6. 救われたから
陽の光が眩しい午前。
教会の前に、大勢の人が集まっている。
教会関係者、孤児院の子供たち、町民、そして兵士たち。
みんなが一点を見つめていた。
その先には、一人の少年がいる。
「アルト、それじゃあ行ってきます!」
”鏡写しの顔”が、僕に笑いかける。
まだ幼さの残る笑顔の彼は、これから戦場に向かう。
「ゼント……約束、忘れないでね……」
本当は行って欲しくない。
それでも、僕はそう言うしかなかった。
「みんなも、俺が魔王を倒して世界を平和にしてみせるから!
期待しといてくれ!」
「おおー!! 勇者様ー!!」
「ゼント、がんばれー!!」
「魔王なんてぶっ飛ばしてこい!!」
「人類に勝利を!!」
大きな歓声が上がる。
ゼントは右腕を天に掲げた。
手の甲には、神から与えられた勇者の証。
その人差し指にはめられた指輪が、日の光を反射してきらめく。
「俺たちに、勝利と平穏を!!」
そう叫んで身を翻し、その場を離れていく。
僕は、その小さくなっていく背中を──見えなくなるまで見つめていた。
◆
教会に併設された孤児院。
僕とゼントはそこで育った。
決して裕福ではないけれど、笑いの絶えない生活。
神父やシスター、孤児院の子供たちと送る日々は、悪くないものだったと今でも思う。
僕とゼントは瓜二つの双子で、黙っていれば誰もどちらがどちらか判断できなかった。
けれど、喋ればすぐに分かる。
ゼントは明朗快活な性格で、いつも他の子供たちと遊んでいた。
一方の僕はあまり遊ばず、教会の大人たちに文字や算術を教わっていた。
『見た目は同じでも、性格は全然違う』
そう言われた回数は、数えきれない。
そんな僕たち兄弟は、幼い頃に一つの約束を交わした。
『たった二人の家族なんだから、助け合って生きていこう!』
──結局、僕は助けられてばかりだったけど。
◆
ある日、お使いを頼まれた僕が市場に出たときのこと。
僕の不注意で、持っていたお金を掏られてしまった。
「返してください!
それは僕のお金です!」
犯人を追いかけ、腕を掴んで抗議する。
「ああ? これがお前のだって証拠はどこにあんだよ?
金に名前でも書いてるんですかー?」
男がお金の入った袋を、これ見よがしに振って見せる。
「袋の中に、買い物のメモが入っています。
僕はその内容を全部暗唱できます。
本当にあなたの物なら、僕がメモの中身なんて分かるはずありませんよね?」
「ちっ……ガキが生意気いってんじゃねえ!」
男が拳を振り上げ、殴りかかってきた。
咄嗟に腕で頭をかばう。
──殴られる!
「うっ……」
うめき声を上げたのは、男の方だった。
彼は股間を両手で押さえ、悶絶している。
「へへ! 金を盗るやつは、金玉取り上げの刑だ!」
いつの間にか、ゼントがそこにいた。
どうやら男の背後から金的を決めたらしい。
「ほら、逃げるぞ!」
男からお金の袋を取り返し、ゼントは僕の手を引いて駆け出した。
──途中で会った警邏に事情を話すと、のちに男は掏りの常習犯として逮捕された。
◆
12歳のとき、特殊な病に侵された。
全身に黒い痣が浮かび、医者からは「このままでは半年で命を落とす」と告げられた。
治すには特別な花が必要で、その花は凶暴な龍たちの住む山にのみ咲くという。
危険すぎるため採りに行く者はほとんどおらず、とても高価だった。
当然、僕たちでは買えない。
「俺が取りに行ってくる」
ゼントは、固い決意を込めた顔でそう言った。
「ダメ……だよ。
死んじゃうよ……」
「このままアルトが死んだら、俺は一生後悔する。
絶対助けるから!」
そう言い残し、ゼントは町を出て行ってしまった。
それから一日、二日、一週間……と過ぎていき、帰って来ないゼントをみんなが心配した。
僕は──「自分のせいで、ゼントを死なせてしまった」と思い込み、罪悪感に押し潰されそうになっていた。
二週間ほどが経ち、ゼントの生存を諦めかけた頃──
「取って来た!」
ゼントは、あの笑顔のまま帰ってきた。
身体のあちこちに傷を負いながら、その手には花が握られている。
「へへ、なかなかの冒険だったぜ……!」
皆は「どうせ諦めて、別の花でも持ってきたんだろう」と思った。
でも、その花で作った薬を飲むと、僕の身体にあった痣は跡形もなく消えた。
ゼントは、本当にあの花を手に入れて来たのだ。
「ゼント……ありがとう……ありがとう……」
僕はゼントを抱きしめ、感謝と共に涙をこぼした。
「治って良かった……」
ゼントもまた、泣いていた。
しばらくして、子供の一人が当然の疑問を口にした。
「どこで花を手に入れたの?」
「龍がうじゃうじゃいる山だよ!」
どうやら行商の馬車にこっそり乗り込み、山まで行ったらしい。
「……よく生きて帰って来れたね」
「へへ、運良く魔物に襲われなくってさ!」
凄まじい幸運もあったものだ。
「僕のせいで……ゼントが死んじゃったと思ったんだよ?
