Scene:05 バルハラ遺跡再び(4)
ちょうど、コーヒーを飲み終わったデリング博士が立ち上がった。
「ご馳走様じゃった。美味かった。後片付けは儂がするので、お前さん方はアリシアと遊んでやってくれ」
アリシアを見ると、テレビの子供向け番組のエンディングテーマをテレビに向かって口ずさんでいた。
シャミルとキャミルがアリシアを挟むようにソファに座ると、ちょうど子供向け番組が終わり、ニュース番組が始まった。
「今日、海賊に襲われたジゼルさんとその家族がテラに無言の帰宅をしました。突然の悲報に、大勢のファンの方がテラの宇宙港に駆けつけ、涙でお出向かいをしていました。なお、行方不明のジゼルさんのお子さんについては、まだ情報が無いとのことです。また、ジゼルさんを襲ったと思われる海賊『黒い狼』ことドミニク・ガンドールが、テラ方面に向かったとの情報もあり、連邦宇宙軍は、テラ空域を航行する船に対して注意を呼び掛けています。それでは、次のニュースです」
次のニュースも暗い事件のニュースで、シャミルは、音声リモコンを使って、テレビを消した。
「アリシアちゃん、お姉ちゃん達と遊ぼうか?」
「うん!」
しかし、小一時間もすると、遊び疲れたようで、アリシアは眠ってしまった。
普段、小さな子供との接点のないシャミルとキャミルも、その天使のような寝顔に心が癒されるような気がした。
「二人は二階の娘の部屋で寝ると良い。毎日、掃除もしておるでな。儂は自分の部屋で、もうしばらく調べ物をするので、先にシャワーも浴びるが良い」
後片付けが終わったデリング博士が、アリシアを起こさないように優しく抱っこしながら、シャミル達に言った。
シャミルとキャミルはシャワーを浴びた後、二階の部屋のベッドに並んで横になった。パジャマも無かったので、二人とも下着姿で布団に入ったが、初夏の北欧は、それでちょうど良い気温であった。
キャミルが横たわっている方に窓があり、レースのカーテン越しに差し込む満月の青白い光が部屋を明るく照らしていた。
「……しかし、月というのは明るいものなんだな」
「キャミルは、テラの夜は初めて?」
「いや、何回かは来たことがあるが、満月の夜は初めてかな」
「イリアスにも衛星はありましたよね」
「ああ。だが、こんなに明るくはない」
こうやって一つのベッドで眠ることは初めてだったシャミルは、嬉しくて、ついキャミルの背中にすり寄っていった。
「シャ、シャミル! そんなにくっつくと眠れないじゃないか!」
横向きに寝ていたキャミルが、背中に密着したシャミルを感じて、思わず体を反転させてシャミルの方に体を向けた。
「良いじゃないですか! キャミルの体って抱き枕代わりにちょうど良いんですもの」
「まだ、抱き枕を抱いて寝ているのか?」
「ええ、だって何か安心するんですよね」
「シャミルはいつまでも子供みたいだな」
「だから、キャミルに甘えたいんです」
「私は、シャミルの抱き枕でも母上ではないぞ」
「知ってますよ。キャミルも私に甘えたい時はいつでも甘えて良いですよ」
「わ、私は甘えたりしないぞ」
キャミルはまたシャミルに背を向けた。
「本当に?」
すかさずシャミルがキャミルの背中に密着する。
「キャミル。父上も母上もいないキャミルの方がずっと辛いはずです。本当に辛い時は、こうやって私が側にいますから、いつでも甘えてください」
「…………シャミル」
「本当は、いつでもキャミルの側にいたいです。だから今、こうやっていられるのは、神様が私のお願いをきいてくれたのかなって」
「……でも、私達は元いた時間に帰らなければいけないんだ。探検家として、宇宙軍士官として、まだまだ、やらなければいけないことは一杯ある」
「分かっています。だから今晩だけは、こうやってキャミルの側にいるのです」
「……」
同じ年代の女の子よりもずっと早く学校を終えてしまった二人には、親友と呼べる同年代の友達はできなかった。同じ境遇のシャミルとキャミルは、姉妹であるとともに、初めてできた親友でもあった。
キャミルの背中にくっついて、その体温を感じていると、まるで二人で母親の胎内にいるかのように心が落ち着くシャミルだった。それはキャミルも同じように感じているようだった。
「ねえ、キャミル」
「どうした?」
「父上、どうでした?」
「どうでしたとは?」
「実質的には、初めてお会いして、どんな感じでした?」
「……特に何も」
「……そうですか」
「しかし、あの男はどこまで私達を欺いているんだ」
父親を「あの男」呼ばわりする、まだ素直になれないキャミルだった。シャミルもあえてそれには触れないようにした。
「確かに、父上が惑星軍の士官だったなんて、初めて知りました。ずっと、探検家だと言っていたのに」
「ああ、あのレンドル大佐と同期だと言っていたな。レンドル大佐は情報部所属で、いくら同期でも、普通はその所属を明らかにしないはずだ」
「でも、父上は、レンドル大佐が情報部の人間だと知っていたみたいですね。と言うことは?」
「ああ、おそらく同じ情報部に所属していると考えるのが、一番自然だな」
「そうだとすれば、父上が私達にも写真を残さなかったことが納得できますね」
「確かに。探検家のジョセフ・パレ・クルスが情報部所属の士官だということが、どこで露見するか分からないからな」
「それと、レンドル大佐の口ぶりでは、軍も父上に捜し物を依頼しているようでした。それがリンドブルムアイズだとしたら?」
「軍もリンドブルムアイズを探しているというのか?」
「メルザさんが言っていました。リンドブルムアイズを手にすれば、強大な力を手に入れることができるのだと」
「それが本当だとすると、それを手に入れた者は、軍にとって脅威になるな。それをさせないためなのかも知れないな」
「父上は、軍のためにリンドブルムアイズを探しているということでしょうか?」
「少なくとも、メルザのような海賊なんかの手に渡るよりは、ずっと良いはずだ」
「それもそうですね」
「……それにしても、今日は色んな事が起こった一日だったな」
「ええ」
「何か疲れたよ。そろそろ寝ようか?」
「はい」
シャミルはキャミルの背中にくっついたまま眠りについた。




