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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

異世界に召喚されたら女体化したうえ殺人事件が起きていた

作者: 如月 和
掲載日:2026/05/11

 それは、下校中のことだった。


 高校に入学して、それから何日も経ってはいない。家から近い場所にある高校を選んだから、自転車でも充分に通える距離であった。


 のんびりと自転車を漕ぎながら、僕は少し、ネガティブな感情に囚われていた。


(折角、話しかけてもらえたのに)


 人見知りで、コミュニケーションも苦手。そんな自分が嫌になる時もあるし、せっかく高校に入学したのだから、変えていこう思った時も当然あった。


 同じ中学から進学した人もいたけれど、あいにく当時は一度もクラスが同じになったことがなかったため、会話の糸口が見つからなかった相手。


 そんな彼が、「同じ中学だったよね?」と声をかけてくれたのだ。


 会話が弾む、最大のチャンス。


「あ、うん」

「あの数学の先生、よく鼻毛が出ていたよな」

「そう、なんだ」

「英語の授業、楽しかったよな」

「そう、だね」

「好きな授業とかあった? 高校だと内容変わんのかな?」

「どう、だろう」


 そこで会話が途切れ、自然と解散になり。次の休み時間には話しかけられなことがなかった。


 それもそうだろう。明らかに顔から興味というものが消え去っていたのだから。おそらく明日、いや今日中にでもクラスで共通の認識がなされるだろう。あいつは……、つまらない。そんな評価が。


「はぁ」


 はっきりと自分にも聞こえるように、僕は息を吐いた。


 こんな自分が百八十度変わってしまうような、今回のようなチャンスを逃さないような。そんな性格に変わってしまうような切っ掛けはないものか。


(そんなの、少し勇気を出せば……)


 そう思って、何度眠りについただろうか。だから願わずにはいられない。望まずにはいられない。


「あ、信号、赤だ」


 自転車を停める。歩道を走る自転車が僕を追い越していった。例えば百八十度変わったとしても、ルールを破るような真似はしたくない。


 信号が変わる。ペダルに置いた足を踏み込む。


「あれ……?」


 その時、世界が歪んだ。


 ***


 視界が戻る。金色の糸、のようなものが垂れ下がった。頭がくらくらする。たまらず、その場に尻餅をつく。


「何が……?」


 状況が理解できない。視線が彷徨う。なかなかピントが合わない。なんだろう、制服がブカブカしているようだ。殆ど新品と言ってもいいブレザー。成長を期待して少し大きめのサイズを買っていたが、そのような誤差では済まないほどのオーバーサイズ感。


 腰に当たる筈のベルトの感触がない。ズボンが脱げかけていた。


「大丈夫ですか!?」


 誰かが僕を抱える。


「あっ……」


 触れられた胸に、膨らみがあった。左胸の脇をグッと押し込まれる。


「どういう状況だ!?」


 どこか威厳のある声が響く。


「判りません。ですが、おそらく召喚の儀式でしょう」

「召喚の、儀式?」


 オウム返しのように問い掛けるが、返事は来なかった。


「――何故だ?」

「判りません。……もし、大丈夫ですか? 周りも見えていますか? 意識ははっきりしてきますか?」


 すぐ耳元で声が聞こえる。青みがかった鎧を着た男性が、片膝をついて僕を見下ろしている。疑問を呈したのは彼、だろうか。


「大、丈夫……」


 声が高い。自分の声ではないようだった。しかし、確かに自分の口から発せられている。


 徐々にピントが合っていく。鎧の男性越しに、信じられないような光景が広がっていた。心臓が縮んでしまうかのような衝撃。


 大理石の艶のある床の上を、赤い液体が流れていく。徐々に赤色が面積を増やしていく。その中心に、陥没が目立つ頭部が沈んでいる。


「司祭様、大丈夫ですか? 司祭様!」


 縋るように、女性が身体を揺すっている。しかし、その身体は動く気配を見せない。当然だ。頭が潰れている。


 頭が……、あんなにも……。


「おえっ」


 僕はそして、気を失った。


 ***


「魔王の種子が?」

「おそらく。左胸の脇。かつての魔王が、紋章を現していた個所に違和感が」

「そうか。報告ご苦労。……目が覚めたようだ」


 そのような会話が聞こえてきて、僕は目を僅かに開けた。何の話をしているのだろうか、という好奇心は、今のところまだ、持てていない。


 一時の間忘れていた光景が、脳裏に蘇る。吐き出しそうな気持ちになって身を起こそうとすると、鎧を着た男性が優しく制した。


「もう少し横になっていたほうが良い」


 その言葉に頷いて、僕は枕に頭を預けた。


 清潔感のある白い天井。身を包む白い掛け布団は胸までを覆い、その上に載る腕を、話していたもう一人の男性が取っている。脈を確認しているのだろうか。ブレザーはおろか、シャツや肌着すらも身に着けていなかった。