もう、こういう事はやめてよ?」
僕の言葉に、ゼントは少し困ったような、それでいて安堵したような笑顔を浮かべた。
──その後、ゼントは大人たちにこっぴどく叱られた。
◆
回復した僕は、ゼントに何かお礼がしたいと考えた。
神父やシスターに相談すると「お使いで値切ることができれば、余ったお金を使ってゼントに何か買ってもいい」と言われた。
それから僕は、お使いに行くたびに交渉するようになった。
「──これとセットで買うので、少し安くしてください」
「──まとめて買うので、もう少し安くなりませんか?」
「──今日もお姉さんは綺麗ですね。あ、このトマトください」
さらに、僕が考えたアイデアを店に買ってもらうことにした。
「──あえて少しおつりが返ってくる値段にすると、客に得した気分になってもらえます」
「──一番売りたい商品の値段は、他の商品と比べて真ん中くらいにするといいですよ」
「──店先で実演してみるのはどうでしょう?」
僕のアイデアを採用した店は、次第に売上が伸びていった。
「将来は商人になったらどうだ?」
「何ならうちで働かないか?」
「いやいや、我が商会にぜひ──」
将来、商人になるのも悪くないかも。
その頃の僕は、そう考えていた。
まとまったお金ができた頃、僕たちは誕生日の代わりの日──正確な誕生日は分からないから、教会に拾われた日──に、一緒に市場へ出た。
「ゼント、欲しいものある?
何か買ってあげるよ」
「え……金はどうすんの?」
「実はね、お使いで値切った分をゼントのプレゼント代にしていいって言われたんだ。
それと、店にアイデアを売ったら結構なお金になってさ。
この辺りのお店なら、多分何でも買えるよ?」
「アルト、そんなことしてたのかよ……すっげー!
俺と違って、アルトは頭いいもんな!」
ゼントは目を輝かせ、心から嬉しそうに笑った。
僕は少し誇らしかった。
「えー、どれにしようかなー?」
陽だまりみたいな笑顔で、店先の商品を次々眺めていく。
一通り見て回ったあと、とある店の前で足を止めた。
そこは装飾品を扱う店だった。
指輪や首飾り、耳飾りなどが並んでいる。
ゼントが見つめている先には、一つの指輪があった。
四つ葉のクローバーがあしらわれた、可愛らしいデザインの指輪だ。
「これが欲しいの?」
「えへへ……男が指輪なんて変かな……?」
少し恥ずかしそうに、視線をそらしながら言う。
「そんなことないよ。
おじさん、この指輪いくらですか?」
値段を聞くと、充分手が届く額だった。
「じゃあこれください……はい、ゼント」
そう言って指輪を手渡すと、ゼントは右手の人差し指にそれをはめ、嬉しそうに眺める。
「おおー!
アルト……ありがとな!」
「喜んでもらえて良かったよ」
「俺、一生大事にするから!」
──少しでも恩返しになっていたらいいな。
そんなことを心の中で呟きながら、僕たちは教会への帰路についた。
◆
ある日、孤児院出身のお姉さんが教会を訪れた。
仕事のついでに、顔を見に立ち寄ったらしい。
お姉さんは僕たちを見つけると、ぱっと笑顔を向けてきた。
「あ、双子ちゃんだ~。
私のこと覚えてる?」
正直、あまり記憶にない。
「まあ覚えてないかー。
私が出て行ったときは、君たちまだ3歳くらいだったもんね?」
お姉さんは一人で納得したように頷く。
「君がアルト君で、君がゼント君でしょ?」
順番に指をさしながら名前を呼ぶ。
実際は逆だ。
「あれー?
大人しい子がゼント君じゃなかったっけ?
この世の終わりみたいな眼をしてて、誰も寄せ付けなかった覚えがあるんだけど……」
僕にはそんな時期はなかった。
でも、ゼントが昔、そんな風だった気がする。
今では底抜けに明るいから、すっかり忘れていた。
ゼントは少し恥ずかしそうに、昔のことを肯定した。
「やっぱりそうだよね!
