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4. 弱いということは、学ぶ理由があるということ

 生まれたときから、俺は周りのゴブリンよりも頭が良いと理解していた。

 ──理解“できて”しまった、と言うべきかもしれない。


 群れの連中は、食えば笑い、眠れば忘れる。

 空腹のときは喧嘩をし、満たされれば何も考えずに寝転ぶ。


 だが俺は違った。

 獲物がいない日は「なぜいないのか」と考え、寒い夜には「なぜ凍えるのか」を考えた。

 何より、この“弱い種族”をどうすれば生かせるか、いつも考えていた。


 ゴブリンは寒暖に強く、繁殖力も高い。

 だから世界のどこにでもいる。


 だが狼のような牙も、熊のような腕力も、オークのような巨体もない。

 リザードマンのような硬い鱗も持たず、ウェアウルフのような毛皮もない。

 罠を張る知恵もなく、狩りよりも拾い食いが日常。

 ゴブリンはいつだって“食われる側”の生き物だ。


 ──俺は違う。


 現状を理解できる。

 打開策を考えられる。

 この頭脳があれば、もっと上に行ける。

 もっと、この種を“生かす”ことができる。

 そう信じていた。


 ◆


 まずは生き残らなければ話にならない。

 生き残るためには、力がいる。

 力は牙や筋ばかりじゃない。

 知恵も力だ。


 まず俺は武器と防具を整えることから始めた。

 これまでの武器と言えば、そこらの石か木の棒。

 それを振り回しては獣に返り討ちに遭う、それが日常だった。


 だが俺は石を割り、鋭く研ぎ、木の棒に括り付けた。

 木の棒ではなく、“槍”という形に仕立てた。

 防具は樹皮を何枚も剥ぎ、穴を開けて草縄で繫ぎ、胸当てにした。

 動きは鈍るが、牙や爪の一撃を一度は防げる。


 俺の奇行に、最初はみんな笑った。


「なんだそれ。リク、木、着てる」

「木の実、生えるのか? ガハッ」


 ”石遊びのリク”と呼ばれ、鼻で笑われた。

 それでも、俺はやめなかった。




 次に取りかかったのは罠だった。

 狩場の縁に小さな穴を掘り、葉で覆い、薄く土をかける。

 別の日には、樹皮を裂いて糸にし、編んで網にする。

 鳥の通り道に網を仕掛けた。

 足が遅く力が弱いなら、先に道を選んで待てばいい──それが罠というものだ。


 最初の数日は、成果などなかった。

 だが三日目、罠にかかった鳥の首をねじり取ったとき、俺は震えた。

 五日目には、穴に野兎が落ちた。

 七日目の朝、樹皮の胸当てをつけた俺は、槍で子猪を突き、腹を裂いて肝を焚き火で炙った。


 脂が跳ね、匂いが巣穴に満ちる。

 嗤いはそこで止んだ。

 鳴き声が変わり、唾を飲む音になった。


「リク、肉。どうした?」


 罠から戻った俺を、仲間の一匹が首を傾げながら見た。


「落ちた。鳥、落ちた。俺、作った」


「作った?」


 理解できていない顔。

 だが肉の匂いには敏感だ。


「お前、次、掘れ」


 その日から真似をする者が少しずつ出た。


 結果は半分成功、半分失敗。


 鳥を捕獲する罠はそれなりに機能した。

 妊娠中のメスでも作れるのが大きい。

 鳥が引っかかり、肉は日に日に増えた。


 一方で落とし穴は、うまくいかなかった。

 自分で仕掛け、自分で落ちる阿呆が続出したからだ。

 俺は頭を抱え、穴の縁に枝を立てる目印の意味を、何度も何度も説明した。


「ここに棒。これが“危ない”。見えたら避ける」

「避ける、避ける。……ズボッ」

「避けろと言っただろうが!!」




 防具は当たりだった。

 牙や爪を完全に防げずとも、傷を浅くする。

 浅い傷なら走って逃げられる。

 逃げられれば死なない。

 死ななければ学べる。


 最初は拒否反応を示す者が多かった。

「重い」「動けない」と文句を言う。


 だが、ある日熊に襲われたゴブリンが、胸当てのおかげで命拾いしたことで、状況が変わった。


 その夜、焚き火の前で仲間たちは俺の作った防具を取り合っていた。

「リクの皮!」「俺の!」「貸せ!」と喚き散らしながら。


 滑稽だが、嬉しかった。

 “知恵”が命を救った瞬間だった。




 武器を与えることには、躊躇があった。