「ん? あぁ、申し訳ないが服は脱がさせてもらった。今、着替えを用意させている」


 掛け布団の盛り上がりを見て、僕は少し、状況を察した。


「身体が……」

「やはり、何か変化が?」

「やはり?」


 問い返すと、困ったように眉が下がった。


「そうだな……、落ち着いて聞いてもらえるとありがたいのだが、その覚悟はおありか?」

「もう、今更、我を忘れる余裕もありません」


 これは正直な気持ちで、もはや自分の意志でどうにもし難い状況なのは実感しているところだった。諦めと言ってもいい。そして。


 次の被害者は自分になる可能性。


 漠然とそのような考えが脳裏を過ってしまい、けれど、逃げ出したところで此処がどこかも判らない。感情に任せて暴れたりしたら、それこそ……。


 視界がぼやけてきた。


「とてもそうには見えないが……、しかし、話さなければ事態は先へと進まないだろう。こちらも少し、整理したい。順を追って説明しよう」


 そうして、鎧の男性は自己紹介を始めた。


 彼の名前はギルファード。この世界を統べる王国の規律を守る番人、騎士団の団長をしているという。


 今からそう時間も経っていない頃、この神殿にて、異常な魔力の奔流が確認された。報告を受けたギルファードは、休暇中ながら家が近いということもあり、先行して様子を見にやってくる。


 神殿に到着をすると、建物を落雷が襲った。被害はなさそうだが、これは異常だ。責任者はどこだ。管理者である司祭を探すが見当たらない。


 この部屋に入っていくのを見た。関係者の言葉で部屋に向かうが、どうやら鍵がかかっていたようで、押しても引いても扉は開くことがなかった。


 体当たりをしてこじ開ける。すると――。


「君が立っていて、司祭と思われる男性が倒れていた」

「思われる?」

「顔を……変えられている可能性が現れたからね」


 それはどういう意味なのか。それが判らないほど、僕は鈍感ではないつもりだ。


 ゆっくりと、自分の顔に触れる。髪を持ち上げて目線に運ぶ。その色はゴールデンレトリバーのような、濃いブロンドだろうか。それがしっかりと、自分の頭から生えている。


 見覚えのある黒髪は、鏡でなくては見えなかったのに。


「そう。君の存在だ。召喚の儀式は、異なる世界から呼び寄せた者に強い力を授けるものだ。かつてはそうして勇者を召喚し、魔王を打倒したのだが……。君は、とてもじゃないが強い力を持っているようには見えない。どうだろう」

「強い力?」

「筋力が増したような、その力を自在にコントロール出来るような。身体から溢れるエネルギーを自在にコントロール出来るような」


 少し目を瞑って、意識を集中してみる。結果は落胆。少し深呼吸をして、首を振った。


「その力を利用して、見た目の変化を起こすように細工をしたのかもしれない」

「司祭様がそのようなことをされたと、あなたは言うつもりですか?」


 会話を見守っていた男性が割って入る。あの時、僕の傍にいた人物だろうか。耳に届く声に聞き覚えがある。


「状況的にはそうとしか考えられないが……。しかし、司祭がそのようなことを成す人物だとは、私としても考えられない」


 彼には面識があったようで、どのような人物だったのかを少し語ってくれた。


 曰く、使命感を持った人物。魔王によって衰退した世界に救いをもたらそうと、慈善活動に勤しんでいたそうだ。


 行場を失った者のコミュニティに慰問へ向かい、炊き出しのようなものをするときもあった。日々不安を感じる者がいれば相談に乗り、神殿も開放して人々を招き入れたという。


「ええ、ギルファード様のおっしゃる通りの人物です。そのような人が……」

「魔王の種子とは繋がらない、か」

「あの、それはなんなんですか?」

「そうか、異なる世界から呼ばれた者なのだから、知るはずがないことか」


 そうして、再びギルファードは語る。


 魔王の種子とは、死にゆく魔王が残した意志と力の塊である。いつか復活を目指す魔王が、依代となるものに植え付けるため、部下に残したものらしいのだが……。


「勇者は魔王との戦いで負った傷が原因で、帰還して直ぐに亡くなってしまった。そのために、どのようなものが魔王の種子を託されたのかが判らないのだ」


 存在するのは確かだが、確認されることのなかったもの。それが……。


(僕のなかに、ある?)