でも、今は元気そうで良かったー。
……あ、先生! お久しぶりです──」
お姉さんは、嵐のように慌ただしく去って行った。
◆
それから数年、僕たちは変わらず仲の良い兄弟だった。
教会の誰も大きな怪我や病気をすることもなく、穏やかな日々が続いていった。
しかし僕たちが14歳になった年、突然戦争が始まった。
相手は魔族──異世界の住人だ。
歴史上、人間と魔族は何度も争ってきた。
そしてその度に、人間の勇者が魔族の王を討ち取り、戦争は終結してきた。
同時に、ほとんどの勇者は帰らぬ人となったという。
けれど、そんな話はずっと遠い世界の出来事で、自分たちには関係ないと思っていた。
どこかの勇者が、いつの間にか戦争を終わらせてくれる。
それまで僕たちは、生き残りさえすればいい──そう考えていた。
しかし、僕たちの住む町にも魔の手は迫っていた。
防衛のため軍隊が配備され、町の大人の男たちは総出で防衛に駆り出された。
僕たちは年齢がギリギリ足りず、徴兵を免れた。
なのに──ゼントは戦いに出ると言い出した。
僕は必死に止めた。
戦っても死ぬだけだ。
一緒に逃げよう。
二人だけなら、しばらくは食べていける。
だから──
どれだけ言葉を尽くしても、ゼントの決意を折ることは出来なかった。
一瞬目を離した隙に、彼は僕の前から姿を消した。
必死で探し回ったが見つからない。
町の人にも軍人にも聞いてみたが、誰も見ていないという。
おそらく、すでに戦場へ向かったのだろう。
僕には戦うだけの勇気も力も無かった。
教会に避難し、ただひたすら祈った。
──どうか、無事に帰ってきますように。
すぐ近くで戦いの音が聞こえ始めた。
怒号、悲鳴、爆発音。
避難してきた人々は怯え、子供たちは泣いていた。
しばらくして、音がふっと消えた。
何事かと思っていると、それは別の喧騒──大歓声に変わる。
みんな困惑した。
戦闘が始まってそれほど経っていない。
一体何があったのか。
恐る恐る外へ出た大人たちが、慌てて戻ってきた。
「お、おい。戦いが……終わってるぞ!」
信じがたい報告だった。
戦闘が始まってから、それほど時間は経っていない。
一体、何が起きたというのか。
外へ出ると、兵士たちが興奮した声で叫んでいた。
「勇者様だ!! 勇者様が現れたぞ!!」
「勇者様が魔族を瞬殺したんだ!!」
「我々は勝ったんだ!!」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な考えが頭をよぎる。
まさか……そんなはず……。
人々の流れに押されるように、僕は城壁に登った。
そこから見えたのは、無数の魔族の死体と、兵たちに胴上げされて笑う一人の少年の姿。
その顔は、僕と瓜二つだった。
人々は歓喜に打ち震え、叫び、泣き、ひたすらに勇者の誕生を歓迎していた。
「あ……あぁ……そんな…………」
周囲の熱狂とは裏腹に、僕は足から力が抜け、その場にへたり込んだ。
この日、ゼントは勇者になった──
◆
「アルト、俺勇者になっちゃった!」
右手の甲に現れた紋章を見せつけながら、ゼントはあどけない顔で言った。
僕は俯いたまま、絞り出すように問いかける。
「ゼント……これからも戦うの……?」
「おう!
勇者として人類を救ってやるぜ!」
「……逃げようよ……僕と一緒に。
14の子供が逃げたって、誰も怒らないよ……
だからさ──」
顔を上げると、ゼントは悲しそうな笑顔を浮かべていた。
「ごめん……。
俺が戦わないと、人間側は負けるから……。
だから、ごめん……」
「どうして、そんな風に言い切れるの?
他にも、魔王を倒せる人だって探せば──」
「勇者だから、かな……。
分かるんだよ。
俺じゃなきゃダメだって……」
勇者だから──そう言われても、すぐには信じられなかった。
信じたくなかった。
「アルトも、教会のみんなも、町のみんなも、世界中の人たちも。
俺が……守って見せるから!」
そう言い残し、ゼントは走り去っていった。
その背中は大きく見えたけれど、その肩は震えているようにも見えた。
◆
やがて勇者の誕生は世界中に伝播し、いがみ合っていた国々も、人類の危機を前に手を取り合った。
その中心に据えられたのは、もちろんゼントだ。
ゼントが勇者になってから数日後、彼は王都へ行くことになった。
町にいる間も、軍の偉い人たちと話す時間が多く、僕たち兄弟がゆっくり会話できる時間はほとんど残されていなかった。
旅立ちの前、最後に少しだけ、二人きりで話す時間をもらえた。
教会の中。
向かい合う僕たちの間には、気まずい沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、僕の方だった。
「……一つだけ、約束して。
必ず無事に帰って来るって」
過去の勇者のほとんどが、魔王との戦いで死んだ。
それでも、ごく一部は生きて帰ってきたという。
僕は、その小さな可能性に縋るしかなかった。
「ああ、約束だ!」
ニカッと笑ったゼントの顔を、僕は瞼の裏に焼き付ける。
僕たちは強く抱きしめ合い、それ以上言葉を交わすことはなかった。
──そして、教会の扉が開かれた。
◆
ゼントが旅立って数週間後、僕のもとに王様の使者が来た。
「勇者様からのご要望により、アルト殿を王都にて保護させていただきたい」
『俺が後ろを気にせず進めるように、アルトを守ってください』──ゼントが王様に直訴したらしい。
やっぱり、僕は助けられてばかりだ。
教会のみんな、よくしてくれた店の人たちに挨拶をし、たくさんの兵士に囲まれながら、僕は王都へ向かった。
王都に着いた僕は、王城へ招かれた。
王様に挨拶するのは酷く緊張して、どんな話をしたかほとんど覚えていない。
その後、僕はとある公爵家に客人として預けられることになった。
「自分の家だと思ってくれて構わんからな」
「分からないことは、使用人を頼ってね」
「あなたいくつかしら?
