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7. 己を知る旅路へ

 ──あなたは神を信じますか?


 宗教勧誘の常套句として使われてきた文言で、最早、勧誘中ですら聞かないほど使い古された言葉だ。


 あるいは今では”神への信仰”ではなく”神の実在”を信じるか、を問う言葉に変わったのかもしれない。

 質問の意図が変質したのは、それだけ世界の曇りが晴れたからだろうか。


 かつて地震や雷は神の”怒り”であり、豊作は神の”恵み”であり、人間は神の”子”であった。

「神は存在する」と人々は信じていた。




 神──あるいはそれに準ずる存在──への信仰は時代とともに変遷してきた。


 最初期は太陽や山といった自然への畏怖から始まった。

 山や川、獣には精霊が宿ると考えた。

 このころはまだ体系も教義もなく、”生きる”ことの延長線上に信仰はあった。


 やがて農耕が進み土地に縛られて生活するようになると、精霊は人格を持つ神へと変わった。

 世界は神話というストーリーで説明されるようになる。

 

 社会が国家を形成するまでに成長すると、王権の理由付けとして利用されるようになった。

 王が神の代理、あるいは神そのものだと見なされ、信仰は社会を統制するためのものとなる。


 しかし信仰は、個人の苦悩を解決しなかった。

 戦争、飢餓、災害──死は相変わらず命の隣にいる。

 だから人々は、神に”救い”を求めるようになった。

 神を自然や権力から切り離し、唯一にして絶対的な存在と定め、倫理の規範とした。


 中世になると、信仰はより哲学的に思考されるようになった。

 神とは何で、何故存在するのか。

 信じるとはどういうことか。

 盲目的に信じるのではなく、理解しようとする段階に入った。


 その後、近代に入ると科学の急速な発展により数多の現象が解明されていった。

 これまで神の行いだったものは、学問へと落とし込まれ、宗教的権威は疑われるようになる。

 神は真理ではなくなり、多くの価値観の一つに変わっていく。

 次第に、無神論すら一つの思想として認められるようになった。


 そして現代──宗教が無くなったわけではないが、先進国では若者の宗教離れが加速している。

 飢餓になることはなく医療も発達しており、便利なもので溢れる世の中……神の入る余地は増々減り、必要なくなっているのだろうか。


 しかし人の中から”苦悩”が消え去ったわけではない。

 人間関係に悩み、社会格差に苦しみ、あるいは自己のアイデンティティに迷う。

 飢えて死ぬことはなくとも、人間は今だに四苦八苦して生きている。


 現代においても、依然として人は”生きる意味”を求めている。

 組織としての宗教は弱まる一方、自己の探求、自然信仰、神話の再解釈が再び注目されている。

 信仰は”社会倫理”から離れ、過去の様々な形へ回帰し、個の内へと戻りつつある。


 私が思うに信仰の歴史とは、人間が外(世界)と内(自身)を理解しようと藻掻いた証にほかならない。


 ◆


 ”信仰の変遷”──そうタイトルに書かれたレポートを作り終え、私は息を吐く。


「はぁ、やっと終わった……」


 苦節4時間。

 ”宗教学入門”の課題にかかった時間だ。

 

 今回の課題は「信仰の歴史」をまとめること。

 歴史は図書館で調べながら、自分の言葉で書かなければならない。

 他の生徒と同じような内容では、容赦なく減点されるからだ。


 宗教学入門は必須授業で、提出物の出来が単位に関わるので真面目に取り組んだ。


 時間を見るとバイトの時間が差し迫っている。


「やばっ!」


 急いで本を棚に戻し、図書館を後にした。


 ◆


 私は大学で宗教学科を選んだ。


 特別、何かを信仰しているわけではない。

 家はたぶん仏教系なんだと思う。

 仏壇があったし。


 でも初詣には神社に行くし、クリスマスだって祝う。

 よくある日本の宗教観で生きて来た。


 そんな私が神や宗教に興味を持った理由──それはとある”神”と出会ったからだ。




 当時の私は高校3年生。

 受験間近ということもあり、毎日、塾や市営図書館の自習室に通っていた。

 

