Scene:05 外遊護衛
戦艦アルスヴィッドは、首都惑星アスガルドで国防長官を乗せ、グローイ共和国空域に向かっていた。
キャミルはもちろん、アルスヴィッド乗組員にとっても、貴賓室に模様替えしたアルスヴィッドの会議室に滞在している国防長官と随員一行という連邦政府要人の外遊護衛は初めてのことであった。
いくら黄道十二艦隊が出払っているとはいえ、今回、政府要人警護には、通常は使用されないギャラクシー級戦艦であるアルスヴィッドが使用されたことは、艦長のキャミルに対する軍中枢部の期待の表れとも言え、アルスヴィッドの乗組員にとっては、そういうキャミルの下で働いていることが、誇りに感じられたようで、いつも以上にキビキビとした動きを見せていた。
しかし、当のキャミル本人は、連邦市民の平穏と安全を守るための戦いの中に身を投じることが自分の本分だと思っており、今回の任務は、退屈なものであった。
アスガルドで国防長官が乗り込む際には、アルスヴィッドの搭乗ゲートから宇宙港ターミナルビルの貴賓室に続く通路にはレッドカーペットが敷かれ、その両脇にはアルスヴィッドの儀仗兵を一糸乱れぬ姿で整列させてお迎えをした。
何と言っても、銀河の超大国である銀河連邦の最高執政官府スタッフである長官職に対しては、それなりに儀礼を尽くす必要があるだろうが、いわば、身内に対して、これほどの儀礼を尽くすべきなのか、この労力を海賊討伐とか銀河協約第二項該当種族との戦争に費やした方がずっと有意義ではないのかと、キャミルは疑問に感じていた。
「艦長! そろそろグローイ共和国空域に入ります!」
航海士スタッフがキャミルに声を掛けた。
艦長席に座ったキャミルが、ヴァルプニール通信システムを使い、あらかじめ取り決めてあった公電チャンネルで話し掛けた。
「こちらは銀河連邦宇宙軍第七十七師団所属戦艦アルスヴィッド! 我が連邦政府国防長官乗船の上、惑星グローイに向かって航行中! これから貴国空域を通過する! 航行の許可を求める!」
すぐに返信があった。
「こちらは、グローイ共和国領惑星ブラギン空域警備艦隊である。航行については、中央政府から事前承認済みである。当艦隊艦船も護衛いたす」
アルスヴィッドがグローイ共和国領空内に入ると間もなく、連邦艦隊では重駆逐艦クラスの大きさで、繭のような形の宇宙船が二隻近づいて来て、アルスヴィッドと併走し始めた。
「ブラギン空域警備艦隊所属戦艦ヘルモーズ艦長フノスと申す! これより我が国の首都惑星グローイまで先導いたす!」
「アルスヴィッド艦長キャミル・パレ・クルス少佐であります! 貴艦の護衛に感謝します!」
グローイ共和国の戦艦二隻を露払いにして、アルスヴィッドは航海を続けた。
「あれで戦艦ですからなあ」
いつの間にか、レンドル大佐が艦橋に入って来ていた。
剣の達人であるキャミルは、人の気配に敏感で、艦橋に乗組員が入ってくればすぐに分かるのだが、今回はまったく分からなかった。
同じく剣の達人であるマサムネも驚いた顔で艦橋の入口近くにいたレンドル大佐を見つめていた。
いつもシニカルな微笑みを浮かべて、その心を読むことができないだけでなく、その立ち振る舞いにもまったく無駄が無いレンドル大佐は、情報部所属ということを除外しても、少し不気味な存在感がある人物であった。
「国家規模から言って、それほど不自然ではないと思いますが?」
キャミルが艦長席に近づいて来たレンドル大佐に言った。
既に千を超える恒星系を領土とする超大国である銀河連邦と、領土は六つの恒星系にしかすぎないグローイ共和国との国力の差は歴然としており、その国力から考えると、連邦艦隊の重駆逐艦程度の大きさで戦艦と言われても、何ら不思議ではなかった。
「確かに国家規模と軍事力はほぼ比例しますが、そうでもない国もけっこうありますぞ」
確かに軍事優先の拡張主義を掲げている国であれば、国力に不釣り合いな軍事力を所持していることもある。
レンドル大佐は、キャミルのすぐ側までやって来ると、少し声を潜めて話を続けた。
「しかし、グローイ共和国軍の装備が貧相なのは、ちゃんと理由があるのですよ。アングルボーザが自分達に向かって来るかも知れない政府軍の増強にストップを掛けているのです。警察に対しても同じです」
「やりたい放題なのですね。……しかし、どうして、この国はそんなになってしまったのでしょう?」
