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5. 善行は悪行の消しゴムにはなれない

 一部の貴族が富を独占し、多くの平民が貧しい生活に喘ぐ国があった。

 平民は貴族に貢ぎ物をするために生かされ、貴族の機嫌次第で簡単に殺された。

 それこそ「今日は天気が悪いから」なんて理由で殺される者もいる。

 あいつらにとって平民は、壊していい玩具なんだろう。

 

 ──そんな国では反乱が起きる、って思うか?


 貴族には”魔力”という、天から与えられた絶対の力があった。

 剣や槍を構えた万軍を焼き払い、山脈を更地に変え、湖を丸ごと凍らせる。

 そんな馬鹿みたいな力を持っているのが貴族だ。

 平民がどれだけ集まろうが、勝てるはずがない。


 ──じゃあ暗殺すればいいじゃねえか、そう思うよな?


 魔力を持つ身体は魔法でしか傷つかず、魔力は毒を無害化する。

 毒殺は不可能、暗殺しようにも魔法でなければ通じない。

『貴族を殺せるのは貴族だけ』というのが常識だ。


 ──魔力持ちは平民から生まれないのか、って?


 ごく稀に、平民でも魔力持ちは生まれる。

 じゃあ貴族を殺せるだろ、と考えるかもしれないが、それは無理だ。


 魔力を魔法という武力に変えるには、学ぶ機会が要る。

 貴族は親や教師から魔法を叩き込まれるが、平民には縁がない。

 折角魔力を持っていても、平民は魔法を使えるようにはならない。


 それに貴族連中は反乱の芽を警戒している。

 領地を視察し、魔力持ちの平民がいれば大概処刑だ。

 実子に魔力が無かった家が、平民の魔力持ちを養子に迎えることもあるらしいが。

 

 魔力の有無の判別は至って簡単だ。

 指先を針でちょっと刺す。

 血が出れば魔力はなく、血が出なければ魔力がある。

 貴族は「血が流れないこと」を祈り、平民は「血が流れること」を願いながら、子に針を刺す。

 

 おとぎ話では、魔力保持者は”神の子孫”で、魔力非保持者は”神に逆らった反逆者の末裔”なんだとさ。


 ──まあつまり、平民にとって貴族は”絶対者”だ。

 逆に貴族から見れば”平民”は実質”奴隷”だな。

 自分たちより圧倒的に弱く、害にならない存在。


 殴ってよし、犯してよし、殺してよし。

 何をしようが反撃されないし、されても意味がない。


 まあ、あんまり殺し過ぎると自分の生活に響くから、虐殺が常態ってわけじゃないがな。


 ひっくり返らない天国と地獄が同居する世界。

 俺は、その地獄側に生まれた。


 ◆


「ガッハッハ!

 食料と酒と女を奪ってきたぜ!」


 熊みたいな図体の男が、豪快に戦果を報告した。

 俺は駆け寄り、声を掛ける。


「おかえり!

 さすがは親父、今回も大量だな!」


 親父の後ろには戦利品の荷物と泣きじゃくる女たち。

 俺や仲間たちはそれらをアジトに運び込む。

 俺たちは、いわゆる盗賊団だ。


「お前ら、俺より先に女に手ぇ出したら殺すからな!!」


「分かってますよお頭!」

「後で俺たちにも回してくださいよ?」

「一人くらい初物残しといてくれよ大将!」

「デカブツでガバガバにしないでくださいよ?」


 親父の命令に、仲間たちは下品に返す。

 ここではこれが日常だ。

 

 ◆


 ”大熊のガーダルフ”。

 盗賊団の頭領にして、俺の親父。


 でかい身体に見合うパワーで剣を振り、並みの人間なら真っ二つ。

 豪快に酒をかっ喰らい、酔えば周りをぶん殴る。

 戦果の無い日は特に苛烈になる。


 当然、逆らうやつには容赦がない。

 相手が実子の俺でもだ。

 首が飛んだ仲間だっている。


 そんな暴力的な親父でも、仲間は付いて来た。

 理由は、親父が盗賊団でいちばん頭が回ったから。

 

 親父は戦況を読むのが上手く、退き際は見誤らない。

 そのおかげで十数年、団は壊滅していない。


 それに、領民の被害なんぞ気にしない貴族はザラだ。

 ──所詮は奴隷の分が減っただけ。

 

 とはいえ、度が過ぎれば目を付けられる。

 貴族には敵わないと分かっているから、親父は加減を知っていた。

 “どこまで手を付けて良いか”──そういう勘がずば抜けていた。


 そんな男の一人息子、俺──オーレフは、世間的には悪党だとは分かっていても親父を尊敬している。

 酔った親父にぶん殴られ、剣の稽古と称してボコボコにされても、俺を見捨てたことはない。

 

 母親はこの盗賊団に所属していたらしい。

 ただ俺を産んですぐ死んだんだと。


 赤ん坊の俺について仲間には当初、「捨ててこい!」「盗賊しながらどうやって育てるんだ!」と反発した。


「うるせえ!