 急に得た力を振りかざし、仲間を傷つけるバカが出るかもしれないからだ。


 それでも俺一匹の狩りには限界がある。

 俺は言うことを聞く、少しは考えられる連中を選んだ。

 彼らは俺の指示を守り、狩りを行い、初めて“鹿”を仕留めた。


 その夜の肉は多かった。

 脂が滴り、目が輝き、歯が忙しく動いた。


 その日、肉の焼ける匂いとともに、俺は“長”としての地位を得た。


「リク、強い」「リク、賢い」「リク、群れの頭」


 仲間たちは口々に叫んだ。

 焚き火に照らされた顔に、“生きよう”とする意志が灯っていた。


 ◆


 季節が一巡する頃、死者は減り、元の繁殖力もあって、群れは爆発的に増えた。

 洞窟の中ではもう手狭だ。

 外にも住まいを作る必要がある。


 最初は木枠を組み、草を掛けただけの粗末な小屋だった。

 寒暖には強い種だ。

 雨風さえ防げれば十分だった。

 

 だが数が増えるにつれ、もっと頑丈で広いものが必要になった。

 俺は木を切り倒し、何本も並べて組み合わせた。

 樹液を塗り、乾かして固定し、横木を渡す。

 昼も夜も休まず作業を続け、ようやく“家”が建った。


 その瞬間、俺の目から涙が零れた。

 この大きな家が必要になるくらい、俺たちは生き延びたんだ。


 火を囲み、雨を凌ぎ、風を避け、群れが寄り添って眠る。

 小さな子らが笑いながら泥の上を走り回る。

 ──この光景を、俺は何度夢見ただろう。


 住処が増えれば、見張りも要る。

 見張り台を作り、昼と夜の番を決めた。

 食い物を“みんなのために”分ける桶を置き、干し肉を作る場所を決めた。

 火の周りに輪ができ、輪の中で物語が始まった。


 今日は鹿を倒した。

 あの谷には大きな熊がいる。

 川の向こうの草は苦いが腹が膨れる──そんな事実の列が、いつしか言葉の連なりになった。

 子らは耳を立て、目を丸くし、言葉を飲み込んだ。

 知らなかったはずの昨日が、火の上で温め直され、明日の糧になっていく。


 ──俺たちは弱者の象徴だった。

 だが今、俺たちは生きるために“作ること”を覚えた。

 それは、他のどんな獣も持たぬ力だ。

 

 俺の胸の中で、熱い何かが燃え上がっていた。

 知恵の炎。

 文明の火種。

 これがあれば、ゴブリンはこの世界で生きていける。

 そう、確信していた。


 ◆


 だが問題もあった。

 俺が死ねば、全てが途絶える。


 だから、教育を始めた。

 狩りの仕方、罠の作り方、木を組む方法。

 火の扱い、食糧の保存、群れの指揮。

 夜には焚き火の前で語りかける。


「お前たちは、もっと考えろ。

 やり方を真似るだけでは、その先はないぞ。

 考えること、それが強さだ」


 だが、仲間たちは首を傾げるばかりだった。


 「考える? どうやる?」

 「考えるって……食える?」


 答えを求めるその瞳に、理屈は通じなかった。


 彼らは覚える。

 だが、“理解”しない。

 

 火を扱えるが、なぜ燃えるのか疑問を持たない。

 罠を仕掛けられるが、なぜ獲物が罠に引っかかるのか考えない。

 俺がいなければ、やがて全てを忘れてしまうだろう。


 焚き火の炎を見つめながら、俺は拳を握った。

 木が燃える音が、やけに悲しかった。


「どうして……どうしてお前たちは、考えようとしない……」


 夜風が吹き抜ける。

 群れの笑い声が遠く聞こえる。

 俺だけが、火を見つめ、言葉を失っていた。


 俺は不安になっていた。

 この世界の中で、“考えるゴブリン”は俺一人しかいないのではないかと。


 だが、俺は歩みを止めない。

 考えることをやめた瞬間、俺はただの獣に戻る。

 俺は”ゴブリン”を獣ではなく、その先の”何か”にしたい。


 火の明かりが揺らめく。

 群れの子らが眠る小屋の屋根に、雪が静かに積もっていく。

 凍てつく夜空を見上げると、雲の切れ間から星が瞬いていた。


 ◆


 ──みんなが寝静まったある夜、遠くの闇の中に、紫色の光が揺れた。

 俺はその光に目を細め、ゆっくりと息を吸い込んだ。


 「……あれは、何だ?」


 俺は槍を掴み、光の下へ吸い寄せられるように歩き出した。

 足裏の雪は凍って硬く、踏むたびに薄い氷膜が小さく悲鳴を上げる。

 