──14歳なら弟ですわね!
わたくしのことは姉と思いなさいな」
公爵家の人たちは、僕を温かく迎え入れてくれた。
それは当然、僕が勇者の兄弟だからだ。
ゼントが用意してくれた、安全な場所。
だからといって、そこに甘えるだけなのは嫌だった。
「書庫を使いたい?
……まあ構わんが、読み物として面白いものは無いと思うがね?」
僕は、ゼントが戻ってきたときに胸を張れるようになりたくて、勉強にのめり込んだ。
同時に、テーブルマナーをはじめとする貴族的な作法も教わることになった。
昔から覚えは良い方だったので、一度教わったことはすぐに身についた。
教育係の執事は、こっそりとこんなことを言ってくれた。
「教えれば教えるだけ吸収なさるので、こちらとしてもとても楽しいですよ。
……提案ですが、もっと本格的に貴族教育を受ける気はありませんか?」
僕は、二つ返事で頷いた。
◆
しばらくすると、ゼントの活躍が次々と報じられるようになった。
『魔族に奪われた村を勇者が奪還!!』
『勇者、魔王軍幹部“制限のベーネ”を討ち取る!!』
『勇者の活躍により、人類連合軍優勢!!』
公爵家の人々も、それを誇らしげに話題にした。
「さすがは勇者様だ」
「誇らしいことですね」
「わたくしの弟の兄弟ということは、わたくしの兄弟ということ。
わたくしも誇らしいですわー!
……ところで、どちらが兄で弟なのかしら?」
僕も、とても誇らしく思った。
同時に、不安も募っていった。
怪我はしていないだろうか。
周りとうまくやれているだろうか。
ちゃんとした食事は取れているだろうか。
僕は毎日、ゼントの無事を祈った。
◆
ゼントが破竹の勢いで戦果を挙げていく一方で、僕もまた多くのことを学んでいった。
礼儀作法。歴史。地理。法律。
社交・外交術や政務運営、芸術に至るまで、多岐にわたる分野を叩き込まれた。
──残念ながら、魔法の才能はなかったけれど。
その中でも、特に経済学は面白かった。
机上だけでなく、実際の市場がどう動いているのか自分の目で見てみたいと思い、王都内の市場調査の許可を願い出た。
だが、その願いは通らなかった。
「アルト殿の身に万が一のことがあっては困る。
必要な物は何でも調達しよう。
商売のことが知りたいなら、商人を屋敷に呼べばよい。
だから、屋敷の外に出るのは我慢してもらえるだろうか」
保護されている立場で、これ以上我儘を言うつもりはなかった。
僕は、屋敷に商人を呼んでもらうことで妥協した。
それにしても、この屋敷の警備は異様なほど厳重だった。
王都はそこまで治安の悪い場所ではないはずだ。
公爵家であり、勇者の兄弟である僕が住んでいるからだとしても──屋敷の外だけで、常時百人以上の兵が警護しているのは、さすがに過剰な気がした。
◆
勇者の誕生から季節が一巡する頃。
ゼントの快進撃はとどまるところを知らず、歴史上最速の魔王討伐が目前と囁かれ始めた。
『人類連合軍、魔界目前まで戦線を押す。戦争終結は間近か?』
魔界には、きっと魔王がいる。
魔王を討てば戦争は終わる。
これまでの歴史が、そう証明していた。
──けれど、勇者が無事で済んだことはほとんどない。
その事実が頭を離れなかった。
僕は何も手につかず、ただ祈り続ける日々を送った。
そして──その日が来る。
「号外!! 号外!!
