6話:狭間
ちょっと残酷な表現が含まれるかも。
そんなに酷くは無いはずですが、見た人がどう思うかわからないんで警告しときます。
魔界には太陽がない。よって、自然と養分が足りずに地平線まで乾いた荒野が広がる。そう、ここは魔界。
「久しぶりに、帰ってきたぜ!」
--まではいい。そこまではバッチリだ。穴をくぐる時は決まってた筈だし。
でも、まさかここまで大事になってたとは。
乾いた風が吹き抜ける荒野。いつもはどこか寂しいその風景は、今や砂埃舞う戦場の舞台と化していた。素人も玄人も、悪魔共が各々の信頼に足る武器を用いてあちこちで火花を散らしている。
「……こりゃ俺にはちょっと荷が重かったかな?」
ど真ん中に登場するはずだったけど、本当にど真ん中に出てしまった。
やってやるよとそれを行うまでは威勢よく言ったものの、実際に直面すると話は別だ。今まで適当に済ませてきた所為か、どうにも緊張してしまってる。
なにしろ誰かを助ける戦いなんて初めてで、さらに国同士の争いだ。規模が半端じゃない。
と、気付けば考えながらも襲って来るやつを切り捨てていた。
「……まぁいいか」
もう始めちゃってるし、こうなればどうにでもなれだ。
右手に魔力を収束。特大の火球を作り出す。
「あ、あれは!? 最高額賞金首の黒鵺衣じゃないかっ!!」
「あ、見つかった。……まぁこれだけデカいの作れば当然か」
俺は巨大に膨れ上がった火球を適当に放った。
巨体に見合った速度で落下する火球は、地面に触れた直後に爆発して触れた物を焼き尽くす。
圧倒的な火力の前にただ呆然と動きを止め、漸く挑んだ相手の強大さに気付いたようで。
絶望を与える存在の悪魔が、逆に顔を絶望に染められて、見渡せば一斉に口を閉ざしていた。
「……あー、誰か。豚のとこまで案内してくれない?」
沈黙。常識をぶち破って炭化した砂のはぜる音が響く。
揃って口を閉ざし、距離を置く集団。そんな中、歩み出る男がいた。
「我が輩に勝てば、案内してやらんこともないぞ?」
右手には両刃の片手剣。左手には盾を持ち、俺の耳にも聞き覚えのある異名。
"剣豪"と、男はそう呼ばれていた。
「あー、俺は何時も暢気にしてるけどな。上から言われるのだけはどうもムカつく!」
構えるのも待たず、縦に斬撃を放つ。更に間髪入れずの連撃。
しかし、驚いた事に男は手に持った盾と剣でそれを防ぎ切った。
どうやらちょっとは出来るやつのようだ。
「へぇ……」
「少しは考えを改める気になったか?」
「いや、こんなんじゃまだまだ」
剣と刃が交錯し、火花が散る。
才能と魔力で瞬発力を底上げしてる俺とは違う。力強い刃。
恐らくこの男は、鍛錬のみでここまで上り詰めたのだ。
その証拠に、この男からは魔力や特殊能力といった力が全く感じられない。性能、才能の差を埋める実戦経験の量が、鋭く速く、鈍く重く振るわれる剣から言葉よりも遥かに如実に伝わってくる。
--とは言え、俺はまだまだ本気じゃない訳だ。はっきり嫌みで言うけど。俺は桁が違う。
「あたた。手が痺れてきた……」
「ふん。仮にも魔界最強を謳う輩が、まさかこれしきとは言うまいな?」
「……ははっ、まさか」
コイツ。確かな強さを持ってる癖に、敵の力量も測れないのか?
「何が可笑しい?」
「だって、誰が全開なんて言ったんだ? 俺はまだ本気の半分も出しちゃいないぞ」
「は?」
--全魔力解放。限界まで速度上昇。初速から既に音速に達する速度で突進して。
そこから右、左と。俺は一瞬で接近すると腕に向けて刀を振るう。
稲妻のような速さで刀が通り過ぎると、追いかけるようにして悪魔の血が辺りに飛び散った。
「ぐぉぉ……っ!?」
ビチャ。濡れた布を叩きつけたような音。飛んでった腕が地面に落ちた。
そんな様子を見ながら、男はただ膝を付き痛みを堪えていて。睨んでくるかと思いきや、それもない。
……あっ、そんなの見てる場合じゃなかった。
「驚いてる暇ないぞー。さ、早く案内してくれ」
「ギリ……ッ。き、貴様……!」
「俺を馬鹿にしたお前が悪いんだろ」
「そんな理由でっ、我が輩の腕を……ッ!!」
--なんだコイツは? 数多の戦いを経験しておきながら、今まで何も失った事がないのか?