 文句があるんなら、てめえらが出ていけ!」


 仲間は親父なしに生き残れるとは思っていなかった。

 結局、親父が押し切り、俺はここに居続けた。


 ◆


 片付けの最中、親父が言う。


「あー……”オーレフ”、お前ももう13だ。

 女を知っても良い頃だろ、好きなのを一人選べ。

 最初の一発は譲ってやる」


 俺は思わずはしゃいだ。

 これまでは「まだ早い」と抱かせてもらえなかった。


「え、いいのか!?」


「ああ。

 お前らも文句ねえよなあ?」


 他の仲間たちにも確認する。

 確認と言っても、逆らえば拳が飛んでくるのだが。


「しゃーないっすね。

 オーレフ、この女はどうだ?

 顔はいまいちだが、胸はでかいぞ」


 怯える女の胸を揉む仲間。


「いやいや、こっちの方が尻がでかくていいぞ?」


 尻をバチーンと叩く仲間。


「どっちもおばさんじゃん!

 俺もっと若いのが良いよ!」


「初めては経験豊富な女のほうがいいって!」

「人生の先輩の助言は聞いとけよ!」


「お前ら……そっちの若い子が良いからって、押し付けてんだろ!!」


 仲間たちは大笑いしていた。


 ──その日、俺は男になった。


 ◆


 それから3年。

 俺も略奪に参加するようになっていた。


 親父譲りの力と足の速さで頭角を現し、若きエースと呼ばれる。

 すばしこさは母譲りらしい。


 男を殺し、女を攫い、食料と酒を奪う。

 アジトに戻れば「今日は何人殺した」「今回の女は当たりが多い」とどんちゃん騒ぎ。

 そんな日々が続いた。


 ──だが、歯車は突然狂う。

 親父が病に倒れたのだ。

 恐らく肺炎だろう。

 

 これまで親父ありきで上手く行っていた盗賊団は、親父抜きでは上手く纏まらない。

 何とか回復を祈ったがそれも虚しく、親父はひと月も経たずあの世に逝った。

 最後は咳のたびに痛がり、骨でも折れていたのかもしれない。


 別に哀しみはない。

 悪逆非道を尽くした奴が、碌な死に方ができるわけがない。

 仲間に看取られただけ上等だ。


 ◆


 それからは親父の右腕が頭領となり、細々と略奪を繰り返した。

 数カ月はそれで何とかなった。

 しかし運が悪かったのか、はたまた探りが足りなかったのか、俺たちは貴族に目を付けられてしまった。


 襲撃を受けたアジトから、仲間たちが蜘蛛の子を散らすように逃げだした。

 森へ散り、貴族たちが背を追う。


「さあ逃げろ逃げろ。

 精々、僕たちを楽しませてくれ。

 お前たち”虫けら”の存在意義はそれだけだ」


 歪んだ笑みの少年貴族が三人。

 まるで狩りだ。

 全員まだガキ。

 なのに俺たちは必死こいて、そのガキから逃げていた。


「ギャ!?」

「助け──」

「許し──」


 あちこちから悲鳴が聞こえた。

 俺たちが略奪のたびに聞くものと変わらない。

 

「はあ、はあ」


 ──ああ、そうかよ。

 俺たちも結局、奪われる側なんだな。

 

「はあ、はあ」


 ──ずるいじゃねえか。

 魔力があるからって、いつまでも奪う側ってのはよ。


「はあ、はあ」


 ──貴族が”神”の末裔?

 ”悪魔”の間違いだろ!

 

「ほらほら、もっと速く逃げないと追い付いちゃうぞ?」


 振り返ると、宙に浮いた貴族が迫っていた。


「クソッ!」


 肩で息をしながら、それでも走る。

 逃げ切れるはずがないと分かっていても。

 

 ──これが俺たちへの天罰なのか?

 だったら、あいつらにはいつ天罰が下るんだよ!

 神ってのがいるんなら、こいつらにも罰を与えろよ!!


「ぐぁっ!?」


 突然、爆風が吹く。

 思わず前に転がる。


「ぐっ……」


「鬼ごっこは終わりかい?」


 ニタニタと見下す男の手には、炎の球が浮いている。


 ──クソッ、クソッ!!

