? とぼけておるのか? ほれっ、これくらいの楕円形の平べったい形をした奴じゃ」
「……紗魅琉、分かるか?」
「さあ? 何かのアイテムをどこかで見つけて来なければいけないのでしょうか?」
「何だか分からないな」
紗魅琉の方を向いていた伽魅琉は、晴季の方に向き直った。
「申し訳ありません、晴季様。その山吹色の物が何か分かりません。絶対に持ってきますので、そのアイテムの名前を教えてください」
「……何を言っておるのだ? 仕方が無いのう。近こう寄れ」
伽魅琉と紗魅琉が御簾の直前まで進み出た。
「もっと近こう!」
二人は御簾の中に入り、晴季の目の前に座った。
「近くで見ると、二人とも美しいのお。麿の女房にならぬか?」
「お断りします!」
即答の紗魅琉だった。
「つれないのう」
「その代わり、山吹色の物をたくさん持ってきますから」
「さようか」
「ですから、ぜひ、その山吹色の物が何か教えてください」
「頭の悪い者どもじゃのう。銭に決まっておろう」
晴季は扇子で口元を隠しながら、小さな声で言った。
「……お金ですか?」
「そうじゃ」
「な~んだ。それなら持ってますよ。いかほど?」
「それは、お主達の気持ちに従うが良い。おほほほ」
「ですって、伽魅琉」
「まあ、相馬屋さんから投資してもらったお金を残しても仕方無いし、全部、差し上げることにしよう」
伽魅琉が、「トレード」メニューを出し、贈呈金の額を入力すると、目の前に目録が出てきた。
「晴季様。では、これで、いかがでしょうか?」
「うむ。最初からそうすれば良いのじゃ」
晴季は、伽魅琉がうやうやしく差し出した目録をゆっくりと開いた。
「…………う~ん」
晴季は、白目をむいて気絶してしまった。
「あっ、晴季様! しっかりしてくださいませ!」
程なくして、織田信長は、ミカドから征夷大将軍を宣下された。