 そして忘れもしない、12月25日。

 世間はクリスマスムードで一色の中、私はいつも通り塾で勉学に勤しんでいた。


 中には友達や恋人と遊ぶために休む生徒もいた。

 正直、羨ましくなかったと言えば嘘になる。

 だけど塾に行ったからこそ、彼に出会えたと思えば、全く後悔はない。


 塾の帰り道、大通りはクリスマスということもあり、外はイルミネーションに彩られていた。

 しかし一歩、住宅街に入ると、人の営みの明かりだけになる。

 静けさと少しの寂しさに、やけに寒く感じたことを覚えている。


 ふと、時間を確認するためスマホを取り出し、下を向く。


「もう21時半か……。

 はぁ、早く帰んなきゃ──え……?」


 顔を上げると、目の前に光る球体が浮いていた。

 温かさも冷たさも感じない白。


「な、何!?」


 それは音もなく、大きくなっていく──いや、徐々に近づいて来ていた。

 

 私は驚きのあまり、来た道へと走っていた。


「だ、誰か!?」


 走る。


「誰か!!

 誰か、助けてぇえええ!!!!」


 とにかく走る。

 人生で一番大きな声を出しながら、走る。

 振り返ると、光る球は私を追いかけて来ていた。


 走っていると、おかしなことに気付く。

 どれだけ走っても、大通りもクリスマスのイルミネーションも見えてこない。


 それどころか、周囲の家も明かりが点いていなかった。

 21時半であれば全員が寝ているはずはない。

 電灯の光りと、背後の光源だけが辺りを照らしていた。


「はあ、はあ、はあ……」


 走り疲れた私は覚悟を決め、後ろを振り返る。

 こうなれば自棄だ。

 近づいて来る球に、私は持っていた学生カバンを思いっきり振りかぶった。


「うぉおおおりゃあああああ!!!!」


 渾身のフルスイングは直撃し、光る球は吹っ飛んで……いかなかった。

 その場でフワフワと浮遊し続けていた。

 

 終わった。

 私は死を覚悟し、クリスマスにあやかって必死に祈った。

 

「神仏様!!

 どうかこの哀れな羊を救いたまえぇえええ!!!!」


「あ、あのー……」


「この際、悪魔でもいい!!

 私の魂半分やるから、お前の力半分くれぇえええ!!!!」


「あの、ちょっと……」


「うるせぇえええ!!

 今、祈ってるでしょうがっ!!!!」


 自分でも何を言っているのか分からない。


「あ、ご、ごめんなさい……」


「全く、最近の若いもんはこれだから!!」


 あれ?

 この声、どこから聞こえてるんだ?


「あの……お取込み中だったみたいで……ごめんなさい……」


 耳をすませば、明らかに目の前の球から声が聞こえる。

 可愛らしい子供の声だ。

 

「え、え?

 もしかして、あんたが喋ってる?」


 球を指さして聞くと


「あ、はい。

 私が喋ってます」


「………………」


「あ、あの……?」


「………………」


「も、もしもーし?」


「すぅ──ぎゃぁあああしゃべったぁあああ!!」


 光る球が一瞬、ビクッと震えた。


 ◆


「──あ、あの……落ち着きましたか?」


「はぁ? 全然落ち着けないんだけど!?