 こいつも俺と変わらねえ、ゲロ野郎だろうが!!

 なんでこいつには力があって、俺にはねえんだよ!!

 この際悪魔でもいい、こいつを殺せるだけの力をくれよ!!!!


「はー、つまんないの」


 火球が迫る。

 避けようと立ち上がるが、爆風で吹き飛ばされる。


「あぐっ……」


 頭を打ち、意識が途切れた。


 ◆


「……ゃくさん……きゃくさん」


 身体が揺さぶられる。


「──ぅ……は!?」


 目を覚ますと、そこはお洒落な酒場のような場所。

 

「お客さん、大丈夫かい?」


 俺の肩を揺らしていたのは、親父ほどではないが大柄でダンディな男だった。

 よく焼けた肌に、服の上からでも分かる鍛え抜かれた筋肉。

 素手ではまず勝てないだろう。


「ここは……?」


「ここはスキルショップさ。

 急に転がり込んできて、ぶっ倒れちまうからビックリしたぜ」


 スキルショップ?

 酒場の名前か?


 頭がハッキリしてくる。

 さっきまで貴族のガキに追われていた記憶が蘇る。


「お、おい!

 ちょっとでいい、匿ってくれ!」


「はあ、匿えって何から?」


「貴族のガキからだ!

 あいつら、”何もしてねえ”のに俺たちを襲って来たんだ!」


 息を吸うように嘘をついた。

 どうせ分かりやしない。


「ふーん。

 まあ”資格”がなきゃ入って来れねえし、この店で暴れるやつは”犬”の餌にしてやるよ」


 資格?

 よく分からねえが、とにかく隠れたい。

 俺は長いバーカウンターの裏に回り、屈んだ。


「俺はいないことにしてくれ」


「どうせ来ないと思うがね」


 息をひそめ、じっと待つ。

 膝を抱え、目を伏せた。

 

 ──来るな来るな来るな。


 心臓の鼓動がうるさい。

 ガタガタと肩が震える。


 ……が、誰も来ない。


 やがて冷静になった俺は、考えを巡らせた。

 ──もしかして、酔っぱらって夢でも見たのか?

 

 しかし全身が痛い。

 身体の傷を見ると、明らかに火傷の痕があることから夢ではないと思う。

 

 ──夢じゃないとして、森の中にいたはずだよな?

 なんで酒場にいんだ?


 周りを見渡すと、戸棚に酒瓶が並んでいる。

 だがどの酒瓶にも酒が入っていない。


 ──瓶だけ飾ってる?

 どういうことだ。

 

 恐る恐る立ち上がるとカウンターの前に椅子があり、男が座っている。

 だがよく見ると椅子は一つしかない。

 カウンターの長さから見て、もっと並べられそうなのに。

 テーブル席もない。

 

「満足したかい、お客さん」


 俺が店の様子を観察していると、男が話しかけてくる。


「あ、ああ。

 ここは酒場じゃねえのか?」


「さっき言ったろ?

 ここはスキルショップ、スキルを売買する店さ」


 スキルって何だよ。


 まあでも店、店か。

 なら金目の物はあるだろうし、食料もあるかもしれねえ。


 アジトは燃やされたし、取りに返るわけにもいかない。

 ここで”善意の寄付”でもしてもらおうか。


 俺は剣を抜き、男に突きつける。


「店なら金目のもん出せ!

 あと食い物も!」


 怒声を上げ、脅す。


「そのおもちゃで、俺を殺せると?」


 こいつ、全くビビらねえ。

 だったら殺して、家捜しすりゃあ良い。


 そう思って男の首を切ろうとする──が、刃は首に当たって止まった。


「っ!?」


 これは……ま、まさか──


「貴族!?」


 ”魔力を持つ身体は魔法でしか傷つかない”──貴族が絶対的存在である所以。

 

 恐怖で後ずさる俺に、男が立ち上がり目を覗き込む。


「ふーん……ほうほう、なるほど」


 やばいやばいやばいやばい。

 殺される──

 

「ガハハ! 面白いルールの世界だな!」


 は?

 急に笑い出した男に困惑する。

 その笑顔は貴族が”虫”を踏み潰すときのものでは無く、興味深いものを見たといった感じだった。


「俺は貴族じゃねえよ。

 今のは”スキル”だ」


 貴族じゃない?

 スキルってやつで剣を止めたのか?


