2話:遊び
太陽が青空を楽しんでいる頃、俺達は人通りの多い街に来ている。
ていうか最初、太陽ってなんだと思ったよ。魔界じゃ月が延々と回ってるだけだから、目を閉じても見える白い斑点が鬱陶しい。
一度、人間界変装ツアーとかなんとかで親父に連れられて来たことはあるんだけど、その時はガキだったから記憶が曖昧で……、生活には困ってないけど慣れない感じ。
まぁ、服装は真似しないと騒がれるって解ったから行った意味はあったかな。
だから今は、なるべく流行から外れてなさそうな人の恰好を真似てるつもりだ。
「……ね、ねぇ」
と、ルナが不安げな声を出す。
「なに?」
「羽と尻尾、隠さなくて大丈夫かな?」
ルナの尻尾がふるふると左右に揺れる。
………………はっ、目で追ってしまった。
「それぐらい普通だろ。みんな生えてるって」
髪がピンクって言うのはちょっと目立つかと思ったけど、ファッションって言っとけばいいだろ。小さい箱の中で絵が動くやつで見たし。
「そ、そう……?」
「なにをそんな心配してんだか。じゃあ、いざって時は庇ってやるよ」
あれ? 前に助けた娘は生えてなかったっけ?
……まぁいいか。
「あ、ありがと。うん、それなら大丈夫っ」
納得してくれたみたい。
それにしても、人が多いと話し声が絶えないな。
こうしてる今も、「あっ、あの人かっこよくない!?」だの「あの角はオシャレなのかな? なんか……ちょっと可愛いし」とか、誰だよモテてるやつ。
連れ出して殺してやろうか……って、俺かっ!?
声の方を見れば、なんとこっちに歩いて来るではないか。
「あ、あの……あたしらと遊びません?」
話し掛けたのは可愛らしい三人娘。
おぉぉぉっ!!
俺にも春キター!
うん、やっぱ人間って可愛いね。
今の俺には、チャラい男に絡まれているルナの話が右から左状態だった。
「キミめちゃくちゃ可愛いね? なんか人間じゃないくらい」
「え……ちょっと、誰よ?」
「まぁま、ってその尻尾なに? あぁ、新しいファッションか。似合ってるよ?」
「ま、待ってよ。ねぇ、ソラ?」
「お前が待て。今取り込み中だ。え、今から遊びに? うん、行く」
「ホント? 話し掛けて良かった~」
「ね、ねぇ! ソラっ! 聞いてるの? ねぇってば!」
耳を通る声が曖昧で、俺は嬉しさのあまりに話し掛けてきた女の子達に着いていった。
歩いて15分。俺達4人は、絵がせわしなく動く小さな箱が並んでいる建物に入っていく。
そこで、女の子の一人から返答に困る質問が。
「どこに住んでるの?」
「…………あー」
--困ったな。
え? 魔界。なんて言えないしな。
仕方ない。
「今は家出中だから最近はホテルかなー」
勿論、嘘だ。親父ありがとう。一度来たときに泊まったの覚えてて良かったよ。
「えぇっ? 若いのに一人で暮らしてるの?」
「あぁ、最初は苦労したけど慣れれば意外と普通だよ」
わかったような口調で、実は知ってる知識を総動員。
脳内はフル回転してたりする。
「じゃあ、その角は?」
「えっ? ……あぁ、オシャレだろ? 地元では流行ってるんだ」
「「へぇぇー」」
すっかり信じ込む女の子達。やば、出来過ぎてる自分が怖いよ。
「じゃあさ、その地元ってどこなの?」
「…………あ」
くそぉぉぉぉ!!
自分で墓穴掘ったぁぁぁ!!
