Scene:01 開拓惑星ピクル(4)
宇宙港の方向に少し戻ると、すぐに酒場があった。メルザ達に続いて、シャミル達も中に入ると、少し薄暗い酒場には多くの客がいた。
連邦内ではお尋ね者の賞金首メルザの指名手配書も、こんな辺境の惑星までは届いていないと踏んでいるのか、メルザは何ら臆することなく、カウンターに近づき、マスターらしき男性に注文をすると、程なく、カウンターにラム酒が五杯と、ジュースが一杯並んだ。
「シャミルさんは飲めないんだったね。さあ、私の奢りだよ」
メルザと連れの女性達が、ラム酒のグラスをそれぞれ一つ持ち、窓際に置かれた六人掛けの四角いテーブルの、入り口を見る側の席に、メルザを真ん中にして並んで座った。
シャミル達もそれぞれカウンターからグラスを持って、メルザが座っているテーブル席まで近づいて行き、シャミルがメルザの対面の席に、そしてその両脇にカーラとサーニャが座った。
「まずは、こんな辺境の惑星で再会できたことに、乾杯!」
メルザはそう言って、グラスを一旦、目の近くまで持ち上げてから、ラム酒を一口、飲んだ。左右の女性達も同じく杯を傾けた。
「メルザさんには、いつも飲み物をいただいてばかりですね」
シャミルがテーブルの上に置いたグラスを両手で包み込みながら言った。
「シャミルさんには飲み物どころか、欲しいというものは何でもプレゼントしてあげるよ」
「とりあえず、今、特に欲しいものはありません」
「欲がないんだねえ」
メルザは呆れたような顔をすると、再度、ラム酒を一口飲んだ。
「ああ、そうそう。この二人の紹介がまだだったね。この二人は新しい私の副官だよ。お前達、こちらが私の大好きなシャミルさんとその副官さんだよ。お前達も自己紹介をしな」
まず、メルザの左隣に座っている黒髪ストレートロングの女性が穏やかな顔つきで会釈をした。
「初めまして。ワタクシは、アズミ・チェンと申します」
テラ族と思われるアズミは、メルザと同じくらいの身長で、透けるような白い肌の持ち主であった。
切れ長であったが、やや垂れ目気味の目はいつも微笑んでいるかのような穏やかな雰囲気を醸し出していた。テラで日本と呼ばれていた地区で、昔、着られていた「キモノ」という民族衣装のようなデザインの上着を着て、その上からカラフルで幅広のベルトをして、長い裾の下からは、紫色のズボンと紅色のブーツが見えた。ベルトには、鎖で繋がっている二つの小さな鎌のような武器がぶら下がっていた。
「オレは、ファルアだ」
腕組みしたまま、シャミルをにらみつけながら挨拶をした女性は、その小柄で華奢な体に、袖無しの白いシャツを着て、黒く幅の広いベルトを締め、黒のズボンと黒のブーツを履いていた。そして、背中にはその身長の半分ほどもある棍棒のような太い棒を背負っていた。白髪のショートヘアで、褐色の肌に緑の瞳が輝いており、言葉遣いからも少年のような雰囲気を漂わせていたが、意外に豊満なバストからは女性だと分かった。スアチ族という少数種族ではないかと思われた。
「初めまして。シャミル・パレ・クルスと申します。こちらは副官のカーラ。そして、サーニャです」
シャミルはいつもどおり微笑をたたえて丁寧にお辞儀をした。アズミは穏やかな顔つきのままシャミルと同じようにお辞儀をしたが、ファルアは、無愛想な顔つきでうなづいただけだった。
「お二人はいつから?」
シャミルがメルザに訊いた。
「つい一か月ほど前だね。以前、シャミルさんをフェンリスヴォルフ号に招待した時から、やっぱり、私の周りには女性がいてほしいと思うようになったんだよ。むさ苦しい男どもに私の身の回りの世話とかをさせていると、トチ狂ってくる奴もいてね」
