5. 善行は悪行の消しゴムにはなれない
一部の貴族が富を独占し、多くの平民が貧しい生活に喘ぐ国があった。
平民は貴族に貢ぎ物をするために生かされ、貴族の機嫌次第で簡単に殺された。
それこそ「今日は天気が悪いから」なんて理由で殺される者もいる。
あいつらにとって平民は、壊していい玩具なんだろう。
──そんな国では反乱が起きる、って思うか?
貴族には”魔力”という、天から与えられた絶対の力があった。
剣や槍を構えた万軍を焼き払い、山脈を更地に変え、湖を丸ごと凍らせる。
そんな馬鹿みたいな力を持っているのが貴族だ。
平民がどれだけ集まろうが、勝てるはずがない。
──じゃあ暗殺すればいいじゃねえか、そう思うよな?
魔力を持つ身体は魔法でしか傷つかず、魔力は毒を無害化する。
毒殺は不可能、暗殺しようにも魔法でなければ通じない。
『貴族を殺せるのは貴族だけ』というのが常識だ。
──魔力持ちは平民から生まれないのか、って?
ごく稀に、平民でも魔力持ちは生まれる。
じゃあ貴族を殺せるだろ、と考えるかもしれないが、それは無理だ。
魔力を魔法という武力に変えるには、学ぶ機会が要る。
貴族は親や教師から魔法を叩き込まれるが、平民には縁がない。
折角魔力を持っていても、平民は魔法を使えるようにはならない。
それに貴族連中は反乱の芽を警戒している。
領地を視察し、魔力持ちの平民がいれば大概処刑だ。
実子に魔力が無かった家が、平民の魔力持ちを養子に迎えることもあるらしいが。
魔力の有無の判別は至って簡単だ。
指先を針でちょっと刺す。
血が出れば魔力はなく、血が出なければ魔力がある。
貴族は「血が流れないこと」を祈り、平民は「血が流れること」を願いながら、子に針を刺す。
おとぎ話では、魔力保持者は”神の子孫”で、魔力非保持者は”神に逆らった反逆者の末裔”なんだとさ。
──まあつまり、平民にとって貴族は”絶対者”だ。
逆に貴族から見れば”平民”は実質”奴隷”だな。
自分たちより圧倒的に弱く、害にならない存在。
殴ってよし、犯してよし、殺してよし。
何をしようが反撃されないし、されても意味がない。
まあ、あんまり殺し過ぎると自分の生活に響くから、虐殺が常態ってわけじゃないがな。
ひっくり返らない天国と地獄が同居する世界。
俺は、その地獄側に生まれた。
◆
「ガッハッハ!
食料と酒と女を奪ってきたぜ!」
熊みたいな図体の男が、豪快に戦果を報告した。
俺は駆け寄り、声を掛ける。
「おかえり!
さすがは親父、今回も大量だな!」
親父の後ろには戦利品の荷物と泣きじゃくる女たち。
俺や仲間たちはそれらをアジトに運び込む。
俺たちは、いわゆる盗賊団だ。
「お前ら、俺より先に女に手ぇ出したら殺すからな!!」
「分かってますよお頭!」
「後で俺たちにも回してくださいよ?」
「一人くらい初物残しといてくれよ大将!」
「デカブツでガバガバにしないでくださいよ?」
親父の命令に、仲間たちは下品に返す。
ここではこれが日常だ。
◆
”大熊のガーダルフ”。
盗賊団の頭領にして、俺の親父。
でかい身体に見合うパワーで剣を振り、並みの人間なら真っ二つ。
豪快に酒をかっ喰らい、酔えば周りをぶん殴る。
戦果の無い日は特に苛烈になる。
当然、逆らうやつには容赦がない。
相手が実子の俺でもだ。
首が飛んだ仲間だっている。
そんな暴力的な親父でも、仲間は付いて来た。
理由は、親父が盗賊団でいちばん頭が回ったから。
親父は戦況を読むのが上手く、退き際は見誤らない。
そのおかげで十数年、団は壊滅していない。
それに、領民の被害なんぞ気にしない貴族はザラだ。
──所詮は奴隷の分が減っただけ。
とはいえ、度が過ぎれば目を付けられる。
貴族には敵わないと分かっているから、親父は加減を知っていた。
“どこまで手を付けて良いか”──そういう勘がずば抜けていた。
そんな男の一人息子、俺──オーレフは、世間的には悪党だとは分かっていても親父を尊敬している。
酔った親父にぶん殴られ、剣の稽古と称してボコボコにされても、俺を見捨てたことはない。
母親はこの盗賊団に所属していたらしい。
ただ俺を産んですぐ死んだんだと。
赤ん坊の俺について仲間には当初、「捨ててこい!」「盗賊しながらどうやって育てるんだ!」と反発した。
「うるせえ!
