Scene:13 部族長会議前日
ノアト部族と一緒に旅を続け、三日後。
真上に輝く恒星の光で眩しい風景の中に、異様な場違いな空気を放つ物が見えてきた。
「あれが、グローイが建てた建物だ」
アスクが指差したその先には、砂漠の中にぽつんと、窓のないビルか煙突のような超高層の建築物がそびえ立っていた。
「オレイハルコン鉱石は、その生成過程からどの惑星でも地下深くに埋蔵されていることが多いのです。きっと、あれは地下深くに掘った縦穴からオレイハルコン鉱石を運び上げる施設を含む鉱山プラントなのでしょう」
シャミルが、すぐ後ろにいたカーラとサーニャに話した。
「その周りには、低い建物がいくつかあるな。あれは管理事務所とか鉱夫の宿舎とかかな?」
カーラも手を額に当てて眩しい光を遮りながら、目を細めた。
「おそらくそうでしょうね。壁の上には鉄条網が張り巡らされていますね。きっと侵入防止用の高圧電流も流されているでしょう」
しばらく歩くと、その鉱山プラントはどんどんと大きくなってきたが、その後ろに大きな岩も見えてきた。
「あれがフリーズキャルヴだ」
アスクが指差した。
「あの岩がそうなのですか?」
「そうだ。あの中に神がいる。しかし、今は、神に会いに行くことはできない」
確かに、フリーズキャルヴは、オレイハルコン鉱山を囲んでいる高い壁の内部にあった。
「あの建物ができてから、フリーズキャルヴには行けなくなってしまったのですね?」
「そうだ。だから、今回も部族長会議名をもって、グローイに申し入れをするのだ。我が種族の自由な通行を認めてほしいということをだ」
「部族長会議はどこで行われるのですか?」
「あそこだ」
アスクが指差した先は、オレイハルコン鉱山を目の前に望む所にあるオアシスだった。
既にいくつかの部族が到着しているみたいで、多くの人影が見えた。
「行くぞ」
アスクが声を掛けると、ノアト部族もそのオアシスに向けて歩き出した。
その時、空気を切るような音が背後の空から聞こえてきた。
シャミル達が振り返ると、戦艦アルスヴィッドがゆっくりと飛んで来ていた。
「キャミル!」
「アルスヴィッドがいったい何の用なんだ?」
カーラに問われても、シャミルが知るはずもなかった。
「あの空飛ぶ船は何だ?」
驚きの表情でアスクがシャミルに訊いてきた。
「あれは私達の星の船です。そして、その船には私の姉妹が乗っています」
「そうなのか? しかし、大きいな」
見慣れているグローイ族の宇宙船の何倍も大きい連邦の戦艦に、アスクのみならずノアト部族の全員が驚いていた。
「あの船は私達に危害を加えることはありません。安心してください」
フリーズキャルヴがそうであるように、巨大な物にヒューマノイドは畏怖の感情を抱く。シャミルは、そんなノアト部族の不安感を取り除こうとしたのだ。
「あっ! オレイハルコン鉱山に着陸するにゃあ!」
アルスヴィッドは、オレイハルコン鉱山の敷地内にある輸送船専用の発着スペースに着陸した。
サイズ的にはぎりぎりであったが、アルスヴィッドの航海士は寸分違わない精度で、その敷地内にアルスヴィッドの巨体を着陸させた。
「アスクさん、私達は部族長会議が開かれる場所に急ぎましょう」
「うむ。そうだな」
再び、歩き出したノアト部族は、十分ほどで、部族長会議が開かれるオアシスに着いた。
ノアト部族に他部族民達が近づいて来ると、あちこちで抱擁が起きていた。
危険な砂漠を歩いて来て、お互いの無事を確認し合い、喜び合っているようであり、三日間という短い期間ではあったが、一緒に砂漠を歩いてきたシャミルも、その様子を見て嬉しくなってきた。
アスクは、他部族の部族長らしき精悍な面構えの男達が集まっている所に行き、何やら話し込んでいた。
シャミルの近くには、ノラルが少女数人と一緒に近づいて来た。
「本当だ!」
「こんな声、聞いたことがない!」
「これ、……神様の声に似ている!」
「私もそう思った!」