「あのな。そもそも戦場に出てくれば必ずなにか失うもんだろ? 今みたいに四肢とか、命とか、良心、友、誇り……。失った事もない。その覚悟もない。そんなやつが、こんなとこ来るなっ。さ、話は終わりだ。約束通り案内しろ」
「しょ、承知した……」
「……って言ってもその身体じゃ無理だな」
困った俺は、集団から適当に一人選んで指差して命じた。
「じゃ、お前」
「はっ、はい!?」
その後。直ぐに真横に移動して刀を喉に突き付け、言い放つ。
「お前が代わりに案内して?」
「……はい」
それから、散歩するように歩き出す。聞けば、ここからそんなに遠くないみたい。だったらまぁいいかって考えだ。
「あ、邪魔して悪かったな。俺は行くから続きどうぞ」
--歩いて凡そ10分。俺達は豚の根城に辿り着いた。
「案内ごくろー」
「いえいえ。それでは」
「あぁ、サンキュー」
悪魔が軽く頭を下げて去っていく。話してみればなかなか気さくな悪魔だったなぁ。
「……にしてもあいつ、知らない間に立派なもん建てやがって」
こんな城いつの間に建てたんだか。
まず目につくのが門だった。なんだか、柄が人間界でみた板チョコみたいだったから。でもあれより茶色いし。でかい。あんまり美味しくなさそう。
それと飛び出た塔のような筒と、丸い屋根。横に、隣接して四角い建物。それを長方形に囲う外壁。
なんだろう、全体的に白を基調にしてるのかな? まぁ、城の見物はこれぐらいにしといて。
「挨拶はちょっと派手にしとくか」
魔力によって空で唸る黒雲を操作する。目標は目の前の大層な門っ。上部に固定して。それから--
「……堕ちて砕けっ」
轟く雷鳴。唸るようなその音に、格好つけたのに耳を塞ぐ。激突して散る光。迸る電流。
余りに強大な力の塊は、瞬いて。目を開けば巨大な穴だけを残していた。
遅れて黒煙が立ち上る中、そこでちょっと思索に耽る。
「全部壊すか。探すのめんどいし。イライラするし」
結論。見栄張りやがって、気に入らないから全部ぶっ壊すっ。
「--はぁぁぁっ!!」
そうと決まれば話は早い。城ごと壊すぐらいの勢いで、中にいた悪魔共を根こそぎぶっ飛ばしながら進む。ついでにと立ち塞がる壁は全部ぶち抜いて置いた。
後半は迷子になったけど、遂に中枢。そこには白い壁で囲んで、床に赤い布を敷いただけの簡単な広間があって。奥で豚が玉座に座ってた。隣に立たされてる両の手足を縛られたルナと、のんびり喋りながら。
「……おい」
「ブヒッ!?」
豚が鳴いた。話に夢中で気付いてなかったようだ。
にしてもキモい……。卑しく歪んで、潰れた顔面。真ん中に大きく空いた鼻。短足短身の肉塊。
「……き、気持ち悪ぃ」
「ひ、酷い!!」
「まぁ、脂肪ごと燃やしてやるから大丈夫だ。安心しろ」
右手を上に。掌に魔力を収束する。宣言通りに、炎を。渦を巻いて、それは球状に凝縮していく。
「ま、待て待て!」
豚が鳴く。ルナを盾にして。
「ブヒヒ。さぁ、これでも攻撃出来るかな?」
「なっ? あ、あんたそれでも男なのっ!?」
慌てるルナを見て、俺は魔力の供給を止めた。炎が制御を失い、霧散していく。
「ほら、もう考えが汚いんだよ。何のために誘拐したんだ? 嫌われてちゃ意味ないだろうに」
「むぐ……っ。そ、そんなこと言っても、結局は手を出せないだろー?」
「…………」
--いや、そんなこともないんじゃないか?