文句があるんなら、てめえらが出ていけ!」
仲間は親父なしに生き残れるとは思っていなかった。
結局、親父が押し切り、俺はここに居続けた。
◆
片付けの最中、親父が言う。
「あー……”オーレフ”、お前ももう13だ。
女を知っても良い頃だろ、好きなのを一人選べ。
最初の一発は譲ってやる」
俺は思わずはしゃいだ。
これまでは「まだ早い」と抱かせてもらえなかった。
「え、いいのか!?」
「ああ。
お前らも文句ねえよなあ?」
他の仲間たちにも確認する。
確認と言っても、逆らえば拳が飛んでくるのだが。
「しゃーないっすね。
オーレフ、この女はどうだ?
顔はいまいちだが、胸はでかいぞ」
怯える女の胸を揉む仲間。
「いやいや、こっちの方が尻がでかくていいぞ?」
尻をバチーンと叩く仲間。
「どっちもおばさんじゃん!
俺もっと若いのが良いよ!」
「初めては経験豊富な女のほうがいいって!」
「人生の先輩の助言は聞いとけよ!」
「お前ら……そっちの若い子が良いからって、押し付けてんだろ!!」
仲間たちは大笑いしていた。
──その日、俺は男になった。
◆
それから3年。
俺も略奪に参加するようになっていた。
親父譲りの力と足の速さで頭角を現し、若きエースと呼ばれる。
すばしこさは母譲りらしい。
男を殺し、女を攫い、食料と酒を奪う。
アジトに戻れば「今日は何人殺した」「今回の女は当たりが多い」とどんちゃん騒ぎ。
そんな日々が続いた。
──だが、歯車は突然狂う。
親父が病に倒れたのだ。
恐らく肺炎だろう。
これまで親父ありきで上手く行っていた盗賊団は、親父抜きでは上手く纏まらない。
何とか回復を祈ったがそれも虚しく、親父はひと月も経たずあの世に逝った。
最後は咳のたびに痛がり、骨でも折れていたのかもしれない。
別に哀しみはない。
悪逆非道を尽くした奴が、碌な死に方ができるわけがない。
仲間に看取られただけ上等だ。
◆
それからは親父の右腕が頭領となり、細々と略奪を繰り返した。
数カ月はそれで何とかなった。
しかし運が悪かったのか、はたまた探りが足りなかったのか、俺たちは貴族に目を付けられてしまった。
襲撃を受けたアジトから、仲間たちが蜘蛛の子を散らすように逃げだした。
森へ散り、貴族たちが背を追う。
「さあ逃げろ逃げろ。
精々、僕たちを楽しませてくれ。
お前たち”虫けら”の存在意義はそれだけだ」
歪んだ笑みの少年貴族が三人。
まるで狩りだ。
全員まだガキ。
なのに俺たちは必死こいて、そのガキから逃げていた。
「ギャ!?」
「助け──」
「許し──」
あちこちから悲鳴が聞こえた。
俺たちが略奪のたびに聞くものと変わらない。
「はあ、はあ」
──ああ、そうかよ。
俺たちも結局、奪われる側なんだな。
「はあ、はあ」
──ずるいじゃねえか。
魔力があるからって、いつまでも奪う側ってのはよ。
「はあ、はあ」
──貴族が”神”の末裔?
”悪魔”の間違いだろ!
「ほらほら、もっと速く逃げないと追い付いちゃうぞ?」
振り返ると、宙に浮いた貴族が迫っていた。
「クソッ!」
肩で息をしながら、それでも走る。
逃げ切れるはずがないと分かっていても。
──これが俺たちへの天罰なのか?
だったら、あいつらにはいつ天罰が下るんだよ!
神ってのがいるんなら、こいつらにも罰を与えろよ!!
「ぐぁっ!?」
突然、爆風が吹く。
思わず前に転がる。
「ぐっ……」
「鬼ごっこは終わりかい?」
ニタニタと見下す男の手には、炎の球が浮いている。
──クソッ、クソッ!!
