Scene:03 酒場サラバニ(4)
シャミルとキャミルが揃ってVIP席に行くと、ハシムは二人を四角いテーブルの奥の席に案内した。
テーブルの奥の一辺に、シャミルが向かって右、キャミルが向かって左に隣り合って座り、その対面の入口に近い一辺にはハシムが座った。シャミルの左手の一辺にはカーラとサーニャが、キャミルの右手の一辺にはマサムネとビクトーレが座った。
ハシムが二人の飲み物を注文すると、すかさず、キャミルがハシムに言った。
「ハシム。今日は割り勘だ」
「相変わらずお堅いねえ、キャミルは」
「連邦軍人たるもの、仕えるのはひとえに連邦国家のみ。いやしくも特定の商人に買収されたかのような疑いを掛けられることすら恥だ」
「はいはい。分かったよ。いつものことだ」
シャミルは、ほとんど接点が無いと思われる軍人と商人である、キャミルとハシムとの関係が気になって、キャミルに訊いた。
「キャミルは、ハシム殿とどこでお知り合いになったのですか?」
「シャミル。この男にも『殿』は不要だ。尊敬されるような男ではない」
「相変わらず手厳しいな、キャミルは。でも『殿』は本当に不要ですぜ。何だか二人の間に壁を作ってしまうようなんでね」
にやにやしながらハシムがシャミルに言った。
「『殿』は不要だが、壁は作っておいた方が良い」
「おいおい、キャミル。その辺りで、もう許してくれよ」
ハシムは本当に困ったような顔をしてキャミルを見たが、そんなことは気にしていないかのように、キャミルがシャミルの問いに答えた。
「ハシムとは幼馴染みのようなものだ」
「幼馴染みですか?」
キャミルとハシムのキャラの違いに、幼馴染みだと言われてもピンと来なかったシャミルは、思わず二人の顔を見比べた。
そんなシャミルに、今度は、ハシムがにやにやと笑いながら話を続けた。
「俺は物心ついた頃には既に両親は亡くなっていて、ずっとイリアスの孤児院で育ったんだ。孤児院の近くにキャミルの家があってな。天涯孤独の俺にとっては、キャミルは妹みたいな存在で、小さい頃はよく一緒に遊んだものだ。なあ、キャミル」
「ああ、私も一人っ子だったし、母親は酒場をしていて帰って来るのも遅かったからな」
「ずっと、つき合っていたのかにゃあ?」
サーニャがにやにやしながらキャミルに問い掛けると、キャミルは若干頬を染めて反論した。
「こんなチャラチャラした男は私の趣味ではない! 小さい頃は一緒に遊んでいて楽しかったが、大きくなってくると、ハシムの性格は私の性格と相容れないということが分かった」
「はははは。残念ながらキャミルの言うとおりだ。学校に入ると、キャミルは、どの教科でも、ずっと一番の成績を修めていたが、俺は落第しないのが奇跡だったくらいさ。運動神経だって、俺はキャミルに敵わなくなった。俺はキャミルに置いて行かれたのさ」
「だが、商いに関する才能だけは天才的だった」
「おいおい、『だけは』ってことはないだろう」
「情報は正確に伝えないとな。とにかく儲けを嗅ぎつける野生の勘だけはあったからな」
「褒め言葉だと受け取っておくぜ。とにかく、キャミルはエリート軍人の道を、俺はしがない商人の道をそれぞれ歩み始めたが、たまに会っては昔話に花を咲かせているっていう関係かな」
「なるほど。素敵な関係のお二人ですね」
「それで、シャミルは、今日はどんな用件でアスガルドにいるんだ?」
ハシムのシャミルに対する興味は尽きないようだ。
「ギルドの依頼を済ませて、依頼主にその結果を報告に来たのです」
「依頼主というと?」
「ボルディン商会さんです」
「ほ~う、……シャミル。ボルディン商会からの依頼はどんな内容だったんだ?」
「依頼主の依頼内容は契約上の秘密に該当します。残念ながらお話しすることができません」
「でも、ボルディン商会からの依頼は、もう完了したんだろう?」
「そうですが、だからと言って守秘義務が解除される訳ではありません」
「シャミルは今、新たな依頼は受けているのか?」
「いいえ。明日、探検家ギルドに行く予定にしています」
「よし! それなら今、この場で俺がシャミルに依頼をする」
「はい?」
さすがのシャミルも驚いた。
「どうだい、シャミル?」
「ご依頼内容は、どのようなことでしょうか?」
「俺の依頼内容はこうだ。ボルディン商会の陰謀を暴くってな」
「どういうことですか?」
「ボルディン商会といやあ、首都空域に基盤を持つ大商会だ。主に医薬品の製造や卸売りを主体として、様々な事業を展開している財閥でもある。しかし……」
ハシムは、いったん言葉を切って、用心深く周りを見渡した後、声を細めて話を続けた。
「俺達、商人仲間の間じゃ、ボルディン商会は相当、阿漕な商売をしていることで有名だ。また、違法な取引にも手を出しているようだが、そんな噂が立てば、中央政界の人脈を駆使して、もみ消しているらしい」
「その噂は、私も耳にしたことはある。しかし、軍人である私が関知するべき問題ではないがな」
「いや、キャミル。事と次第によっては、軍が関与しなければいけない事態になるかもしれないぜ」
「どういうことだ?」
ハシムはキャミルの問いには答えず、シャミルの顔を見ながら話を続けた。
「シャミルが受けた依頼は、実は見当が付いている。惑星ヨトゥーンの探査だろう?」
「なぜ知っている?」
カーラが思わずハシムの顔を凝視しながら問い掛けた。
「図星か」
カーラは「しまった」という顔をしたが、後の祭りであった。
「なあに、答えは簡単だ。以前にボルディン商会の依頼を受け、ヨトゥーンの探査に行った探検隊が行方不明になっている。これは大きなニュースになったから、誰でも知っていることだ。キャミルも知っているよな?」
「もちろんだ。民間船が行方不明になったんだ。通常は、軍が捜索に行くことになるはずなんだが、捜索命令が出なかった」
「ああ、そうさ。ボルディン商会が自ら捜索すると申し出たからだ」
「軍に先にヨトゥーンに降り立たれると、ヨトゥーンの優先利用できる期間が半減されるからじゃないのか?」
キャミルが言ったとおり、惑星探査の際に、連邦公設開拓団や連邦軍の支援を受けた場合、その惑星の独占利用期間は半減させられることになっていた。
「確かにそうだ。せっかく見つけた宝の山の半分を軍にくれてやるくらいなら、もうちょい出資して、自らが探査を終了させた方が良いに決まっているからな。そうすると、ボルディン商会はヨトゥーンの再探査の依頼を出しているはずだろう。そして、ボルディン商会が探査を依頼した、とある惑星で保護対象種族が見つかったというニュースも最近流れていた」
「なるほど。今、言われた情報をつなぎ合わせると、私の受けた依頼が、ヨトゥーンの探査だと推測した訳ですね」
「そういうことだ」
「しかし、ハシム。シャミルが受けた依頼のどこに陰謀の気配がするのだ?」
「いや、シャミルの受けた依頼というより、そのヨトゥーンという惑星の周辺がぷんぷんと臭うのさ」




