Scene:07 黒い狼(4)
ジョセフは穏やかな微笑みを浮かべて、シャミル達の周りをゆっくりと歩きながら、話し出した。
「時間と言うのは、過去から未来に流れる川のようなものだ。その流れに従って我々が存在している空間、宇宙と言っても良いだろう、それが形作られる。しかし、時間の流れは一本ではない。川に支流があるように、時間も流れていく中で、無数に枝分かれしていき、そこにまったく別の時空間ができる。それは、その時空間に存在する全てのモノが、自律的又は他律的に起こす事象によって結論が分かれてしまうからだ」
「枝分かれした時空間はどうなるのですか?」
「しばらくは並立して存在している。並列社会という言葉は聞いたことがあるだろう?」
「はい」
「だが、並列社会にも優劣があり、そして寿命がある」
「寿命?」
「そうだ。宇宙の普遍の法則に従って、空間は最小の存在であることを模索し、その結果、主流となった時空間以外の時空間は消滅していく運命だと言われている」
「主流となった時空間とは?」
「時空間が無数に枝分かれしても、結局、また同じ時空間に収束されていくことがある。そうやって多くの時空間を合流させていった時空間が主流になるものと考えられている」
「多くの支流を集めた川が本流となるのと同じですね」
「そういうことだ。そして主流となった時空間に収束されなかった時空間は、そのまま先細りしていき、最後は消滅していくのだ」
「時空間が消滅してしまうスパンは?」
「それは誰にも分からない。だが、実際にこうして、お前達が異なる時空間に飛んで来ているところからすると、それは何十年という単位ではなく、もっと長いのだろう」
「では、なぜ、私達は、何度も時空間を移動したのでしょうか?」
「『した』のではなく、『させられた』のだろう」
「どういう意味ですか?」
「今、こうやって、私がお前達と会っていることを考えると、おそらく、『それ』が呼んだのだろう」
「『それ』とは?」
「いずれ分かる。もし、私が今、『それ』について、お前達に話さなければいけないのなら、お前達は、また、私の前に現れるはずだ。それが『それ』の意思である以上な」
「……私達がこの時空間に来る前に、この遺跡で誰かに話し掛けられたような気がしました。その声の主が『それ』なのですか?」
「お前達自身がその答えを見つけなさい。必ず見つけることができるはずだ」
「……では、私達はどうすれば、元いた時空間に戻ることができるのでしょうか?」
「お前達の使命は終わったはずだ。もう戻されるだろう」
「私達の使命?」
「そうだ。『それ』は、意味も無く、お前達をこの時空間に呼んだのではないだろう。お前達は、捻れてしまった時空間を直すために送り込まれたのだろう」
「捻れてしまった時空間?」
「そうだ。おそらく、時空間のつながりがどこかで交錯してしまって、お前達がいた時空間が主流から支流になってしまったのだろう」
「つまり、今いる時空間から言うと、未来が変わってしまったと?」
「そう言うことだ。それを元に戻させようとしたのだろう」
「私達のどんな行動が未来を元通りにしたのでしょうか?」
「それは、私にも分からない。しかし、私にとっては、お前達の話から、エキュ・クレールがガンドールの手にあることが分かったことだけでも大きな収穫だ」
「エキュ・クレール?」
「ガンドールが左腕にはめていたという、青い石がはめ込まれている小さな盾のことだ」
「エペ・クレールやコト・クレールの力が封じられたのは、やはりあの盾のせいだったのですね?」
「そうだ。エキュ・クレールは、エペ・クレールやコト・クレールとともに、それを持つべき者が持たなければならない。そして、その持つべき者とは」
ジョセフは立ち止まって、二人を見つめた。
「お前達だ。あのエキュ・クレールもお前達が持つべき物なのだ」
「昨日、父上は惑星軍のレンドルさんに会っていた時に、無くし物を探しているとおっしゃっていました。それがエキュ・クレールのことだったのですね?」
「レンドルと会っていた所にもいたのか? ああ、そうだ。私は、ずっとエキュ・クレールを探していたのだ」
「私には、リンドブルムアイズを探しているとおっしゃっていましたが?」
「リンドブルムアイズ? 何だ、それは?」
昨日と同じジョセフの反応であった。
「テラの方言で『竜の目』と言う意味だな。その言葉を私が言ったと?」
「はい」
「そうか。……分かった。では、リンドブルムアイズという言葉を使わせてもらうことにしよう」
「何を指して、リンドブルムアイズと言われているのですか?」
「それは、お前達が見つけるべきだし、きっと見つけることができるだろう。お前達は、元の時間に戻ったら、まずは、エキュ・クレールを探し出すのだ。お前達がエキュ・クレールを手にすれば、リンドブルムアイズは見つかったも同然だろう」
「……父上」
「お前達がエキュ・クレールを知らなかったということは、私は、この後、エキュ・クレールを見つけることができなかったのだろう。しかし、私は、エキュ・クレールを探すことは止めない。私がエキュ・クレールを見つけることも不可能ではないはずだ。もし見つけ出すことができたとすれば、それは、その時期が早まるだけだからだ」
そう言った後、ジョセフは優しい顔をシャミル達に向けた。
「シャミル。キャミル。もっと近くに来ておくれ。お前達は、私に会うのは二度目のようだが、今、目の前に立っている私は、お前達に会うには初めてなのだ。顔をじっくりと見せてほしい」
ジョセフは優しい声で二人を呼んだ。シャミルは、やはり少し躊躇しているキャミルの腕を取って、一緒にジョセフの前に立った。
「二人とも美しい。……そして、その目。間違いない。お前達は正当なる後継者だ」
「私達は何を継ぐというのでしょう?」
「お前達が今、名付けたリンドブルムアイズだ」
「……!」
シャミルとキャミルは、誰かが話し掛けてきていることを感じ始めた。
「分かるか?」
ジョセフにもその声なき声が聞こえていたのだろうか、ジョセフが二人に訊いた。
「……分かります」
「美しく成長したお前達に会えて嬉しかった。私は、私の役割を無事、果たしたようだ。安心をしたよ」
「……父上」
二人に目眩が襲い掛かって来た。ジョセフの姿が二重、三重にダブって見えてきた。
「シャミル」
「はい」
「お前が生まれてからも、ちょくちょくマリーの所に寄らせてもらおう。同じテラだからな」
「はい」
「キャミル」
「……」
「その拗ねたような顔。……どうやら、お前には悲しい想いをさせているようだな。許してくれ」
「……」
「イリアスにも同じように行きたいと思っているが、お前が生まれた後、お前の近くに行けない理由ができたのかもしれないな。今の私には、それが何か分からないが、……しかし、お前は、シャミルと同じ、愛する私の娘だ!」
「……!」
「これからも、お前達には、様々な危険が降り掛かってくるだろう。しかし、案ずることはない。二人で力を合わせれば、必ずや切り抜けられるだろう」
ジョセフの優しい笑顔をその瞼に焼き付けるだけの時間もなく、次の瞬間には、例の白い空間にシャミルとキャミルの二人はいた。
見つめ合う二人は声を出すことが出来なかった。間もなく、テレビの電源が切れたみたいに暗闇が二人を包んだ。