こいつも俺と変わらねえ、ゲロ野郎だろうが!!
なんでこいつには力があって、俺にはねえんだよ!!
この際悪魔でもいい、こいつを殺せるだけの力をくれよ!!!!
「はー、つまんないの」
火球が迫る。
避けようと立ち上がるが、爆風で吹き飛ばされる。
「あぐっ……」
頭を打ち、意識が途切れた。
◆
「……ゃくさん……きゃくさん」
身体が揺さぶられる。
「──ぅ……は!?」
目を覚ますと、そこはお洒落な酒場のような場所。
「お客さん、大丈夫かい?」
俺の肩を揺らしていたのは、親父ほどではないが大柄でダンディな男だった。
よく焼けた肌に、服の上からでも分かる鍛え抜かれた筋肉。
素手ではまず勝てないだろう。
「ここは……?」
「ここはスキルショップさ。
急に転がり込んできて、ぶっ倒れちまうからビックリしたぜ」
スキルショップ?
酒場の名前か?
頭がハッキリしてくる。
さっきまで貴族のガキに追われていた記憶が蘇る。
「お、おい!
ちょっとでいい、匿ってくれ!」
「はあ、匿えって何から?」
「貴族のガキからだ!
あいつら、”何もしてねえ”のに俺たちを襲って来たんだ!」
息を吸うように嘘をついた。
どうせ分かりやしない。
「ふーん。
まあ”資格”がなきゃ入って来れねえし、この店で暴れるやつは”犬”の餌にしてやるよ」
資格?
よく分からねえが、とにかく隠れたい。
俺は長いバーカウンターの裏に回り、屈んだ。
「俺はいないことにしてくれ」
「どうせ来ないと思うがね」
息をひそめ、じっと待つ。
膝を抱え、目を伏せた。
──来るな来るな来るな。
心臓の鼓動がうるさい。
ガタガタと肩が震える。
……が、誰も来ない。
やがて冷静になった俺は、考えを巡らせた。
──もしかして、酔っぱらって夢でも見たのか?
しかし全身が痛い。
身体の傷を見ると、明らかに火傷の痕があることから夢ではないと思う。
──夢じゃないとして、森の中にいたはずだよな?
なんで酒場にいんだ?
周りを見渡すと、戸棚に酒瓶が並んでいる。
だがどの酒瓶にも酒が入っていない。
──瓶だけ飾ってる?
どういうことだ。
恐る恐る立ち上がるとカウンターの前に椅子があり、男が座っている。
だがよく見ると椅子は一つしかない。
カウンターの長さから見て、もっと並べられそうなのに。
テーブル席もない。
「満足したかい、お客さん」
俺が店の様子を観察していると、男が話しかけてくる。
「あ、ああ。
ここは酒場じゃねえのか?」
「さっき言ったろ?
ここはスキルショップ、スキルを売買する店さ」
スキルって何だよ。
まあでも店、店か。
なら金目の物はあるだろうし、食料もあるかもしれねえ。
アジトは燃やされたし、取りに返るわけにもいかない。
ここで”善意の寄付”でもしてもらおうか。
俺は剣を抜き、男に突きつける。
「店なら金目のもん出せ!
あと食い物も!」
怒声を上げ、脅す。
「そのおもちゃで、俺を殺せると?」
こいつ、全くビビらねえ。
だったら殺して、家捜しすりゃあ良い。
そう思って男の首を切ろうとする──が、刃は首に当たって止まった。
「っ!?」
これは……ま、まさか──
「貴族!?」
”魔力を持つ身体は魔法でしか傷つかない”──貴族が絶対的存在である所以。
恐怖で後ずさる俺に、男が立ち上がり目を覗き込む。
「ふーん……ほうほう、なるほど」
やばいやばいやばいやばい。
殺される──
「ガハハ! 面白いルールの世界だな!」
は?
急に笑い出した男に困惑する。
その笑顔は貴族が”虫”を踏み潰すときのものでは無く、興味深いものを見たといった感じだった。
「俺は貴族じゃねえよ。
今のは”スキル”だ」
貴族じゃない?
スキルってやつで剣を止めたのか?
「Grrrr……」
混乱していると、背後から唸り声が聞こえてくる。
振り返れば、犬のような生物がいた。
それもただの犬じゃない。
熊の二倍はある図体に真っ赤な毛。
何より異常なのが頭が三つあり、単眼であること。
見下ろす眼光は、俺に敵意を向けていた。
「あ……あ……………」
ジョボボボ……。
見たこともない化け物に、俺は失禁してしまった。
「さっき言ったよな?