最高速でルナだけ避ければ。後はあんな豚、速攻ボコボコにして終わりだ。いや、でも、失敗すれば--うん、俺ならやれるさ。
「よし、それが最後の言葉だな? じゃ、覚悟しろよ。お前の所為で、こんなとこまで来る羽目になったんだからなっ」
びっ。勢い良く指を突き付ける。……決まった。
「なになに? ブヒッ!? なるほど、よくやった」
ところで豚は、下級悪魔の耳打ちに聴き入っていた。
「……おい、聞いてんのか?」
「聞けい!」
「だから返事になってないんだよ。なんだお前?」
「僕の配下が、隣国の王。つまり、お前の親父を捕らえたそうだ」
「はぁぁ?」
なにやってんだ。あの馬鹿は。こんな豚に良いようにされたって?
「僕が死ねば、お前の親父を殺すように命令してある。どうするかな?」
「……あのな。先に言っとくけど、お前に頭下げるぐらいなら暴れて全員殺すからな?」
「ブヒッ!? じ、じゃあせめて三歩後ろに退いてください」
どうしよっかな。うーん。癪だけど、いいか。
「よし、まぁそれなら良いだろ」
言われた通りに三歩下がる。
「引っかかったな!」
豚が叫ぶのと同時。ガコン。と、足元から物音がする。
「……おぉ?」
恐る恐る。下を見る。わぁ、真っ暗。
半径3メートル。目測でそれぐらいの大きさの穴が広がって、俺を飲み込んだ。
「それは次元の狭間で、更にお前に飛行能力はない筈っ。終わりだブヒッ!」
「あぁぁ--……」
バツッ。小気味よい音で出口が閉まる。
中は空洞。それに真っ暗でなにも見えない。黒、ただの黒。それしかなかった。
そんなだから外と直径が違うのかもわからない。方向感覚がおかしくなりそうだ。
……そう言えば。落下の風を受けながら、ふと思い出す。次元の狭間って言うと、一度落ちれば融解されて二度と出れなくなるっていう太古の罠だったっけ。
うーん、よく造ったな。あれって構造とか構成とか謎だらけだった筈なのに。よっぽど俺が気に入らなかったんだろーな。
でも、それならさ。もうちょっと調べとけよ。
俺が昔、暴れまわった時に付けられた異名。安直で気に入らないけど、"蒼空の脅威"ってやつを。ダサいのは置いといて、なるほど。特徴は捉えてるよ。
「懐かしいな。久々に二つ名通り、暴れてやるか」
--神の加護、最終弾。魔力全解放--
背中から真っ白な翼が広がる。悪魔のような、純白の双翼。
悪いけど、飛行は一番得意だっ。
「さて、と。久しぶりに全力になった訳だけど、まだおぼえてるかな? 神力の扱い方」
この状態でのみ、使える力というのがある。それは翼から聖力を拝借して、魔力を混合したもので。神力という最強の力。
なんでも、昔にも一人居たらしい。俺みたいに神力を扱えたやつ。魔界の王であり、天界の神だった存在で。魔神と呼ばれてたやつが。
錬金術発動。神力が一つの武器を作り出していく。
--銃。それが、俺に最も適した形だ。名前なんてない。世界にただ一つ、弾倉内部で魔力と聖力を混合させて吐き出す俺の武器。
「……次元の狭間から脱出したやつはいないらしい。でも、これで俺が唯一の脱出者になるわけだっ」
手に持った銃が俺の身体から燃料を抽出して発光、淡く光を帯びる。
光はどんどん強さを増していき、せき止めてる栓を外すように俺は引き金を引いた。
その瞬間、狭間から音が消える。色も、感覚も全てが真っ白に澄み渡って。
視界を染める光の中、純白の双翼を広げる。そして、迷いも懸念もなく、俺は光に向かっていった。
「--ぶはっ。息すんの忘れてた。……なんとか出れたか」
「プギッ!? な、何故だ! あれは絶対に出られない筈……っ」
豚がひしゃげた顔を驚愕に染める。ま、それでこそ出て来た甲斐があるってとこだ。
「俺を常識で考えんなー……つっても、状況は変わんねーか」
「そっ、そうだ! お前が動けば、大事なものを失うぞぉ~?」
「……チッ」
一騎打ち、は応じなさそうだし。殺したら親父がなー。じゃ、気絶させよっか?
同じか。部下が殺しちゃうわけだ。ふむ、どーしたもんか……。
かなり間が空いてこれかよっ。
自分でもわかるんすけどねー……。
文才って、どこで売ってんだぁーっ!