「Grrrr……」


 混乱していると、背後から唸り声が聞こえてくる。

 振り返れば、犬のような生物がいた。

 それもただの犬じゃない。


 熊の二倍はある図体に真っ赤な毛。

 何より異常なのが頭が三つあり、単眼であること。

 見下ろす眼光は、俺に敵意を向けていた。


「あ……あ……………」


 ジョボボボ……。

 見たこともない化け物に、俺は失禁してしまった。

 

「さっき言ったよな?

 この店で暴れるやつは犬の餌にしてやるって。

 で、あんたは盗人か?

 それともお客さんか?」


 へたり込む俺を見つめる男。


 よく見ると、男の眼の奥には無数の眼があり、その全てが俺を凝視している。

 ──


「ベシッ」


「痛っ!?」


 デコピン一発で我に返る。


「お前は客か?」


「……はい……」


 思いっきり声が上ずっていたと思う。


 ◆


「落ち着いたか?」


「はい……」


 俺は一つしかないカウンター席に座らされている。

 小便は”スキル”ってやつで綺麗にしてもらった。


 カウンター越しに男が立っている。

 この男が、貴族よりも恐ろしい”何か”に思えてならない。

 

「その……すんませんした……」


「まあ、お客さんみたいなやんちゃな奴もたまに来るからな。

 気にしちゃいないさ」


 殺そうとしたのにやんちゃで済ます男に、恐怖を通り越して憧れすら覚える。

 

「お客さんはスキルについては知らねえんだよな?」


 コクリと頷く。


「さっきからいくつか見せてはいたが、改めて説明するぞ。

 スキルってのは、例えば身体を剣に変えたり──」


 そう言うと、男の右腕が剣へと変わる。

 金属特有の光沢がある。


「一瞬で移動したり──」


 次の瞬間、男が俺の背後にいた。

 動いたところが全く見えなかった。


「酒を生み出したり──」


 男が持つ空の酒瓶に、液体が湧いてくる。

 

「摩訶不思議な力、それがスキルだ。

 ほれ、スキルで作った酒だ。

 飲んでみろ」


「……どうも」


 ごくり──


「ッ!? ゴホ、ゴホ!

 きっつ!!」


 喉が焼けるかと思った。


「ああすまん、そんな強かったか」


 酒瓶を返すと、一気飲みし始める。

 数秒もせずに飲み干してしまった。

 大酒飲みの親父でも、一気は無理だろうな。


「す、すげえ……」


「で、スキルってのがどんなもんか分かったか?」


「魔法みたいなもんか?」


「うーん、魔法と同じかと言われると難しいな。

 場所によってそうとも違うとも言えるからな……

 まあ、親戚みたいなものだな」


 同じではないが、近いということだろう。


「次に、スキルの売買ルールを説明するぞ。

 お客さんが“売る”なら現金で買い取る。

 “買う”なら、その価値に見合うだけの“魂の寿命”を払ってもらう」


「魂って……あんた、悪魔か?」


 さっきの”犬”も悪魔っぽかったし。


「ガハハ、よく言われるが俺は悪魔でも、まして神でもねえよ」


「じゃ、じゃあ人間?」


「ふ、さあな……」


 不敵な笑みを浮かべている。

 これ以上突っ込んでも藪蛇な気がして、押し黙る。


「魂の支払いは、最低一日生きられるように残す。

 取引直後に死ぬことはねえ。

 スキルの購入は生涯に一つのみ。

 売却はいくつでも可能だ」


 1日のみしか生きられないかもしれない。

 そして一つしか手に入れられない。


「さあ、お客さんはどんな”力”が欲しいんだ?」


「貴族を殺せるような力が欲しい」


 考えるより先に口が動く。

 常に奪う側だと信じて疑わない連中から、今度は俺が奪う。


「もう少し具体的に言ってもらいたいな。

 例えば『魔法を使えるようになりたい』とか『相手の魔力を涸らす』とかな」


「なら、相手の魔力を”全部奪う”ってのはどうだ?」


 言ってみただけだ。そんな都合のいいもの──


「それなら、あるぜ」


 男は一枚の紙を取り出す。


 あるのかよ……でも俺は文字が読め──いや、読める。

 自然と意味が頭に入ってくる。


【相手の魔力を全て奪う】

 相手の持つ魔力を全て奪う。

 対象を目視し、手のひらを相手に向けることで奪える。

 

 ──『魔力を持つ身体は魔法でしか傷つかない』という不条理な法則。

 だがこのスキルがあれば、貴族を“魔法以外”で殺せるかもしれない。


「内容は分かったな?」


 頷く。


「これでいいか?」


「これでいい」


 どうせ死にかけだった。

 残り一日になっても、あのクソガキどもだけでも殺せれば本望だ。


「なら、握手だ」


 分厚い掌を握る。

 何かが流れ込み、同時に何かが抜けていく。


「──これで取引は完了だ」


「……本当に使えるのか?」


「信じてもらうしかねえな」


 目の前の男で試す──のはやめた。

 犬が怖いし、この男には勝てない予感がある。


 ──まあ騙されたんなら、そん時は死ぬだけだよな。


「……まあ信じてみるか。

 あんがとな」


 扉へ向かう俺の背に、男が問いを投げた。


「ああ、最後に一つ聞いていいか?