この店で暴れるやつは犬の餌にしてやるって。
で、あんたは盗人か?
それともお客さんか?」
へたり込む俺を見つめる男。
よく見ると、男の眼の奥には無数の眼があり、その全てが俺を凝視している。
──
「ベシッ」
「痛っ!?」
デコピン一発で我に返る。
「お前は客か?」
「……はい……」
思いっきり声が上ずっていたと思う。
◆
「落ち着いたか?」
「はい……」
俺は一つしかないカウンター席に座らされている。
小便は”スキル”ってやつで綺麗にしてもらった。
カウンター越しに男が立っている。
この男が、貴族よりも恐ろしい”何か”に思えてならない。
「その……すんませんした……」
「まあ、お客さんみたいなやんちゃな奴もたまに来るからな。
気にしちゃいないさ」
殺そうとしたのにやんちゃで済ます男に、恐怖を通り越して憧れすら覚える。
「お客さんはスキルについては知らねえんだよな?」
コクリと頷く。
「さっきからいくつか見せてはいたが、改めて説明するぞ。
スキルってのは、例えば身体を剣に変えたり──」
そう言うと、男の右腕が剣へと変わる。
金属特有の光沢がある。
「一瞬で移動したり──」
次の瞬間、男が俺の背後にいた。
動いたところが全く見えなかった。
「酒を生み出したり──」
男が持つ空の酒瓶に、液体が湧いてくる。
「摩訶不思議な力、それがスキルだ。
ほれ、スキルで作った酒だ。
飲んでみろ」
「……どうも」
ごくり──
「ッ!? ゴホ、ゴホ!
きっつ!!」
喉が焼けるかと思った。
「ああすまん、そんな強かったか」
酒瓶を返すと、一気飲みし始める。
数秒もせずに飲み干してしまった。
大酒飲みの親父でも、一気は無理だろうな。
「す、すげえ……」
「で、スキルってのがどんなもんか分かったか?」
「魔法みたいなもんか?」
「うーん、魔法と同じかと言われると難しいな。
場所によってそうとも違うとも言えるからな……
まあ、親戚みたいなものだな」
同じではないが、近いということだろう。
「次に、スキルの売買ルールを説明するぞ。
お客さんが“売る”なら現金で買い取る。
“買う”なら、その価値に見合うだけの“魂の寿命”を払ってもらう」
「魂って……あんた、悪魔か?」
さっきの”犬”も悪魔っぽかったし。
「ガハハ、よく言われるが俺は悪魔でも、まして神でもねえよ」
「じゃ、じゃあ人間?」
「ふ、さあな……」
不敵な笑みを浮かべている。
これ以上突っ込んでも藪蛇な気がして、押し黙る。
「魂の支払いは、最低一日生きられるように残す。
取引直後に死ぬことはねえ。
スキルの購入は生涯に一つのみ。
売却はいくつでも可能だ」
1日のみしか生きられないかもしれない。
そして一つしか手に入れられない。
「さあ、お客さんはどんな”力”が欲しいんだ?」
「貴族を殺せるような力が欲しい」
考えるより先に口が動く。
常に奪う側だと信じて疑わない連中から、今度は俺が奪う。
「もう少し具体的に言ってもらいたいな。
例えば『魔法を使えるようになりたい』とか『相手の魔力を涸らす』とかな」
「なら、相手の魔力を”全部奪う”ってのはどうだ?」
言ってみただけだ。そんな都合のいいもの──
「それなら、あるぜ」
男は一枚の紙を取り出す。
あるのかよ……でも俺は文字が読め──いや、読める。
自然と意味が頭に入ってくる。
【相手の魔力を全て奪う】
相手の持つ魔力を全て奪う。
対象を目視し、手のひらを相手に向けることで奪える。
──『魔力を持つ身体は魔法でしか傷つかない』という不条理な法則。
だがこのスキルがあれば、貴族を“魔法以外”で殺せるかもしれない。
「内容は分かったな?」
頷く。
「これでいいか?」
「これでいい」
どうせ死にかけだった。
残り一日になっても、あのクソガキどもだけでも殺せれば本望だ。
「なら、握手だ」
分厚い掌を握る。
何かが流れ込み、同時に何かが抜けていく。
「──これで取引は完了だ」
「……本当に使えるのか?」
「信じてもらうしかねえな」
目の前の男で試す──のはやめた。
犬が怖いし、この男には勝てない予感がある。
──まあ騙されたんなら、そん時は死ぬだけだよな。
「……まあ信じてみるか。
あんがとな」
扉へ向かう俺の背に、男が問いを投げた。
「ああ、最後に一つ聞いていいか?
