Scene:10 砂漠の旅
歩き始めて三時間。
照りつける恒星の強烈な光と、歩けど歩けど変わらない風景が否応なく気力と体力を奪っていく。
さすがのシャミルも、思ったよりも過酷な砂漠の行軍に少しバテていた。
サーニャは既にギブアップして、カーラに背負われていた。
しかし、ノアトの一行は、和気藹々と話をしながら、疲れた様子は微塵も見せずに歩いていた。
また、先頭を歩くノラルも、相変わらず無言のまま姿勢良く歩いていた。
「アスクさん?」
「何だ?」
「アスクさん達は、グローイの人達の走る車や空を飛ぶ機械を見ていますよね?」
「見ている」
「それに乗ってみたいとは思いませんか?」
「我らには足がある」
「……砂漠以外の場所に住みたいとは思いませんか?」
「我らは砂の上で生まれ、砂の上で死んでいく。我らは砂の上以外の場所では生きていけぬ」
「そうですか。……愚かな質問でしたね。すみませんでした」
ヒューマノイド種族には、その歴史の中で培ってきた、種族としてのアイデンティティ、若しくは宗教観、人生観、世界観により、容易く捨てることのできない部分というのが少なからずある。文明の利器を積極的に取り入れることも、それを拒否することも、その種族がその種族たり得るコアな部分であって、他の種族がそれを疑問に思うことは、その種族の存在自体を否定することになると、シャミルは思い至った。
「謝ることはない」
アスクも前を向いたまま答えた。
進んだ文明を持つ種族に対しても卑屈になることのない誇り高き砂漠の民に、シャミルはますます興味が湧いた。
「アスクさん。ノラルちゃんは、フリーズキャルヴにいる神様と話ができるとおっしゃっていましたけど、その声は、ノラルちゃん以外の人には聞こえないのですか?」
「巫女でない者には聞こえない」
「巫女……ですか?」
「そうだ。ノラルは巫女だ」
「巫女には、どうすればなれるのですか?」
「巫女は生まれながらにして巫女だ」
「生まれながらに……」
シャミルは、その言葉に、「ジョセフの娘」として生まれ、「リンドブルムアイズ」を継ぐべき者と言われている自分とキャミルのことを思い重ねた。
「ノラルの母親も巫女だった。ノラルの娘も巫女になるだろう」
「女性しかなれないのですね?」
「そうだ。神は女性にしか話されない」
女性にしか話さないとは、ある意味、人間臭い神であるが、おそらく、巫女の能力は女性にしか宿らない生物的な理由があり、そのような伝承が形作られてきたのであろう。
「他の部族にも、ノラルちゃんのような巫女がいるのですか?」
「巫女は我らモルグズのすべての部族の中にいる。神の声を聞くだけではなく、各部族の声を届けることもできる」
「声を届ける?」
「今回の部族長会議の呼び掛けもノラルがしたのだ」
おそらく、各部族の巫女同士が、一種のテレパシーのような能力を使って、メッセージをやりとりしているのではないかと、シャミルは想像した。
そうすると、「神の声」というのも、「神」と名乗る何者かのテレパシー波をキャッチして、その発信場所を探知する能力を使っているのかもしれなかった。
その後、三十分ほど歩くと、オアシスが見えてきた。
見渡す限り砂漠のど真ん中に、直径十メートルほどの、ほぼ円形の池があり、その周りには、申し訳程度に椰子のような樹木が茂って、日陰を提供してくれていた。
アスクが休憩を告げると、ラクダ似の生物セフリムとともに、隊商全員が日陰に腰を下ろした。
シャミルと二人の副官は、アスクとノラルの側に座った。
「水だ、水!」
カーラとサーニャが待ちかねていたように、リュックから水筒を取り出し、喉を鳴らしながら水を飲んだ。
シャミルは、もう少し上品に水を飲んだが、アスクやノラルは、水筒すら取り出さなかった。
「アスクさん、喉が渇かないのですか?」
「この程度であれば、水を飲むまでもない」