 その力で、お前は何を為す?」


 何を?

 当然決まってる──


「ムカつく貴族をぶっ殺すのさ!

 今さら返せなんて言うなよ?」


「言わないさ。

 俺は客が求めるものを提供するだけだ。

 それをどう使おうが、口出しする権利はない。

 単なる世間話だよ」


「じゃあ俺も聞いていいか?

 俺みたいな悪党に力を与えて、あんたの良心は痛まねえの?」


「善悪なんてのは、人が勝手に決めて、簡単に覆す。

 そんなものにこだわる心は、家出したっきり帰って来てないな」


 俺は何だかんだ、自分を悪党だと思っている。

 だがこいつは善悪なんてどうでもいい、と言った。

 この男は俺よりよほど”邪悪”かもしれない。


「……そうか」


「気を付けて歩むことだ。

 自分の”善”に足を掬われんようにな──」


 ◆


 外は元の森だった。

 辺りを見渡しても、店の影も形もない。


 すぐに周囲を警戒した。

 まだ貴族どもがいるかもしれない。

 いや、むしろいて欲しいとさえ思う。


 ──ガサガサ。


「ちっ、どこに消えた?

 死に損ないのくせに、僕の手を煩わせやがって!」


 さっきのガキだ。好都合。


 ガキを視認し、手のひらを向ける。……何も起きないように見える。

 

 ──騙されたか?


「パキッ」


 急いで逃げようとして音を立ててしまった。


「いたぁあ!」


 悪党より歪な笑顔を浮かべるガキ。


「ははははは、死ねえ!!」


 ──やられる!

 思わずその場で伏せた。




 だが、何も起きない。

 

「あ、あれ?

 魔法が出ない?」


 まさか、本当に魔力を奪えたのか。


 試しに自分の剣を指でなぞる──切れない。


「クッ……クックック……アッハッハッハッハ!」


 笑いが止まらない。

 

「何が、どうなってる!?」


 目の前のガキに素早く近づき、腕を切り飛ばす。

 鮮血が当たりを彩る。


「ギャアアアアア!?

 何で!?

 何で僕が怪我してるんだよぉおおおおお!!!!」


 ガキは地面にのたうち回る。


「おーい、どうしたー?」


 喚き散らすガキの声を聞きつけ、他のガキが近づいて来ている。

 先手を取るためにも、さっさと殺そう。


「助け──」


 首を刎ねる。

 仲間の仇なんて殊勝な考えは無いが、せめてもの手向けになった気がする。


 俺は手近な木の裏に隠れ、”奪う”準備をした。

 

「おい、何があ──は?」


 お仲間の落ちた首を見て固まっている。

 その隙にまた”奪った”。


「な、何で死んで……」


 ガキはもう一人いるはずだ。

 目の前のはサッサと殺して、最後の一人を探すとしよう。


 素早く後ろに回り込み、頭を胴から切り離す。




 太った男が、地面に転がる。

 仕立てのいい服は血で汚れ、所々切り裂かれている。


「か、金か?

 女か?

 何でもくれてやる!

 だ、だから──」


 貴族が命乞いしている様は気分がいい。


「だぁーめだ!」


「あ……ぅ…………」


 心臓を刺し、最後の一人も狩り終わった。

 



 さて、これからどうする。

 命からがら逃げだしたから手元には剣のみ。

 恐らく仲間も生きてはいないだろう。


 今の俺は魔法でしか傷つかない。

 一人でも略奪は可能だ。


 だが、あとどれだけ生きられるか分からない。

 この力の代償は軽く無いだろう。

 

 だったら──


「一人でも多く、貴族を殺そう!」


 いつも貴族の影からは、隠れるように逃げて来た。

 それも今日まで。


 ──天国側にいると思ってる奴らを、地獄に叩き落としてやる。

 自分や仲間が生きるためではなく、功名心や復讐心でも無い。

 ただその方が”面白そう”だからだ。


 ◆


 まずはあのガキどもの家だ。

 周辺貴族の位置や家族構成は、略奪計画のため調べてある。


 ただ、この辺の貴族は子供は二人だったはずだが……。




 貴族の屋敷は食糧庫や宝物庫の警備が厚いが、本邸の本人警護は薄い。

『貴族を殺せるのは貴族だけ』という常識があるからだ。

 