その力で、お前は何を為す?」
何を?
当然決まってる──
「ムカつく貴族をぶっ殺すのさ!
今さら返せなんて言うなよ?」
「言わないさ。
俺は客が求めるものを提供するだけだ。
それをどう使おうが、口出しする権利はない。
単なる世間話だよ」
「じゃあ俺も聞いていいか?
俺みたいな悪党に力を与えて、あんたの良心は痛まねえの?」
「善悪なんてのは、人が勝手に決めて、簡単に覆す。
そんなものにこだわる心は、家出したっきり帰って来てないな」
俺は何だかんだ、自分を悪党だと思っている。
だがこいつは善悪なんてどうでもいい、と言った。
この男は俺よりよほど”邪悪”かもしれない。
「……そうか」
「気を付けて歩むことだ。
自分の”善”に足を掬われんようにな──」
◆
外は元の森だった。
辺りを見渡しても、店の影も形もない。
すぐに周囲を警戒した。
まだ貴族どもがいるかもしれない。
いや、むしろいて欲しいとさえ思う。
──ガサガサ。
「ちっ、どこに消えた?
死に損ないのくせに、僕の手を煩わせやがって!」
さっきのガキだ。好都合。
ガキを視認し、手のひらを向ける。……何も起きないように見える。
──騙されたか?
「パキッ」
急いで逃げようとして音を立ててしまった。
「いたぁあ!」
悪党より歪な笑顔を浮かべるガキ。
「ははははは、死ねえ!!」
──やられる!
思わずその場で伏せた。
だが、何も起きない。
「あ、あれ?
魔法が出ない?」
まさか、本当に魔力を奪えたのか。
試しに自分の剣を指でなぞる──切れない。
「クッ……クックック……アッハッハッハッハ!」
笑いが止まらない。
「何が、どうなってる!?」
目の前のガキに素早く近づき、腕を切り飛ばす。
鮮血が当たりを彩る。
「ギャアアアアア!?
何で!?
何で僕が怪我してるんだよぉおおおおお!!!!」
ガキは地面にのたうち回る。
「おーい、どうしたー?」
喚き散らすガキの声を聞きつけ、他のガキが近づいて来ている。
先手を取るためにも、さっさと殺そう。
「助け──」
首を刎ねる。
仲間の仇なんて殊勝な考えは無いが、せめてもの手向けになった気がする。
俺は手近な木の裏に隠れ、”奪う”準備をした。
「おい、何があ──は?」
お仲間の落ちた首を見て固まっている。
その隙にまた”奪った”。
「な、何で死んで……」
ガキはもう一人いるはずだ。
目の前のはサッサと殺して、最後の一人を探すとしよう。
素早く後ろに回り込み、頭を胴から切り離す。
太った男が、地面に転がる。
仕立てのいい服は血で汚れ、所々切り裂かれている。
「か、金か?
女か?
何でもくれてやる!