 背筋が凍えた。けれどなんだか少し、左目が熱くなった。


「君には申し訳ないが、私達に説明できるのはここまでだ。そして、これだけは一つ、言っておかなければみならない」


 僕は息を呑んで言葉の続きを待つ。


「君の姿は、この国の姫君と全く同じものをしている。だから、少し窮屈な思いをさせるかもしれない」


 何者かの悪意が、見え透いたようだった。


 ***


 しばらくして部屋に女性が入ってきた。


 見覚えのない人物であったから、あの場にいた者ではないのだろう。ギルファードが親しげに話しているのを見ると、神殿の関係者というより、騎士団の関係者であるのかもしれない。


 男性二人が部屋から出ていき、僕と女性だけが残された。その表情は少し、戸惑っているように見える。


「えっと、ですね。簡単な服と、日除け用のローブを持ってきました。私のものなので、少しサイズが大きいかな? すみません、私、非番で。家から持ってきたものなのです。身体は、動かせますか?」


 頷いて、横になっていたベッドから起き上がる。姫君と全く同じ姿。そう聞いてしまったせいか、自分の体から自然と目を背けてしまう。


「騎士団って、女性が少ないんですよね。女性を好んで襲う魔物もいるから、余計に刺激することになるって。それでも騎士団に所属しているんですよ? ふふっ、実力には自信があります。あ、フードはしっかり被ってくださいね」


 凄い、ずっと喋っている。


 そのことに感心しながら、僅かに頷いてリアクションを返しつつ、受け取った服を身に着ける。戸惑いを感じる白いワンピース。フードの付いた黒いローブ。


「あの、下着とかは……?」

「……あら? あ、すみません! その、詳しい状況を知らず、命令に従っただけでしたので。それに裸足で……、申し訳ありません」

「あ、いえ、だ、大丈夫です。それに、靴なら……」


 ベッドの足の傍らに、見慣れたスニーカーが見えた。靴ひもをしっかり結べば大丈夫だろう。


 少し気まずくなってしまったが、ここでじっとしているわけには行かないらしい。彼女――マリーメルの案内で部屋を出て、別の部屋で移動する。


 そこには、見覚えのある顔が並んでいた。


 騎士団団長であるギルファードと、そして先ほどまで一緒にいた男性。遺体に縋っていた女性と、遺体を挟んで向かい合っていた男性。


 最後の男性は遺体の状況を確認してきたように思えた。医者かなにかなのだろうか。


「到着早々で悪いが、君に聞きたい」ギルファードの視線が僕を向く。「あの場にいたのは、この三人だね?」


 質問の意図がよく判らないが、そうであった記憶があるので頷いておく。


「それでは、それぞれ一人づつ話を聞くことにしましょう。君も一緒に聞いてくれ。もしかしたら、君は司祭が殺害された瞬間をみているかもしれない。彼らの話が記憶を刺激し、思い起こさせてくれることを期待したいんだ」

「それなら、私も同席させください。彼女も心細いと思いますし、同じ女性が居たほうが安心されるかと」


 同じ、女性?