あ、ルナ置いて来ちゃったよ。
--俺がせっせと墓穴を掘ってる頃、ルナ--
「それって悪魔ファッションだよね?」
「えっと……、う、うん。そうなの」
「やっぱり? だと思った。最近流行ってるからなー。まぁキミぐらい似合ってる子はなかなかいないけどね? 凄い可愛いし」
「へ、へぇー……そ、そう、かなっ?」
「正直、抱きつくの我慢してるぐらいだよ」
「あははっ」
--意外と巧くやってたりする--
「……ま、まぁそんなことはいいんじゃないか?」
「そう? それなら、プリクラ撮ろうよ!」
「いいね♪ こんなイケメンと遊んだって言えるしっ!」
「プリクラ……?」
なんだそれ。
「まさか、知らないの?」
「え? いや……」
「ふふっ、そんな訳ないでしょ? からかっちゃ駄目だよー」
勝手に進む話は俺だけを放って行く。
こ、これはっ! 知らないとは言えない!
「あぁ、プリクラね! おっけ、撮ろう撮ろう」
「「やったー♪」」
両手を叩き合う女の子達。
なにしてるか解らんし思わず適当に言っちゃったけど……、喜んでくれてるみたいだからいいか。
と言うわけで、見たこともない箱の中へ。
「ほらほら、早くっ」
「え、え? なにがっ?」
「「ピースっ」」
よくわからない合い言葉の後に、箱の中の箱から俺達の絵が吐き出される。
……なんだコレ?
未知との遭遇に頭を抱える俺とは逆に、写真を覗き込んでなにやら言い合ってる女の子達。
「「はぁぁぁ、やっぱりかっこいい~!!」」
「ってか角、似合い過ぎでしょ。まるで元からあったみたいに」
街で話し合ってた時と同じ子が言う。
「はは、まっさかー」
額に嫌な汗を掻いたのは内緒だ。
それよりも、人間ってこんなだったのか? もっと、おしとやかじゃないの? 悪魔にだけはモテたけど、全員がこんな感じだったら人間なんてっ。
母が人間だからって、自分でも人の愛情に飢えてたのは認めるけど、理想が高すぎたのかな。
そう考えると、なんだか脱力感を拭いきれない。
「……でも、もうお別れだね」
「うん、ソラ様ともっと遊んでたいけど……」
あ? 今、ソラって……?
「仕方ないよ。お金は欲しいし」
「「だねっ」」
一度も名乗った覚えはないぞ……?
情報を整理して、現状の把握。俺は答えにたどり着く。
あぁ、そう言うことかよ。
「騙したな? ……お前ら、タダで済むと思うなよ……!!」
今までにも騙されたことはある。しかし、悪魔の匂いがしなかったのは今回が初めてだ。仕方がないとは思うけど、同時に見抜けなかったことが不甲斐ない。
「ふふっ、もう遅いですよっ♪」
角が可愛いと言ってた子から、牙が生えていく。それ自体が小さく、体格に見合った牙が。
悪魔にも色んな種族がいる。吸血種はその一種で、その多様さから俺が知らないやつも当然のようにいる。
しかし、所詮は雑魚だ。
俺の人を愛する気持ちを弄びやがって……。
「吸血種か……。にしては、人間の匂いがしたのはおかしいな?」
「最近は容易に手に入るんですよ? 人間の皮って」
「そ、だから簡単に後ろを取られちゃうっ」
「は?」
声が後ろから聞こえる。くそ、目の前の雑魚に気を取られたか。
急いで振り向いた時には鋭い爪が迫っていた。
「許さん。ちょっと可愛いとか思っただろ! ……馬鹿にしやがって」
--神の加護、第三弾発動--
俺の体から光が放たれる。
その光が三人を包み込んで、表情を驚愕に統一する。
「これは通常、高位の天使が悪魔を更正させる為の部屋なんだけど……、それだけに邪魔は入らないからな?」
自分の世界。
それが神の加護第三弾。
普通は白い世界らしいけど、行使したのが俺のため見渡す限り真っ黒。
人間界、悪魔界の2つ以外に自分の世界を作り出し、更に全てが俺の思い通りにできるというぶっ飛んだ力だ。さすが神。
まぁ弱い悪魔にしか使えないけど。
その理由は後に語るということで、今はとにかくお仕置きの時間だ。