だ、だから──」
貴族が命乞いしている様は気分がいい。
「だぁーめだ!」
「あ……ぅ…………」
心臓を刺し、最後の一人も狩り終わった。
さて、これからどうする。
命からがら逃げだしたから手元には剣のみ。
恐らく仲間も生きてはいないだろう。
今の俺は魔法でしか傷つかない。
一人でも略奪は可能だ。
だが、あとどれだけ生きられるか分からない。
この力の代償は軽く無いだろう。
だったら──
「一人でも多く、貴族を殺そう!」
いつも貴族の影からは、隠れるように逃げて来た。
それも今日まで。
──天国側にいると思ってる奴らを、地獄に叩き落としてやる。
自分や仲間が生きるためではなく、功名心や復讐心でも無い。
ただその方が”面白そう”だからだ。
◆
まずはあのガキどもの家だ。
周辺貴族の位置や家族構成は、略奪計画のため調べてある。
ただ、この辺の貴族は子供は二人だったはずだが……。
貴族の屋敷は食糧庫や宝物庫の警備が厚いが、本邸の本人警護は薄い。
『貴族を殺せるのは貴族だけ』という常識があるからだ。
それに貴族同士で殺し合うことは滅多にない。
どうも攻撃魔法より防御魔法の方が発展しているらしい。
山一つ消し去る魔法も防げてしまうんだとか。
そんな事情から、貴族は自分が襲われる警戒をしていない。
油断している相手ほど御しやすいものはない。
俺は屋敷を観察した。
運良く本邸と倉庫が別に存在し、本邸にいる人間はまばらだ。
息を殺し、本邸に忍び込む。
貴族どもはどうもパーティー中のようだ。
十数人はいる。
なるほど、ガキが多かったのは他所から集まって来たのか。
──こいつらも、まさか血祭り会場に変わるとは思ってねえだろうなあ。
途中で使用人を殺し、変装して会場に入った。
バレないように”スキル”を使って魔力を奪っていく。
その途中、こんな会話が聞こえてきた。
「それにしてもあの子たち、遅いですわね」
「今日は早めに帰ってこいと言ったのに……」
「一体どこまで行ったのやら」
──あの世までだよ。
そんなことを考えながら、全員分の魔力を奪い終えた。
「血祭会場に変えようか」そう思ったとき、壇上の上に一人の男が上った。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。
この機会に、私の作品をお披露目させていただきたく……」
そう言うと、袖から何やら布の掛かったものが運ばれてくる。
「こちらが私の最新作、その名も”長時間座っても痛くならない椅子”です!」
布を引き、中から現れたのは──世にも醜悪な”椅子”だった。
人間の腕や脚で骨組みされており、座面と背面にはそれぞれ女の乳房が四つずつ、計八つ付いている。
少なくとも四人が犠牲になっている。
それを見た貴族たちは拍手を送っている。
「素晴らしい!」
「これぞゴミの再利用ですな!」
「うちにも欲しいわ!」
──はは、やっぱり貴族も俺たちと同じ穴の狢じゃねえか。
いや、こんな悪趣味なもんで喜ばない俺たちの方が上等じゃねえか?
……お前らで作ったら、家具一式揃っちまうなあ!
俺は忍ばせていた剣で、手近な貴族を斬った。
「……は?」
何が起きたのかも分からず、血飛沫を上げて倒れた。
周りも状況を飲み込めず、茫然としている。
一人、さらに一人と斬っていく。
「きゃあああああ!!!!」
「な、なぜただの剣で!?」
「ま、魔法が出んぞ!?」
ようやく事態の異常さに気付いたようだ。
「初めまして”元”貴族様、そしてさようならっ!!」
次々と斬り伏せていく。
”魔法”という絶対的な力に頼って来た奴らが、魔法なしにまともに動けるはずもなく、一方的な虐殺劇だった。
──最っ高だな!!
貴族たちの悲鳴は、いつも聞くものよりずっと俺の心を躍らせた。
最後の一人、壇上にへたり込んだ男を前に嘲笑を浮かべて言う。
「どうだ?
奪う側から奪われる側になった感想は?」
「た、助けてくれ……
何でもやる!
だから命だけは──」
「俺は優しいからよぉ……お前も家族の所に送ってやるよっ!!」
一閃。
恐怖に歪んだ顔のまま、男は息絶えた。
血で汚れた遺作の椅子を無造作に蹴り飛ばす。
椅子は音を立てて壊れた。
会場は死屍累々で、どす黒い赤に染まった。
──貴族の血も、赤いんだな。
ドタドタと会場の外から聞こえてくる。
騒ぎを聞きつけた者たちが集まって来たのだろう。
俺は窓伝いに脱出し、本邸を後にした。
しばらく様子を見ていると倉庫の方が手薄になったので、忍び込んで食料と金目の物を奪って去った。
◆
それからも俺は貴族の屋敷を襲撃した。
ある日、いつものように襲撃した屋敷で戦利品を物色していると、窓が割れる音がした。
外を見てみると、少年が走り去っていく。
すかさず魔力を奪おうとしたが、木の陰に入り姿が見えなくなってしまった。
──まあガキだ、見逃してやろう。
たまには善いこともしないとな!