「……良いだろう」


 訂正しなければ。そう思いながらも、僕は状況に流されるままだった。


 ***


 聴取の場となった応接室で、一人ずつ話を聞いていく。最初に部屋に入ってきたのは司祭と思われる遺体に縋っていた女性だった。


「あなたは、この神殿でどんな仕事を?」ギルファードの問い掛け。

「司祭様の秘書のようなことを」

「なぜ現場に足を踏み入れたのですか? あの場に入ったのは、私を除いて三人だけ。何か意図が?」

「心配になっただけです。最近の司祭様は、その、少し仕事に熱心であったので」


 これは言っていいことなのかどうか。その判断が自分でも着いていないのか、不安そうに視線を彷徨わせている。


 壁際に並んだ椅子に座る僕も、同じなのだろうか。話を聞いて、何をすればいいのか。記憶を思い起こすとは、どうすればいいのか。よく判らなかった。


「熱心とは?」

「その、各地の領主の使者と頻繁に面会しており、その内容は秘密のものとなっていたので……」

「それが何かしらのトラブルに発展した可能性があると?」

「いえ、そこまでは……」


 話はそこまでとなり、次の人物が入れ替わりで入室する。


「あなたは、この神殿でどんな仕事を?」

「常駐する医師の一人です。司祭様の主治医をしておりました」


 くぐもってしまうくらいのマスク、のようなものをしていた。顔の形に沿ったお椀のような形をしていたために、確証はできない。


 自分の口元を指さして隣を見る。


「悪いものが入らないように、という意味でのマスクなのですが、医師としての素性を分かりやすくするための正装ですね。食事や入浴、人によっては睡眠の際にも外しません」


 この世界の感染症対策、というものなのだろうか。


「遺体の確認も、あなたがしたとの話ですが」

「はい。先ほど司祭様との確認が取れました。やはり、殺害されたのは司祭様で間違いありません」

「なぜ、あの場にやってきたのでしょう?」

「最近の司祭様は体調を崩しがちで、あのような大掛かりの儀式は身体の負担になると、心配になって。弱った身体に悲観的になり、あのような大胆な手に走ったのではないでしょうか」


 大掛かりの儀式。弱った身体。あれは、自身の命を引き換えにするようなものだったのだろうか。そうまでして呼び込まれた意味が、僕にはあるのだろうか。 


 ――次の人物が呼ばれる。


「あなたは、この神殿でどんな仕事を?」

「騎士団との橋渡し役ですね。神殿というのは魔法を行使する特別な場所。騎士団はその役目も持つ。しかし過度な干渉はトラブルの元。そこで何かあった際には、直ぐに騎士団へ通達できるように、と」


 あの時、僕の傍にいた人物であり、再び目が覚めた時にギルファードと話していた人物だ。隣に座るマリーメルが、にこやかに手を振っている。


「し、知り合い、なんですか?」勇気を出した質問。

「はい。彼も言っている通り、橋渡し役なんですよー。なので、偶に会っては近況を報告したり、ですかね」


 話しかけた緊張からか、なかなか目を見て話ができない。心臓が激しく音を立てる。彼女の悪戯っぽい表情は、そんな僕の内面を感じ取ってのことなのだろうか。


「なるほど。司祭になにか、不審な様子は見られませんでしたか?」

「そうですね……、ここ最近、身寄りのない女性を神殿に連れ込むことが多かったようですね」

「それはどういった意図で?」

「さぁ、そこまでは。けれど、司祭様は使命感に駆られているようでした。きっと、何か重要なことをなさっていたのでしょう」


 まだ心臓が高鳴っている。けれど、一度話しかけられたんだ。今なら、話せる。訂正できる。


 瞳に涙を滲ませながら、隣に座る彼女を見て、震える声を吐き出した。


「僕、男なんです」

「……うん?」


 ***


 現場を確認するというギルファードと別れ、僕はマリーメルと共にベッドのある部屋へ戻ってきた。


「そういうことでしたか」


 召喚された際の経緯、その時の感情を説明すると、なんだか胸がスッとしたような気がする。自分の情けなさを、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。


 にこやかに言葉を操るこの人ならば、話してみてもいいかもしれない。そう思えたし、自分のなかで積み重なっていく不安を、もう直視することができなくなってきた。


 ベッドに腰掛けた僕は、膝をじっと見下ろしながら言葉を紡いでいく。


「あの、僕はこの後、どうなるのでしょうか。姫君、と同じ姿で大丈夫なのですか? それに、召喚された事自体が問題なら……」


 必要のない僕は、どうなってしまうのだろう。


「そう、そうですね。そうか。やっぱり不安ですよね」


 隣に腰を落とした彼女が、僕の身体を抱き寄せる。


「大丈夫です。私達は、誰も傷付かない世界を目指して、魔王と戦いました。結果的に私達では魔王は倒せなかったわけですが、それでも、人を守るために尽力したんです。護ることこそが騎士団の本懐。その騎士団がいる限り、大丈夫なんです」