 何? あんた何よっ!!」


 恐れを通り越し、最早怒りすら覚えた私は声を荒げた。


「あ、う、その……たぶん”神”というものらしいですぅ……」


「何!! その神が私に何の用!!」


「あ、その、神について訊きたくて……」


「はあ? そんなもん、自分が一番分かってんじゃないの!?」


「いや……それが分からないから、訊こうと思って……」


 やけにおどおどしていて、神の威厳など全く感じられない。

 何だか、次第に可哀想になってきた。


「で? 私を追いかけて来てたのはそういう理由?」


「あ、はい……」


 私は深くため息を吐いた。


「あのねえ……誰だって光る球に追いかけられれば、そりゃ逃げるよ。

 もっと親しみやすい恰好にしてよ……」


「な、なるほど! 神は親しみやすい恰好をするのですね!」


「あ、いや、そういうわけじゃ──」


 否定し切る前に、球状だった光が形を変えていく。

 やがて二十歳くらいの男性へと変貌した。


「こんな感じでどうでしょう?

 親しみやすいでしょうか?」


 とても美形で、それでいて落ち着いた雰囲気を纏っている。

 ただ、声だけ子供なので違和感がある。


 そこで私は思った。

 ──ああ、これは夢だ。

 勉強のし過ぎで、変な夢を見ているんだ。


 ほっぺを抓ってみると痛い。

 痛みが現実だと告げる。

 現実だとすると、私が取るべき行動は──


「い、いいんじゃないでしょうか?」


「良かった!

 知り合いが”彼”しかいないので、ダメだったらどうしようかと……」


 神はほっと胸を撫でおろした。


 反して私は焦っていた。

 球から人になるなんて、神、もしくはそれに類する人ではない何かだ。


 だとしたら、私の態度は不敬だったのでは?

 このままだと私、消されちゃう?

 そんな不安が頭を過ぎった。


「あの、それで、お話してくれますか?」


「……! ももももちろんでございますです!

 何なりとお聞きください!」


「あ、あの、普通で大丈夫ですよ?

 あなたの考えを訊きたいだけなので」


 神は寛大だった……!

 私は赦されたようだ。




 彼の質問はたった一つ。


「あなたにとって、神とはどんな存在ですか?」


「……うーん……」


 改めて問われると、確かに神って何だろう?


 これは偶然か、今日はクリスマス──最初に考えたのは一神教の神について。


 一神教の神は全知全能。

 どんな悪行もまるっと全てお見通しで、罰を与える。

 善行を積み、信仰すれば救ってくれる。

 信賞必罰。

 人間を理性的にしてくれる存在だと思う。


 逆に多神教の神はというと、もうしっちゃかめっちゃか。

 豊穣、太陽、海、空、雷、火、etc……色んな概念を司っているものの……。

 綺麗な人間の女性とヤリたいからって、牛やら白鳥やらに化けたり。

 弟が暴れて、姉が引きこもって、世の中大騒ぎになったり。

 踊り狂う嫁が大地を壊しそうになって、慌てて夫が足下に寝そべって衝撃を和らげたり。

 変なエピソードが多い印象がある。


 しかしそこでふと、思い付いたことがある。


 一神教って神は一柱だけなんだよね?

 理解し合える対等な存在がいないのって、寂しくないのかな?

 神に慈愛の心があるなら、哀しいとか寂しいとかを感じる心もあるんじゃない?

 ──もしかして、一番助けて欲しいのは神自身なんじゃ?


 そういう風に考えると、多神教の方が寂しくないよね。

 全知全能ではなくても、友達がいたり、結婚したり、時には喧嘩したり。

 人間みたいに失敗したり、感情があるからこその営みがあって、だから親しみやすいところがある。

 私はこっちの方が好きかもしれない。

 

 神にとっては、どちらの方が幸せなんだろう。

 

 少し脱線したけど、考えをまとめて回答する。


「私にとって神は、人間よりも遥かに凄くて、色んな事ができる。

 人間なんかじゃ手が届かない存在。

 だけど……人間みたいに泣いたり笑ったり。

 ときに理不尽で、でも情に厚いところもある。

 そんな存在、だったらいいな」


「だったらいい、ですか」

 

「回答になってないかな?」


「いえ、あなたにとっては”そうであって欲しい”存在なのでしょう。

 おかげ様で私は少し、私を知れた気がします。

 ありがとうございます」


 満足してもらえたみたいだ。

 

「ねえ、私も質問していい?