 それに貴族同士で殺し合うことは滅多にない。

 どうも攻撃魔法より防御魔法の方が発展しているらしい。

 山一つ消し去る魔法も防げてしまうんだとか。


 そんな事情から、貴族は自分が襲われる警戒をしていない。

 油断している相手ほど御しやすいものはない。


 俺は屋敷を観察した。

 運良く本邸と倉庫が別に存在し、本邸にいる人間はまばらだ。


 息を殺し、本邸に忍び込む。


 貴族どもはどうもパーティー中のようだ。

 十数人はいる。

 なるほど、ガキが多かったのは他所から集まって来たのか。


 ──こいつらも、まさか血祭り会場に変わるとは思ってねえだろうなあ。

 

 途中で使用人を殺し、変装して会場に入った。

 バレないように”スキル”を使って魔力を奪っていく。

 その途中、こんな会話が聞こえてきた。

 

「それにしてもあの子たち、遅いですわね」

「今日は早めに帰ってこいと言ったのに……」

「一体どこまで行ったのやら」


 ──あの世までだよ。


 そんなことを考えながら、全員分の魔力を奪い終えた。

「血祭会場に変えようか」そう思ったとき、壇上の上に一人の男が上った。


「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。

 この機会に、私の作品をお披露目させていただきたく……」


 そう言うと、袖から何やら布の掛かったものが運ばれてくる。


「こちらが私の最新作、その名も”長時間座っても痛くならない椅子”です!」


 布を引き、中から現れたのは──世にも醜悪な”椅子”だった。

 人間の腕や脚で骨組みされており、座面と背面にはそれぞれ女の乳房が四つずつ、計八つ付いている。

 少なくとも四人が犠牲になっている。

 

 それを見た貴族たちは拍手を送っている。


「素晴らしい!」

「これぞゴミの再利用ですな!」

「うちにも欲しいわ!」


 ──はは、やっぱり貴族も俺たちと同じ穴の狢じゃねえか。

 いや、こんな悪趣味なもんで喜ばない俺たちの方が上等じゃねえか?


 ……お前らで作ったら、家具一式揃っちまうなあ!


 俺は忍ばせていた剣で、手近な貴族を斬った。


「……は?」


 何が起きたのかも分からず、血飛沫を上げて倒れた。

 周りも状況を飲み込めず、茫然としている。


 一人、さらに一人と斬っていく。


「きゃあああああ!!!!」

「な、なぜただの剣で!?」

「ま、魔法が出んぞ!?」


 ようやく事態の異常さに気付いたようだ。


「初めまして”元”貴族様、そしてさようならっ!!」


 次々と斬り伏せていく。

 ”魔法”という絶対的な力に頼って来た奴らが、魔法なしにまともに動けるはずもなく、一方的な虐殺劇だった。


 ──最っ高だな!!


 貴族たちの悲鳴は、いつも聞くものよりずっと俺の心を躍らせた。


 最後の一人、壇上にへたり込んだ男を前に嘲笑を浮かべて言う。


「どうだ?

 奪う側から奪われる側になった感想は?」


「た、助けてくれ……

 何でもやる!

 だから命だけは──」


「俺は優しいからよぉ……お前も家族の所に送ってやるよっ!!」


 一閃。

 恐怖に歪んだ顔のまま、男は息絶えた。


 血で汚れた遺作の椅子を無造作に蹴り飛ばす。

 椅子は音を立てて壊れた。


 会場は死屍累々で、どす黒い赤に染まった。


 ──貴族の血も、赤いんだな。


 ドタドタと会場の外から聞こえてくる。

 騒ぎを聞きつけた者たちが集まって来たのだろう。

 

 俺は窓伝いに脱出し、本邸を後にした。

 しばらく様子を見ていると倉庫の方が手薄になったので、忍び込んで食料と金目の物を奪って去った。


 ◆


 それからも俺は貴族の屋敷を襲撃した。


 ある日、いつものように襲撃した屋敷で戦利品を物色していると、窓が割れる音がした。

 外を見てみると、少年が走り去っていく。

 すかさず魔力を奪おうとしたが、木の陰に入り姿が見えなくなってしまった。


 ──まあガキだ、見逃してやろう。

 たまには善いこともしないとな!

