3話:仄
来てしまった人間界。せっかくだし、綺麗な景色が見てみたいと言うルナの言葉が今回の始まり。
俺達は遠くに見えていた意外と近くの山に向かっている。
「……なぁ、これって歩かなきゃ駄目なのか?」
決して高くはない。でも面倒だ。俺は言い出したルナに問い掛ける。
「たまにはいいじゃない? 無理やり付き合わせたのは悪かったけどさ……」
「やだ。こんなの走ったら直ぐだし」
「仕方ないでしょ。あんたに追い付けないんだから」
まぁ、確かに……。
「あ、じゃあおぶってやるよ」
「えっ? だ、ダメっ! 待って!」
このまま歩いてれば日が暮れるかもしれない。今は昼みたいだから大袈裟だけど、そろそろ我慢の限界。俺はルナを担いだ。
「ダメだって言ったのにぃ……」
「なにが? そんな、おぶるぐらいで嫌がらんでも」
「ち、違うのっ。やじゃないけど……」
「けど、なに?」
「も、もういいよ。早く連れてって」
「歩いてる方がいいとか早く行けとか、変なやつだな……」
「放っといて!」
「いっつも放置すんなって言うのはお前だろ?」
「違うっ! それぐらい解りなさいよ、馬鹿っ!」
「えー……?」
言いがかりだー。そう思いはしたけど叱咤されて走り出す。
「ちょっ……、は、早過ぎっ!!」
「お前が早く行けって言ったんだ。それ以上文句言ったら降ろすからな?」
「そ、そんな……じゃあせめて、速度緩めようよ?」
「無理♪もう限界っ」
加速するにつれ、ルナの声にどんどん余裕が無くなって行く。自分でも自覚があるぐらい、Sな俺にはちょっと楽しい。
これはもっといぢめなければ。
「あ、滑った」
「え、--……ッッ!?」
ジャンプした時、ふざけてルナを落としてみる。驚いてるのか声が出ないようで、目を何時もより見開いていた。そのまま、限界越えるまで放置。
「わ、わかったぁ! わたしが悪かったから、もう助けてっ!」
「仕方ないな……」
突然過ぎて羽を広げることすら忘れたのか。縮まって小さくなってた。
って、俺は謝らすつもりじゃなかったんだけど。ま、いいや。とりあえず地面すれすれでキャッチ。
「も、もう止めてね? これ以上されたらホントに死んじゃう……」
普段は気が強いルナ。しかし天性のビビりで、こうなるとめちゃくちゃ弱い。
潤んだ目を向けられて、ちょっと笑ってしまった。
俺がこれぐらいで止めると思ったのか? 甘い甘い。
「次はどうされたい?」
「このまま、なにもしなくていい……」
あれ、キャッチした腕の中でうずくまってしまった。
「答えないんなら仕方ない。俺が勝手に決めるか」
「ま、まって! 答えるから--」
なにか反応あるかな? って思ってたら必死に抱きついてきた。普段なら有り得ない行動にちょっと顔がニヤける。この時だけは可愛いのになぁ……。
と思いつつも結局、飽きるまでいじめ抜くと気付けばルナは安らかに気を失っていた。頂上に着いたのも丁度、同じ頃。
さて、起こそう。
「おーい。着いたぞ?」
パチパチと頬を叩いてみる。
「うぅ……ん」
起きない。
面白がって悪ノリして胸を撫でてみる。俺は悪魔に興味ないから、決して欲情したわけではなく。
「……あっ、はぅ……んん……あ」
「起きろ~」
「ん……えっ? なななな、なにやってんのよ!?」
ルナは起きた途端、物凄い勢いで胸を押さえて後退った。なんか言われるのは予想してたけど、にしても気持ちいいくらいの拒絶反応だ。まさかこんなに嫌われてたとは。
心なしか凹む。
「あ、やっと起きた」
「やっと起きたじゃない!! あんたはなにがしたいの!? 悪魔に興味ない筈でしょ?」
「確かに俺が悪いけど、そんな怒らんでも……」
「誰だってキレるに決まってるでしょ!! って……えっと、もしかして……わたしに興味あ--」
「いや、それはない」
うるさかったので即答する。やっぱそこは押さえとかないとな。
「……やっぱそうよね」
あら、元気がなくなった。
「どした? 何時も言い返すのに」
「うるさい!!」
「……なんだよ。俺がお前に興味がなくても、そんなこと関係ないだろ?」
「それはそうだけど……べっ、別にいいじゃない! って、怒ってんのはあんたが、その……失礼なことしたからでしょぉが!」
「うん、それは俺が悪かった」
半笑いになってしまって、誤魔化そうと下を向く。
「ま、まぁ、謝るんだったら許してあげる。……そ、それに、そんなにイヤでもなかったし……」
意外と誤魔化せたみたいだ。というよりそれどころじゃなさそうで、俺が顔を上げるとルナは横向いて顔を真っ赤にしてた。
って、見てて聞いてなかったよ! 今、なんていった?