「グローイ族は、家族から地域の共同体まで、コミュニティを非常に大切にするという特性を持っているようですな。そう言ったコミュニティの利害調整という役割を担ってきたのが、アングルボーザなのです。つまり、話し合いで利害を調整していた各地域の顔役達が連合したのがその始まりで、後からできた国家よりも、それまで自分達を守ってくれたアングルボーザの方に従ってきたわけです」
「犯罪組織なのにですか?」
「グローイ族には、そういう認識は無いのかもしれませんな」
「必要悪ということでしょうか?」
「そうかもしれません。そして、そうして巨大化してきたアングルボーザは、現在では経済で国家を牛耳っているのです」
「経済で?」
「そうです。地域の顔役になるには財力が必要だ。堅気の仕事をしているだけでは、まとまった財力は手に入らない。手っ取り早く財力を手に入れる方法、それは犯罪ですよ。博打から始まって、強盗、密輸、麻薬。一旦、足を踏み入れると、なかなか抜け出すことができないようですからな。そして現在は、そうして得た資金を元に、財閥と言えるほどの企業集団となっており、グローイ共和国内の主要企業を傘下に収めていると言われています」
「合法的にも利益を得ているということですか?」
「ええ。中でも稼ぎ頭なのが、今回、ヒルデタント商会も利用した、惑星ブラギンにあるオレイハルコン鉱山です」
「オレイハルコン鉱山の経営権を犯罪組織を握っているとは!」
「惑星ブラギンには、モルグズ族という未開の先住種族がいたのですが、グローイ共和国はそれを承知で惑星ブラギンを占領して入植を開始したのです」
「モルグズ族は、どうなっているのですか?」
「モルグズ族は、部族ごとに隊商を組んで、砂漠を歩いて通商をしている種族でしてね。グローイ族との居住地区も重複しておらず、グローイ族が惑星ブラギンを統治するについて、特段、トラブルも起きていません」
「しかし、銀河協約第三項該当種族の住んでいる惑星にずかずかと乗り込むことは感心しませんね」
「確かにそうですが、グローイ共和国は銀河協約を締結していないのですから、連邦としては公式には非難できません。もっとも、好ましいことではないことは明らかですから、遺憾の意を表してはいます」
「しかし、それほど財力を待っているのに、よく国家を簒奪しようと思いませんでしたね?」
「アングルボーザの関心事は金ですよ。見せかけの権力なんか欲しくはないのでしょう。少なくとも政権を担当するということは、国民に対して義務を負うことになりますからな。そんなつまらない義務なんか負わずに、儲けることだけを考えれば良い、傀儡政権を裏から操るという状況が好都合だったのですよ」
レンドル大佐は、更に艦長席に近づいて来て、すぐ横に立つと、艦長席のコンソールに肘を当てて、少し前屈みになり、小さな声で囁くように話した。
「今回の長官訪問の真の目的である、『新たな計画』をグローイ共和国政府が承認すれば、キャミル少佐にも新たな指令が下るかもしれません」
キャミルも、レンドル大佐の顔を見ながら呟くように、小さな声で訊いた。
「今回の私の使命は、その『新たな計画』への参加が織り込まれていたということでしょうか?」
「はははは、要人警護もそれなりに重要な任務ではありますが、退屈でしょう?」
「は、はあ」
「連邦軍の若きエースであるキャミル少佐をそんな退屈な任務のためだけに、わざわざ出張ってもらうようなことはもったいないですからな」
「まさか、今回の任務に私を指名したのは、大佐殿が?」
「いやいや、黄道十二艦隊が出払っていることは事実ですし、コスモス級戦艦ジェミニもおそらく国防長官が帰国される頃には、長官を迎えに来ることができるでしょうが、ことは急を要する。そう言う時のための第七十七師団の遊撃艦隊ですからな」
「では、その新たな指令とはどのような?」
「今の段階ではお話できません。そもそも、グローイ共和国政府が了承するかどうか、まだ分かりませんからな」
「そうですね。しかし、それは戦艦でことを起こすような大々的なものになるのですか?」
「とりあえずは、惑星ブラギンにあるアングルボーザの拠点に向かうことになるでしょう」
「その拠点とは、惑星ブラギンのオレイハルコン鉱山ですか? それを一体どうするつもりなのです?」
「それはですな……、おっと、キャミル少佐にそんなに顔を近づかれて訊かれると、思わず答えてしまいそうになりますな。危ない危ない」
レンドル大佐は、芝居がかった仕草で、右手で口を塞いだ。
「いやあ、私もキャミル少佐の魅力の虜になっておりましてな。もう、何でも洗いざらい話してしまいそうですよ。はははは」
キャミルは、「それなら、自分の父親であるジョセフのことについても話してください」という台詞を飲み込んだ。




