Scene:04 惑星ヨトゥーン(1)
シャミルと二人の副官のみが乗ったポンコツ宇宙船は、その旧型のエンジンが悲鳴をあげるほどの無茶な速度を出して、ヨトゥーンに向かって、立入禁止空域内を航行していた。
この宇宙船は、中古船市場に格安の値段で売りに出されていたものを、ハシムが更に値切って手に入れたもので、酒類の輸送船だったからか、「酔いどれ天使」号という船名が付けられていた。
「もう、そろそろお出ましになる頃だね」
カーラがそう言ったタイミングを見計らったかのように、ヴァルプニール通信システムに通信が入ってきた。
「こちらは連邦宇宙軍二百三十四師団第九警備艦隊である! 貴艦は航行禁止空域に進入している。直ちに停船せよ!」
ほぼ同時に艦橋内の拡大モニターに警備艦隊の船影が捉えられた。
警備艦隊は「酔いどれ天使」号の後方から迫って来ていた。
警備艦隊がある程度の距離にまで迫って来たことを確認したシャミルは、緊急信号発信スイッチを入れ、ヴァルプニール通信システムに向かって叫んだ。
「メーデー! メーデー! メーデー! こちらは『酔いどれ天使』号! エンジン故障により停船不能!」
緊急信号を発しながら、「酔いどれ天使」号は、ヨトゥーンに向かって、速度を落とすことなく突き進んでいった。
ヴァルプニール通信システムのスイッチを入れたままであることを確認した三人は、言い争いを始めた。
「ったく! だからこんなオンボロ船で探検に行くことは反対だったんだよ! アタイは!」
「仕方がないでしょう! 資金が足りなかったんですから!」
「喧嘩している暇は無いにゃあ! このままじゃ、あの惑星に墜落しちゃうにゃあ!」
「非常用ブレーキブーストは?」
「駄目だよ。さっきからレバーを引っ張っているけど、全然、反応しないよ!」
「ちょっと貸してみるにゃあ! …………うぎゃ~! レバーがはずれちゃったにゃあ!」
「ちょっと! 何をしているんですか!」
警備艦隊から再び警告が送られてきた。
「何をしている! 停まれ! 停まらぬか!」
カーラがヴァルプニール通信システムに向かって吠えた。
「アタイ達も停まりたいんだよ! でも、エンジンがいかれちまって停まらないんだ! 助けておくれよ!」
「速度を落とせ! このままだとヨトゥーンに墜落するぞ!」
「あ~、何だか通信システムの調子までおかしくなってきたよ!」
カーラはそう言うと、ヴァルプニール通信システムのスイッチを乱暴に切った。
「酔いどれ天使」号は、既にヨトゥーンの重力圏に入っており、今の速度のままでは、ヨトゥーンへの墜落が避けられなかった。警備艦隊の船も、このままの速度で「酔いどれ天使」号を追尾することは危険と判断したようで、減速をして「酔いどれ天使」号から次第に離れていった。
まもなく「酔いどれ天使」号は大気圏に突入して、燃えながら落下し始めると、船内まで熱くなってきた。
「やっぱり安物は駄目だね。防熱タイルもあちこち剥がれていっているみたいだよ」
カーラが嘆いているうちにも、雲の隙間から海が見えてきた。
「行きますよ、二人とも」
「非常用ブレーキブースト点火!」
実は壊れていなかったブレーキブーストを点火して、「酔いどれ天使」号は一気に速度を下げた。そして、高度四千メートルまで落下した時、非常用ハッチから、三人は船外に飛び出した。
三人は、高度千メートルまで自然落下した後、背負っていた反重力パラグライダーのスイッチを入れた。
背中から小さな翼が生えたように見える三人は、徐々に落下速度を落としながら、遠くに見える陸地を目指した。
一方、無人となった「酔いどれ天使」号は、最後にはいくつかの部品を撒き散らしながら、そのまま海に落下して行った。
反重力パラグライダーは、若干の推進力を有しているが、落下傘代わりに開発されたもので、それほど長時間の飛行機能は付いていない。それでも、シャミルの寸分違わぬ落下地点推測計算のおかげで、五分ほどのフライトで三人は砂浜に着地した。
上陸地点は、前回の探査の時に着陸した、ヨトゥーンの北半球温帯地域にある大陸東岸であった。しかし、ヨトゥーン族の人々を驚かせたくないということで、前回、確認できた漁村からは、かなり離れた地点だった。
辺りには人影は見えず、砂浜の奥には見渡す限りの松林が広がっていた。
「さて、船長。これからどうするんだい?」
まだ、シャミルから今回の計画の詳細を聞いていなかったカーラは、この砂浜からどうやって移動するつもりなのかをシャミルに訊いた。
「ヒッチハイクでもしましょう」
「なんだい、そりゃ。そもそも、ここから一番近い街までどれくらい距離があるのかも分からないのに。それに、この惑星には、まだ自動車は無いんじゃないかい?」
「私がここを着陸地点に選んだ訳は……」