にしてもこの家、食料はそこそこあったが金目の物が全然ねえ。
後で知ったが、この家の貴族は領民にかなり慕われていた。
領地発展のために敢えて税を低くし、取った税も領地内の整備や施設建造に使っていたようだ。
それに他の貴族のように平民を虐げることもなかったという。
こんな貴族もいるのかと驚いた。
◆
これまで貴族は皆殺しにしてきた。
だが、ある女を気まぐれで救うことにした。
そいつは生まれつき顔の左側が焼け爛れたようになっており、それが醜いという理由で家族に虐げられてきたのだとか。
俺が見つけたときは、屋敷の地下に鎖で繋がれていた。
魔法の練習台として使われてきたという。
「俺はお前の家族を殺したけど、いいのか?」
「私に家族なんていません。
あの悪魔たちを殺してくれたあなた様に、どうか恩返しさせてください」
俺は”ルマ”と名乗った女を連れて行くことにした。
こが大正解だった。
俺はルマから防御魔法を教そわった。
自動で攻撃を防ぐ魔法だ。
これまで貴族を襲う際は変装したり、隠れながら魔力を奪っていたが、防御魔法があればそういう手間を省いてくれる。
「自分で言うのも何だが、俺は相当な悪党だぞ?
そんな奴に魔法を教えていいのか?」
「私はその”悪”に救われました。
理由はそれで充分です」
「あっそ……」
ルマは身の回りの世話をしてくれた。
昔、攫った女がやけに従順になることがあったが、そういうのとも違う。
まあ俺としては助かるが……何というか、落ち着かない。
ほどなく、ルマが言いづらそうに尋ねた。
「その……私の顔を見るのは嫌ではありませんか。
もしお嫌でしたら、仮面か何かをいただきたく……」
「別に気にしねえよ」
「でも……その…………」
「何だ。言いたいことがあるんなら、はっきり言え」
ルマは少し恥ずかし気に言った。
「その……オーレフ様は盗賊ですよね?
なのに私を抱かれないので……この顔のせいかと……」
ルマのことは魔法の師として見ていたから、抱かなかった。
「魔法の師匠として世話になったから、無理に抱こうとは思わなかっただけだ。
……何だ、抱かれたかったのか?」
ルマは小さく頷く。
「しゃーねえな──」
その日、ルマは俺の女になった。
◆
それからも貴族を次々と肉塊に変えていった。
巷では正体不明の”貴族殺し”が現れた、と噂されるようになった。
「また貴族殺しが出たらしいぞ……」
「天罰が下ったのさ……」
「おい、貴族に聞かれたら殺されるぞ……!」
「お前だって、貴族は死ねばいいって思ってるだろ……?」
「そりゃ──」
平民の間では”貴族殺し”は密かに英雄視されていた。
これまで散々酷い目に合わされたのだ、当然の反応だろう。
その正体も過去の悪行も知らず、「自分たちも救ってほしい」と願う声は増えた。
当然、貴族側も傍観しているわけではない。
検問を敷いたり、情報提供を募ったり、護衛を付けるようになった。
しかしそれも無駄に終わる。
俺は空を飛ぶ魔法も覚えた。
視認できないほどの高度から急降下すれば、検問は意味をなさない。
情報提供は真偽不明の情報で溢れ、中には「あの貴族が犯人だ」などと貴族の名前を挙げる者まで出た。
そしていくら護衛を付けようと、魔力を奪われ護衛ごと殺される。
死人が増えただけだ。
中には家も財産も捨てて逃げる貴族が出る始末。
”奪われる側の恐怖”を知ったのだ。
逃げ出した貴族が盗賊のようになったようだが、そっちは俺たち以外の誰かが処理して回っていると聞いた。
◆
そして、俺は王を殺すまでに至った。
王殺しも特に話すことはないほど、いつもと変わらなかった。
血で汚れた玉座の間。
俺は玉座に座り、感慨に耽る。
「まさか王様まで殺せるとは思ってなかったな」
「オーレフ様の”スキル”でしたか。
それがあまりに強力すぎましたね」
「途中で死ぬと思ってた旅も、終わってみれば呆気なかったな……。
多分この国は滅びるけど、ルマはこの後どうする?」
この国の貴族を大量に殺した。
当然、他の国からすれば侵攻の好機だ。
隣国に分割され、併合されて終わるだろうな。
「私はこれからもオーレフ様のお傍に居たいのですが、よろしいでしょうか」
「好きにしろよ」
「オーレフ様は?」
「俺? 俺はこれからも貴族を殺し回るぞ」
「この城にある金品があれば、一生遊んで暮らせますのに?」
「豪遊より、貴族の絶望した顔を見る方が楽しいからな!」
俺の顔は満面の笑みだったと思う。
「うふふ、私もお手伝いします」
俺たちの旅路は、まだ続く──
……………………………………
──ことはなかった。
城下町に繰り出した俺たちは、王の首を掲げ、宣言する。
「この国の王は討ち取った!!