 本来なら仲間を起こし、数匹で確認に行くべきだ。

 けれど、声を出せばこの“何か”が遠ざかる気がして、俺は黙っていた。


 暗闇の真ん中に、輝く板がひとつ。

 周囲に動く影はない。

 風すら息を潜めている。

 

 俺は板を注意深く観察した。

 板は木製で、三方を木枠が囲んでいる。

 そして表面に何か模様が浮かんでいた。

 何故かその”読み方”が理解できる。


『スキルショップ ~不要なスキル、買い取ります。必要なスキル、お売りします~』


 スキルショップ?

 その後に続く模様も、読み方は分かるが意味までは分からない。

 

 罠か。

 壊すべきか。

 いや、壊していいものか。

 思考の歯車が空転する。

 

 逡巡の間に、板が音もなく横へ滑った。

 元いた場所から露わになったのは、目を刺すほどの白い光。

 雪がその光に温められて、ほのかに夜の水の匂いを立ちのぼらせる。

 俺は餌に釣られた兎みたいに、その穴へ身を滑らせた。


 ◆


 光の中は、小ぶりの部屋だった。

 木の壁には年季が染み、手で撫でれば油と樹脂が混ざった滑りが想像できる。

 空気は冬を忘れたように柔らかく、喉に引っかかる冷気がない。

 部屋の四隅には火の点いた置物があり、部屋を淡く照らしている。


 中央に四角い台。

 その奥に──見たこともない生き物がいる。


 頭から黒い毛を垂らし、顔には毛も鱗もなく、雪の表面みたいな白さ。

 背丈は俺より少し高いが、腕も脚も細い。

 見たこともない黒い皮?を上半身に纏い、腰からは同じ素材だろう黒い蓑?を身に着けている。


 オークでも、リザードマンでも、ウェアウルフでもない。

 まして──俺たちでもない。

 胸の膨らみからして若いメス。

 土でも血でも獣でもない、名も知らぬ花の匂い。


「よくいらっしゃいました」


 炎の縁を撫でるような声。

 俺は槍をわずかに掲げたまま、問いを投げる。


「お前は……何だ?

 オークやウェアウルフではないようだが……」


 俺の問いかけに一拍置き、納得したみたいに目じりを緩めた。


「──私は”人間”という種族です。

 名前は……そうですね。

 ”店長”とお呼びください」


 ”人間”──聞いたこともない種族だ。

 俺が知らないだけで、他にもいるのか?

 もし周辺に多数いれば、縄張り争いになる。


「お前以外にも、人間がいるのか?

 ここらは俺たちの縄張りだ。

 事と次第によっては……」

 