遂に勇者様が魔王を討ち取ったぞ!!」
世界中を歓声が駆け巡った。
「ありがとう! 勇者様ー!!」
「俺、この戦争が終わったら結婚するって決めてたんだ!」
「勇者様、万歳!!」
人々が喜びに沸くその裏で、僕は王様に呼び出され、教会へと向かっていた。
王様と、自らを枢機卿と名乗る男に連れられ、荘厳でどこか冷たい一室に通される。
普段は、ごく一部の者しか入ることが許されない場所らしい。
そこには、人一人が収まるほどの箱が横たえられていた。
「アルト殿……落ち着いて聞いてほしい。
勇者殿は……魔王との闘いで命を落としてしまった」
箱の蓋が、静かにずらされる。
中には、かつて僕に“似ていた”顔の少年が眠っていた。
その身体には、激しい戦いを物語る傷跡がいくつも刻まれている。
顔から脇腹にかけて、左半身は削り取られたように無くなっていた。
「あ……あぁ…………」
違う。
きっと、僕たちに似た誰かの遺体だ。
そうであってほしい。
そうでなければ困る。
──しかし、その右手には勇者の紋章が刻まれており、
人差し指には、四つ葉のクローバーの意匠が施された指輪がはめられていた。
僕は王様に詰め寄り、その衣を掴んだ。
「そうだ……影武者なんですよね……?
僕たちに似た……他人なんですよねっ!?」
王様の顔は涙に滲んでよく見えなかったが、ゆっくりと首を横に振ったのだけは分かった。
「……嘘だ。
だって約束したんだ……!
無事に帰って来るって……!
笑って……約束したんだ…………」
今度は枢機卿を見据える。
「僕は……毎日……ゼントの無事を祈っていたのに……。
神がいるなら……どうして……助けてくれなかったんですか…………?」
力が抜けて、膝から崩れ落ちた。
王様と枢機卿は部屋を後にし、そこには僕と、”ゼント”だけが残された。
僕は遺体に縋るように抱きついた。
「こんなに……傷だらけになって……。
痛かったよね……。
苦しかったよね……。
なのに……僕は……何もしてあげられなかった……。
ごめん……ごめんね…………」
謝ることしかできなかった。
どれだけ泣いたのか、自分でも分からない。
──外から聞こえてくる歓声が、酷く耳障りに感じられた。
◆
「先ほどは……申し訳ございませんでした。
如何様にも処罰してください……」
部屋の外で待っていた二人に、先ほどの無礼を謝罪する。
「よい……ここでは何もなかった。
枢機卿も、それでよいな?」
枢機卿も黙って頷いた。
「アルト殿、一つお願いがある」
王様は、罪悪感と迷いに満ちた表情を浮かべながら口を開いた。
「一度だけでいい……。
ゼント殿を演じてもらえないだろうか?」
「それは……どういう意味でしょうか?」
僕には、王様の意図が理解できなかった。
「魔族との戦争は終わり、人類は平和を取り戻した。
だが“平和”とは、“次の戦争”の準備期間に過ぎぬ。
次の戦争がいつ始まるかなど、誰にも分からぬ。
余はこの国の王として、それを一秒でも遅らせたい。
そのためには、“争いたくない”と思わせる象徴が必要だ。
そしてそれほどの象徴は、今の平和を築いた勇者をおいて他にいない。
……貴殿が辛い状況にある中で、こんなお願いをする恥知らずな余を、どうか許してほしい。
だが、どうかこの平和を守るために、力を貸してはもらえぬだろうか──」
そう言って、王様は深々と頭を下げた。
枢機卿も、それに倣う。
「……分かりました。
僕も、ゼントが命を賭して築いた平和を……壊されたくはありませんから……」
溢れる涙の下で、僕は大きく笑って見せた。
──きっとゼントだったら、あの笑顔で応えるだろうから。
◆
ゼントの死は、ごく一部の者しか知らされなかった。
知る者には厳しい口止めがなされ、その事実は闇に葬られた。
王様の望みは、「戦勝式典でゼントとして人前に立ち、平和の継続を訴えること」
式典には、他国の王や貴族たちも招かれる。
僕はその場限り、一度だけ勇者を演じなければならない。
鏡の前で、僕はゼントの口調・表情・仕草を徹底的に真似た。
右手の甲には、精巧に彫られた勇者の紋章。
人差し指には、あの日プレゼントした指輪。
鏡に映る姿は、どう見てもゼントだった。
けれど、ゼントからアルトに戻るたび、自然と涙が溢れる。
鏡の中にはゼントがいるのに、もう話すことも触れることも出来ない。
その事実が、どうしようもなく悲しかった。
そんな日々を繰り返すうちに、戦勝式典の前日が訪れた。
最後の練習を終えたあと、寝る前に鏡の前に立つ。
鏡の中では、泣きながら笑っている自分がいた。
