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感情を知らぬ王女と、彼女を愛しすぎた魔導師  作者: ゆにみ
王女の場合

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5/15

私の世界が広がった瞬間

 ねえ、ルーク。

 あなたのおかげで、私の世界はこんなにも輝いて見えるようになったんだよ。



 いつもの昼下がり。

 夜空を溶かしたような濃紺の髪を持つ青年は、長いまつ毛を伏せて静かにうたた寝している。

 私はその隣に座り、透き通るような桃色の髪を揺らしながら、そっと身を寄せた。



 彼の吐息がかすかに触れる。

 それだけで胸の奥が熱くなる。



 ――幸せって、きっとこういうことなんだ。


 


 ***



 私はリシェル。この国の王女なんだって。

 でも……王女がどんなものか、本当はよくわからない。




 私はずっと、この部屋から出たことがないの。

 部屋にあるのはベッドと机と本棚。それだけ。

 窓の外に何が広がっているのかも、知らない。




 一日三度、扉の向こうから食事が運ばれてくる。

 いつも同じ、パンとシチューとサラダ。

 ……え? 食事って、そういうものじゃないの?



 本棚にはたくさんの本がある。

 けれど、物語を読んでも――「うれしい」とか「かなしい」とか、わからない言葉ばかり。

 結局、専門書ばかりを手に取る。

 文字や花や生き物。わかるものは増えていく。



 (......まあ、それだけなんだけどね)



 着替えやお風呂は侍女が手伝ってくれるけれど、私から話しかけることはほとんどないよ。

 彼女たちはただ黙々と私の世話をして、去っていくだけ。



 だから私は毎日、食べて、眠って、本をめくる。

 それだけを繰り返してきた。



 ……人生って、そういうものなんだよね?





 ***





 今日の私は、いつものように本を読んでいた。


 すると、突然――扉が音を立てて開いた。



 (あれ、今はご飯の時間だっけ?)



 なんだか外が騒がしい気がする?まあでも、気にすることでもないかな。



 私は特に気にも止めずに本をめくる。



 だけど、入ってきた人は何も言わない。



 (なんだろう……?)



 いつもなら「ご飯です」とか「着替えです」と声がかかるのに。

 思わず顔を上げると――知らない人が立っていた。



 濃紺の髪に、宝石みたいに綺麗な金の瞳。

 私と目が合った瞬間、その人の瞳がぱっと大きく見開かれた。



 そして彼は、ゆっくりと口を開いた。



 「……あなたは、王女様ですね?」


 「……? んー、そうみたい。たぶん」


 「……は?」



 彼は言葉を詰まらせている。

 なんでだろう?

 


 「ここで生活しているのですか?」


 「うん」


 「……ひとりで?」


 「うん。でも、ご飯と着替えは手伝ってもらえるよ」




 そう答えると、彼はまた黙り込んだ。

 眉を寄せ、顔を歪めていた。



 (……さっきから、なんだろう?)


 

 私、そんなに変なこと言っている?



 そして彼は、硬い表情のまま続ける。



 「……こんな生活は、辛くはないのですか?」


 「……? つらいって、なに?」


 「たとえば……寂しいとか、退屈だとか」


 「さみしい? たいくつ?」



 知らない言葉だった。

 でも――心の奥がちくりと動いた。



 「……誰かにそばにいてほしいとか。楽しいことがなくて苦しいとか」


 「うーん……わかんない! お兄ちゃん、むずかしいこと言うね」



 説明されてもわからない。

 でも……なんだろう。胸の奥があたたかくて、落ち着かなくて。

 自然と、口元が上に引き上げられていく。



 「それよりもね、誰かとこんなに話したの、はじめて! なんか胸が変なの! あったかい? ぽかぽか? ……これ、なに?」



 彼はまた言葉を探すように黙り込んだ。

 けれど、やがて静かに答えてくれる。



 「……“嬉しい”という気持ちだと思います」


 「......っ!」



 ――”うれしい”

 


 その瞬間、世界が音を立てて広がった。

 知らなかった言葉と、今の気持ちが、線で結ばれる。



 「へぇ! これが“うれしい”か! 本で読んでもわからなかったんだ。ありがとう、お兄ちゃん!」




 今まで感じたことのない気持ち。

 心があたたかくなる。



 (そっか、これがうれしい......)



 自然と笑顔が溢れ落ちていた。



 これが、私の世界が広がる第一歩だった。


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