Scene:03 緊急指令(2)
レンドル大佐は、キャミルの戸惑った表情を楽しんでいるかのようだった。
「ヒルデタント商会の貨物船には、オレイハルコン鉱石が積み込まれていたのですが、それ以外に、ある重要な荷物を、グローイ共和国から運び出していたのです。それが、メルザに奪われたんですよ」
「ある重要な荷物?」
「ええ、機密文書格納用保護箱に格納された文書です。その文書がどのような内容の文書なのかは、いくら、キャミル少佐であっても明かすことはできませんが、その内容が表沙汰になると、連邦もグローイ共和国政府も非常に困るのです」
「その機密文書格納用保護箱は、まだ、メルザが持っているのですか?」
「それにはヴァルプニールGPS発信器が仕込まれていたのですが、おそらく、そのことに気づいたのでしょう。メルザはすぐにその荷物を捨ててしまいました」
「捨てた?」
「ええ、グローイ共和国領空内にある惑星ブラギンの上空で宇宙空間に放出したようで、そのまま、惑星ブラギンに落下してしまったようです。途中まではヴァルプニールGPS波をキャッチできていたのですが、おそらく落下の際の衝撃で発信器が故障したようで、落下地点の特定まではできなかったのです」
「外国の領土では、回収は難しいでしょうね?」
「まあ、連邦政府からも口利きをして、民間船であれば航行を認めることまではグローイ共和国の許可を得ることができ、現在、ヒルデタント商会の方で回収を進めています。しかし、探索範囲が広大なので、探検家ギルドを通じて、かなりな数の民間船に動員を掛けるようですな」
探検家ギルドと聞いて、すぐにシャミルのことを思い出すキャミルであった。
「しかし、どうしてそのような重要な文書をヒルデタント商会の輸送船が運んでいたのですか?」
「惑星ブラギンにはオレイハルコン鉱山があり、鉱物商のヒルデタント商会はそこと取引をしていることから、ヒルデタント商会の貨物船は、頻繁にグローイ共和国領空を航行しているのですよ」
キャミルの問いにレンドル大佐が回りくどく答えた。
「つまり、その機密文書格納用保護箱に収められた文書は、秘密裏に連邦まで届けなければならない文書であって、軍艦のような連邦所属の船が大ぴらに運ぶようなことはできなかったという訳ですね」
「さすがはキャミル少佐だ。私が多くをしゃべらなくとも理解をしていただけるのは本当に助かる。色んな意味で」
レンドル大佐がソファの背もたれに上半身を預けると、今度は、ロバートソン少将が少し前屈みになり話し始めた。
「その文書が、予定どおり連邦政府に届いていれば、ある計画がスタートしていたはずなのだが、それができなくなった。そこで急遽、代替の計画を実行することにしたのだ。国防長官はその新たな計画を実行に移すことについて、グローイ共和国政府の了承を得るために訪問するのだ」
「その中止された計画と新たな計画とは?」
「残念ながらお話することができない極秘事項なのですよ」
謀略的な話はどちらかというと苦手なキャミルは、特に聞きたいとも思わなかった。
しかし、ロバートソン少将は「補足しよう」と話し出した。
「グローイ共和国は、警察機能が十分に働かず、贈収賄や汚職が蔓延するなど政治は腐敗しきっていた。表見上は、大統領制を採っている共和制国家なのだが、実質的には、共和国内全域に勢力を広げている犯罪組織アングルボーザが支配していると言って良い状況だった。しかし、最近は、連邦からの援助もあり、グローイ共和国内部にも反アングルボーザを唱える勢力が台頭してきており、特に現在のグローイ共和国大統領は、反アングルボーザ派の急先鋒で、グローイ共和国政府内からアングルボーザ勢力を駆逐するには今しかないと言われている」
「士官学校の国際情勢の授業で聞いた憶えがあります」
「ああ、キャミル少佐は、昨年、士官学校を卒業されたのですな。よく考えるとすごいことだ」
レンドル大佐の芝居がかった台詞もだいぶ慣れてきた。
ロバートソン少将が話を続けた。
「今回の文書は、グローイ共和国政府内の反アングルボーザ派が密かに調達した文書だ。と言うと、その内容がアングルボーザに知れると、グローイ共和国の政情が一気に不安定になる恐れがあり、また、連邦との外交問題となる恐れもあるということが予測できると思う。私が言えることもこれくらいだ」
ロバートソン少将としては、信頼する部下であるキャミルに、自分が言える限りの情報を伝えたかったのであろう。
「繰り返しますが、私の任務は、国防長官を、失礼の無いように、かつ無事に、グローイ共和国に送り届けることでよろしいのでしょうか? それであれば、その理由を詳しく聞く必要もありません。与えられた命令を忠実に実行するまでです」
「うむ。君であれば、心配はいらんだろう」
「キャミル少佐。出発は、連邦標準暦で三日後です。明日にはアスガルドに到着をしていただきたい」
「分かりました」
「ああ、言い忘れていましたが、私も随行としてご一緒します。また、キャミル少佐と一緒に任務を遂行できることは楽しみですよ。しかし、連邦軍のアイドルでもあるキャミル少佐と、また一緒かと、他の士官達からの嫉妬の矢面に立つことが怖いですがね」
「わ、私は、アイドルなどではありません!」
顔を赤くして反論するキャミルであった。