 穂先を真っ直ぐ向ける。

 けれどテンチョーは怯えず、薄い笑みを保ったまま、首を少し傾げた。


「うふふ、残念ながら他に人間はいません。

 それに、私にあなた方を害する気はありません。

 安心してください」


 言葉は柔らかい。

 だが嘘の可能性がある。

 俺は眼差しの芯だけを固く保つ。


「なら、ここで何をしている。

 それから、あの光る板は何だ。

 お前が置いたのか?」


「私はスキルを売買──スキルと価値ある物を交換しています。

 光る板──”扉”は私が設置したわけではありません。

 『普通では叶わない願い』の近くに現れるようになっています。

 あなたの願いに引き寄せられた、と理解してください」


 普通では叶わぬ、という言葉が喉にひっかかる。

 俺の願い──“ゴブリンの繁栄”は、やはり“普通では”無理だということか。

 だが”普通では”ということは、普通ではない方法があるということ。

 それが”スキル”と言う物のことだろうか。


「スキルとは何だ」


「そうですね……スキルとは、例えば──」


 テンチョーは俺の穂先を、その白い手で掴む。

 皮膚が薄く裂けて赤が湧き、滴が手の谷間へ落ちる。

 彼女は掌をこちらへ向け、囁く。


 「傷を癒したり──」


 落ちた血が、逆さの雨粒みたいに宙を返り、傷へ戻っていく。

 赤が消え、皮が閉じ、何もなかったみたいに白が戻る。


「あるいは力を強くしたり──」


 次に、穂先を指先で軽く弾く。

 金属音は鳴らず、槍は砂の塔みたいに静かに崩れた。


「あるいは、壊れたものを直したりすることができる力のことです」


 散った欠片の上を指が撫でると、砂が逆に積み上がるように形を取り戻し、握りの皮の皺まで“元通り”になった。


「お返しします」


 返ってきた槍の重さは変わらないのに、手の中の世界は少し違って見えた。

 何だこれは……どういう原理だ。


 傷の治りが恐ろしいほど早いのか──いや、一度落ちた血まで戻るわけがない。

 槍を壊したのは怪力だったからか──いや、あの細腕で、しかも指で弾くだけで壊れるわけがない。

 槍を直したのは──最早、何の説も思いつかない。


 これが全てスキルだということか。

 こんなものがあれば、俺たちなど一たまりもない。

 テンチョーの”害意はない”という言葉を信じるしかない。


 そして長年の疑問が一つ、解けた気がした。

 

「他にも色々ありますが、どうでしょう。

 スキル、欲しいですか?」


 不可思議な力──スキル。

 これがあれば、俺たちはもっと繁栄できる。


「……欲しい」


「ふふ、では当店の仕組みを説明しますね。

 スキルを『手放す』場合は現金──あなたの場合、食べるまで腐らない食糧と交換できます。

 スキルを『受け取る』場合、あなたの”魂の寿命”を代価として貰います。

 ただし最低1日分の寿命は残します。

 またスキルの受け取りは、生涯に一つまでです」


「魂とは何だ」


「魂とは身体の内に灯る、見えない火。

 魂の寿命が尽きれば、例え身体の寿命が残っていても生物は死にます」


 つまりスキルを得るには、命を捨てろということか。

 

「質問がある。

 俺の魂の寿命はどれだけある?」


「それは教えられません」


 テンチョーは微笑みを崩さない。

 自分で推察するしかないだろう。


 ゴブリンの寿命など考えたことが無かった。

 厳しい自然の中で餓死するでもなく、殺されるでもなく、老衰による死などほとんどない。

 一番長生きなゴブリンで7~8年。

 俺に残された時間も、最大で6年といったところか。


 他の質問をしよう。


「なら、俺にスキルはあるのか?」


「自覚はあるでしょう?

 あなたが他のゴブリンと違って物事を深く思考できるのは、スキルによるものです」


 腑に落ちる音が、胸で静かに鳴った。

 

 俺を何度も助け、そして俺を孤独にしたもの。

 みんなと違う理由が知れて、少しほっとしている自分がいる。


「俺は他にスキルを持っているか?」


 俺が知らないだけで、他にもスキルがあるかもしれない。

 テンチョーは俺のスキルを把握できている。

 ”スキルを見るスキル”でもあるのだろう。

 教えてくれればよいが。

 

「もう一つあります。

 ただ当店ではお客様が自覚していない部分について、詳細を教えてはならない決まりです。

 なので名前だけ教えますね。

 【劣化継承】──それがあなたのもう一つのスキルです」


 俺のもう一つのスキル。

 名前から想像するに、能力を劣化させて受け継ぐことができるのだろうか。


「もう一つ──“思考の方”の名前は?」


 俺の生き方を決めたスキルの名前だ、訊いておきたい。


「【識者の卵】です」


「識者というのは、どういう意味だ?」


「物事に対する見識や判断力がある者のことです」


 俺の歩みを説明する言葉だ。

 だが”卵”とはどういうことだろうか。


 卵からは雛が孵る。

 雛はやがて成長して鳥になる。

 つまり”識者”として、俺はまだ雛ではない、ということか。

 あと2段階、上があるのではないか。


「”卵”とは成長段階を表しているのか?

 だとすれば、このスキルは孵る──言い換えれば進化するのか?」


「ふふふ、教えられませんね」


 ……つまり【識者の卵】に俺の知らない効果があるということだ。

 【識者の卵】と【劣化継承】の詳細を知る方法は無いか。

 暫く思案する。




 ……一つ、ダメ元で試してみるか。


「俺が得られるスキルの候補を教えて欲しい」


「どんな効果ですか?」


「その前に一つ。

 例えば”足が速くなるスキル”を求めたとして、どの程度早くなるのか、詳細は教えてくれるのか?」


「ええ、出来る限り詳細に伝えますよ」


 それなら──


「【劣化継承】と同じスキルはあるか」


 俺の言葉にテンチョーは少し眉を上げ、そして笑い出す。

 