 あなたは何で、自分は”神”だって思ったの?」


「ああ、それは教えてもらったんです!

 この姿の彼に!」


 彼は自分を指さし、そのまま身の上話を始めた。


「私はここではないどこか──虚空で生まれました。

 最初は自我もなく、ただそこに”あった”だけでした。

 どれだけの時間が経ったのか分かりませんが、ある時『自分はなぜ、ここにいるのか』という疑問が湧いたんです。


 そこからはたくさんの疑問が浮かびました。

 『自分は何者なのか』『ここはどこなのか』『自分はなぜ生まれたのか』……。

 しかし問いに対する回答は思い浮かばず、ただただ疑問ばかりが増えていきました。


 それからさらに長い長い時間が経ち、気づけば私は”自分ではない何か”を求めるようになっていました。

 しばらく”自分ではない何か”について考えていると、いつの間にか虚空に扉があったんです。

 ちょうどあんな感じの──」


 そう言って彼は、近くの家の玄関を指した。

 昔から使われている木製の扉が見える。


「それが何かも分からずあたふたしていると、向こうから──『いらっしゃいませ。スキルショップへようこそ』──と招いてくれました。

 さらに『生まれたばかりの神に出会えて、光栄でございます』とも言ってました。

 私はそこで初めて、自分は”神”というものらしいと知ったんです」


 スキルを売っているお店、って”何でも屋”みたいなものかな?

 でも何で神だって分かったんだろう。

 それは”他にも神を見た事がある”からではないか?


 だとすれば目の前の彼は、対等な相手がどこかにいる──孤独ではない──と言える。

 私としてはそうであって欲しい。

 やっぱり神でも、ぼっちはちょっと寂しいだろうから。


「良かったね」


「ええ、自分の正体が分かりましたからね!」


 そういう意味で言ったわけじゃないけど、まあいいか。


「でも新たに『神とは何か』という疑問が生まれたので、今は色々な方のお話を聞いているところです。

 と言っても、あなたが一人目ですが」


「それは光栄だね」


「──他に訊きたいことはありますか?」


 いっぱいあるけど、ありすぎると選べない。

 ──あ、そうだ。


「私、もうすぐ受験なんだけど、志望校に受かるかな?」


「うーん、未来は分からないです……。

 お役に立てず、すみません」


 神にもできないことがある。

 その方が親しみやすいよね。


「そっか。

 なら、自分で頑張んないとね!」


「──他に質問がなければ、私は次の世界へ行きます」


 別の世界とかあるんだ。

 その辺を訊きたくなくはないけど、知ってもどうしようもない。


「大丈夫!」


「では私はこれで……。

 本当にありがとうございました」


 そう言って、彼はまた光の球に戻り、空へと飛んで行った。




 彼の光が見えなくなるとともに、周囲の家に明かりが灯る。

 スマホで時間を確認すると、21時半。

 さっきと変わらない。

 

 神とは何かを問う神。

 彼は最後に、どんな答えを出すんだろう。


「……っと、早く帰らないと」


 帰宅すると、気絶するように眠りに落ちた。

 やけに身体が疲れていたから、やっぱり夢じゃなかったみたい。


 ◆


 この時の出会いが、神や宗教への興味に繋がった。

 人が人生の意味や幸福を求めるように、神もまた、自身の存在意義や生き方について悩んでいる。

 そう思うと、何だか愛着も湧くってもんだ。




 あれ以来、彼には一度も会っていない。

 きっと別の世界で、今も答えを探しているのだろう。


 私も彼と同じように、自分とは何かを勉強中だ。

 いつか彼にまた出会えたら、互いに答え合わせが出来ればいいな。


 彼の旅路に祝福を。

 誰か一人くらい、神の幸福を願ったって罰は当たらないよね。


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