Scene:01 親子面談(2)
シャミルも自分の両親のなれそめについては、照れくささもあって、今まで面と向かって母親に訊いたことはなかったが、キャミルもいるこの場で、はっきりと訊いておきたいと思い立った。
「母上、良い機会ですから、今まで訊くことができなかったことを訊いて良いですか?」
「何かしら?」
「どうして、母上は父上と結婚しなかったのですか?」
「父上が望まなかったからです」
「でも、母上は結婚したいと思わなかったのですか?」
「そうね。……私も女ですから、結婚をして、お父上に家庭に入ってもらいたいと考えたことはあります。でも……」
「でも?」
「お父上は、最初に言われたのです。『私には、しなければならないことがある。それを成し遂げないうちに結婚をしたり家庭を持ったりすることはできない』と」
「母上は、それを承知で、お父上とつき合われた訳なのですね?」
「ええ。今、考えると不思議なことですけど、お父上とは、何かしら前世からの繋がりのようなものを感じて、私はこの人の子供を身籠もることが使命のような気がしたのです」
「…………」
「もちろん、愛情はありましたよ。お父上がたまにこの家に来ると、本当に嬉しかったのです」
考えてみれば不思議なことである。「結婚するつもりはない」ということだけではなく、「他にもつき合っている女性がいる」と宣言する男性との交際に、少なくとも二人の女性――シャミルの母親マリアンヌとキャミルの母親ロザリオ――が応じて、子供までもうけているのである。マリアンヌが言ったように、ジョセフの血を受け継ぐ子供をこの世に誕生させるためだけに出会い、そして愛を育んだとしか言いようがなかった。
「父上は、不思議な方だったんですね?」
「そうですね。女たらしと悪口を言う人もいましたけど、つき合っていた女性は、誰もそうは思っていなかったはずです。そんな不思議な魅力を持っていた人でした。シャミルだって、お父上のことは大好きだったでしょう?」
「はい。たまに来てくれると、本当に嬉しかったです。……もう微かにしか父上の記憶は残っていないですけど、想い出すと楽しい思い出ばかりのような気がします」
そう言った後、シャミルは、キャミルが少し寂しげな顔をしたことに気づいた。
「で、でも、私も父上の顔は、もうほとんど思い出せません」
そんなシャミルの気遣いもすぐに察するキャミルだった。
「私にはシャミルがいてくれるから、……私はそれで良い」
「……キャミル」
シャミルは、母親に真剣な眼差しを向けて訊いた。
「母上。父上は、キャミルの所には、ほとんど顔を見せていないようなのです。何か思い当たるようなことはありませんか?」
「さあ、……イリアスにもつき合っている女性がいるという話は聞いたことはありますけど、さっきも言ったように、他につき合っている女性のことを問い質すようなことはしなかったですから、私も分からないわね。それに、ここに来ても、次の日には、すぐにいなくなってしまう人でしたからね」
「そうですか……」
父親がたまにでも会いに来てくれた自分と違い、父親が自分の家に来た記憶すらないキャミルの納得のいく理由を見つけたかったシャミルは、少し落ち込んでしまった。そんなシャミルの気持ちが分かったのか、母親がキャミルに話を振った。
「キャミルさんは、お母上とお父上とのなれそめは訊いているのですか?」
「母親がやっていた酒場に突然現れて、その日のうちに口説かれたようなことは聞いていますが、それ以上のことは……。母親がやっていた酒場は、船乗り相手の小さな酒場だったので、父親が探検家だということであれば、突然、やって来てもおかしくはないのですが」
「そうですか。私と似ていますね」
「えっ?」
「どういうことですか、母上?」
父親と母親のなれそめも詳しく聞いていなかったシャミルも興味津々であった。
「私が大学を卒業したばかりの時、このまま弁護士にでもなろうかどうしようかと考えてながら、ここの店番をしていた時に、お父上が突然、お店に来たのです」
「突然?」
「ええ、骨董品を一つ買い取ってほしいということでしたけど、まあ、どうでも良いような品物で、わざわざ、うちに持ち込むような物ではありませんでした」
「それは口実で、実は母上に会いに来たと?」
「ふふふふ。自惚れているように聞こえるかもしれませんが、自分では、そう考えているのです。キャミルさんのお母上も同じだったのかもしれませんね」
まるで、マリアンヌとロザリオに会うためだけに、それぞれの店を訪れたとしか考えられないようなシチュエーションだった。
「お父上が私の家に時々来ていたのは、お父上の実家がテラにあったからでしょう」
「父上の実家がテラに?」
「ええ。そう言えば、シャミルには、お父上の生まれ故郷の話はしていなかったですね」
「お父上の生まれ故郷? はい、初耳です!」
「お父上は、私やシャミルと同じ、テラ生まれのテラ族でした。お父上の実家は、ここから三千キロほど北東に行った所にある、寒さが厳しい地域です。確か、……バルハラという街だったと思います」
「母上はそこに行ったことはあるのですか?」
「いいえ。でも、お父上が話していた記憶があります」
シャミルは、しばらくうつむき加減になって思案をしていたが、ふと顔を上げると、キャミルに訊いた。
「キャミル! お休みはまだありますよね?」
「ああ、明日まで休暇にしている」
「それじゃあ、お父上の生まれ故郷の街を一緒に訪ねてみませんか?」
「えっ、これからか?」
「はい! お父上について、何か分かるかもしれませんし、……ひょっとしたら、リンドブルムアイズについての情報も得られるかもしれません」
「リンドブルムアイズというものをまだ探しているの?」
母親が少し呆れ気味な顔をしてシャミルに訊いた。
「はい! でも手掛かりすら掴めなくて」
「あなたも、頑固と言うか、一途と言うか」
「でも、そう言う風に育てたのは、母上ですよ」
「ふふふふ。そうでしたね。久しぶりに一本取られました」
マリアンヌがシャミルを見つめる眼差しには、本当に娘が可愛くて仕方がないという、隠しようもない気持ちがこもっていて、キャミルは羨ましく感じる一方で、よく探検家という危険な商売を続けさせているなという疑問も浮かんだ。
「ねっ、キャミル! どうですか?」
「ああ、私はかまわないよ」
「決まりです! 思い立ったら吉日! すぐに行きましょう!」