 穏やかな心地で、僕の頭に彼女の触れる。子供をあやすような手つきが、なんだか心に染みてくるようだった。


 中学に入ってからは、こうやって人と接する機会が大きく減っていったように思う。恥ずかしく思い、自ら遠ざけていない部分もあっただろう。


 人とのコミュニケーションを求めながらも、遠ざけていたのは、僕の方だったのかもしれない。


「あなたがどのような存在になったとしても、この地に呼び寄せてしまったのは私たちの責任。それをしっかりと果たさせてください。何も心配は要りません。だから、笑ってください。せっかく姫様と同じ顔になってしまったんですから。その顔は、笑顔がとても似合うんですよ」

「それについては同意だが、そんな安請け合いをしていいのか?」


 扉が開き、誰かが部屋に入ってきた。


「あれ? あの団長さんと現場に向かったのでは?」

「適当に理由をでっち上げて抜けて来た。彼女――というか彼、なのかな? 少し不安の蓄積が見過ごせないような気がしてね。茶番もここまでか、と思ったわけだよ」

「あらら。それはそれは。それなら私、良いところを奪ってしまいました?」

「そうかもね」


 そうやって笑い合う二人の会話が、僕にはよく判らない。部屋に入ってきた人物は、騎士団との橋渡し役をしていると言った男性だ。マリーメルとは知り合いらしいから、慣れた態度で会話をするのは、おかしくはない。


 けれど、茶番とは一体?


「すべてを明らかにする前に、君に一つだけ訊いておきたいことがある」

「は、い」

「死体を見て、左目に熱を持ったりしたかい?」

「いえ、していません」

「だろうね。だったら吐いたりしないで目を押さえる。あ、そうだ。あの時着ていた君の服、洗濯に出しているから心配しなくていいよ。日本、って言ったかな。かつての勇者もそこが出身と言っていたねぇ。縁のある世界なのだろう。いやー、質のいい生地だったなぁ。俺が欲しいくらいだ」


 知りたいのはそのことではない、と言えるだけの度胸は、まだなさそうだった。


「改めて、自己紹介をしよう。そう言えば、あいつは名を聞かなかったなぁ。詰めが甘い甘い。まぁ、それもまた茶番の一つ。では、よく聞くといい。俺はリングドーン王国第二王子にして、ニアリング騎士団団長――ギルファードだ」


 ***


「俺が騎士団長なら、あいつはいったい何なんだ。って顔をしているね」


 部屋を出て、僕は彼の後に付いて歩いていた。隣で朗らかに笑うマリーメルと共に。


「王子って立場もあるし、なんていうかな。俺の見た目、線が細くて頼りないって印象を与えてしまうらしい。だから影武者を立てているんだ。俺、なんて一人称が似合わない見た目だろ? まぁ、カッコつけだと思ってくれていい」


 現場へ向かうと言っていたが、歩みが遅いのは僕の歩調に合わせてくれているからだろう。頭の中に浮かぶ自分の動きと、実際の動きの違いにまだ上手く対応できていない。


 けれど、それがもどかしいとは、あまり感じなかった。


 自分の中の感情を吐き出したからか、心強い傘を手に入れたからだろうか。ゆっくりと進み、ゆっくりと会話を聞き入れる余裕があった。


「よっ、騎士団長! かっこいいー」

「茶化すなよ、マリーメル。姉は物静かだと言うのに」

「姉?」

「いるんですよ、双子の優秀なのが。今は姫様の護衛騎士をしています。護衛騎士って、オンリーワンの称号なんですよねー。羨ましい」


 同じ顔をした人物を守っているのだから、あなたも優秀ですよ。そんな気の利いた言葉を言ってみたい気持ちもあったが、まだまだ言葉を吐き出すのに若干の恥ずかしさが残る。


「話を戻そう。君達はあの団長に付き添って――俺を含めた三人の話を聞いたと思う。俺は個人的に二人から聞いたのだが、それらの情報が真実へと繋がっている」


 まず一つ、と人差し指を立てる。


「あの団長は偽物だ。正しくは、影武者の偽物だな」

「何故、そう言い切れるのですか?」


 そう問い掛けると、立たせた指を僕に向けた。


「君が喋った時、彼は驚いただろ? それもヒントさ。つまり、――声が違う」


 思わずマリーメルに視線を向けた。うんうんと頷いているのは、僕自身の声と、それにあの偽団長の声に違和感を持っていたからだろう。


「魔王の種子は、人の姿を変える力も発現するのだろう。違和感を持って調べさせたら、遠征明けで休暇中の彼の遺体が見つかったよ。影武者とは言え、実力のないものを立たせていたわけではないが……」

