Scene:06 アリスの家(1)
「まったく! 何でそんなにでかいんだよ!」
「うるさいよ! アタイだって、望んで大きくなった訳じゃないよ!」
シャミルのメールの発信位置情報をキャッチしたメルザがエアカーでやって来て、四人乗れば満員のエアカーに六人を詰め込んで、「アリスの家」という亀裂まで、上空からの視界が遮られている森の中を、樹木の間を縫うように慎重に近づいていた。
アズミが運転するエアカーの後部座席には、カーラを真ん中にサーニャとファルアがぎゅうぎゅう詰めで乗っていた。一方、補助席にはメルザがシャミルを膝の上に抱っこするような格好で座っていた。
シャミルは、極悪非道の海賊のメルザに対して、初めて会った時から、嫌悪感を抱くことはなかった。また、今のように体に触れられても拒否反応は起きずに、どちらかというと不思議な安堵感さえ感じていた。
「メルザ様ぁ~。何でオレだけ後部座席なんですかぁ~。オレがメルザ様の膝の上でも良いじゃないですかぁ~」
「すまないね、ファルア。お前はフェンリスヴォルフ号に戻ったら、いくらでも私の膝の上に座らせてあげるよ。でも、シャミルさんをこうやって抱っこする機会はなかなかないからね。今日は我慢しておくれ」
「本当ですかぁ? 約束ですよ、メルザ様!」
「私が嘘を言ったことがあるかい?」
ファルアは勢いよく首を横に振った。
「そうだろう。おとなしく待っといで」
「はい!」
ファルアは素直にうなづきながらも、後部座席からシャミルを羨ましそうに見つめていた。
「あ、あの、メルザさん」
「何だい、シャミルさん?」
メルザの膝の上に横向きに座って、メルザの両手で軽く抱きしめられている格好のシャミルは、すぐ近くにあるメルザの顔を横目で見ながら話し掛けた。
「このまま、アリスちゃんの家まで行くのは良いですけど、行ってからどうします?」
「そうだね。そのアリスって言う子供のロボットに会うしかないだろう。どっちにしろ、このままじゃあ、この惑星から抜け出せないんだからね」
「はい。でも、そろそろキャミルも来てくれそうな気がするんです」
「さっきのメールだね。もう一つのアドレスがキャミルさんのアドレスなんだろう?」
「はい。あれはキャミルのパーソナルなアドレスなので、メルザさんに知られても良いかなって思って」
「ふふふふ。いたずらメールなんかはしないから安心しな」
そうしているうちに、アリスの家だという場所の近くまでやって来た。
エアカーを停め、全員が降りると、シャミルの側にいたメルザが訊いてきた。
「キャミルさんが来るまで、待っているかい?」
「そうですね……」
その時ちょうど、シャミルの腕にはめた情報端末にメール着信があった。
「キャミルからです。……こっちに向かっているって」
シャミルは思わず笑顔になって、周りのみんなに言った。
「それじゃあ待っていようかねえ」
そう言うと、メルザは懐からナイフを取り出すと、振り返りざまに投げつけた。
しかし、そのナイフはロボット兵士の剣によって弾き落とされた。
ロボット兵士が少し体を横にずらすと、後ろにはアリスが立っていた。
「あれが噂のアリスかい?」
「ええ」
「おかえり、シャミルちゃん。また、遊びに来てくれたの?」
十メートルほど離れた距離で、左右に立ったロボット兵士に守られているように立っていたアリスが相変わらずの無表情で訊いてきた。
「アリスちゃん。私は遊びに来たのではないの。アリスちゃんとお話をしに来たのよ」
シャミルはそう言うと、一歩、前に出て、アリスと向き合った。
「お話?」
「そう、どうして私達を襲って来たの? あれがアリスちゃんの遊びなの?」
「襲う? 襲うってどういう意味?」
「……それじゃあ、アリスちゃんは、今度はどんな遊びをしたいの?」
「鬼ごっこ」
「鬼ごっこは、さっき、したでしょ。そのロボットと戦闘機に追いかけられたわ」
「うん。シャミルちゃん、逃げるのうまいね」
「ありがとう。私はアリスちゃんと二人きりで遊びたいんだけど?」
「私と二人きりで? どんな遊び?」
「……あやとりとか知ってる?」
「あやとり? 知らない」
「面白いよ。それはね、お部屋で二人きりじゃないと遊べないの」
「分かった。アリス、シャミルちゃんと二人きりであやとりをする」
「船長、どうするつもりだよ?」
カーラが心配になって声を掛けてきた。
「そうだね。キャミルさんが来るまで待っていたら良いんじゃないかい?」
メルザもシャミルの身が心配だったようだ。
「私は、この惑星の探査依頼を請け負ってきているのです。アリスちゃんに話を訊かないと、この惑星の探査を終えたとは言えないのです」
「だから、キャミルが来た後で良いじゃないか!」
カーラも必死にシャミルを止めたが、一方で、シャミルが一旦、言い出したことを撤回することはしないことも分かっていた。
「それでは遅い気がします。それに、アルスヴィッドが来れば、アリスちゃんの態度も変わってしまって、話ができなくなるおそれもあります。アリスちゃんが、なぜ、そして何のためにこの惑星にいて、なぜ、私達を襲って来たのか? それが分からなければ、私達のすべきことも分からないと思うのです」
「しかし……」
「大丈夫です。アリスちゃんには狂気の感情はありません。本当に無邪気な、幼い女の子のような雰囲気しか感じ取れません」
そう言って、シャミルは、もう一歩、アリスに近づいた。
「アリスちゃん、約束してくれる?」
「何を?」
「私が一人でアリスちゃんのお部屋に行くけど、その他の遊びはしないでくれる? したら、私、怒って帰っちゃうからね」
「分かった。しないから、シャミルちゃん、帰らないで」
「約束だよ」
「約束する」
シャミルはうなづくと、後ろを振り返って、メルザ達に言った。
「申し訳ありませんけど、私が帰って来るのを待っててください」
「やれやれだね」
メルザも呆れたように苦笑すると、近くの倒木に腰掛けた。
「それじゃあ、ここで待っているよ。でも、そうだね……、一時間、一時間待って、シャミルさんが帰って来なかったら、突撃するよ」
「分かりました。アリスちゃん、これから一時間だけ、二人で遊ぼう。一時間経ったら、私は、また、ここに帰るからね」
「分かった。それじゃあ、手を繋いで行こう」
アリスはそう言うと、右手をシャミルの方に差し出した。シャミルもその手を握った。人口的な皮膚に覆われているのか、本当の子供の手と同じように柔らかい手だった。
シャミルと手を繋いだアリスは、回れ右をして歩き始めた。二体の兵士ロボットも警備兵のようぴったりとアリスとシャミルから離れずについて行った。
メルザ達はその後ろ姿を黙って見送った。