そう言うと、アスクは立ち上がり、部族民が座っている所に行き、異常がないかどうかを確認するように、ゆっくりと歩き回っていた。
「ノラルちゃん」
シャミルが隣に座っているノラルに声を掛けると、ノラルはやはり無言で横向き、シャミルの顔を見た。
「ノラルちゃん。もし、そうなのなら申し訳ないけど……、ノラルちゃんは、しゃべることはできる?」
「……できる」
小さくて、可憐な声だった。
「良かった。ノラルちゃんも疲れない?」
「大丈夫」
「そう。強いんだね」
「……シャミルちゃん?」
「うん?」
「シャミルちゃんも巫女なの?」
「えっ?」
思いも寄らなかったノラルの問い掛けにシャミルも少し戸惑ってしまった。
「いいえ、私は巫女じゃないわ」
「そう」
「どうして、そう思ったの?」
「シャミルちゃんから大きな声が聞こえる」
「大きな声? 今話している声とは別の声?」
「そう」
「私自身は聞こえないのだけど、ノラルちゃんには聞こえるんだね?」
「うん」
「……うるさい?」
「ううん。気持ち良い声」
「そう。それなら良かった」
「うん」
シャミル自身は、テレパシーのような超能力を持っていると、はっきりと自覚をしたことはないが、コト・クレールの不思議な力や、キャミルと出会った後に感じるようになった共鳴感覚、そして、バルハラ遺跡で感じた呼び掛けのように、科学では説明できない現象を、身をもって体験してきて、自らにも何らかの能力が潜在的に備わっているのではないかと感じるようになっていた。そして、それは「リンドブルムアイズ」に関係しているのではと考えていた。
今、ノラルが言う「声」とは、シャミルから発せられている、何らかの精神的エネルギーをノラルが感じ取っているのではないかと考えられた。
見回りを終えたアスクが戻って来た。
「アスクさん」
「何だ?」
「今回の部族長会議は緊急に招集されたとおっしゃっていましたね?」
「そうだ。私が招集した」
「差し障りのない程度で結構ですので、どんなことが話し合われるのか、教えていただけませんか?」
「特に秘密にする必要もない。今回は、グローイ族に対する申し入れの件について話し合いがされる予定だ」
「申し入れ?」
「そうだ。現在、フリーズキャルヴは、グローイ族に占拠されている。我々の神聖な場所を返してもらうように申し入れするのだ」
「グローイ族は、なぜフリーズキャルヴを占拠しているのですか?」
「すぐ近くで、地面を掘っているようだ」
シャミルは、ヒルデタント商会が買い付けをしたオレイハルコン鉱山があることを思い出した。
「申し入れは、今回が初めてなのですか?」
「いや、もう何度も行っているが、グローイ族からは返答はない。しかし、我々は諦める訳にはいかないのだ」
フリーズキャルヴがモルグズ族にとって神聖な場所であることは、当然、グローイ族も承知しているはずで、何度も申し入れをしても占拠を解かないということは、オレイハルコン鉱石を採掘するためには、フリーズキャルヴの地点も必要だということであろう。
そして、オレイハルコン鉱石が高値で取引される希少鉱石だということを考えると、グローイ族がすんなりとフリーズキャルヴの占拠を解くことはないはずだ。
「申し入れは、どのようにされるのですか?」
「代表の十六部族が揃って、フリーズキャルヴを占拠しているグローイ族の代表者に会うようにする」
「会う約束はされているのですか?」
「いや、まだだ。しかし、モルグズの全部族の意思だと伝えれば、相手も会わずにはいられまい」
この未開種族の純粋さだけで、星間国家種族であるグローイ族の心を動かすことは難しく、門前払いにされる可能性が高いだろう。
「最近は、グローイ族の中にも、我々の言葉に耳を傾けてくれる者も出てきている。今回は会ってくれるだろう」
「ちゃんと伝わると良いですね」
「うむ」