 にしてもこの家、食料はそこそこあったが金目の物が全然ねえ。

 

 後で知ったが、この家の貴族は領民にかなり慕われていた。

 領地発展のために敢えて税を低くし、取った税も領地内の整備や施設建造に使っていたようだ。

 それに他の貴族のように平民を虐げることもなかったという。

 

 こんな貴族もいるのかと驚いた。


 ◆

 

 これまで貴族は皆殺しにしてきた。

 だが、ある女を気まぐれで救うことにした。


 そいつは生まれつき顔の左側が焼け爛れたようになっており、それが醜いという理由で家族に虐げられてきたのだとか。


 俺が見つけたときは、屋敷の地下に鎖で繋がれていた。

 魔法の練習台として使われてきたという。


「俺はお前の家族を殺したけど、いいのか?」


「私に家族なんていません。

 あの悪魔たちを殺してくれたあなた様に、どうか恩返しさせてください」


 俺は”ルマ”と名乗った女を連れて行くことにした。




 こが大正解だった。

 俺はルマから防御魔法を教そわった。

 自動で攻撃を防ぐ魔法だ。

 これまで貴族を襲う際は変装したり、隠れながら魔力を奪っていたが、防御魔法があればそういう手間を省いてくれる。


「自分で言うのも何だが、俺は相当な悪党だぞ?

 そんな奴に魔法を教えていいのか?」


「私はその”悪”に救われました。

 理由はそれで充分です」


「あっそ……」


 ルマは身の回りの世話をしてくれた。

 昔、攫った女がやけに従順になることがあったが、そういうのとも違う。

 まあ俺としては助かるが……何というか、落ち着かない。


 


 ほどなく、ルマが言いづらそうに尋ねた。


「その……私の顔を見るのは嫌ではありませんか。

 もしお嫌でしたら、仮面か何かをいただきたく……」


「別に気にしねえよ」


「でも……その…………」


「何だ。言いたいことがあるんなら、はっきり言え」


 ルマは少し恥ずかし気に言った。


「その……オーレフ様は盗賊ですよね?

 なのに私を抱かれないので……この顔のせいかと……」


 ルマのことは魔法の師として見ていたから、抱かなかった。


「魔法の師匠として世話になったから、無理に抱こうとは思わなかっただけだ。

 ……何だ、抱かれたかったのか?」


 ルマは小さく頷く。


「しゃーねえな──」


 その日、ルマは俺の女になった。


 ◆


 それからも貴族を次々と肉塊に変えていった。

 巷では正体不明の”貴族殺し”が現れた、と噂されるようになった。


「また貴族殺しが出たらしいぞ……」

「天罰が下ったのさ……」

「おい、貴族に聞かれたら殺されるぞ……!」

「お前だって、貴族は死ねばいいって思ってるだろ……?」

「そりゃ──」


 平民の間では”貴族殺し”は密かに英雄視されていた。

 これまで散々酷い目に合わされたのだ、当然の反応だろう。

 その正体も過去の悪行も知らず、「自分たちも救ってほしい」と願う声は増えた。


 当然、貴族側も傍観しているわけではない。

 検問を敷いたり、情報提供を募ったり、護衛を付けるようになった。


 しかしそれも無駄に終わる。


 俺は空を飛ぶ魔法も覚えた。

 視認できないほどの高度から急降下すれば、検問は意味をなさない。


 情報提供は真偽不明の情報で溢れ、中には「あの貴族が犯人だ」などと貴族の名前を挙げる者まで出た。


 そしていくら護衛を付けようと、魔力を奪われ護衛ごと殺される。

 死人が増えただけだ。

 

 中には家も財産も捨てて逃げる貴族が出る始末。

 ”奪われる側の恐怖”を知ったのだ。


 逃げ出した貴族が盗賊のようになったようだが、そっちは俺たち以外の誰かが処理して回っていると聞いた。


 ◆


 そして、俺は王を殺すまでに至った。

 王殺しも特に話すことはないほど、いつもと変わらなかった。


 血で汚れた玉座の間。

 俺は玉座に座り、感慨に耽る。


「まさか王様まで殺せるとは思ってなかったな」


「オーレフ様の”スキル”でしたか。

 それがあまりに強力すぎましたね」


「途中で死ぬと思ってた旅も、終わってみれば呆気なかったな……。

 多分この国は滅びるけど、ルマはこの後どうする?」


 この国の貴族を大量に殺した。

 当然、他の国からすれば侵攻の好機だ。

 隣国に分割され、併合されて終わるだろうな。


「私はこれからもオーレフ様のお傍に居たいのですが、よろしいでしょうか」


「好きにしろよ」


「オーレフ様は?」


「俺? 俺はこれからも貴族を殺し回るぞ」


「この城にある金品があれば、一生遊んで暮らせますのに?」


「豪遊より、貴族の絶望した顔を見る方が楽しいからな!」


 俺の顔は満面の笑みだったと思う。


「うふふ、私もお手伝いします」


 俺たちの旅路は、まだ続く──




 ……………………………………




 ──ことはなかった。


 城下町に繰り出した俺たちは、王の首を掲げ、宣言する。


「この国の王は討ち取った!!

