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感情を知らぬ王女と、彼女を愛しすぎた魔導師  作者: ゆにみ
王女の場合

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7/15

"さみしい”とは

 ”あの日”から、夜、ちゃんと眠れなくなった。

 いや、違う。ルークがそばにいないと、目を閉じていても体がじっとしていられなくなった。



 夜。ほんの小さな物音に、私は敏感に反応してしまう。



 「ルーク......?」


 

 うっすらと目を開けると、ルークが起き上がっているのが見えた。

 ルークの寝巻きの裾を、思わずぎゅっと握る。

 暗くてよく見えないけれど、ルークがピクリと動いたのがわかった。

 


 「......リシェル、水を飲みに行くだけだ」


 

 言葉が耳に届く。体の奥で揺れていたものが、少しだけ静まる。

 けれど胸の奥には、まだ小さな“何か”が引っかかったまま。

 ルークが、またどこかに行ってしまうんじゃないか——そんな考えが頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 


 「......私も、一緒に行く」



 一瞬、空気がぴたりと止まった。

 ルークの喉が、ごくりと鳴るのが聞こえる。



 「わかった。おいで」



 差し出された手。けれど、私はその手を取れずに、ぽつりと呟いた。



 「......抱っこして」



 沈黙。

 それから、ルークが小さく息を呑む音がした。

 その反応に、胸がぎゅっと熱くなる。



 「......わかった」



 そっと私を抱き上げるルークの腕に、全身の力を預けた。

 背中に手を回し、寝巻きの布をぎゅっと握る。

 その感触が、まるで「ここにいるよ」と囁かれているみたいで、あたたかさで胸がいっぱいになる。



 (ルークは、ここにいる......)



 揺れる身体に顔を押し付けると、体の中でざわざわしていたものが、少しずつ溶けていく。

 夜の静けさの中、二人だけの時間。

 このぬくもりは、絶対に手放したくない——


 ずっと、ずっと一緒だから。




 ***




 ルークと過ごすうちに、ひとつわかったことがある。

 お金を稼がなければ、ご飯は食べられないということ。

 そして、お金を得るためには“仕事”というものをしなければならないということだ。



 私はまだ働けない。

 私も働けたら、ルークとずっと一緒にいられるのに……。



 その朝、ルークはいつもより少し早く起きて、支度を始めていた。

 きっと仕事があるのだろう。でも、もしかしたら違うかもしれない――そんな淡い期待を抱いて、声をかける。



 「ルーク……今日もお仕事なの?」


 「……ああ」

 


 やっぱり。視線が自然と下を向く。

 ”さみしい”という言葉が喉元まで来たけれど、飲み込んだ。



 「働かないとご飯が食べられないんだもんね。私、ご飯は勝手に運ばれてくるものだと思ってたから……」



 言葉を選びながら、ゆっくり伝える。


 

 (ルークを、困らせちゃいけない......)



 少し息を整えて、お見送りの言葉を口にした。



 「がんばってね。......さみしいけど、待ってるよ」



 不器用に言葉をつなぐと、ルークの瞳がかすかに揺れた。

 彼は何かを言いかけて、結局、飲み込むようにして私を抱き寄せる。



 「ああ、待っててくれ」



 (......大丈夫、ルークは帰ってくる)



 自分にそう言い聞かせながら、ルークの裾をぎゅっと握った。



 「......いってらっしゃい」


 

 ルークは優しく微笑んで、私の頭をぽんぽんと撫でた。

 そして、扉の向こうへと歩いていく。



 ――ガチャリ。



 閉まる扉の音が、やけに大きく響いた。

 その瞬間、部屋の中の空気が静まり返る。


 いつもなら、すぐにルークの声が聞こえるのに——今日は、それがない。



 (......さみしい)



 胸の奥に、小さな穴がぽっかりと空いたようだった。

 気を紛らわせようと、本棚に向かう。久しぶりに本でも読もうと手に取るけれど、文字がまるで頭に入ってこない。



 

 おかしいな。王宮にいた頃は、毎日これが当たり前だったのに。



 ふと、窓の外に目を向けた。

 一羽の蝶が、ふわふわと舞っている。

 光を受けて羽がきらりと揺れ、まるで小さな宝石が空を漂っているみたいだった。

 やがて蝶は、庭に咲く一輪の花にとまり、羽をゆっくりと閉じる。



 (......きれい)



 息をするのも忘れるほど、見入ってしまう。

 もっと、見ていたい――こんな感覚、初めてだった。




 ルークと出会う前の私は、ただ起きて、本を読み、食事をして、また眠るだけ。

 それが当たり前で、普通だった。

 


 心が動くことなんて、一度もなかった。



 でも、今は違う。

 ルークと過ごすうちに、私はたくさんの“初めて”を知った。

 嬉しい、楽しい、寂しい、あたたかい——こんなにもたくさんの気持ちを、教えてもらった。

 だから、蝶と花を見ただけで、胸がふわりと踊るのだ。



 (……私、変わったんだ)



 その事実が、心の奥をじんわりとあたためる。



 今、外にいるルークは、きっと私の知らない景色を見て、いろんな感情を抱いているのだろう。

 私も、もっと知らない世界を知っていけたら――

 ルークと同じ景色を、隣で見られるのかもしれない。




 (そうしたら……ずっと、ルークと一緒にいられるかも)




 蝶が花にとまったまま、陽の光を受けて羽を震わせる。

 その姿が、まるで未来を指し示すようだった。

さくっと完結させるつもりでしたが、リシェルを深掘りしてたら収まらなくなってきたので、あと10〜15話は続くかも?

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