「……うふふふふ……いいですね。

 それでは、こちらがお求めのスキルになります」


 テンチョーはいつの間にか、石板を持っていた。

 それを台に置いたので覗き込むと、扉と同じように模様が刻まれている。

 扉のときとは違い、今度は意味も理解できた。

 

【自身のスキルを他者に渡す(劣化)】

 自身の持つスキルを他者に渡す。

 自身はそのスキルを失う。

 受け取ったスキルは劣化状態になる。

 劣化度合いは、受け取り側の資質によって決まる。

 受け取り側の資質によって、受け取れないことがある。


 これが【劣化継承】の効果。

 疑問もあるが一旦横へ置く。


 さて次は── 


「【識者の卵】と同じスキルはあるか?」


「あります。

 ですが、魂の寿命が足りないので見せられません」


 手が届く範囲しか提示してくれないのか。

 なら──


「【識者の卵】に近いスキルはあるか?」


「ふふ……まあそうなりますよね。

 ありますよ」


 テンチョーが石板に手をかざす。

 淡く光ると、先ほどと模様が変わった。


【知能指数がごく少量上がる(スキル成長可能)】

 自身の知能指数が+1される。

 知能を使う行動を積み重ねると、スキルが進化する。


「知能指数というのは何だ」


「まあ端的に言って、賢さを数値化したものです」


 俺の知能指数はいくらだろうか。

 まあそれは今、重要ではない。

 ”スキルが進化する”──こちらの方が重要だろう。


「スキルが進化したことは分かるものなのか?」


「スキルによりますが、【知能指数が上がる】系統は分かりますよ。

 これまでより深く思考ができるようになりますので」


 なるほど、自覚可能なのだな。




 他にも諸々疑問をぶつける。


「進化したスキルを【劣化継承】で渡すと、進化前のスキルに戻るのか?」


「そのままの場合も、進化前に戻る場合もあります。

 受け取る側の資質によりますね」


 元々知能が高い者であれば、進化後のスキルで継承できるということか。




「劣化しない【劣化継承】に似たスキルはあるか?」


「ありますが、残念ながら魂の寿命が足りませんので見せられませんね」


 無い物ねだりをしても仕方ない。




「【劣化継承】を【劣化継承】で継承は可能か?」


「ふふ、可能ですよ」


「【劣化継承】を何度も継承すると、他のスキルを継承する際の劣化度合いは増えるのか?」


「いいえ、劣化度合いはむしろ減ります。

 ”劣化する”と言う効果も劣化しますので、効果量が減ります」


「なら繰り返し継承したほうが得ということか?」


「そうでもありません。

 ”スキルを渡す”という部分も劣化していくので、渡せないスキルが出てきたり、最終的にはスキルを渡せなくなります」


 スキルを継承し続けるのにも限界がある。




 弱者であるゴブリンが繁栄するためには、思考できる頭が必要だ。

 それも、出来る限り多くの者が思考できなければならない。

 俺が得るべきスキルは──


「スキルを遺伝させるスキル、あるいはスキルを複製するスキルはあるか?」


「ありますよ」

 

【自身のスキルを遺伝させる(劣化)】

 自身の持つスキルを実子に遺伝させる。

 遺伝するのは無作為に一つだけ。

 遺伝したスキルは劣化した状態になる。

 劣化度合いは、実子の資質によって決まる。


【自身のスキルを複製する(初級)】

 自身の持つスキルを一つ複製する。

 同じスキルを複数持っていても、効果は重複しない。

 また、スキルの再使用可能になるまでの時間も共有される。

 1日に複製できる回数:5回

 

 遺伝では子を作る時間が必要になる。

 俺に残される時間が分からない以上、不確実な手段はなるべく避けたい。

 なら後は確認だけだ。


「複製スキルは自身も複製できるか?」


「できますよ」


 1日の複製回数が5回。

 最悪、今日で俺が消えても“今日の5つ”は世界に残る。

 【劣化継承】の問題は未来に託すしかない。


「なら、複製スキルが欲しい」


「分かりました。

 それでは手を──」


 白い掌が差し出される。

 その手を握ると、淡く光りだす。

 俺の中にあった何かが抜け、その穴を埋めるように力が流れ込んできた。


「──取引は完了です。

 お持ちのスキルを手放すのなら、食糧と交換しますが?」


「いや、手放さない。

 これは俺たちに必要な火種だからな」


「そうですか。

 では、その火が消えないことを祈ります。

 ご利用ありがとうございました」


 テンチョーの笑みは、焚き火の最後の一束みたいに穏やかだった。


「ありがとう──」


 俺は短く笑って応じ、光を抜けた。


 ◆


 外は、元と同じ場所だった。

 雪原は静まり返り、風が頬を撫でる。

 