フェンリスヴォルフ号の中に女性が一人だけだと、いくらメルザでも我慢できないこともあるのだろう。
「この二人は、たまたま、私が引っ捕らえたんだけど、気に入って、そのまま副官にしてやったのさ」
「引っ捕らえた?」
「海賊同士にも色々と争いごとがあってね。つい先日、私に挑んできた馬鹿がいたんだけど、返り討ちにしたのさ。その中に、この二人がいてね。二人とも最初は私に突っかかってきたけど、今じゃ、私に忠誠を誓ってくれている訳さ。どうだい、二人とも可愛いだろう?」
姿勢良く座っているアズミは、海賊と言われなかったら、深窓の令嬢のような優雅でおしとやかな女性の雰囲気を漂わせているし、相変わらず機嫌が悪いような表情でシャミルをにらんでいるファルアは、元気いっぱいのボクっ娘というイメージだが、よく見ると二人とも可愛い顔立ちをしていた。
「なるほどな。ころころと主を変える奴らか!」
カーラが皮肉混じりに呟いたが、それを聞き漏らす海賊達ではなかった。ファルアがテーブルを拳骨で叩くと挑発的な目をしてカーラをにらんだ。
「何だと! てめえに何が分かる! オレ達だって、前のボスと一緒に死のうと思ったさ! しかし、メルザ様の深い愛に触れて、オレ達は、一度死に損なったこの命をメルザ様のために捧げると誓ったんだ。もう迷わねえ!」
アズミが静かな口調で話を続けた。
「海賊と言うのは、明日をも知れぬ中で生きています。メルザ様に出会って、ワタクシはすぐに運命的なものを感じました。メルザ様こそ、ワタクシが永久にお仕えすべきお方だと」
かつて争った仲のメルザの副官になった、この二人の目は真剣で迷いはなかった。シャミルは、厳しい顔つきをして、カーラに向かって言った。
「カーラ。あなただって、これまで何人かのリーダーの元で働いてきているではないですか。この方々を非難することはできないのではないですか?」
シャミルからたしなめられて、カーラはシュンとなってしまった。
シャミルは正面に向き直ると少し頭を下げた。
「失礼しました。お二人が誰の元で働くかは、お二人が決めることですものね。でも、何点か訂正させてください。明日をも知れぬ中で生きているのは、何も海賊だけではありません。我々、探検家だってそうです。それと、海賊という職業に誇りをお持ちのようですけど、しょせん犯罪者であって、許されざる存在であることに違いはありません」
メルザを前にしても臆することなく、シャミルは言い放った。
「ふふふ。本当に、シャミルさんは頭が良くって真っ直ぐだねえ。ずっと私の側にいてもらいたいよ」
「メ、メルザ様! こいつは、ちょっと顔が可愛いくて、賢いだけじゃないですか! こんな奴より、オレ達の方が、ずっとずっとメルザ様にとって必要な存在ですよ!」
ファルアの必死とも取れる懇願に、アズミもメルザの顔を見ながら、心配そうに黙ってうなづいた。
「ふふふふ。二人は既に私と一心同体の仲じゃないか。私達が死ぬ時は一緒だよ」
「はい! メルザ様!」
二人は同時にそう叫んだ。ファルアは「それ見ろ」と言わんばかりのドヤ顔をして、恋敵を見るような目でシャミルを見た。
「まあ、そう言うことだ。これから、ちょくちょく会うかもしれないから、よろしく頼むよ。シャミルさん」
「あまりお会いしたくはないのですが」
シャミルが苦笑しながら、再びラム酒のグラスを傾けるメルザを見つめた。
そして、メルザがグラスをテーブルに置くのを待って、シャミルが口を開いた。
「ところで、今日はどのようなご用件でしょうか? 久しぶりの再会の挨拶を交わして、お二人の副官さんをわざわざご紹介くださるために、この酒場にお招きいただいた訳ではないのでしょう? 他にも話がお有りなのではないですか?」
「ふふふ、そうだったね」




