Scene:11 見つかった捜し物(2)
シャミルは、ノアト部族民が立っている方を振り向くと、そこからゆっくりと離れて行っている男の姿を見つけた。
「カーラ! サーニャ! 行きますよ!」
「どこに?」
シャミルは、カーラ達の返事も待たずに走り出し、その男の跡を追った。
シャミルが追いついた時には、その男は部族民達に背を向けて、砂丘の陰に隠れるようにしゃがんでいた。
「ゼロオさん、こんにちは」
「……!」
シャミルに声を掛けられて振り向いたゼロオは警戒する表情を見せた。
「こんな所で何をされているのですか?」
「……」
「ゼロオさんは記憶を無くされているそうですが、言葉も話せないのですか?」
「は、話せる」
「そうですか。良かったです」
カーラとサーニャがシャミルの後ろにやって来ると、シャミルはゆっくりとゼロオに近づいて行った。
「ゼロオさんは、モルグズ族ではありませんね?」
「……」
まったく動揺した素振りは見せなかったが、シャミルは、ゼロオの目が少し泳いだことを見逃さなかった。
「さっきの砂嵐はすごかったですね。私は、とても目を開けていられませんでした。でも、風が吹き荒ぶ間にも、少し風向きが変わる時があって、その時に周りを見ることができたのです」
「……」
「驚いたことに、あの砂嵐の間、モルグズ族の人はみんな、風上の方を向いて、目を開けていました。おそらく、この危険な砂漠では、どんな小さなことでも見逃さないようにと、長い年月を掛けて、モルグズ族が身に付けてきた能力なのでしょう」
「……」
「でも、あなたは目を閉じていました。私達と同じように」
「……」
「褐色の肌は地肌のようですから、グローイ族とも違いますね。そうすると、……連邦の?」
「……」
「また言葉を忘れましたか?」
シャミルはコト・クレールを抜くと、ゼロオに突き付けた。
「さきほど私が呼び掛けると、咄嗟に、懐に隠した物がありましたね。出していただけますか?」
「……」
「カーラ!」
「おう!」
カーラがゼロオに近づき、懐に手を入れようとすると、ゼロオは目にも止まらない動きで後ろに下がり、懐から出した短剣を抜いて構えた。
「これのことかな?」
「いいえ、もっと小さい物でした」
「これしか持ってないぞ」
「本当ですか? 私には通信機のように見えたのですが」
「……」
「仕方ありませんね」
シャミルはそう言った後、間髪入れずにコト・クレールを投げつけた。
コト・クレールは青い光となって、ゼロオが持っていた短剣を弾き飛ばすと、弧を描いてシャミルの手元に戻って来た。そして、その機を逃さずに、カーラがゼロオに突進すると、右手一本でゼロオの胸ぐらを掴んで、吊し上げた。
「往生際が悪いぜ!」
左手でゼロオの懐をまさぐったカーラは、中から小さな機械を取り出し、そのままシャミルに放り投げた。
シャミルがその機械を見てみると、小型のヴァルプニール通信機であった。
「私達が機密文書格納用保護箱を見つけたことを、どこかに連絡しようとしていましたね? どこに連絡しようとしていたのですか?」
「……」
アスクがシャミル達の後ろにやって来た。
「何事だ?」
「お騒がせして申し訳ありません。ゼロオさんはモルグズ族ではなく、おそらく、私達の星から来たスパイだと分かったものですから」
「スパイだと?」
「ええ、ゼロオさんの身柄は私達が引き受けます。よろしいですか?」
「うむ。もともと、うちの部族民ではない者だ。……それに、ゼロオがモルグズではないことは最初から分かっていた」
「えっ?」
「ノラルが言っていたし、私も違うと感じていた」
「では、どうして一緒に旅を?」
「一人で砂漠の中でいたことに間違いはない。置き去りにすることなどできぬ」
「……そうですね」
シャミルは、銀河協約第三項該当種族が持つ純粋さに、ヒューマノイドとしての本質を見た気がして、惑星ヨトゥーンでも感じた感動を再び味わっていた。
「サーニャ!」
「はいにゃ!」
「アルヴァック号に来てもらってください。ゼロオさんは、しばらく、アルヴァック号に軟禁させていただきます」
「こいつは口を割りそうにないぜ。どうやら、かなり訓練を積んでいるプロのようだ」
「ええ、何も話してくれないでしょう。だから、もっと事実が明らかになるまで、アルヴァック号で休憩しておいてもらいましょう」
「しかし、こんなスパイのような奴まで忍んできているなんて、単なる落とし物探索じゃなかったのかい?」
「ええ、考えてみれば、最初から怪しすぎます。たかだか一商会の機密文書が行方不明になっているだけなのに、国交のないグローイ共和国政府に便宜を図ってもらって、外国の探検船を自由に飛ばせている。そうかと思うと、ならず者を雇って、捜索の邪魔をしてくる一派もある。そして、何より、キャミルが来ているということです。銀河連邦軍も関与しなければならない何か重要な事態が進行中であって、この機密文書格納用保護箱の中に収められている記録は、その鍵になるものだという気がします」
シャミルは、カーラとサーニャの顔を交互に見渡した。
「ヒルデタント商会さんと、仲間の探検家の皆さんには悪いですが、これが見つかったということを明らかにするのは、もう少し事情が分かってからの方が良いと思うんです。特に根拠はありませんが、強いて言えば、私の勘でしょうか」
「船長の勘なら信じるぜ。船長の勘には今まで何度も助けられたからな」
「本当だにゃあ。まあ、どっちにしても成功報酬は手に入れたも同然だもんにゃあ」
「そうだな。うへへへ、何を買うか考えておくか」
相変わらず脳天気な副官達であった。
「アルヴァック号にゼロオさんとこの機密文書格納用保護箱を積み込んでも、私はノアトの皆さんと旅を続けます」
「えっ、……今回の出来事の真相を探るのに必要なのかい?」
「ええ。ゼロオさんは、私達がノアト部族の皆さんと一緒に旅を始めるよりも早くノアト部族に潜入していました。つまり、ゼロオさんがどこかに報告する対象は、そもそも私達ではなく、当然、私達が捜していた機密文書格納用保護箱でもなかったということです」
「じゃあ、いったい何を?」
「ノアト部族はモルグズ族の部族長会議に出席するためにフリーズキャルヴに向かっていました。そのことが関係しているとしか考えられません」
「でも、さっき連絡しようとしていたのは?」
「まさか、自分が潜入している部族に、一緒に歩くなんていう物好きで変な探検家がやって来て、しかも、その探検家が機密文書格納用保護箱を見つけるなんて思ってもなかったでしょうからね。急いでその事実をどこかに伝えようとしたのでしょう。つまり、部族長会議とこの機密文書格納用保護箱とは、何らかの関係があるということです」
「なるほど」
「だから、私は、部族長会議が開かれるフリーズキャルヴまで一緒に行きます。アスクさん、そこまでご一緒させていただいてよろしいですか?」
「問題は無い」
「船長がそうするのなら仕方が無い。アタイ達も行くよ」
「ウチもにゃあ」
「無理しなくて良いですよ」
「無理じぇねえよ。なあ、サーニャ」
「うんにゃ。船長の側にいたいんだにゃあ」
「二人とも。……変な探検家でごめんなさい」
「船長が変なのは、船長の副官になった時から分かってるよ」