 振り返っても、扉はもうない。

 けれど冬の冷たさが、さっきまでの出来事が夢ではないことを告げていた。


 俺は走った。

 一瞬でも時間を無駄にしたくない。


 走りながら、スキルを複製する。

 【識者の卵】を二つ、【劣化継承】を一つ、【自身のスキルを複製する(初級)】を二つ。

 

 夜の帳を抜け、集落の灯りが見えた。

 仲間たちは起きていた。

 焚き火を囲み、槍や棍棒を手に、まるで戦の準備でもするように。


「リク、帰って来た!」

「リク、どこ行ってた?」

「みんな、心配した!」


 俺を囲む顔。

 煤に汚れた頬、怯えと安堵が入り混じった瞳。

 そのどれもが、俺が守ってきた世界だ。


「お前ら、どうして起きている?」


「見張り、リク出ていく、見た。みんな、起こした」

「追いかけるか、話してた」

「そしたら、帰って来た!」


 こいつらは、俺がいなければ死んでいた弱者だ。

 こいつらは、自分で仕掛けた罠にかかる馬鹿だ。

 こいつらは、自分で思考できない阿呆だ。


 ──それでも、俺の大事な仲間だ。


 ◆


 俺は信頼できる者たちにスキルを継承した。

 【識者の卵】を受け取った者たちは、俺ほどではないが確かに“考える”ようになっていった。

 罠を仕掛けるとき、敵を狩るとき、食料を分けるとき──その目の奥に「なぜ」が灯っていた。


 俺は嬉しかった。

 心の底から、胸が熱くなるほどに。

 スキルを得た者たちが「なぜ」と呟き、答えを探し始める。

 その姿を見ているだけで、生きてきた意味を感じた。


 俺の役割は、こいつらを生かすだけじゃない。

 “思考の火”を分け与えることだった。

 それを果たせた俺は、誇らしかった。

 ──ああ、俺はきっと、これでいい。


 ◆


 ──スキルを得て5日後。

 身体の力が、唐突に抜けた。


 足が崩れ、雪の上に倒れる。

 視界が揺れ、吐息が白い煙となって夜空に溶ける。


「リク!」

「リク、どうした!?」


 仲間たちの声が遠くで跳ねる。

 焦点の定まらない視界を、ゴブリンたちの影が埋め尽くしていく。

 指先だけが、まだ動いた。俺は近くにいた若い雄の腕を掴む。


 「……受け取れ……」


 胸の奥にある火が、腕を通じて流れ出す。


 ──行け。

 ──俺の分まで、生きろ。

 ──未来へ。


 視界の端で、焚き火が滲み、遠い星と重なった。

 その光が最後に見たものだった。


 ◆


 彼が残した火種は、やがて多くのゴブリンに広がった。

 彼らは罠を作り、武器を鍛え、仲間を指揮し、群れとして狩るようになった。

 そして強靭な腕力や鱗を誇る者たちを下し、かつての“最弱”は、この星の霊長となった。


 知恵は彼らを強者に変えた。

 そして【劣化継承】による問題も、後に“上位互換のスキル”を得た者が現れ、解決された。

 これからは、ゴブリンの時代となるだろう。

 彼らは独自の文明を築き、言葉を磨き、火を使い、空を夢見る。


 だが、彼らはまだ知らない。

 “知恵”は、正しく使う者にだけ宿るわけではないことを。

 その火は、灯にもなるが、災いにもなることを。

 いずれその炎が、自らを焼く日が来ることを──。


「……しかし、それは未来の物語。

 今はただ、一匹のゴブリンが残した小さな灯を、静かに見守りましょう」


 小さな部屋に、少女の声がやわらかく響いた。

 その声に呼応するように、テーブルの上の石板が淡い光を放つ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 売却スキル:【自身のスキルを複製する(初級)】

 魂の対価:10年分(残り寿命:5日)

 使用用途:ゴブリンに”知恵の火”をともすため


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 少女はそっと目を閉じ、両手を胸の前で合わせた。

 その唇が、祈りのように動く。


「短い生を、種のために燃やした弱者よ……安らかにお休みなさい」


 言葉は炎の揺らぎとともに消え、静寂が戻る。

 小部屋には、四隅の蝋燭だけが残された。

 その火は、なおも揺れ続ける。

 まるで彼の残した知恵が、まだどこかで燃え続けているかのように────


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