俺が”貴族殺し”だ!!
まだ歯向かう貴族がいるなら、相手になるぞ!!」
一瞬の静寂ののち、声が広がる。
「……王が死んだ……?」
「俺たちを虐げてた王が……?」
「本当に……貴族殺しが……私たちの英雄がいたの?」
「これで……地獄から解放されるのか?」
民衆が首を見て、ざわめきが爆ぜる。
「本物だ……本当に王は……死んだんだ!!」
「……やったぁあああ!!」
誰かが首を奪い、足蹴にする。
「お前が! お前が弄んで殺した姉さんを……返せ!!」
他の者も続く。
「お前のせいで! 私の子供は飢えて死んだのよ!!」
「あんたのせいで──」
「お前のせいで──」
「地獄に墜ちろ──」
口々に罵り、蹴飛ばし、半壊した頭をそれでも壊そうとする。
「城には貴族の死体もあるぜ!
中の金はお前らで分ければいいさ」
火に油を注いだ。
民は我先にと城に雪崩れ込む。
その表情は、悪鬼羅刹もちびりそうなほどだった。
「さて、俺たちはお暇するか」
「次は誰をターゲットにしますか?」
「敢えて決めず、隣国を観光しながら貴族を摘まんでいくってのはどうだ?」
「ふふ、いいですね。
それでは──」
その時、俺の背中に衝撃があった。
胸からは”光”が突き出ている。
「は……?」
「オーレフ様!!」
振り返ると、少年が光る剣のようなものを握っている。
不思議と痛みは無い。
だが身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「お前の罪を清算しろ……!」
少年には見覚えがあった。
領民に慕われていた貴族のガキだ。
防御魔法で防げなかった一撃。
これは恐らく”この世の外側の力”──スキル。
吐血する。
「離れろっ!!」
ルマが少年に火球を放つ。
しかし少年の前で掻き消えてしまう。
「この子、貴族!?」
「お前も、こいつの仲間か!」
ルマが俺を背に庇い、二人は睨み合う。
「親の……敵討ちか……?」
息も絶え絶えに問う。
「そうだ……!!
あの世で父さんと母さんに懺悔しろ……!!」
──好き勝手に生きてきたツケってわけだ。
「てめえの親は……悪人だったか……?」
「そんなわけないだろ!!」
「だったら……会えねえ……じゃねえか。
俺は……地獄行きだからよ…………」
視界が揺れる。
「ルマ……お前は……鬱陶しい奴だったよ。
だから……顔を”焼いてやった”ってのに……いつまでも……付いてきやがって……」
「何を──」
「失せろ……!!
二度と……その”醜い”顔を見せるな……!!」
ルマがどう受け取ったかは分からない。
彼女は泣きながら走り去った。
「みんなはお前を”正義の英雄”なんて言ってたけど……お前……やっぱり最低な悪党だな……!!」
「何を今さら……俺はたくさん……人を殺した。
たくさん……女を犯した……。
略奪の限りを……尽くした……。
ムカつくから……貴族を殺した……。
お前の親を……殺した……」
全て事実だ。
どんな罰でも綺麗にはならない、便所の汚れみたいにこびりついた罪の数々。
「もういい……!!
それ以上しゃべるな……!!」
喋りたくても、もう喋る気力もない。
視界が霞む。
痛みの無い死なんて……ずいぶん上等な最後だな────
◆
酒場のような場所。
ダンディな男は酒瓶を片手に呟く。
「どんな善行も、過去の悪行を消すわけじゃない。
そして見る者によって善悪は簡単に移ろう。
本当、これほど当てにならないものは無いな」
隣に座る赤い犬が「ウォン」と唸る。
「”悪党”にして”英雄”。
最後くらいは、酔っぱらって逝くといい──」
酒瓶を傾け、酒を溢す。
床は濡れず、酒は吸い込まれるように消えた。
「さて、次はどんな”正義”が売れるかな」
男は赤い犬と共に消え、カウンターには紙だけが残った。
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売却スキル:【相手の魔力を全て奪う】
魂の対価:六十年分
使用用途:貴族を殺すため
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