Scene:06 仮想現実の夕餉
紗魅琉と伽魅琉は、小梅達と別れて、地図を頼りに、伽魅琉の自宅に向かった。
「私の自宅は、……お城の近くにあるみたいだな。行ってみよう」
「はい」
「紗魅琉の自宅は、どこにあるんだ?」
「私の家は、山の方にあるらしいんです。遠いから、伽魅琉の家に行きます」
「遠くなくても来るんじゃないのか?」
「へへへ、もちろんです」
「やっぱりな。しかし、ちょっと、お腹も減ってきたな。食事は、さっきの酒場で済ませた方が良いのかな?」
「私は、料理スキルがなぜかコンプリートされていたので、材料さえあれば、料理はできますよ」
「そうなのか」
紗魅琉と伽魅琉は、途中の八百屋と魚屋で買い物をしてから、伽魅琉の自宅に帰った。
下級武士の家ということで、棟割り長屋の一角であった。
板一枚の引き戸を開けると、すぐに狭い土間の台所があって、一段高い板の間に続いていた。その中央には囲炉裏があった。
「あっ、伽魅琉!」
「何だ?」
そのまま部屋に上がろうとした伽魅琉を紗魅琉が呼び止めた。
「秀吉様のお屋敷みたいに、靴を脱いで、部屋に上がるんですよ」
「そうだったな。……しかし、この草でできたサンダルは、履いたり脱いだりが面倒なんだよ」
「草履と言うらしいですよ」
「そう言えば、紗魅琉は、なぜ、裸足なんだ?」
「小梅ちゃんが言うには、『くのいち』という職業は、セクシー路線だって言ってましたから、裸足なのでしょうか?」
「セクシー路線ねえ」
伽魅琉が草履を脱ぐのに悪戦苦闘しているうちに、腰にぶら下げていた手拭いを水で濡らし、足を拭いた紗魅琉が、伽魅琉の家だと言うのに、先に、板の間に上がって、その奥にある襖を開けると、そこは畳が敷かれた狭い部屋だった。
「これが畳ですかぁ」
「どれどれ」
やっと草履を脱いだ伽魅琉が、紗魅琉の後ろから覗き込んだ。
「これは狭いな。人が一人寝られるのがやっとじゃないか」
「実際には、ここに親子四人は寝てたらしいですよ」
「どうやって?」
「重なり合って寝てたんじゃないですか?」
「いくら家族でも、重なり合ってたら、ぐっすり眠れない気がするな」
「じゃあ、試してみましょう! 今日は、私もここで寝ますからね」
「えっ、食事だけじゃなくて、泊まるのか?」
「異常事態中ですよ。いつも二人一緒にいた方が良いです」
「それはそうだが」
「私は、伽魅琉となら、抱き合ってでも寝られますよ」
「……そっちが本来の目的か?」
「てへっ」
「とりあえず、ご飯を作ろう」
「あっ、そうですね」
土間の台所に竈があって、紗魅琉が、「火打ち石」を使うとすぐに火が着き、火の調節には「火吹き」と呼ばれる竹をくり抜いた筒を使った。
「紗魅琉は、何をやっても器用にできるんだな」
「火の起こし方は、未開種族にほぼ共通していますからね」
これまでの惑星探査で、未開種族と一緒に生活した経験もある紗魅琉ならではの慣れた手つきであった。
「主食のお米は、ここですね」
竈の横に大きな瓶があって、その中に米が入っていた。
「この時代のお給料は、お米の現物支給だったそうですよ」
「そうなのか。では、お金はどうするんだ?」
「支給されたお米を売って、お金に換えてたみたいです」
「へえ~」
「じゃあ、伽魅琉はお米を炊いてください。私は、おかずを作りますね」
紗魅琉の料理スキルを使って、あっという間に、魚の煮物、お味噌汁の料理ができた。
ご飯もすぐに炊きあがり、板の間に、質素な膳を並べて、二人は食事をした。
「これが味噌汁という飲み物か。紗魅琉は飲んだことあるのか?」
「いいえ、レシピどおりに作ってみたんですけど」
「……うん! 初めて味わう味だがイケるぞ!」
「本当ですか? ……美味しい! これ、ご飯と一緒に食べた方が良いかも」
紗魅琉は、味噌汁をそのままお茶碗に入れて、リゾットのようにして食べた。
「ご飯とベストマッチですね。何だか、サーニャが好きな味のような気がします」
「どうして?」
「何となく」
紗魅琉と伽魅琉は、箸を器用に使って、食事を終えた。
「しかし、本当に食べている感覚しかしないですね。お腹も膨れてきたし」
「しかし、我々の実際の体は空腹のままなんだな?」
「飽くまで満腹中枢に刺激を与えているだけで、実際には食事をしていない訳ですから、絶食ダイエットをしている状態になりますね」
「うん。そう考えると、本当に時間は無いぞ。ログアウトできないと、現実の体は、ずっとそう言う状態に置かれる訳なんだからな」
「私達は、私達しかいない部屋でソファに並んで座ったままですね。三連休が終わって、伽魅琉が出勤して来ないと分かるまでは、誰も助けに来てくれないでしょうね」
「もちろん、私達だけではない。多くのプレイヤーが同じ危機的状況にある。みんな、それほど危機意識をまだ持っていないが、いつ解決されるか分からないんだからな」
「でも、大丈夫です。私の計画が上手くいけば、明日にでも、織田の殿様が征夷大将軍に任命されるはずです」
「よほど自信があるんだな。紗魅琉のことだから確信だろうけど」
「はい」