涙はアルトのもので、笑顔はゼントのものだった。
鏡に向かって、僕はそっと語りかける。
「僕はまだ……君に何も返せてないのに……。
ゼント……もう一度だけでいい……君に会いたいよ……」
その言葉に呼応するように、鏡面が水面のように揺らぎ始めた。
「え……何、これ……扉?」
揺らめく鏡面はやがて形を変え、そこには重厚な扉が現れた。
触れると、確かな硬さと冷たさが伝わってくる。
『スキルショップ ~不要なスキル、買い取ります。必要なスキル、お売りします~』
扉には、そう刻まれていた。
スキルを売り買いする──。
意味は分からない。
明らかに怪しい扉だ。
それでも、僕の手は自然とノブを回していた。
◆
中は木造の小さな店だった。
古い樹の香りが、ほのかに鼻をくすぐる。
隅には植木鉢が一つ置かれているが、土が盛られているだけで何も植わっていないように見える。
奥にはカウンターが一つあり、その向こうに一人の男が立っていた。
二十代ほどに見える青年。
整った顔立ちで、穏やかな笑みを浮かべている。
けれど、その瞳の奥には、どこか寂しさが滲んでいた。
「いらっしゃいませ。
スキルショップへようこそ」
自室の鏡が扉に変わり、その先には店。
僕は、自分が夢を見ているのだと思った。
「ここは……?」
「ここはスキルショップ。
《スキル》の売買を行っております」
「スキル……?」
「例えば、遠くのものを引き寄せたり──」
男が植木鉢に向かって手をかざすと、それは一瞬で彼の腕の中へと移動した。
「例えば、一瞬で植物を芽吹かせたり──」
男が植木鉢を撫でると、枯れた土から一輪の花が勢いよく伸びる。
「例えば、花を別の生き物に変えたり──」
男が花に指を滑らせると、それは一瞬で猫の姿へと変貌した。
「このような摩訶不思議な力を、当店では《スキル》と総称しております」
ああ、やっぱり夢だ。
そうでなければ説明がつかない。
「……故人と会うことは、出来ますか?」
夢なら、もしかしたらゼントにだって会えるかもしれない。
「ええ。
ただし、“故人と会うスキル”そのものをお売りすることは出来ません。
代わりに、故人と会える“場所”を提供するという形になります」
場所でも何でもいい。
会えるのなら、それでいい。
「じゃあ、それでお願いします。
その場所に行かせてください」
「承知いたしました。
その前に、当店の仕組みをご説明いたします」
男は淡々と続ける。
「当店では、スキルの売買が可能です。
お客様がお持ちのスキルを“売却”される場合、その価値に応じた金銭をお支払いします。
一方、スキルを“購入”される場合──その価値に見合うだけの“魂の寿命”を頂戴いたします」
魂を対価に取るなんて、悪魔のようだ。
「ただしご安心を。
最低でも一日は必ず生きられるよう、取引は調整されております。
スキルの購入直後に命が尽きるようなことは決してありません。
なお、スキルの購入は人生で一度きり。
売却は、何度でも可能です。
ここまでで、何かご質問は?」
首を横に振る。
「また、今回のご要望は“故人に会いたい”とのことですが、場所の提供もスキルの購入と同等の扱いとなります。
そして故人と会えるのは、一時間のみ。
途中で中断することはできません。
……何かご不明な点は?」
一時間だけでもいい。
たとえ、夢が覚めてしまう前のひとときだとしても。
ゼントに会いたい。
「質問はありません。
僕の兄弟──ゼントに会わせてください」
「承知いたしました。
では、こちらへどうぞ」
男に案内されて奥へ進むと、そこには美しい庭が広がっていた。
色とりどりの花が咲き乱れ、その中心には一本の大きな樹。
薄桃色の花が枝いっぱいに咲き、ひらひらと花びらが舞い落ちている。
美しく、どこか物悲しい光景だった。
「こちらをどうぞ」
男は、小さな砂時計を手渡してくる。
「会いたい方を思い浮かべながら、これを逆さまにしてください。
そうすれば、その方がこの庭に現れます。
一度砂が落ち始めれば、止めることはできません。
きっかり一時間。
どんな言葉を交わすのか、よくお考えになることをオススメします。
それでは──良き別れを」
男はそれだけ言うと、庭を去っていった。
残された僕は、ゼントの笑顔を強く思い描き、迷いなく砂時計を逆さまにした。
すると、どこからともなく光が集まり、人の形を成していく。
「ここは……?
あれ、アルト……?」
「あぁ……ゼント……」
僕と瓜二つの顔。
たった一人の家族。
「なあアルト……ここ、どこだ?