「出してもらえると思うなよ。この世界は俺の意志でしか開かないからな。せいぜい怯えろ」
「「ひぐ……っ!?」」
全員の表情が、未知の恐怖で埋め尽くされる。
俺は一人、どう矯正してやろうかと不純な想いを馳せていた--。
--数時間後--
「あぁん、もっとぉ!」
「ず、ずるい! あたしもっ!」
「イイのっ! 一生あなたのものでいいのぉっ!」
「あぁ、俺、悪魔に興味ないから」
なにをしたのかは秘密。ただ、こいつらは俺なしじゃ生きてけなくしてやっただけ。
それでもいいだろ。譫言のように繰り返す言葉。聞いてみれば、気まぐれで参加した社交界で初めて見た時から、ずっと俺のファンだったみたいだし。お互い楽しんだわけだから。
なんか良いことをした気持ちで、俺はこの世界に三人を放置した。
「……今日はなんか萎えたし、そろそろ切り上げるか」
今日は諦めて宿を探すことに。とは言え、人間とは違って体力は無駄に多い悪魔。疲労はあまりないため、寝るかどうかは魔力を著しく欠如した状態か気分だ。まだ明るいけどそれは関係ない。
疲れたしなー。うん、寝よう。と言うことで、行ってみたかったホテルへ。
え? 金? そんなんあるわけない。
タダですよ、勿論。どうやってかは言わないけど。真似するから。
今は案内人まで付けて部屋の前。そこで俺はあることに気付いた。
あの世界では時間は止まったまま、それでも一時間は放置してる悪魔が一人。
「……やっちまったよ」
ソラぁ、放置は止めてって言ったのにぃ……なんて、聞こえた気がする。
まぁそれはあながち間違いでもなかったけど。
慌てて駆け付けて見れば、見渡す限りの人間。野次馬に集まった人々は一つの塊と化していた。
なにを売ってるのかわからない店にあった動く箱に目をやると、動く絵の右上の方に桃色美少女悪魔っ子なんて書いてある。
真ん中には明らかに見知った悪魔が空を漂い、キョロキョロと辺りを見渡していて、
「……面倒くせっ」
俺は知らない内に愚痴を零していた。
「--あっ!」
そして気付かれる。そりゃ解るよ、目が合ったもん。
「騒ぐなよ……?」
それこそ一番面倒だ。緊急手段、俺は近くにあった店の屋上(一応、人間の女の子がいたら危ないから気を遣って)を、少量の魔力で爆破した。
ざわつく人々。確実に周囲は意識をそちらに向けている。
俺は魔王種である膨大な魔力を肉体強化にまわし、風景が霞む速さで注目の的になっていたルナを攫った。
「ったく、迷惑掛けんな。飛んだりしたら注目されるって解るだろ?」
「……だって、不安だったもん。頼れるのソラだけだし、こんな世界に来たのも護ってくれるって言うから……」
腕の中で丸まって拗ねるルナ。ふと、俺が見ると恥ずかしげに目を逸らされる。
と、目の前に地面が迫る。言っておくとルナは強くない。悪魔の中では無力なぐらいに。だから気を遣ってわざわざ優しく着地した。
「……全く。そんなこと言ったっけ?」
ブツブツと愚痴を零す俺に、目を逸らした為横顔に見えるルナは少しだけ悲しそうな顔になる。
「ちゃんと覚えてなさいよぉ……。これじゃ、あんたの言うこといちいち覚えてるわたしが馬鹿みたいじゃない……」
「……仕方ないだろ? 俺、悪魔に興味ないし」
それだけ言うと、俺は腕に抱えてるルナを下ろそうとする。しかし、袖を引く弱々しい力を感じて止めた。今度は恥じらう様子もなく、俺の黒い目がルナの目に映っていて、
「……わたし、人間に生まれてくればよかったかな……」
呟いた。
俺には微かにしか聞こえなくて、直ぐさま安易に聞き返してしまう。
「え? なんて言った?」
「……なにも言ってないから。気にしないで」
「お、おぅ」
なにが不味かったか、それは俺には解らない。俺はただ、悪魔だってのに少しの罪悪感を感じていて、ルナは何も言わなかった。
基本的に苦情でも構いませんが指摘などは遠慮なく。