Scene:08 二百年前の亡霊(1)
「大臣が呼んでる」
アリスはベッドに座っているシャミルの膝から降りると、振り向いてシャミルに行った。
「シャミルちゃん、一緒に来て」
「良いけど、……外にいる私の友達に何かしたの? アリスちゃん」
「いなくなってもらう」
「アリスちゃん。約束を守ってもらえないなら、私は帰るわ!」
シャミルは立ち上がり部屋のドアノブを掴んだが、押しても引いてもドアはびくとも動かなかった。
「そのドアは私じゃないと開けない」
「じゃあ、開けてちょうだい! 私は今すぐ友達のところに戻りたいの!」
シャミルはドアを背にしてアリスの方に振り向いた。
「駄目! シャミルちゃんは私といるの!」
アリスがそう言った途端、ドアが開き、ロボット兵士二体が入って来て、シャミルの背中に剣を突き付けた。
「アリスちゃん」
「一緒に来て、シャミルちゃん」
アリスは、シャミルの脇を通り抜けると部屋から出た。シャミルはロボット兵士にせかされるようにしながら廊下に出ると、アリスは既に、向かって右側にある廊下の突き当たりのドアを開けて、その中に入って行った。
シャミルも後ろから剣を突き付けられながらアリスについて行った。
そのドアの向こう側には同じような廊下が続いており、そのまた突き当たりには、一際大きな扉があった。
アリスがその前に立つと扉は重々しく左右に開かれた。
その中は、まるで君主の謁見の間のような大広間で、扉から奥に向かって赤い絨毯が敷かれていた。その左右には文武百官のように多数のロボット兵士が直立不動で立っていた。その間を威厳を持って歩むアリスの後ろを、二体のロボット兵士に剣を突き付けられたまま、シャミルは歩いた。
大広間の正面には、階段状に一メートルほど高くなったステージがあり、その上には玉座のような豪華な椅子が置かれていた。そして、そのステージの背後は、天井いっぱいまで幾何学的な模様が映し出されているスクリーンのようになっていた。
玉座のあるステージまで上がってきたアリスは、少し遅れてやって来たシャミルの側に寄りながら言った。
「シャミルちゃん、これが大臣だよ」
「えっ?」
アリスが指し示しているのは、背後にあるスクリーンだった。よく見ると一つの大きな機械のように見え、微かにコンピュータの動作音のような音がしていた。
「大臣さんは私とお話できないかな?」
「言葉は話せない」
アリスと大臣との意志疎通は言語は必要なく、何らかの信号で行われているのであろう。
「大臣さんは、前のお家にいる時からいたの?」
「いた。前はもっと小さくて歩けた」
シャミルが観察する限り、どうやら「大臣」とは大型コンピュータのようだ。
惑星リリスにいる時は、執事のようにアリスの側にいたが、ここに来て、その頭脳としての能力の増強を図るため、移動能力を失わせた上、据え置きのスーパーコンピュータに改造されていったのだろう。
戦闘機達や兵士ロボット達は自分で考えて行動することができる能力を持っていたが、この大臣が全体を統率してまとまりのある行動を取らせているのだろうと考えられた。
シャミルがそんなことを考えていると、アリスがシャミルを見つめていることに気がついた。
「アリスちゃん?」
「シャミルちゃん、大臣が言ってる。シャミルちゃんとずっと遊べる方法があるって」
「えっ?」
「シャミルちゃんも私と同じように機械の体になってもらうんだって」
「……!」
「だから、シャミルちゃんの今の体はいらないんだって」
「ア、アリスちゃん。私は嫌よ。私は今の体以外の体は欲しくないわ。それにそんな酷いことをするアリスちゃんは嫌いよ」
「嫌い……。嫌だ。アリスのこと嫌いにならないで!」
「だったら、このまま私を帰して」
「それも嫌! シャミルちゃんはずっと私の側にいるの!」
「どうすれば良いの?」
「……大臣が言ってる。シャミルちゃんを機械の体にすれば、私の友達になってくれるって。私を嫌いになることは絶対にないって」
サイボーグ化の際に洗脳処理をすることくらいは簡単であろう。
「シャミルちゃん、大臣が言ってる。もう準備ができたって。私の友達になって。私とずっと一緒にいる友達に」
シャミルが思わず後ずさりするといつの間にか後ろにいたロボット兵士に両肩を掴まれた。
前からはロボット兵士が二体、シャミルに剣を突き付けようとしていた。シャミルは思わず目を閉じた。