それに俺は、たしか死んだはずじゃ──」
「夢なのに、現実を突きつけないでよ」
思わず、少し怒った声が出る。
夢であっても、ゼントに「死んだ」なんて言ってほしくなかった。
「夢……?」
ゼントは僕に近づくと、突然僕の頬をつねった。
「ひ、ひたひよ……」
「痛いんだったら夢じゃなくね?」
そんなはずは……。
でも、頬の痛みははっきりとある。
もしかして──これは、本当に現実なのか。
僕は反射的に、ゼントを抱きしめていた。
しっかりと腕の中にいる。
ぬくもりも、匂いも、全部昔のままだ。
「お、おお。どうした急に」
「う……うぅ……」
言葉にならず、嗚咽だけが漏れた。
ゼントは困ったように笑いながら、優しく背中をさすってくれた。
◆
僕が落ち着いたところで、今の状況を説明した。
ただし、“魂の寿命を支払った”ということだけは伏せておいた。
「ここはスキルショップって場所で、死人と一時間だけ会えるのか……。
世の中には、まだまだ知らないことがあるんだな。
──でも嬉しいよ。
会いたいって思ってくれたんだな」
「……当たり前だよ。
たった二人の家族でしょ?」
「……そうだな。
俺も、もう一回会えて嬉しいよ、アルト」
少し照れくさそうに笑うところが、いかにもゼントらしい。
「……ごめんな。
俺、約束破っちまった……」
「本当だよ……。
でも、僕だって人のこと言えないから……。
“助け合う”って約束したのに、結局僕は……ゼントに助けられてばかりだったからね……」
「それは違う……違うんだよ、アルト」
ゼントの顔つきが、ふっと大人びたものになる。
「あー……どこから話そうか。
分かりにくかったら、ごめんな」
前置きをしてから、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「俺はさ……前も……。
ゼントとして生まれる前も、勇者だったんだ」
「生まれる前……?
前世ってこと?」
冗談のような話だ。
でも、ゼントの表情は真剣そのものだった。
「そう。
前世も勇者でさ。
人を助けたり、強い魔物を倒したり、魔王とも戦って……人類を救った」
だんだんと、その声に影が差していく。
「だけど……家族は救えなかった。
俺が魔族と戦ってる間に……殺されてた。
守っていたはずの人間に、だ」
僕は何も言えなかった。
「だから思ったんだ。
“もう、大切なものは作らない”って。
大切なものを失うほうが、魔王と戦うよりずっと怖かった」
ゼントの死を知ったときのあの絶望を思い出し、胸が締めつけられる。
「小さいとき、俺が人を避けてたの、覚えてるか?」
たしかに、幼い頃のゼントは僕を含め、他人と距離を取っていた。
「だけどさ……アルト、言ってくれたよな。
──『たった二人の家族なんだから、助け合って生きていこう』って」
いつも一人でいた彼を見て思った。
この子に笑っていてほしい。
隣にいてあげたい、と。
「それを聞いて思ったんだ。
ああ、この子は……家族として一緒に生きようとしてくれてるんだって。
アルトは、逃げようとしていた俺の手を、優しく握ってくれた。
その手を振り払うことは……どうしても出来なかった」
一筋の涙が、ゼントの頬を伝う。
「アルトは、俺が忘れてた温もりを思い出させてくれた。
あのとき、俺は”一生分”救われたんだ。
アルトが“先に”、俺を助けてくれたんだよ」
まっすぐに僕の目を見て、そう告げる。
「僕はずっと後悔してたんだ……。
何も返せなかったって……。
でも僕も……ゼントを助けられてたんだね……。
助けられてばかりじゃ、無かったんだね……」
「今思うと、恥ずかしいよな。
俺よりずっと“幼い”子供に助けられるなんて……へへ」
その照れ笑いは、いつものゼントそのものだった。
ふと砂時計を見ると、砂はすでに半分ほど落ちていた。
◆
「魔王は……強かった?」
「強かった。
多分、前世で戦った魔王よりも。
それでも、俺の後ろにはアルトがいて、教会のみんながいて、世界があった。
守るものがある勇者は強いんだぜ?」
「そっか……。
……死ぬのは、怖くなかった?」
「怖かったよ。
でも、アルトたちを守れたって思ったら、受け入れられた」
「……そっか」
「でも、こうしてまた話してると……やっぱりもっと生きたかったなって思う。
アルトと、もっと一緒にいろんなもの見たかったよ……」
僕たちは、互いに目を赤く腫らしていた。
砂時計の砂は、残り三分の一ほど。
◆
「でも良かったよ、アルトが無事で。
国王を脅した甲斐があったな!」
「え……脅したの?」
「おう!