シャミルの顔を凝視しながら、口々に話している少女達に、シャミルの方から更に近づいて、声を掛けた。
「こんにちは」
「こんにちは!」
少女達は声を揃えて挨拶を返した。
ノラルが一番小さくて、シャミルと同じくらいの年代と思われる女の子が最年長のようだった。
「ノラルちゃん、この子達は?」
「同じ巫女の仲間」
「ああ、そうなんだ」
「みんなにシャミルちゃんの声を聞かせたかったの」
「私の声を?」
「そう」
「私の声、どうだった?」
シャミルが笑顔で少女達に訊くと、少女達もシャミルを取り囲むようにして立つと、笑顔で口々にシャミルに話し出した。
「大きくて、はっきりと聞こえる!」
「でも、気持ちが良い声。ずっと聞いていたい!」
「私も!」
その時、シャミルにも何かが聞こえた。
それは人の声のようであったが、はっきりと声だと認識できるものではなかった。
そう、あのバルハラ遺跡で聞こえてきたような声、と言うよりは「意識の波」とでも言った方が正確なような気がした。
「今、私にも何かが聞こえたんだけど?」
「神様が喜んでいる」
初めて見たノラルの笑顔だった。
間もなく、アスクがノアト部族がたむろしている所まで戻って来た。
部族民が注目する中、アスクが良く通る声で告げた。
「今日の夜までに、十六の代表部族が揃うことになっている。明日の日の出とともに部族長会議を開催し、その決議をもって、グローイに申し入れを行う!」
ノアト部族の男達は、みんな満足げにうなづいた。女性達は不安そうであったが、それを口にする者はいなかった。
「どうやら今日は、部族長会議は行われないようですな」
アルスヴィッドの艦橋モニターで、集合して来ているモルグズ族の各部族の動きを観察していたレンドル大佐は少し残念そうだった。
各部族ごとに集まって、夕餉の支度をしているようで、艦橋モニターには、やや薄暗くなったオアシスのあちこちで、焚き火の炎が揺らめいていた。
自分の左手首にはめている情報端末を見つめていたレンドル大佐は、顔を上げると、艦長席に座っているキャミルにいつものシニカルな笑顔を向けた。
「どうやら、部族長会議は、明日の朝一番に執り行われるようです。そこで意思統一を図ってから、オレイハルコン鉱山の管理者に申し入れを行うようですな」
「申し入れとは?」
「フリーズキャルヴの占拠を解けということでしょう」
「モニターで見ている限りですが、モルグズ族は凶暴な種族のようには思えません。どちらかというと友好的で温厚な性格の種族のような気がします。フリーズキャルヴに至る部分だけでも、彼らに解放したところで何も問題は無いと思いますが」
「いったん、道を開けてしまうと、その道はどんどんと大きくなっていきます。最初は人一人がやっと通れるくらいの道でも、いつの間にか部族全員が横一列になって通れるくらいにはね」
「しかし、銀河協約第三項該当種族のモルグズ族が反乱を起こしたとしても、グローイ族に敵う訳がありません。いらぬ心配ではないのですか?」
「ええ、グローイは、モルグズ族を恐れてなんていませんよ。グローイが恐れているのは連邦です」
「えっ?」
「連邦の国是である銀河協約に反する行為をしているグローイ共和国は、いつ連邦から咎めを受けるのかと、ビクビクとしているのですよ」
「連邦がモルグズ族問題に干渉してくることを?」
「連邦と戦争をして勝てるはずはありません。かと言って、外貨の稼ぎ頭であるオレイハルコン鉱山を手放すことはできない。したがって、グローイ族としては、モルグズ族問題にできるだけ触れられないように、ああやってオレイハルコン鉱山を高い塀で取り囲み、モルグズ族が来ても、追い返すこともしない代わりに、話し合いにも応じないという態度に終始している訳です」
「では、明日の申し入れも?」
「おそらく無視するでしょうな」
「私は、ここで何をすれば良いのでしょうか?」
「明日、起きることをちゃんと記憶しておけば良いのです」