「あの人、根が正直でしたからね。不意打ちには弱そうでしたよ」

「任命した俺の責任だ。彼の親御さんには申し訳が立たん」


 しばし神妙な顔を見せると、再び話は元のレールに戻っていく。走り出した電車は、途中下車をせずに目的地へと向かうようだ。


「二つ。今回の事件は、司祭と犯人の思惑が絡み合っていたと言っていい。司祭が身寄りのない女性を連れ込んでいた、というのは俺が言ったことだけど、それは秘書が言っていた領地の使者が関係している。そして魔王の種子。そして、君の存在」


 解るかな? と問い掛けられたので、自分なりに考えて発言をした。


「種子を植え付ける人を探して、いた?」

「うんうん。頭は悪くないようだ」

「失礼ですよ」マリーメルが怒る。

「失敬。妹にはない要素だったから」

「それも失礼です」


 そんなやり取りに思わず笑みがこぼれる。マリーメルの視線が優しい。


「兎も角、司祭は犯人から種子を見せられたのだろう。もしかしたら、その頃から影武者の姿を取っていたのかもしれない」

「それで、連れてこられた人達はどうしたのでしょう」

「それはこれから調べるが、君という存在がいるのなら、魔王の種子を受け入れられる人物は現れなかったのだろう。各地の領主交渉して集めてみたが、上手くいかず。最後の手段として、異世界からの召喚に賭けた」

「どうしてそこまで……」

「植え付けて、導く。魔王という力を持ったものが聖人のような道をゆけば、その力は大きな恵みとなるはずだ。それが叶わなければ、世界はずっと、魔王の種子に翻弄されることになるがな。司祭は、勇者の善性を見ていた。それに賭けたくなったのだろう」