アルトに危険があれば分かる魔法を掛けといたんだ。
もし何かあれば、国を滅ぼすって言っといた」
「だから、あんなに警護が多かったんだ……。
でも、人質にされたらどうするつもりだったのさ?」
「ふふん、その辺もいろいろ魔法を仕込んでたから大丈夫!」
「勝手にいくつ掛けてるの!?」
「俺の愛の重さだけ♡」
知らなかったけど、ゼントは意外と愛が重いタイプなのかもしれない。
砂時計は、残り四分の一を切っている。
◆
残りの時間は、本当に他愛もない話で過ごした。
幼い頃の思い出。
教会のみんなのこと。
僕が公爵家で何を学んでいるか。
ゼントが旅先で見た景色のこと。
ただ笑って、笑って、笑って。
今日ほど、時間が止まってしまえばいいと願った日はない。
けれど、砂は容赦なく落ちていく。
「もう……お別れか。
……最後は、笑って見送ってくれ!」
「──そうだね。
今までありがとう、ゼント。
愛してるよ……たった一人の、僕の家族」
ゼントの笑顔を真似してきたはずなのに、うまく笑えた自信はなかった。
「俺を救ってくれてありがとう。
愛してる……俺の大切な、もう一人の家族──」
ゼントは、太陽のような笑顔でそう言った。
砂時計の砂は、一粒残らず落ちていた。
最後に見た姿は、もう“鏡写し”ではなかった。
それでも、互いを想う気持ちだけは、どこまでもよく似ていた──。
◆
気づけば、僕は公爵邸の自室にいた。
鏡を覗いても、そこにはいつもの鏡しかない。
あれは夢だったのだろうか。
鏡に映る自分の顔には、涙の跡が残っている。
「……きっと、夢じゃないよね」
鏡は何も答えない。
ただ、あのときの言葉だけが、胸の内に熱を残している。
それで十分だった。
明日、僕は──
◆
各国の王侯貴族が招かれ、戦勝式典が開幕された。
式は粛々と進み、王が戦勝の演説を終える。
いよいよ、僕の出番だ。
「次は、此度の最大の功労者である勇者殿の演説である」
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
覚悟を決めて、僕はバルコニーへと歩み出た。
目下には、広場を埋め尽くすほどの人々。
皆が、勇者の言葉を今か今かと待っている。
「──皆さん。
この世界を覆っていた恐怖……魔王は、俺たちの手で討ち滅ぼされました」
広場を包む沈黙は、重く深い。
その沈黙を、僕は言葉で切り裂いた。
「ですが、この勝利は、剣一振りで得られたものではありません。
戦場で命を散らした者たちがいます。
家族を、故郷を、仲間を守るために立ち上がった、無数の人々がいました」
それは、ゼントも同じだ。
「俺だけが勇者ではありませんでした。
共に戦場を駆け抜けた、みんなが勇者でした。
どうか──名もなき勇者たちがいたことを、忘れないでください」
我慢だ。
ここで泣いてはいけない。
「そして──」
ああ、ダメだ。
喉の奥が震え、視界が滲んでいく。
「どうか……どうか、俺たちが築いた平和を……人の手で……壊さないでください……。
愛する人を失う絶望が……誰かを孤独にしないように……。
この平穏を、大切にしてください……。
勇者としてではなく……ただの一人の人間として……お願いします……。
俺からは……以上です」
広場にざわめきが広がる。
戦勝の喜びを謳う演説としては、不似合いに聞こえただろう。
でも、僕はそれでいいと思った。
ゼントが命と引き換えに手に入れた平和を、
少しでも長く続けるために──。
◆
その後、ゼントは「魔王との戦いで負った傷が悪化して死んだ」ということにされた。
演説のときは無理をしていた、という筋書きだ。
僕の演説は、やがて世界中に広まっていった。
『勇者、戦勝演説で涙する!』
『愛する者を失った悲哀の勇者!』
『人類は、亡き勇者の願いを聞き届けるのか?』
記事によって言い回しは違えど、どれもゼントの“最後の願い”として受け止められた。
やがて、僕は公爵家の養子となることが決まった。
一人娘しかおらず跡継ぎ問題を抱えていた公爵家にとって、「勇者の兄弟」であり、「すでに貴族教育を受けている」僕は、都合のいい存在だったのだろう。
──いや、最初からそのつもりで教育していたのかもしれない。
だとしたら、執事さんには一本取られたことになる。
◆
これからの世界がどうなっていくのか、それは誰にも分からない。
だからこそ、僕は考える。
この平和が一日でも長く続くように、僕に出来ることは何か。
次に会えたとき、ゼントに胸を張って笑えるように。
「行ってきます」
僕は今日も、鏡の前で笑う。
愛する人を思い出させる、あの温かな笑顔で。
◆
美しい花々が咲き誇る庭。
男は、満開の桜の木の下で、一冊の本を開いていた。
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スキル:【花咲く庭で思い人と再開する】
魂の対価:10年分
使用用途:愛する者と、もう一度会うため
備考:売却ではなく、代行使用
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「あなたが得た一時間は、十年以上の価値がありましたか?
……ふふ、野暮でしたね」
男は静かに砂時計を逆さまにする。
「勇者を救った少年──その勇気に最大限の賛美を」
本をそっと閉じて、男は庭を後にした。
残されたのは、砂の落ちる、微かな音だけだった────