「は……?」
「なっ、なんでもないっ!」
ま、いいか。
そんなことより気になっていたことが一つ。ついでに聞いてみるか。
「それより、なんでこっちにまで着いてきたんだ?」
「い、いいでしょ……それぐらい」
「よくない。何時も適当に済ますけどそろそろ追っかけが鬱陶しい」
「ぅ……か、軽くあしらえるからいいじゃない」
「って言うか、何時も庇ってんだからそれぐらい言えよ」
「……っ、うるさい! うるさいっ! と、とにかく、わたしはあんたに着いてくけど理由は言えないのっ!」
「だから、それじゃ納得できな--」
食い下がる俺の言葉をルナが遮った。
「な、なによっ。……そんなにイヤだったの?」
んむ……、そう言われるとそこまで嫌なわけでもない。
「いや、それほどではないけど……」
「そう、ならいいでしょ?」
「んー……ま、いっか」
あれ、なんか言いくるめられてる?
と、俺が腑に落ちず頭を傾けている時、ルナの視線は固定されていて、ただ一点を茫然と見渡していた。
「どうした?」
「綺麗……」
なにが?
「……?」
「だから、景色よ。景色っ! 今日はこれ見に来たんでしょ?」
あぁ、そうだっけ?
完全に忘れてた。と、気を取り直してルナと並ぶ。
右から吹く風が頬を撫でる。夕方に差し掛かった日差しは適度な温度に保たれていて、体の中からじんわりと温めていくような……、とは言っても悪魔は恒温なため関係はないけど、とにかく不満を纏めて投げ捨てたように気持ちがいい。
目の前を桜の花びらが舞い、眼下一面をピンク一色に染めていた。魔界にはない、人間界独特の四季というもの。どうやら今は春のようだ。初めて知ったよ。
……とまぁ色々と言葉を並べてみたけれど。
「……これのどこが綺麗なんだ?」
俺の一言にルナが息を吐く。
「あんたはそう言うと思ったけど、風情ぶち壊しよ……」
「風情て。人間じゃあるまいし」
俺が何気なく呟くと、ルナは少しだけ黙って。
「いいじゃない。憧れるぐらい」
「え?」
……って、マジでイメージしちゃったよ。
「いや、まぁいいんじゃないか?」
「じゃあもし、わたしが人間だったら……、あんたはどう思うの?」
「……ん~~」
そうだな。もしそうだったら俺は……、
「--あー、そりゃヤバいかも。でも、それがどうかしたのか?」
「……ううん、なんでもない」
ルナは、そう言うと視線を戻す。
意味が解らない。と、俺は呆然として見る。吹いた風に髪がサラサラと靡いてて、だらだらと過ごしたせいか日が傾き、オレンジがかった光が照らしていたルナの横顔。 悲しげに微笑むような姿に、俺は少しの間魅入っていた。
「……それにしてもお前って、意外とあったんだな」
なにか、とは言わない。ただ視線を落とした先にある、両手に残ってた柔らかい感触と心地よい暖かさ、ふと思い出して考えるより先に呟く。
「……? --なっ!!」
「いいと思うよ? 少なくとも、俺はそういうギャップに惹かれる」
ルナがふるふると小刻みに震える。
これは流石に逆鱗に触れたみたいだ。
「……む、無理なのはわかってるけどっ、殺してやるっ!!」
それから顔を真っ赤に染めて殴りかかってくる。しかし俺には当たらない。だって遅いし。
「はっは、無理だって」
「うぅぅ! もういいっ! 着いてこないでっ!」
虚しく空を切る拳に業を煮やして、どこかへ歩き出した。
「どこ行くんだ?」
「知らないっ! あ、後で探して!」
……意味わかんねー。