 使命感を持った人。その使命に突き動かされた。もしも犠牲になった人たちがいるのなら――。司祭の心労は計り知れない。ギルファードはそう言った。


「そして犯人は魔王の復活を目論んでいた。女性を選んでいたのは、魔王が女性の姿をしていた所以だろう。左胸の脇にある紋章が、魔王の力の源であり、弱点だったそうだ」


 自然と手がその場所を探る。僅かに盛り上がっているのを感じた。


「君のものはまだ完全に紋章の形をとっていない。直ぐに魔王と化すわけではないのだろう。魔王は人の死を好んでいたから、おそらくトリガーはそれだ」

「だから、死体を見たときに……って」

「そう。でも反応しなかった。理由ははっきりとは答えられないが、その瞬間を見なかったから、と思えば色々と辻褄が合う」


 続きを目で促す。


「君が召喚され、司祭が殺された。魔王の種子が植え付けられる。そこに俺達が駆けつけたとなれば、状況は異なっていただろう」

「確か、密室だと言っていましたっけ」マリーメルが問う。

「そう。そして偽団長だけど、彼は確かに異常を感じて駆けつけていた。だから司祭を殺した犯人ではないが……、と言えば判るだろう?」


 犯人の一味。そう声に出せば、ギルファードは満足そうに頷いた。


「儀式の間の鍵は、回転する閂を落として掛ける物だ。細工をすれば退出する際にでも掛けられる」

「そうして出来た密室に、団長に化けた仲間が駆け付けるわけですね。すると、実行犯もまた、姿を変えていた」

「さぁ、そこで怪しい人物が現れる。司祭が元気いっぱいだとすると、儀式を行ったあとで襲うのは、流石に難しかったのではないか」


 そう言えば、司祭は体調を崩しがちだと――。


「まさか」

「勘付いたか? そう、主治医だよ。死体を確認する役目を負っていたくらいだ、調べられては困るものも出てくるだろう。だから、調べられる地位にいなくてはならなかった」

「うっわ、もしかして毒を仕込んで体調を崩させていたんです?」

「だろうね。主治医だから薬の調剤もするだろう。健康のための栄養剤、という名目でもな。ごく自然に飲ませることもできる」


 その細工に気が付かずに、いや、その細工があったからこそ、司祭は身体が動くうちに儀式に臨んだのだろう。


「今頃は秘書を追い出して、二人で密談をしているのではないかな。都合よく一人減った訳だしね」


 扉が壊れた部屋が見えてくる。たとえ明け放たれているとしても、そこは殺害現場だ。用のない人は当然、訪れない。


「魔王の種子を埋め込んだ人物を、妹そっくりに仕立て入れ替わらせようとしたのだろう。しかし声が違う。それでは上手くいかない」

「なんでそんなことにも気が付かないんですかねー」

「君の立場で、騎士団長と話はするか?」

「あー、なるほど。せいぜい部隊長です。そっか、姫様はスピーチをしたりしますけど、騎士団長はそれほど表に出る人でもない、か」

「だから俺も、影武者なんかを仕立てられるんだよ。その点だけは、功をなしたね。ついでに医師は普段からマスクをしている。くぐもって聞こえて、声が変わったところであまり気にもとめないだろう」


 見張りすらいないのは、仮にも騎士団長の姿をしているからなのだろうか。


「さぁ、共犯者がいないかと泳がせていたが、それも明らかとなった。では、いくか――と行きたいところだが、あいにく俺は肉体労働は好きじゃないんでね」

「突撃でもすれば、印象も変わるんじゃないですか?」


 こんな状況でも軽口を言い合う。なんでそんなに仲がいいんだろう。その疑問が顔に出ていたらしい。


「騎士学校の同期なんだ。気心の知れた奴ってことで……」


 二人の視線が交わり、口の端が吊り上がる。


「マリーメル。やってしまえ」

「お任せあれ、マイプリンス」


 素手のまま、非番だと言っていた通りに鎧も身に着けずに部屋の中へと入っていく。


 大丈夫なのかと不安になって覗こうとすれば、それを遮るように抱きとめられる。肉体労働は得意ではない、線が細いと言われる。とんでもない。その胸板は厚かった。


「君は、人の死を見てはいけない。君が行けば、これ幸いにと奴らは身を投げ出すはずだ。うまく制圧させるために無手で来させたが、果たして……」


 程なくして、マリーメルが戻る。ため息一つついて、首を振った。


 ***


「本当に、そっくりですわねー」


 それから、僕は城を訪れた。ギルファードもマリーメルも鎧を身に着けていて、調度品の並んだ部屋で戯れる双子のような二人を眺めている。


「姫様、彼女も困っていますよ」


 ペタペタと顔を這わせる手を静止させたのは、マリーメルとそっくりな顔。話にあった双子の姉、なのだろう。


「そうは言っても、これ程までに似ているのよ? マリーベル。興味をそそられて、妾はノンストップですわーっ!」

「うぅ」


 そうして顔を触られ続けるけれど、この様なコミュニケーションは僕の辞書にはない。よって、どう止めていいかも判らない。


「それでギルファード様。彼の姿は元に戻せるのですか?」

「魔王の種子が人の姿を変えさせることができるのなら、彼自身がその力を操れるようになるしかないだろうな」


 マリーメルとの会話が聞こえる。つまり、僕はそれまでこのコミュニケーションに耐えなければならないのだろうか。


 元の世界に戻れないのか。そう問いかけるのは、少し憚れる。僕のこの命は既に、誰かの礎によって成り立っているようなものだから。それを投げ出すのは、僕にはどうも出来そうにない。


「それまでは、俺達が護ってやらねばならんだろう。それが司祭の遺言だと思ってな」

「では、私が護衛騎士となりましょうか?」

「あー、まぁ、良いだろう。懐いているし、そうしてやれ」

「やった! へいへい、マリーベルさんや。私も同格ですぜー?」

「その台詞、妹を作ってから言いなさい」

「おかーさーん! 今すぐ子作りをしてー!」


 そんな賑やかな声に包まれながら、僕は思う。


 これはきっと、最後のチャンスだ。世界が変わった。姿が変わった。元いた世界で暮らす家族に対する申し訳なさもある。けれど、ネガティブな評価を下されたまま過ごす三年間では、きっと僕は変われなかった。


「あ、あの!」


 顔から手が離れる。みんなの視線が浴びせられる。身体が硬直するのを感じる。声が震える。けれど、それで良いじゃないか。震えていたっていい。声に出さないよりは、ずっと良い。


「よ、よろしく、お願いします。る、ルカって言います、ありがとうございます!」


 向けられる笑顔に返せるようになりたい。僕はそのための一歩を踏み出した。

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