 俺が”貴族殺し”だ!!

 まだ歯向かう貴族がいるなら、相手になるぞ!!」


 一瞬の静寂ののち、声が広がる。


「……王が死んだ……?」

「俺たちを虐げてた王が……?」

「本当に……貴族殺しが……私たちの英雄がいたの?」

「これで……地獄から解放されるのか?」


 民衆が首を見て、ざわめきが爆ぜる。


「本物だ……本当に王は……死んだんだ!!」

「……やったぁあああ!!」


 誰かが首を奪い、足蹴にする。


「お前が! お前が弄んで殺した姉さんを……返せ!!」


 他の者も続く。


「お前のせいで! 私の子供は飢えて死んだのよ!!」

「あんたのせいで──」

「お前のせいで──」

「地獄に墜ちろ──」


 口々に罵り、蹴飛ばし、半壊した頭をそれでも壊そうとする。


「城には貴族の死体もあるぜ!

 中の金はお前らで分ければいいさ」


 火に油を注いだ。

 民は我先にと城に雪崩れ込む。

 その表情は、悪鬼羅刹もちびりそうなほどだった。


「さて、俺たちはお暇するか」


「次は誰をターゲットにしますか?」


「敢えて決めず、隣国を観光しながら貴族を摘まんでいくってのはどうだ?」


「ふふ、いいですね。

 それでは──」


 その時、俺の背中に衝撃があった。

 胸からは”光”が突き出ている。


「は……?」


「オーレフ様!!」


 振り返ると、少年が光る剣のようなものを握っている。

 不思議と痛みは無い。

 だが身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「お前の罪を清算しろ……!」


 少年には見覚えがあった。

 領民に慕われていた貴族のガキだ。


 防御魔法で防げなかった一撃。

 これは恐らく”この世の外側の力”──スキル。


 吐血する。

 

「離れろっ!!」


 ルマが少年に火球を放つ。

 しかし少年の前で掻き消えてしまう。


「この子、貴族!?」


「お前も、こいつの仲間か!」


 ルマが俺を背に庇い、二人は睨み合う。


「親の……敵討ちか……?」


 息も絶え絶えに問う。


「そうだ……!!

 あの世で父さんと母さんに懺悔しろ……!!」


 ──好き勝手に生きてきたツケってわけだ。

 

「てめえの親は……悪人だったか……?」


「そんなわけないだろ!!」


「だったら……会えねえ……じゃねえか。

 俺は……地獄行きだからよ…………」


 視界が揺れる。

 

「ルマ……お前は……鬱陶しい奴だったよ。

 だから……顔を”焼いてやった”ってのに……いつまでも……付いてきやがって……」


「何を──」


「失せろ……!!

 二度と……その”醜い”顔を見せるな……!!」


 ルマがどう受け取ったかは分からない。

 彼女は泣きながら走り去った。


「みんなはお前を”正義の英雄”なんて言ってたけど……お前……やっぱり最低な悪党だな……!!」


「何を今さら……俺はたくさん……人を殺した。

 たくさん……女を犯した……。

 略奪の限りを……尽くした……。

 ムカつくから……貴族を殺した……。

 お前の親を……殺した……」


 全て事実だ。

 どんな罰でも綺麗にはならない、便所の汚れみたいにこびりついた罪の数々。


「もういい……!!

 それ以上しゃべるな……!!」


 喋りたくても、もう喋る気力もない。


 視界が霞む。

 

 痛みの無い死なんて……ずいぶん上等な最後だな────


 ◆


 酒場のような場所。

 ダンディな男は酒瓶を片手に呟く。


「どんな善行も、過去の悪行を消すわけじゃない。

 そして見る者によって善悪は簡単に移ろう。

 本当、これほど当てにならないものは無いな」


 隣に座る赤い犬が「ウォン」と唸る。


「”悪党”にして”英雄”。

 最後くらいは、酔っぱらって逝くといい──」


 酒瓶を傾け、酒を溢す。

 床は濡れず、酒は吸い込まれるように消えた。


「さて、次はどんな”正義”が売れるかな」


 男は赤い犬と共に消え、カウンターには紙だけが残った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 売却スキル:【相手の魔力を全て奪う】

 魂の対価:六十年分

 使用用途:貴族を殺すため


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